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* テイルズ短編集(3)

日時: 2020/08/30(日) 16:08:58 メンテ
名前: 牙蓮

自称「ハイグレ×テイルズSS作家」の牙蓮がお送りするテイルズ短編集も、第三弾となりました。
第二編は現在過去ログへと移動してますが、小説王国トップページ右上のリンクから行く事ができるのでどうぞご覧になってください(尚第一編は……)。
今後もこれまで同様に一話完結を基本とし、短編小説を投稿していきます。
皆様のご期待に応えられるようこれからも頑張って参りますので、よろしくお願いします。


  新着

……と宣言している傍ら、早速基本線を逸脱していくスタイル。
今回はスマホゲー、テイルズオブザレイズ2020夏イベントのハイグレアレンジとなります。
余りに牙蓮向きなイベントシナリオだったので、大胆にイベント全編をハイグレ小説化してみる事にしました。
そんな大それた事に挑戦したくなる程熱量は凄まじかったのですが、その結果いつもの如く――、いや、執筆している最中でヤバいと気付いたくらいですから更に酷く、文量が凄まじい事になりもはや長編と化しています。
これは一気に読破して頂くにはちょっと長過ぎる、そう判断しましたのでイベントのクエストをこなしているような雰囲気で章ごとに随時更新していくスタイルを取る事にします。
目標は一週間に一章の更新、10月中には終わらせる!
そんな訳ですので、どうぞ気長に最後までお付き合いください。


  目録

・TORays Seaside Prison 〜Mirage of Haigure〜(New)


 
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* Re: テイルズ短編集(3) ( No.2 )
日時: 2020/08/30(日) 16:14:51 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage1 海辺のリゾート



  ザァーンっ ザザァーンっ――

 降り注ぐ太陽、打ち寄せるさざ波。どこまでも広がる白い砂浜の奥にはポツポツとヤシの木が並び、その周りを闊歩するのは水着姿の人間達……。
 ここはティル・ナ・ノーグでも有名な、とあるリゾート地。常夏の気候に合わせてホテルや海の家といった観光施設の開発が進んだこの地域は、各大陸からの観光客が押し寄せる定番の海水浴スポットなのであった。

「バイバ! すっごい暑いなー」

 そしてここにも、そんな観光客の姿が……。この気候にはあまり相応しいとはいえない厚手のワンピースを着込んでいるにも関わらず、天真爛漫な少女メルディは普段と変わらず大はしゃぎ。そんな彼女に釣られて笑う少女ファラ、学士キールはこの温暖な地について見識を語りたいようだったが幼馴染リッドのツッコミによって敢え無く詮無き戯言として片付けられてしまう。
 到着早々、息の合った掛け合い続く『対面世界エターニア』の元住人達。異世界に具現化されたからといって変わらぬ絆で結ばれた四人は行動を共にしている事が多く、今日も多分に漏れず休みを揃えてこのリゾート地へ泊まり掛けで遊びに来ていたのだった。しかも――。

「……よいのだろうか。この様な場所で、遊んでいても」

 今日はいつもの四人だけでなく、メルディの母シゼルも一緒である。彼女とは元の世界で存亡の危機を賭けて争った宿敵の間柄であるが、精神世界の神ネレイドの憑依から解放された今は本来の慈愛に満ちた母親として、これまでに失った時間を取り戻すかの如く良好な関係を築きつつあった。

「もうっ、シゼルさんったらまたそんな事言って。折角メルディと再会したんだから、もっと二人で楽しい思い出作らなきゃ!」

 表情を曇らせるシゼルに対し、ファラはからっとした笑みを送る。それは彼女に限らず、苦楽を共にした仲間達も皆同様であった。

「そうだぜ。イクス達も同じ意見だからわざわざお膳立てしてくれたんだ」
「ぼく達がいたら却って、親子水入らずの邪魔なんじゃないかとも思ったんだが――」
「そんな事ないよー。キールがいてくれて、メルディうれしいな」
「――だそうだ。だから遠慮せず思いっきり楽しんでほしい」
「あぁ、すまない」

 そんな仲間達からの言葉に、シゼルも控え目ながら穏やかな笑みを浮かべる。

「お前達には随分と、気を遣わせてしまっていたのだな……」
「だから、そういう風に捉えるなって。気楽に楽しめばいいんだよ」
「リッドの言う通りだよ。ほらほら、時間が勿体ない! 早く水着に着替えよう!」

 ファラに急かされ、一行は慌ただしく更衣室へ向け駆け出していく。

「おカーサン、一緒に行くよぅ!」
「あぁ、メルディ……」



    …………
    ……
    …



 そしてここにも、バカンスに訪れた一行が……。

「人が繰り返す日常から逃れ、ひと時の非日常を享受する場所か……。なるほど、ここは幸福に満ちており、一つの救済の形が体現されていると言えるだろう」
「ほほほ、お気に召されましたか?」

 恭しく首を垂れる白髪の男性に対し、法衣姿の女性は仰々しく頷く。彼女の名は、エルレイン。かつて神の御使いとして生み出された聖女であり、人々の幸福を追い求める求道者。その信念は異世界へ具現化された今も変わらず、たとえ生来の力を失ったとしても成すべき使命のためただひたすらに研鑽を重ねていた。

「完全とは言えぬ形ではあるがな。案内、感謝する」
「いえいえ。ですが、この程度はまだ序の口。ここで過ごす数日間があなたのお役に立つ事を心より願っています。そのためにもこのジジイを始め、事前に連絡を取らせて頂いた知人共々、力を合わせてサポートさせて頂きます」

 頭を上げ姿勢を正した老執事ローエンは人当たりのいい笑みをエルレインへ送る。そんな社交辞令には一切興味を示さないエルレインだったが、向かいのホテル街から駆けてくる二人の姿に目を細める。

「お前達は……」
「ローエン、お待たせ!
 えっと……、エルレインさん、だよね? わたし、レイア・ロランドって言います。この数日間、お着替えとかお食事とか、えーっと、それから……。
 とにかく! 身の回りのお手伝い、させてもらいます!」
「何だよ、それ……。
 あー、俺はアルヴィンだ。こっちのレイアは表向きのサポート担当だけど、俺の方は宿の手配とかお手回り品の用意とか、そういう裏方の面倒事は任せときな」

 駆け寄るなり、そんな騒がしい自己紹介を行うアルヴィンとレイア。久方ぶりの旧友との対面に表情を緩めるローエンの隣で、エルレインは彼らとは真逆の整然とした顔合わせを行う。

「エルレインだ。こういった場所での作法には疎いのでな。よろしく頼む」
「任せてください! きちんとお手伝いさせてもらいますから」

 元の世界で、そして今は救世軍で教団の指導者として活動する彼女の纏う雰囲気は凛としていて、居住まいを正される。それは思わず背筋が伸びるといった次元の話ではなく、例えるなら張り詰めた水面を思わせる程の緊張感に息が詰まるといった物なのだが、持ち前の積極性とひた向きさでレイアは特に身構える事もなくはっきりと向かい合っていたのだった。

「それではエルレインさん。そろそろエスコートを開始しようと思いますが、これからやってみたい事など、何かご希望はありますか?」
「そうだな。まずはこの場所の幸福を生み出している『リゾートビーチ』とやらを体感してみよう」
「だったら水着に着替えなくちゃ! エルレインさん、わたしお手伝いします!」

 ローエンの計らいによって、一行は動き出す。エルレインの希望を叶えるならば、アルヴィンが手配したホテルへと水着を取りに向かい、そのまま客間で着替えてビーチに向かえばいい。その道中もやれ「海の家のフルーツ焼きそばはオススメ」だとか、「砂浜と言えばビーチバレーが定番」だとかひっきりなしに語るレイアは積極的にエルレインとの距離を詰めていたのだった。



    …………
    ……
    …



* Re: テイルズ短編集(3) ( No.3 )
日時: 2020/08/30(日) 16:16:55 メンテ
名前: 牙蓮

「――間違いねぇ、あいつらだ」

 そんな彼女達から少し離れた、ゴツゴツと岩場が広がる砂浜との境。ヤシの木の他低木が植わる茂みの中へ身を隠し、少女が独り辺りを伺っていた。

「一体何してやがんだ、あのブス。いやでも、あいつらがいるって事は、陛下に会える手掛かりも近くにあるって事か」

 彼女の名は、アグリア。彼女もレイアやローエン、アルヴィン達と同じく人と精霊の世界『リーゼ・マクシア』から具現化された鏡映点であるが、彼らとは敵対関係にあり再会を喜び合うような間柄ではない。頼るべき主君ガイアスの居所も知れず、潜伏して日銭を稼ぐ毎日を送ってきた彼女だったが宿敵との遭遇にメラメラと闘争心が燃え上がりつつあった。

「情報さえ手に入れたら、あいつらぶっ殺しとくか。そしたら、陛下もきっと喜んで――」
「――残念ながら、それは無理だろうな」
「っ!?」

 愛用の仕込み杖を片手に飛び出していこうとした刹那、背後で上がった囁きに身を固くする。杖を振り抜きつつ振り向けば、どこか儚げな少女の姿が一つ。濃紫のセミロングに、同色の羽織とホットパンツという装いはかなり露出度が高く、一見すればただの海水浴場から迷い込んできた迷子のように見える。
 しかしそんな外見とは裏腹に、彼女から感じられる破滅的な気配といい、王の側近として名の知れたアグリアの背後を簡単に取ってみせた事といい、ただの一般人であるはずがない。深謀遠慮とは無縁なアグリアであったが警戒心は失わず、ぶっきらぼうに口を開いた。

「あぁっ!? 誰だよ、てめぇ!?」
「お前と同じく、この世界に無理矢理連れて来られた存在だ」
「『この世界』、だと……!?」

 その言葉にアグリアは動揺する。「言うな、言うんじゃねぇ!」と、自分でも普段感知さえできない心の奥底で悲鳴が上がる。

「お前も薄々気付いているのだろう。ここが、お前の生まれた世界ではない事に」
「チっ……。何者だよ、てめぇ?」
「答える必要はない」

 乱暴なアグリアの言葉に怯む事もなく、濃紫の少女は冷徹に切り捨てる。アグリアからすればその人を見下した態度もムカつくが、何より思わせぶりな事を言っておきながら煮え切らない態度が胸糞悪い。ただでさえ沸点の低い彼女にとってはもはや我慢の限界だったが、それすらも見越したかのように絶妙なタイミングで聞き捨てならない台詞を吐き出してくる。

「だが、我々は同じ目的を持っている。そして私はお前の望むものを知っている。
 元の世界に帰りたいのだろう? 愛しの主と会いたいのだろう? ならば私と、協力しようではないか」
「なん、だと……。帰れるってのかよ、元の世界に」
「あぁ、可能だ。鏡士、という連中を連れて来られればな。どうだ、私と手を組む気になったか?」
「……チっ」

 ソバカスに塗れたその顔は渋面を浮かべているものの、確かに首は縦に頷いた。

「賢明な判断だ。それでは鏡士をおびき寄せるため、お前にも働いてもらうぞ」
「お、おう」
「まずは我々で、海岸を制圧する。その際人質を取って、そいつらを利用して――」

 濃紫の少女は大人しくなったアグリアに対し、自らの策を語っていく。気性は荒いものの敵国への潜入スパイの経験もあるアグリアは、作戦立案の重要性を身を以て知っている。自らと違う能力を持つ者同士、互いに情報を開示しながらこの異世界を転写する『具現化』という技術で繋ぎ合わされたパッチワークの如き世界への反逆を企てていった……。


* Re: テイルズ短編集(3) ( No.4 )
日時: 2020/08/30(日) 16:20:15 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage2 幻惑のビーチ



「ここが、そうか……」

 狡猾な作戦立案が行われてから少し、ちらほらとサンゴの姿も見える海辺の岩場に一人の少女騎士の姿があった。

「手紙によると、確かにこの場所で間違いない。だが、待ち合わせをするにはあまりにも賑やか過ぎる。手紙には万が一の場合に備えた『合言葉』も書かれていたとはいえ、あの人らしくない……」

 そう紙束を手に首を捻っているのは、アリーシャ・ディフダ。かつては伝承と希望の世界『グリンウッド』のハイランド王国において姫騎士としての立場を有していた彼女も、具現化された今は一人の少女騎士として数多の仲間と共に過ごしている。それぞれが複雑な事情を抱え新たな世界の中で懸命に生を模索している状況において、過去の諍いへ積極的に口を挟んでくる者などいない。快い仲間達に迎え入れられ、故郷にて背負っていた重責や期待から解放された今、彼女は生まれて始めてとも言える平穏な日々を送っていたが、先日姫騎士時代に取り決めていた符丁が用いられた密書を受け取ったため独りその待ち合わせ場所へと赴いたのだった。
 その符丁を知っている人物はただ一人、アリーシャの師であるハイランド王国教導騎士マルトランだけ。この手紙があるという事は、彼女も具現化されたと考えて間違いない。

「師匠(せんせい)……。本当にあなたも、この世界に……」
「――いいや。残念だが、それは偽物だ」
「!? 誰だっ!」

 突如背後で湧き上がった気配に、アリーシャは飛び退く。手紙を懐へ押し込み、代わりに引き抜く長槍。鋭い切っ先を眼前に突き付けられながらも、濃紫の少女は全く動じる事はなかった。

「ようこそ、姫騎士。呼び出しに応じてくれた事、感謝しよう」
「私をそんな風に呼ぶという事は、お前は私達と同じ世界の者か。いや、それより……。
 師匠(せんせい)はどこだ!? 何故お前が、私と師匠の事を……?」
「そうか。その様子では、まだお前はあの女の真の姿を知らないようだな。
 この地へ具現化される者達は、同じ世界であっても同一の時間の者とは限らぬという事か。それが分かっただけでも収穫としては十分だ。感謝するぞ、姫騎士」
「同じ時間? という事は、お前はウッドロウやフィリアのように……」
「そうだ、私はお前の未来を知っている。礼代わりに少しばかり教えてやろう」

 嘲笑を浮かべた少女は低い目線からアリーシャの事を見下してかかる。

「戦争は起きたのだ。導師もお前も、それを止める事はできなかった。そしてその手引きをしたのは他でもない、お前の師だ」
「なっ……!?」

 予想だにしなかった発言にアリーシャは一瞬、喉を詰まらせる。

「ば、バカな! 師匠(せんせい)がそんな事するはずが――」
「お前はあの女の何を知っている?」
「えっ……?」
「家が没落した時、あの女は何を思ったか知っているか? 騎士として身を立てるまでに、どれ程の艱難辛苦を味わったのかを。分家とはいえ王家の娘として幸福に生きてきたお前が目の前に現れた時、何を羨み、何を妬んだのか」
「…………」
「そして奴が何故、憑魔(ひょうま)に堕ちたのか……。お前にはその意味が分かるか?」
「せ、師匠が……、憑魔……。う、嘘だ……、そんな……」

 畳み掛ける少女の物言いに、アリーシャは平静を保てない。突き付けたままの切っ先はガタガタと震え焦点が定まらず、主の心を如実に映し出していた。

「信じるか否かはお前の好きにするがいい。少なくとも、私はお前よりあの女の業を知っている。ただそれだけの事」
「師匠(せんせい)……。わ、私はっ……!」

  ――カランっ

 乾いた音を立て長槍が岩礁の上へ転がり落ちる。膝を付き首(こうべ)を垂れたアリーシャは、突き付けられた現実の重さに打ちのめされていた。

「これで準備は整った。後は鏡士だけ……」

 そんな彼女を捨て置いて、濃紫の少女は立ち去っていく。嗤うでもなく勇み張り切るでもなく、ただ単調に決められた工程を進めているかのような平坦さで……。



    …………
    ……
    …



「エルレインさん、水着はどう?」
「あぁ、キツくはない。体格に合っているようだ」

 対してこちらは海水浴場、キャピキャピとした女性陣の声が弾けていた。荷物の整理や受付の手続きといった面倒事はローエンとアルヴィンに任せてきたレイア達は照りつける太陽の元、瑞々しい水着姿を惜しげもなく晒す。
 元々今日の予定を知っていたレイアは二年前の夏に新調した水着を持参しており、赤い水玉模様のビキニがイメージ通りの快活さを彩る。
 そしてエルレインも普段と異なり素肌を晒して、落ち着いた印象のセパレート型水着を身に着けていた。レイアの物よりゆったりと胸元を覆うトップスに、膝丈まで伸びる大人っぽいパレオ。夕日とヤシの葉がデザインされた布地の効能も大きいのだが、何より彼女の威厳をより引き立たせていた法衣仕様の帽子を取り払い、栗色のロングヘアーをありのままに曝け出している様こそが先程までの近寄り難さを払拭しバカンスの開放感を演出していた。

「こういう物は着慣れぬ故、これで良いかは分からないが……」
「うんうん、バッチリだよ! 何でエルレインさんのサイズを知ってたかは謎だけど、アルヴィンのセンス、決まってるよねー!」
「なるほど、これも一つの幸福か。人間の女性達は自らの装いに趣向を凝らし、その完成度を褒められる事で満足感を得ると言うが――」

  「――ん? もしや、レイアか?」

「えっ……?」

 女子トークを行っていると不意に声を掛けられ、レイアは振り返る。振り向けば褐色の素肌に、黒のワンピース水着。ヘアスタイルがあまりにも違うから一瞬気付かなかったものの、日常的によく顔を合している知人の姿がそこにはあった。

「シゼルさん! どうしてここに?」
「少し休暇をもらったのだ。メルディ――、娘達と一緒に過ごしてみてはどうかとな」

 サンダルで砂浜を踏みしめながら、シゼルが歩んでくる。彼女もまたエルレインとは違った意味で異彩を放っており、場は何とも荘厳な雰囲気に包まれる。

「じゃあ、ファラやみんなもいるんだ」
「あぁ。今は浮き輪やフロートなどを準備してくれている」
「ねぇ、エルレインさん! もしよかったら、みんなと合流してみない?」

 そんな会話を繰り広げる中、レイアは身構える事無くエルレインに提案する。

「あっちには女の子も多くいるから、きっと楽しいよ!」
「あぁ、構わない。レイアの仲間というのなら、その者達も別の世界から具現化されたのだろう? いずれ彼らの事も知りたいと思っていた」
「じゃあ決まりだね! それじゃ、一緒の所にパラソルを立てて――」

 パン、と両の掌を合わせ、笑顔の花を弾けさせるレイア。そんな彼女に引かれて歩き出そうとした、その時――。


  ――カッ!


 突如、眩い閃光が砂浜を覆い尽くす。咄嗟の事で思わず目を逸らしてしまった三人だったが、顔を上げればそこに先程までの喧騒はなく、あるのはただ穏やかな海岸線のみ。

「えっ。何、これ……?」
「魔術……。それも、強力な幻術だ」

 虚を突かれ呆然とするレイアに対し、エルレインとシゼルは冷静だった。かつて精神世界の神をも受け入れた豊富な魔力、その片鱗を尚も有したシゼルは日常会話でもするかの如くあっさりと看破して見せた。

「この場所の催し……、という訳ではなさそうだな」
「そのようだな。それにしてもこの幻術、安定性といい手の込み様といい、術者は相当な使い手だぞ」

 シゼルの言う通り、眼前に広がる景色はとても見た目だけでは偽物と判断できぬ程の精巧さを誇っている。先程までと変わらぬ海岸線の地形に、広がる岩礁の起伏、それに奥手に広がる山岳の風景まで何一つ違和感を抱かせない。あるとすれば所狭しと並んでいた海水浴客の消失に、海の家やホテルといった街並み全てがヤシ林へと変じてしまった事くらい……。


  「――あっはははははぁっ!!」


「――っ!?」

 そんな現状の把握に努めていると、不意に甲高い笑い声が響き出す。

「てめぇら全員よーく聞きやがれ! ここはあたしが占拠した!」

 まるで空間から溶け出してくるかのように、紅黒いドレス姿の少女が海岸線に躍り出る。手にした武器を振り回し挑発するその様は、明らかに戦意十分。周辺へ緊張が走るが、ただ一人レイアだけは進み出る足を止められなかった。

「死にたくなけりゃ、黙って大人しく這いつくばれぇっ!」
「う……うそ……。どうしてアグリアがっ……!?」


* Re: テイルズ短編集(3) ( No.5 )
日時: 2020/08/30(日) 16:24:06 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage3 占拠者の要求



「……そっか。具現化、か……」

 突如切り離された閉鎖空間にて暴れ回る、紅黒の影。彼女の口から飛び出る恫喝まがいの挑発は未だやむ事がないが、レイアは一人納得顔を浮かべていた。

「具現化なら、そういう事だってあるよね」
「あぁ? 何言ってんだ、お前?」
「だ、だって……。またあなたに会えるなんて、思ってなかったから……」

 いくらアグリアに毒づかれようとも、レイアはこみ上げてくる懐かしさを抑えられない。彼女が経験してきた元の世界リーゼ・マクシアでの出来事は、今も『後悔』という心の傷として残っている。彼女と繰り広げた霊山での死闘、そして崖下へ転落していく彼女の嘲笑に満ちた死に顔……。

「訳分かんねー事言いやがって。つーか、馴れ馴れしいんだよ。ブス!」
「ぶ、ブス……!?」

 咄嗟に反応してしまったものの、その呼称にどこか喜んでいる自分がいる事自体に驚いてしまう。彼女とは敵同士。それは分かっている、でも……!

「てめーらは人質なんだ。死にたくなけりゃ、言う事を聞くんだな」
「……っ!!」

 その言葉を聞いて、感傷は一気に過ぎ去っていく。自分達は今、何者かの手によって幻術の中へ閉じ込められてしまったのだった。
 パンパンと頬を叩いて、現状の捉え直し。その姿勢を今一度取り戻したのはレイアだけに限らず、彼女の仲間達とて同じであった。

「幻術で閉じ込める手口には感心したが、簡単に姿を見せるとは迂闊というもの」
「手段は巧妙、しかし最後の詰めが稚拙。お前一人の策とは思えない」

 エルレイン、そしてシゼルが一歩踏み出し、眼前のアグリアを酷評していく。

「いずれにせよ、私達の邪魔をするというのであれば容赦はせん……!」
「お、おい、ブス! 誰だよこのババア共は!?」

 凄むシゼルにさすがのアグリアも怯んだのか、緊張を走らせる。こういった際には途端に頼りとなる知人へ助け舟を求めてくるが、レイアも「えーっと」と苦笑いを浮かべながら懸命に言葉を選びつつ答える。

「あまり怒らせちゃいけない人達……かな?」
「チっ……。ってか、どんなババアでも関係ねぇ! あたしに指図するんじゃね――」


  「――その辺りにしてもらおう」


 勢いを取り戻したアグリアが改めて啖呵を切ろうとするが、それを遮るようにしてもう一つの声が響く。

「いつの間に……」

 エルレインが驚くのも無理はない。アグリアの肩を掴むようにして、突如瞬き程の間もない一瞬の隙を突いて濃紫の少女が『現出』していたのだから。

「――いや、なるほど。この幻術はお前の仕業か」
「その通りだ、聖女エルレインよ。我が名はサイモン。この辺り一帯は私の幻術が覆っている。簡単には入る事も、出る事もできぬだろう」
「ほぅ」
「それに、お前達の仲間も幻術の外だ。しばらくは助けなど来ぬ」
「術か……。ならば術者の始末を、と考える所だが――」
「それもやめておくがよかろう」

 先程のシゼルに続いてエルレインも凄んでみせるが、対してこちらはアグリアのような動揺など見せる素振りもない。

「貴様らが抵抗すれば、一般客の安全は保障できん」
「私達に対する人質というわけか」

 サイモンの言葉に倣ってシゼルが答えるように、ここへ閉じ込められたのはレイア達三人だけではない。幻術の方々から人気を頼りに集まってくる、水着姿の人影がちらほらと。ブーメランパンツに水泳帽を被った屈強なライフセーバーや、怖がる彼女を必死に励ますカップル連れ。他にも休みに合わせてここを訪れていたと思われる学生の集団、OL女子旅の一団など、およそ十代〜三十代くらいまでの男女五〜六十人程が共に囚われていたのだった。

「あなた達、一体何が目的なの!?」
「お前らの仲間に『鏡士』ってのがいるんだろ? そいつらをここに呼べ!」

 ストレートなレイアの質問に対し、アグリアもストレートに手の内を明かす。

「鏡士を? どうして……」
「質問なんか許してねーんだよ、ブス! いいから黙って呼べってん――」
「待て。鏡士を呼ぶ役目は外の連中にさせる」

 またもやすぐに熱くなってしまうアグリア。対して首謀者たるサイモンはどこまでも冷静であった。

「お前達も一般客同様、人質だ。この幻術の中でしばらく捕えさせてもらう」
「くっ……!」

 取り付く島もない、といった様子のサイモンにレイアは唇を噛み締めるしかない。

「つーわけだ。鏡士が来るまでの間、精々ヒマ潰しさせてもらうぜ」
「その通りだ。お前達もただ待っているだけでは退屈であろう? 後ろの者達も含め、お前達は水着姿を見せにここを訪れている。ならば我らとてその水着姿、堪能させてもらってもよかろう――」

 そう意味深な欲望を口ずさむと、サイモンの左手に得物が現出する。その形状はまるで鞭のような、黒光りする短杖。絶えず人を見下した態度を取る彼女には似合いともいえるその武器がサッと振り上げられると、レイア達の瞳をあの幻術の輝きが再び貫いたのだった……。



    …………
    ……
    …



* Re: テイルズ短編集(3) ( No.6 )
日時: 2020/08/30(日) 16:26:11 メンテ
名前: 牙蓮


「――ダメだ。何度やっても外に出されちまう」

 その頃、幻術の発生した海岸は文字通りてんやわんやだった。突如発生した陽炎の如き幻術の結界によって砂浜は一部通行不能となったばかりか、その発生場所へ居合わせた者達と連絡が取れなくなってしまった。逃げ惑う海水浴客達や連れを探して奔走、更には半狂乱に陥る者、そんな彼らを保護しようとライフセーバーや地元の治安部隊までもが集結しつつあり、現場の混乱は更に拍車が掛かっていく一方だった。

「これじゃあ中には入れそうにねぇな」
「空間を歪める程の魔術がこの短時間で行使されたとは思えない。きっと、中に入った人間の感覚を狂わせてるだけなんだっ……!」

 そんな中、件の結界から逃げる事無く挑み続けている者達がいる。策はなくとも突撃を試みるリッド、僅かな情報から現状を洗い出すキール。母の安否に動揺するメルディを慰めているファラの元には、アルヴィンとローエンも合流していた。

「良いものですなぁ。若い方々がああして頑張っておられる姿というものは」
「感心してる場合じゃねぇぞ、ローエン。こっちだって連れを二人、持ってかれてんだ」
「もちろん、忘れておりませんよ、アルヴィンさん。しかし、そろそろではないかと」
「そろそろ?」

 分析しつつも動揺を隠せないキールと違って、執事服のまま汗一つ浮かべていないローエンは白髭を解かしつつ答える。

「これだけ手の込んだ術を用いたのです。何らかの意図や目的があるはずでしょう」
「つまり、犯人からの要求があると?」
「えぇ。――おや、噂をすれば……」

 ローエンが指差す先、結界の一部に影が揺らめく。黒点のようだった影は次第に人型へ膨れ上がり、濃紫の少女を象って滲み出る。

「幻術の壁を抜けてきた!?」
「お前が術者か!」
「その通りだ、リッド・ハーシェル。それにキール・ツァイベルよ」

 突如現れ出た少女の姿に、二人は声を上げて驚く。そんな若人達に対して濃紫の少女、サイモンは見透かして笑みを送る。

「どうしてぼく達の名前を……!?」
「フフ、些末な事よ。お前達の名も、異世界から具現化された事もとうに知り得ている」
「なるほどね。そのお得意の幻術であちこち忍び込んで調べたな、おたく?」

 彼らに並んでファラ、メルディ、そしてアルヴィンとローエンも駆け込んでサイモンと対峙する。皆それぞれに得物を引き抜き、一戦構える事も辞さない態度を示す。

「答える必要はない。それより、あえて言わなくても分かっているのだろう? わざわざお前達と仲間を分断した理由……」

 多勢に無勢というこの状況下においても、サイモンは動じない。

「こちらの要求は、鏡士をここに連れて来る事」
「鏡士、ですか。それはもしや――」
「そこまでだ、指揮者(コンダクター)。早くしないと中の安全は保障しないぞ」
「っ!? シゼルが無事か!? 会わせてほしいよ!」

 安全、という言葉にメルディは居ても立っても居られず噛み付く。

「お前の母親なら無事だ。そもそも積極的にお前達と事を構えるつもりはない」

 だが、と前置きして、サイモンは更に続ける。

「私の協力者はそうでもないようだぞ。謂わば爆発寸前の火薬庫のようなものだ。機嫌を損ねて爆発すればお前達の仲間はともかく、他の客達がどうなるかな?」
「っ……!」
「精々急ぐがいい。あいつが痺れを切らす前にな……」

 ショックを受けるメルディに対し、ファラは背中から抱きかかえて支えてやる。言いたい事だけ言って、こちらが苦しんでいる間にもサイモンの体はみるみる透き通っていって、幻術の中へ溶け込んでいってしまった。


『――そうだ。もう一つ要求を付け加えよう。導師スレイもここに呼べ。この様子をあやつにも見せてやろう……』


 揺らぐ陽炎、その中からついでと言わんばかりに声が届けられる。姿を消してしまった辺り、これが現状における最後の接点となると見て間違いない。メルディが叫ぶ母を呼ぶ声、追って中へ入っていったリッドの雄姿もきっと、壁を突破する事は叶わぬだろう。

「なーんか、嫌な感じ!」

 そんな仲間達の行動を案じつつも、ファラは心に溜まった鬱憤を言葉として吐き出してみせる。

「随分と一方的だったな。それで、この後どうする?」
「中の様子が分からないんだ。今は要求に従うしかないだろ」

 キールの問い掛けに、アルヴィンが間髪入れず答える。その意見に対し皆、頷いていく。相手が一人じゃないという事も分かった以上、反対する者は誰もいなかった。

「恐らく、スレイさんを呼んだという事が彼女の目的を知る手掛かりです。復讐、あるいはもっと複雑な何か……。いずれにせよ、油断できる相手ではありませんね」
「だな。それじゃ俺はイクス達に連絡しておく。ケリュケイオンの救世軍の方は頼むぜ、ローエン」
「えぇ、お任せください」

 こういう時こそ大人の出番とばかりに、アルヴィンとローエンは通信用魔鏡を取り出し手際よく連絡していく。周囲の喧騒は遠退き、治安部隊の兵士達が隊列を組んで幻術を取り囲むよう展開し始めた。一行へ近付いてくる兵にキールが説明を行う中、メルディの震える肩をファラはギュッと抱き締めていた……。



* Re: テイルズ短編集(3) ( No.7 )
日時: 2020/08/30(日) 16:28:30 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage4 人質の労役



「うっ……。またっ……!?」

 煌く閃光、視界は一瞬のうちにホワイトアウトさせられる。これに惑わされてはまた、幻術の虜となってしまう。それが分かっているからこそレイアは瞬きを堪えようとしたが、反射的に行ってしまったその一回のうちに全てが終わり、目を見開いた時には元の閉ざされた海岸線だけが残されていた。

「フフフ、随分と愉快な格好となったな」
「オラオラ、さっさと股開きやがれぇ!」

 無駄な抵抗を嘲笑うかのように、犯人コンビが声を上げ刺激してくる。もはやどうしようもないからと諦めて何度か瞬き、視界をクリアにしてから振り向くとそこには驚きの光景が広がっていた。

「えっ、アグリア!? どうしたの、それっ……!」

 振り向いた先に立つサイモンとアグリア。サイモンは先程までと変わらぬ濃紫の出で立ちだったが、アグリアの方は一転してドレスから体へピッタリと張り付く薄布、真っ赤なハイレグ水着へと着替えていたのだった。

「ハハっ、赤くなってやんの。ハイグレを見るのは初めてだったかぁ? ってかてめーももう、人の事言えねぇんだよブス!」
「えっ……? ――ちょっ、何これっ!?」

 アグリアの言葉に不吉な予感を覚え、レイアは我が身を見下ろす。いつの間にか広がった布面積、そしてその色合いは先程までの赤い水玉模様ではない。オレンジ一色に包まれる胸元、肩口から伸びる布地はお腹を覆い、おへその辺りからキュッと絞られて大事なお股へ収束していた。

「何でわたし、ハイレグ水――うっ。食い込む……」
「たった数歩後退っただけで感じてやんの、だっせー! まぁてめぇに限らず、あのババア共も同じみたいだがな」

 そう言われ視線を向けると、エルレインとシゼルも同じ有様であった。優雅にバカンスを楽しんでいたはずの華やかな水着は失われ、エルレインは白色の、そしてシゼルは紫色の単色ハイレグ水着に包まれていた。

「先程までの水着と違い、この体全体を締め付けてくるかのような圧迫感。これが真に泳ぎへ特化したという、競泳水着とやらなのか」
「それは少し違うだろう。私も着た事はないが、もう少しデザイン性があったように思う。
 それよりも胸周りを始め、立ってるだけでも突き上げてくるようなこの締め付けはさすがに度を越している。幻術とはいえ、サイズが合っていないのではないか」
「うっせー、ババア! てめぇがデブなだけなんだよ。――てめぇらもピーピー鳴くんじゃねぇ!」

 最後の一言はシゼルへ放ったものではない。彼女達の後ろ、共に巻き込まれ閉じ込められてしまった一般客達も同様に幻術の餌食となっていた。彼氏のためにお洒落してきた彼女も、バイト代を奮発してキメてきた女学生達も、女子旅という事で普段着れない水着をチョイスしてきたOL達も皆一様に柄なし単色のハイレグ水着姿。
 時代錯誤な出で立ちに悲観する彼女達も気の毒ではあるが、それ以上に問答無用ハイレグ水着を着せられた男性陣の異様さはかなり引き立っている。大の男が女性のように恥ずかしがって内股で『アレ』を隠す様は、それだけで十分異様な光景であった。

「ちょっと! どうしてこんな事するの!? みんな困ってるじゃない」
「うっせー、ブス! てめぇに指図する権利なんてねぇんだよ」
「この結界へ居座る以上、それに相応しい姿を取ってもらったまでだ。これよりそのハイレグ水着が、お前達の正装となる。そして権利に見合うだけ対価を、労役という形で払ってもらうぞ」
「労役……?」

 サイモンの真意が見えず、レイアは首を傾げる。

「なに、簡単な事だ。ここであるポーズに従事してもらうだけだ。手本を見せてやれ、アグリア」
「おぅ!」

 促されるままアグリアは意気揚々と説明役を買って出る。幾度が怒声を飛ばし、最後尾ですすり泣く者まで一人残らず我が身へ注目を集めていく。そして――。


  「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」


 砂浜に、清々しいまでのコールが響き渡っていった。アグリアは衆目も構わず大股を開いて膝を曲げ、ハイレグ水着の股布を股間へ食い込ませる。それだけでも十分恥ずかしい格好であるはずなのに、強調された足刳ラインへ両手を添えて奇妙な掛け声と共にビシっ、ビシっと引き上げてみせたのだった。

「えっ……。ちょっ、えぇっ……!?」
「キョドんな、ブス! ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

  ビシっ ビシっ ビシっ――

 レイアを侮辱しながらもアグリアは更に謎のポージングを続ける。Vラインを描く両腕を引き上げながら、上体で胸を張っていく。それはこの体に張り付いたハイレグ水着を見せびらかすための一種の広告表示のようでもあった。

「分かったであろう。これが『ハイグレポーズ』だ。この程度の運動もこなせぬ者など、我が結界に必要ない」
「えっ。じゃあ、まさか……」

 サイモンの言いぶりに寒気を覚えるレイア。

「わたし達もこのポーズ、この格好でやらされるの?」
「当然だ。我らの目的が果たされるまで延々と続けてもらう」
「う、嘘でしょっ……!?」

 レイアだけでなく、背後の集団からもざわめきが送られてくる。そして彼女達、エルレインとシゼルも黙ってはいられなかった。

「愚かな。これを以て労役と称すか。仮初めの空間に身を置く我らに労役を望む事自体間違っているが、生産性のないこの行動を労役などと呼べぬ」
「目的は何だ? 一見するとただの嫌がらせのようにしか見えぬが、これ程の策を弄すお前達の事なのだから何か裏があるのだろう」
「うっせーんだよ、ババア! いいからとっとと、ハイグレしやが――」


  「――いい加減にしろっ!!」


 アグリアとシゼルが詰め寄る中、不意に腹の底へ響く重低音が突き抜ける。一触即発の空気から全員の注目を一身に集めたその男は一人、集団の中から進み出たのだった。

「いい加減にしないか。さっきから聞いていれば勝手に閉じ込めておいて、そこに居たければ労役しろだと? ふざけるな!」
「あぁ!? んだと、てめー!」

 沸点の低いアグリアが一気に距離を詰めるも、男は堂々と胸を張り見下ろしていた。水泳帽にゴーグル、真っ黒に日焼けしたその身なりは各所に配置されていたライフセーバーの物と同じ。しかしながらその筋骨隆々とした肉体が水色のハイレグ水着に包まれ、ピッタリと浮き上がっている様は中々に見るに堪えない。

「てめー、何か文句でもあんのか?」
「あぁ、たんまりとな。俺達はお前らに拾われ弄ばれる、ままごと人形などではないのだとはっきり言わせてもらう。
 それに形は妙であれ、この炎天下でスクワットさせるだと? 馬鹿な、そんな事をすれば熱中症になると分からぬはずがなかろう! ライフセーバーとして、海の安全は守らねばならん」
「ほーん、立派な事だな。でもここはあんたの海じゃなくて、あたしらの庭――なんだよっ!」

  ――ヒュンっ!

 両手を腰に当て立ちはだかっていたライフセーバーの喉元を、黒い切っ先が過ぎ去っていく。

「うぜぇんだよ、てめぇ! 丸焼きにしてやる!」
「ぬぉっ!?」

 間一髪の所で避けたライフセーバーを追い、アグリアが踏み込んでいく。話し合いの余地もなく、一方的に開かれた戦端。その瞳と第一撃を見れば手加減などとは無縁、明らかな殺意が宿っていた。

「ちょ、ちょっとアグリア! やめなって」
「うるせー!」
「くっ……! うぉっ!?」

 外野の声など聞く耳持たず、アグリアの手は止まらない。一方の彼もこの世界におけるライフセーバーなのだから、暴漢や魔物に対抗するため一応の心得はある。しかし――。

「――おらぁ!」
「うぐぅっ!?」

 その程度の力量で立ち向かうには、相手が悪すぎた。元の世界では『無影』とまで呼ばれたアグリアの変幻自在なフェイントに対応できるはずもなく、呆気なく開閉する仕込み杖の開口部に挟み込まれてしまった。

「あっははははぁ! 頂きだ!」

  ――ブンっ ブンっ ブンっ ブンっ

 痛みに呻く間もなく振り回されるライフセーバー。それに合わせて挟み込まれた患部から、杖から、そして術者であるアグリア自身から膨大な炎が湧き上がる。

「焦げろ! ――アグニ・クリメイション!」

  ドォォォォン――!

 臨界点に達し、アグリアの膨大な魔力が炸裂する。直視できない程の苛烈な炎が唸りを上げ、触れるもの全てを焼き尽くす。
 そして尚も旋回する、仕込み杖。その導きに乗じて舞い上がり、魔術は苛烈な火災旋風となって愚かなる贄を吹き飛ばしたのだった。
* Re: テイルズ短編集(3) ( No.8 )
日時: 2020/08/30(日) 16:33:35 メンテ
名前: 牙蓮


  ――ドサっ

「い、いやあぁぁぁーーっ!?」

 閃光が去りアグリアの凄惨な笑みが浮かぶ頃、集団の最前列で悲鳴が上がる。剣と魔法の世界に暮らしている彼らとはいえ、戦場とは無縁の極々ありふれた一般人。その眼前へ降り注ぐ夏の日差しに合わせて全身焼け焦げ、あまつさえ一部炭化までしてしまっている死体が降ってきたのだから精神的ダメージは計り知れない。

「うそ……。そんな……」
「あっははははぁ! どうだ、これで分かっただろう。あたしに従わなきゃこうなるんだよ」

 崩れ去る死体を蹴りつけ、アグリアは高笑う。唇を噛むレイアを捨て置きゆらゆらと揺らめきながら一歩進み出ると、群衆は水音に驚いたオタマジャクシの如くパッと散る。

「おい、てめぇら! こうなりたくなきゃ、どうすればいいか分かってんだろうな」
「う、うぅ……。


  ――ハイグレ ハイグレ ハイグレ」


 恫喝され震え上がる者が多い中、一人の女性が恐る恐る股を開いていく。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「お、おい。リシェ……」

 恐らく彼氏だろう。がに股姿勢の彼女を前にどうしていいのやら、上げかけた片手の所在に戸惑っていた。

「だって……。ヒグっ……」

 迷いは同じなのだろう、リシェと呼ばれた女性も泣いていた。ウェーブがかった長髪に、ムダ毛のない白肌。マニキュアも塗ってバッチリお洒落してきた彼女がレモン色のハイレグ水着を身に纏い、薄い胸元を浮き立たせる。その上赤く彩られた指先で食い込みラインを描いていたのでは、何ともいたたまれない。

「私、怖い……。もし自分がっていうより、オーケが焼き殺されたらって思うと……。私、耐えられない……! ――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「リシェ……」

 食い込みを晒し胸元を強調する彼女の姿に、男性も決心する。

「――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 男が、ハイレグ姿の男が、股を開いて股間を指し示し始めた。女性が行うにもみっともないポーズ、みっともない衣装であるのだが、殊男性が行う場合には意味合いが違う。女性用水着を着ている異常性、指し示される食い込み、そしてその先端でブラブラと揺れている革袋……。
 極度の緊張のためか、はたまた醜態を晒す彼女の姿に興奮してしまったためか、それは定かではないものの彼の革袋ははっきりと形が浮き出ている。ポーズの度にひょこひょこと揺れる、灰色の肉竿。それは両手の動きも相まって『チ〇ポを見てください!』と必死にアピールしているようにしか見えない、何とも無様なものだった。

「はははっ! よく分かってんじゃねーかよ、バカップル共。
 おい、てめぇら! てめぇらはこいつらだけ残して、地獄行きか?」
「くぅ……。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「ハイグレっ ハイグレっ グズっ……。ハイグレっ」

 アグリアの脅しに一人、また一人と股を開いて、股間を指し示していく。仲良し学生グループも、職場の慰安旅行で訪れた男女連れも、みんなハイレグ水着姿。お互いの醜態に顔を赤らめながらも、食い込みを必死に刻み込んでいく。

「最初からそうしてりゃいいんだよ。あっははははぁ!」

 満足気に見渡し、アグリアが嗤う。五十〜六十人程いた若者集団は一瞬にして、奇行集団へと変じてしまった。

「後はてめぇらだけだ。逆らうってんなら、この結界ごと火の海にしてやってもいいんだぜ」

 そして総仕上げとばかりにサイモンと並び立ち、アグリアは今一度レイア達へ向き直る。

「アグリア……。こんなの、もうっ――」


  「……やむを得ぬか。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」


「えっ。シゼルさん……!?」

 驚くレイアを他所に、シゼルはガバッと股を開いてハイグレポーズを開始した。青空の下、褐色の肢体が小刻みに跳ね上がる。その中でも特に、初めて会った時から目を引かれてやまない豊満な胸元がハイレグ水着の中で暴れ回っていた。
 ポーズに合わせて上半身を突き出す度に、激しくブルン、ブルン。アジトの仲間内でもトップクラスを誇る肉付きの良い身体は今、一児を育て上げた慈愛の証から無様に振り乱される熟れた果実へと無残に貶められていた。

「レイア、今は我慢の時だ。――ハイグレっ ハイグレっ」

 口は動かしながらも、ポーズは止めずに。迷う少女へ向けシゼルは語り掛ける。

「何も永遠の事ではない。要求に応じ『彼ら』が来てくれるまで。――ハイグレっ ハイグレっ
 それまで時間を稼げるのは、私達だけだ。――ハイグレっ ハイグレっ」
「同感だ。ここで無為に争っても仕方あるまい。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 シゼルに続いてエルレインまでも、その肢体へハイレグ水着を食い込ませ始めた。

「え、エルレインさんまで、どうして……」
「私達は図らずして、彼らの生き死にを掌中にしました。――ハイグレっ ハイグレっ
 私達に彼らの幸福……、『生きる』という究極の幸福を奪う権利などありません。――ハイグレっ ハイグレっ」
「…………」

 先程までのラフな空気感は何処へやら、エルレインから発せられる気迫はまさに指導者のもの。言葉遣いを正し、弱みを見せぬ強い語調で言い切る。その姿勢たるや聖女としての凛々しさを感じさせるものの、大股開きのがに股で述べられていたのでは背徳的な落差を醸し出すばかりであった。

「聞いたか、ブス! てめぇよりこの状況がちゃーんと、みんな分かってんだよ。お前は頑張ってればそれで満足なのかもしれねぇけど、それで得する奴なんて誰もいねーんだよ!」
「う、うぅ……!」

 ハイグレの輪から独り取り残され、レイアは打ちひしがれる。何とかしなきゃと思っている傍ら、何もできていない。だからこそ一方では彼女達の言い分も正しいのだと、レイア自身薄々分かっていた。

「……時間だ。物の役にも立たないお前は、虚無の彼方に――」
「ま、待って!」

 審判を下すサイモンの声に、半ば反射的に答える。

「す、する! ハイグレ、するから……」
「ならば早くしろ。お前の青春ごっこに付き合っている程、こちらは暇ではない」
「っ……」

 心を抉る発言に言い返したい所だったが、グッと堪える。
 一つ深呼吸して、気持ちを整理……。全てが割り切れてはないけど、ゆっくり腰を落とし体重を膝へ乗せていく。
* Re: テイルズ短編集(3) ( No.9 )
日時: 2020/08/30(日) 16:37:40 メンテ
名前: 牙蓮


「は……。――ハイグレっ ハイグレっ」

 意を決して、振り上げてしまった。少し前屈みになって肩甲骨を引き上げ、上体から全身で伸び上がる。本来ならば眼前に広がる大海原、遮る物も何もない大自然の中で伸びをしたら相当気持ちがよかったのだろう。
 しかしながら今行っている伸びは、股間の食い込みを指し示す破廉恥なもの。背後からの視線も感じながら、この海を越え遠く世界中へ向けてマ〇コを公開発信しているかのような羞恥心に襲われる。

「は、恥ずかしい……」
「あぁ? 何か言ったか」
「い、言ってない! 言ってない……。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「へへっ。分かってんじゃねぇか」

 アグリアの追及に慌ててハイグレポーズを再開するレイア。そんな彼女の様子にアグリアは意地の悪い笑みを浮かべる。

「おーおー。お前、結構胸あるじゃねぇか。あっちのババア共に比べりゃカスだが、その調子で乳首おっ立てればあのボーヤも興奮してくれるんじゃね?」
「ハイグレっ ハイぃっ……!? ――な、何言ってるの。こんな姿、ジュードに見せられるわけ……」
「カマトトぶってんじゃねぇぞ、このブス! 股開いて食い込ませてる地点でお前はもう、ハイグレ狂いの変態ビッチなんだよ」
「びっ……!?」

 ボッと顔を赤らめ固まってしまったレイアを、アグリアは指を差して笑う。

「あっははははぁ! やっぱエロい事考えてんじゃねぇかよ。ほら、腕が止まってるぜ?」
「くぅぅ……。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「あははっ、だっせ〜」

 いくら恥ずかしかろうと、悔しかろうとハイグレポーズをやめられないレイアをアグリアは嗤う。そんな彼女の隣でサイモンがそっと肩を掴み、粛々と話を進めていく。

「そろそろ行くぞ。我らとて次の段階へ向け準備を進めねばならぬ」
「ははっ、そうだな。こっちも暇じゃねぇんだ。元の世界へ帰るため、てめぇらには精々役に立ってもらうぜ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――元の世界に、帰る……?」

 アグリアが発したその一言に、レイアはハイグレポーズを止め反応する。

「ねぇ、もしかしてそのためにこんな酷い事してるの?」
「黙れ、ブス! ハイグレがお留守じゃねーか」
「! わわっ……。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 指摘され破廉恥な姿へ立ち返るレイア。その上で尚も懲りずに食い下がっていると、アグリアも仕方なげに答える。

「てめーらはこっちの世界でよろしくやってんのかもしれねーけど、こっちはそれ程浮かれちゃいねーんだよ」
「でも、だからって……。――ハイグレっ ハイグレっ
 わたし達鏡映点はもう、元の世界に戻れないんだから。――ハイグレっ ハイグレっ
 それに、ガイアスもこっちに――」
「陛下の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ! 大体、誰がてめぇの言葉なんか信じるか。いいからお前らはそこで、一生ハイグレしてやがれ」
「そういう事だ。お前達に交渉の余地はない。
 今は一旦退かせてもらうが、こちらは常にお前達の事を監視している。その事を忘れず、ゆめゆめハイグレをやめようなどと思わぬ事だな」

 反論は受け付けず一方的に話を打ち切り、サイモンとアグリアはレイア達六十人ばかりへ背を向けて歩み出す。その姿は数歩進んだかと思えば急速に湧き立つ霧に包まれ、一瞬後には跡形もなく消えてしまった。


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 波音だけが響く、静かな砂浜。そこを彩るのは色とりどりなハイレグ水着を着た男女、それに股間を指し示す変態ポーズだけ……。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――随分な嫌われ様だったな。あの様子では説得は難しいだろう」
「ごめんなさい……。――ハイグレっ ハイグレっ」

 そして彼女達も多分に漏れない。薄布を股間へ食い込ませながら、エルレインの声掛けにレイアは両腕を引き上げつつ肩を落としてみせる。

「そなたが謝る事ではない。――ハイグレっ ハイグレっ
 他者の言葉に耳を傾けぬ者もいる。――ハイグレっ
 愚かな事だ。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――だが、やり口は乱暴にしても、巧妙だぞ」

 そんな二人に並んで、シゼルも会話に混じってくる。

「見せしめを一人晒す事で恐怖心を煽り、どんなに異常な要求であろうとこちらは飲むしかなくなる。――ハイグレっ ハイグレっ
 サイモン、と申した娘が念を押したように、そう易々と抵抗などできはしない。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――一見すると扱いの難しいあのアグリアという者を協力者に選び、かつその特性を見事に使いこなしている。
 ハイグレっ ハイグレっ ――あの娘、中々に人の心という物を心得ている。老獪、とも言える程にな」
「アグリア……。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 年長者たる二人の見解を聞きながら、レイアは改めて自分の無力さを痛感する。折角楽しみに来たバカンスなのに、やっている事といえば海にも入らず謎の破廉恥ポーズばかり……。

「ともかく、今は様子を見るしかない。――ハイグレっ ハイグレっ」
「ハイグレっ ――鏡士達が到着するまでの辛抱だ。
 ハイグレっ ハイグレっ ――それまで気をしっかり持つのだ、レイア」
「う、うん。ありがと……。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 重い空気の中、口を突いて出てくるのは「ハイグレ」の一言のみ。それは彼女達に限らず、この幻影の砂浜に閉じ込められた者全員が共有している悩みであった。


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」



    …………
    ……
    …



* Re: テイルズ短編集(3) ( No.10 )
日時: 2020/09/05(土) 11:01:12 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage5 仕掛けられた罠



 雲一つない青空、照りつける日差し。時計の針は正午へと差し掛かり、その熱量は時を追う毎に高まりを見せていく。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――あ、暑い……」

 その厳粛なまでの変化は緻密さ故か、それとも何らかの意図があって再現されているのか。焼けていく砂浜の上で絶えず素肌を晒され続けているレイアの口からは、思わず愚痴が零れ落ちていく。

「わたし達、いつまで……。――ハイグレっ ハイグレっ
 ここでハイグレさせ、続けられるんだろう? ――ハイグレっ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――去り際に言った通り、目的が達せられるまで延々と、なのだろうな」
「私達を釣った魚か何か。――ハイグレっ ハイグレっ
 その程度にしか思っておらぬのだろう。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「ハイグレっ ――そうっ、言いつつっ……。
 ハイグレっ ハイグレっ ――シゼルさんも、エルレインさんもっ……。
 ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――二人共、まだまだ平気そう、だよねっ! ――ハイグレっ ハイグレっ」

 息も絶え絶えになりつつ、レイアは隣のレディ達を見比べる。波打ち際から十歩程離れた砂上、涼めそうで全然涼しくない生殺しの状態で三人仲良く一列に並んでハイグレポーズを行っている。股間を指し示すと同時に上体を揺らす運動だから、水着姿の必然もあって胸の膨らみがユサユサと包み隠さず揺さぶられている。
 レイアもミラ程ではないが、胸にそれなりの自信を持っていた。しかしこの並びはあまりにも、相手が悪過ぎる。
 エルレインは普段法衣姿な事もあってあまり目立っていなかったが、いざ脱ぐと元々の体格のよさも相まって彼女を上回るサイズを誇っている。そしてシゼルは言わずもがな、子育てを終えた母親の貫録に適うはずもない。
 真横、そして真上から見下ろすとまさに、大、中、小。加えて身長差もあるのだから、先程の発言含め自分が必要以上に幼く感じられる。


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 そして横ばかりでない、背後から聞こえてくるハイグレコールも途切れる事がない。『近くに居た』、それだけの理由で巻き込まれてしまった哀れな一般客達。最前列に立っているが故、彼らのように他人のハイグレ姿を見ないで済んでいる事は有難いのかもしれないが、同時に彼ら全員にハイグレ後ろ姿を見られていると思うと複雑な胸中である。
 感覚的にお尻は前以上の食い込み、ともすれば丸出しなのかもしれない。そんなお尻をがに股でプルプル揺らしながら、それも大、中、小で見比べ鑑賞されていると考えると、恥ずかしくて叫びたくなってくる。


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグ……。――あ〜、もうかったりぃ!」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 そんな考えを過ぎらせながらハイグレポーズを続けていると、ふと不協和音が紛れ込む。ポーズは崩さず首だけで振り返ってみると、まだ二十歳に差し掛かったかどうかといった風貌の男性が一人股を閉じていた。

「やってられっか、こんな事。何で俺が女物の水着なんか着なきゃいけねぇんだよ!」

 愚痴を垂れつつがに股で傷んだ膝を曲げ伸ばし、股間のポジションを直していく。この水着は単なる女物のハイレグ水着ではなく、各々の体躯に合わせ特注された『ハイグレ』なのだからはみ出す事など有り得ない。しかしながら男性にしか分からない何かが、むず痒い違和感のような物があって薄布の下へ指を入れてまさぐっていたのだった。

「お前らまだやんのか、こんな事? みっともねぇしやめちまえよ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――あぁ、そうだな……」

 彼の呼び掛けに応じ、連れと思われる二、三人の男性もハイグレをやめてしまう。伸びをしたり屈伸したり、思い思いに解放された喜びを表現する彼ら。その姿はそうしたくてもできないというストレスを抱えた群衆の心理をじわじわと刺激する。

「ハイグレっ ハイグレっ ――ちょっと、クリフ! やめときなって。もしあいつが戻ってきたらどうすんの?」
「大丈夫だって、そんなすぐに戻って来やしねぇよ。それにあの殺人女が戻ってきたとしても、あっちの林へ逃げ込むから簡単には見つからねぇって」
「そうそう。もしかしたら山の方まで行けば、出口があるかもしれねぇじゃん」

 彼らの隣で股を開いていた少女、恐らくサークル仲間か何かであろう彼女は青色のハイレグ水着を食い込ませながらクリフ達の行動を咎めるも、彼らは聞き入れようとしない。ハイグレポーズをやめて自由に視線を動かせるようになった彼らの注目が思いがけず集中したが故に、彼女もついそれ以上強く言えず恥ずかしさから顔を背けてしまう。

「じゃ、行こうぜ。もし出口が見つかったら呼びに来てやるから、それまで頑張んな」
「ちょっ!? 誰が頑張ってまで、こんな事――」

「なぁ、森に入ったらこの水着も脱いじまわね?」
 「そうだな、どうせ誰も見てねぇんだし」
「でもこの水着の着心地、何か癖に――……」

 砂浜でやりたくもないポーズを続ける女友達を残したまま、クリフ達男性グループは雑談混じりにヤシの林へと立ち入っていった。


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 数秒も経てばその喧騒は消え、再びハイグレコールだけの静寂が戻ってくる。しかしその一帯に漂う空気感は明らかに、先程までと違って揺れ動いていた。

「ハイグレっ ハイグレっ ――ねぇ。私達もちょっとだけ、あっちの日陰行かない?」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――だっ、だよね〜。実は私、へとへとだったんだー」
「どうせこの後サップする予定だったからいいんだけど、こんなぶっ続けとかちょっとハード過ぎでしょ。少し休んでもバチ当たらないよね?」
「うんうん、水分補給とかも大事なんだけどねー。まぁそれは無理として、日陰で休むのには賛成〜」

 そんな会話をしながらOL風の女性達が二人、ハイグレポーズをやめる。黒と紺、学生水着を連想させるその色の水着を三十手前に差し掛かった彼女達が着ている姿は何かイケナイ物を見てしまったかのような錯覚に苛まれる。それはともかく、彼女達は集団の中から離れ手近なヤシの木の側まで行くと女の子座りでへたり込み、逞しい幹へと体を預けたのだった。

「…………」
「…………」

 目を閉じてぐったりともたれかかる彼女達の姿を見ていると、否が応でも我が身の疲労を顧みらざるを得ない。「わ、私も……」。そんな声が殺到しそうになったその時、事態は急展開を迎える。
* Re: テイルズ短編集(3) ( No.11 )
日時: 2020/09/05(土) 11:06:19 メンテ
名前: 牙蓮



  「う、うわぁぁぁぁーーっ!!」


 突如上がった悲鳴に、皆ビクッと腕を引き上げたまま硬直する。一拍を経て慌ててハイグレポーズを再開するが、そんな緊張の走った浜辺へ向けて一つの人影が背後のジャングルから飛び出してくる。

「う、うっ。あぁっ……」

 藻掻きながら地を這う緑色のハイレグ水着には見覚えがある。先程率先してポーズをやめた男性グループ、その中でも最後まで躊躇いがちにポーズをやめなかった眼鏡姿の男性だ。

「ちょっと、リグ!? どうしたの、クリフ達は!?」

 その姿を見て去り際に言葉を交わしていた少女が声を上げる。声を掛けられるやリグはハッとして顔を上げるが、その表情には恐怖の色がありありと浮かんでいた。

「ヤバい! みんな、呑まれっ……!
 ハイグレやめちゃ、いけなっ……。あいつらに殺され――うぎゃぁぁぁぁーーっ!?」

  ――ズザァァァァ!

 息も絶え絶えに言葉を紡いでいると、不意にリグの体が傾く。腹這いになって倒れ込み、その後足元から滑るようにして落ちていく。先程まで彼が歩んできた砂浜は突然趣を変えて渦を巻き、地底の奥深くへと流れ落ちていく流砂と化したのだった。

「た、助けっ! たす、うぐぅ……!」

 宙を掻き必死に地面を掴もうにも、砂の荒波に削られていく壁面は脆くも崩れ、下へ、下へ……。あっという間にその緑色の水着姿はすり鉢状の穴の中に消えていき、最後まで助けを求め突き出されていた右腕が沈み行く沈没船のようにゆっくり沈んでいく。

「ひっ。嘘でしょ……!?」

 友人の呆気ない最期に、青色水着の少女は青ざめた顔で恐怖する。彼を呑み込んだ流砂はその役目を終えるや有り得ない勢いで隆起し、綺麗に均(なら)された後は元の何の変哲もない砂浜として鎮座していたのだった。

「えっ、ちょ、ちょっと。これってヤバくない!?」
「あたし達もって事……!? ――ハイグレっ ハイグレっ」

 彼女とはまた違った意味で焦り始めたのが、木陰で休んでいたOL二人。呑気に座っている場合ではないと悟った彼女達はどちらからとも言わず立ち上がり、その場でハイグレポーズを始めたのだった。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」

 大の大人が涙混じりに声を張り、ヒクヒクと痙攣している股元を指し示す。余りに無様であるが、彼女達にそれを気にする余裕はない。差し迫った、死の恐怖……。それは追い打ちを掛ける形で更に彼女達へ忍び寄る。


「――あっははははぁ! もう呑み込まれちまったバカが出たってのかー?」


 どこからともなく響く、笑い声。その音を以て二人の股間からはチョロチョロと黄金色の液体が滴り落ちる。

「だから言ったじゃねーか。あたしらはずーっと見てるって。あのいけ好かねーガキはほんとにいけ好かねーから、泣いて詫びても許してもらえねぇぞ」

 岩礁から飛び降り、砂浜を闊歩してくるアグリア。その姿にOLコンビのハイグレポーズは止まり、膝は面白い程に震えていた。

「ははっ、だっせーババア共だな。その年でお漏らしってか?」

「ヒグっ…… は、ハイグレっ ハイグレっ」
 「グズっ…… ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

「『私達のションベンマ〇コ、見てください〜』ってか。そんなガキ臭いてめーらでもハイグレだけは刻んでっから、これだけは教えといてやる。
 サイモンの奴はてめーら全員に『五分ハイグレしないと流砂に呑まれる』呪いを掛けてやがる。それはこの砂浜だけでじゃねーぞ。岩礁、森、山の頂上まで逃げたって、どこでも発動する。だからてめーらはハイグレし続けるしかねぇ。ババア共は何分休んだ? てめーら二人はもう、ハイグレしないと即お陀仏なんだよ」

「ひぃぃ……! ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
 「い、いやぁ…… ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 明かされた真実におののき、彼女達は更にハイグレポーズに精を出す。その姿をアグリアに嘲笑われようとも、足元を熱され蒸発した自らの小便臭を嗅がされようとも、絶対に動きを止めない。

「やめて! ――ハイグレっ ハイグレっ
 その人達だって、一生懸命…… ――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「あぁ? てめーに指図する権利なんかねぇんだよ、このブス!」

 しかし言外にアグリアはレイアの要求通り、OL達をいたぶるのをやめる。そして踵を返すや最前列に並ぶレイア達の下へ、つかつか歩み寄ってきた。

「んな事より、おらよ。お仲間を連れて来てやったぜ」
「うっ……!?」

  ――ドサっ

 仕込み杖を手にしていない左腕を大きく振るい、引きずってきた『荷物』を投げ出す。砂浜故衝撃はさほどではなかったものの、突き飛ばされた事により発する呻き声。この炎天下の中熱せられた鎧姿が見ているだけでも暑苦しい、縦ロールのサイドテールが目を引く少女騎士の姿があった。

「アリーシャ!? どうしてここに……! ――ハイグレっ ハイグレっ」
「…………」

 レイアの叫び声にアリーシャは答えない。ここまでもずっと引きずられてきたのだろう、全身砂まみれ。しかしそれ以上に――。

「サイモンは放っておいていいっつてたけど、こいつだけ楽させるわけねぇだろが! つーか、さっきからぶつぶつ言ってて、辛気臭ぇんだよ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――アリーシャ、何があったの……?」
「わ、私は……。――っ!!?」

 どこか上の空だったアリーシャがようやく顔を上げる。横座りになった彼女の眼前に立ちはだかっているのは、レイアの体。首を自然な位置へ持ち上げ丁度見上げたその高さは、食い込み著しい股間……。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「なっ!? 何をやってるんだ、レイア!?」

 生気を失っていた瞳にみるみる力が戻り、まるっきり立場が逆転したアリーシャはレイアに詰め寄ろうとする。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「し、シゼル殿!? それに確か、エルレイン殿まで……」

 見知った仲間が無地のハイレグ水着姿で、大股開きの股間を指し示している。この非常時に彼女の悩みは一時的とはいえ、幸運な事に押し流されていた。

「ほらよ。こいつのハイグレも渡しておく。この砂浜に踏み入れた以上、呪いが適用され始めてっから、後はお前らで教えとけ」

  ――パサっ

「な、何だこれは……?」
「あ、アリーシャ! とにかくいいから、聞いて! ――ハイグレっ ハイグレっ」

 もはや用は済んだとばかりに背を向けるアグリア、そして狼狽え気味に叫ぶレイアとの狭間でアリーシャの注目は定まらない。

「早くしないと、アリーシャも流砂に呑み込まれちゃう! だから何も言わずに、まずはその水着に着替えて! そして、わたし達と一緒に……。


  ――ハイグレ人間になろう!!」



    …………
    ……
    …


* Re: テイルズ短編集(3) ( No.12 )
日時: 2020/09/11(金) 23:19:33 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage6 猛る無影



「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 心地よい波音を掻き消し幾重にも響く声。その多寡はこれだけの人数がいるのだからさしたる違いはないものの、殊彼女に関しては違う。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」

 揺れるサイドテール、形のいい乳。人を惹き付ける事ができる凛とした声を存分に轟かし、桜色のハイレグ水着で瑞々しい肢体をキュッと締め上げたアリーシャが存分に腕を振るう。

「ハイグレっ ハイグレっ ――レイア、こんな感じでいいのだろうか?」
「うん、多分大丈夫だと思うよ。――ハイグレっ ハイグレっ」

 首を巡らし、右隣に並ぶレイアとコールの合間に言葉を交わす。彼女やエルレイン、シゼルの指示に従って慌ただしく着替えを済ませたアリーシャは見様見真似で変態スクワットを習得し、今や彼女らに倣って四人一列になって大海原へハイグレポーズを捧げていた。

「なら、よかった。――ハイグレっ ハイグレっ
 私もあの鎧のようになっていたかと思うと、――ハイグレっ
 ぞっとするからな。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」 
「ハイグレっ ――そ、そうだね……。
 ハイグレっ ハイグレっ ――アリーシャの着てた鎧、練習してるうちに沈んでっちゃったもんね」
「あのアグリアという者が言っていた事は、――ハイグレっ
 脅しでも何でもなかったという訳か。――ハイグレっ ハイグレっ
 そんな状態に追い込まれながら、落ち込んでいた私を……、――ハイグレっ
 必死に助けようとしてくれて、本当に感謝している。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――ううん。仲間だし友達だし、当然の事だよ。
 ハイグレっ ――でも、アリーシャ。さっきは……」

 辛く苦しい状況の中で支えになる友情を感じながらも、レイアは言葉を濁らせる。

「……着替えの事だろう。――ハイグレっ
 こんな非常時の事だから、気にしないでくれ。――ハイグレっ ハイグレっ」

 言いにくい事を、アリーシャ本人がきっぱりと言い切る。彼女はレイア達と違って直接ハイレグ水着を指し渡されたのだから、自ら着替える必要があった。しかも五分ハイグレをしなければ流砂に呑まれるという、制限付きで。
 その結果やむにやまれず、この砂浜において着替えを敢行した。砂浜とはいえここはサイモンの幻影、更衣室どころか目隠しになる衝立すら望めない。そんな中でもアリーシャは気丈に衣服を脱ぎ払い、異性の目もある中すっぽんぽんで日差しを浴びる瞬間も挟みつつ、野外公開生着替えという恥辱を経てハイレグ姿となったのだった。

「ハイグレっ ハイグレっ ――それが『騎士の矜持』というものか。
 王制を敷かぬ我らセレスティア人にとっては馴染みのない考え方だが、筋の通った信念のような物は共感できる。――ハイグレっ」
「ありがとうございます、シゼル殿。――ハイグレっ ハイグレっ」
「自らを律し、規律に生きる生き方。――ハイグレっ ハイグレっ
 その生き方にあなたの幸福はありますか? ――ハイグレっ」
「幸福、ですか……。――ハイグレっ
 難しいですが、少なくとも自分に恥じない生き方はしてきたつもりです。――ハイグレっ ハイグレっ
 エルレイン殿の求める答えになってるかは分かりませんが、――ハイグレっ
 私は私が憧れる騎士として、強く、民を守れる存在として……。せ、師匠(せんせい)……」

 語るうちに頭を過ぎったのは、元の世界で姫騎士として生きていた自分の姿。『騎士は守るもののために強くあれ。民のために優しくあれ』……、その言葉を体現するために日々努力してきた。
 それは決して喝采に彩られた平坦な道ではない。志のない者に罵倒され、政敵には貶められ、挙句民にさえ疎んじられる事もある。
 しかしそれでも挫けずにいられたのは、ひとえに目標となる人物が身近にいたから。いつか自分も、『彼女』のような本当の騎士に……。だがそれは彼女の表面的な一面に過ぎず、岩礁でサイモンに言われた事を考えると胸が押し潰されるように苦しくなる。

「アリーシャ! ハイグレ、ハイグレして! ――ハイグレっ ハイグレっ」
「……っ!? ――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 レイアの声で我に返り、慌ててハイグレポーズを再開する。脚を曲げてがに股になって、股間をビシっ、ビシっ! こんな姿を『あの人』が見たらどう思うだろうか、という疑念が首をもたげるが、今は振り切って目の前の窮地を乗り切る事だけに集中する。


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハィっ、うっ、うぅー……」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 そう……、そうしていなければ、彼女のように倒れ込む事になる。振り返り見ればハイグレポーズを続けている人物は確実に二〜三割程は減っている。この炎天下において灼熱の日向に立たされ、水分補給もなしにスクワットを続ける。そんな過激な運動にアリーシャ達でさえ息を上げているのだから、戦士でもアスリートでもない一般人が耐えられるはずもなく、フラフラと上気して膝から崩れ落ちる者が続出していた。

「あー? 何だてめぇ、このままくたばりてぇってのかー?」

  ――ゲシっ ゲシっ

 たった今座り込んだ少女の下へ向かって、アグリアが罵り始める。大きくU字に切り開かれた背中を容赦なく蹴りつけて、倒れ伏した後も起き上がれないようグリグリと何度も踏みつける。

「や、やめてっ! そんな事したら、リメちゃんが……」
「はっ! おめでたい奴だなぁ!」
「きゃっ!?」

 いたぶられる友人に思わず駆け寄ろうとした黄緑色のハイレグ少女が、代わりに蹴り飛ばされる。そのまま尻餅をついた少女は迫り来るサンダルから必死に身を守ろうと、頭を抱え体育座りの姿勢を取る。

「オラっ、オラっ、オラァっ! 何とか言ってみやがれ!」
「うっ、うぅっ……。つっ……」
「やめて、アグリア! そんな事したらその子まで……!」

 そんな指摘をしている間にも虚しく砂は崩れ落ちていき、熱中症で倒れた少女が、次いで今も尚アグリアに蹴られている少女までもが最期まで顔を上げる事なく流砂の中へ消えていく。

「へっ、ザコがしゃしゃり出てくるからだ。てめーらもよーく、覚えとけよ」


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 勝鬨を上げるアグリアの声に、応える者は誰もいない。目の前の惨状から目を逸らしていた彼らも、全身に球の汗を浮かせて荒い息遣いでハイグレの四文字を繰り返す。
* Re: テイルズ短編集(3) ( No.13 )
日時: 2020/09/11(金) 23:22:39 メンテ
名前: 牙蓮


「どうしてそんな事するの!? あの子はただ、友達を助けようと……」
「うっせー、ブス! てめぇ、まだあたしに指図する気か?」
「指図じゃない。お願いだよ」

 もはや幾度繰り返されたか分からぬ光景。しかしそれでも、レイアは口を閉じなかった。

「こんな事続けてるから、皆倒れ始めたんだよ。――ハイグレっ ハイグレっ
 せめて日陰に移動するくらい待ってくれるとか、お水を取りに――」
「知るか、そんな事! 具合が悪い? あぁそうかよ。だったらこれ以上悪くならねーようにしてやろうか?」

  ――ボゥ!

 レイア達へ向き直り、仕込み杖を振るうアグリア。その先端から湧き出た炎は地を這い進んで迫り、レイアとアリーシャの間を抜けて波打ち際を焦がした。

「アグリア、やめ――」

「おい、あんた! ――ハイグレっ ハイグレっ
 これ以上怒らせるのはやめてくれ! ――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――そうよ!
 ハイグレっ ――下手に刺激しないで。
 ハイグレっ ハイグレっ ――流砂に沈む前に、皆殺されるわ!」

「そんな、でも……」

 思わぬ方向から上がった非難の声に、レイアは動揺する。アグリアの後ろ、並び立ってハイグレポーズを行う群衆から向けられる視線は、むしろレイアに集中していた。

「あははっ! 見たかよ! お前より分かってんじゃねーかよ。
 弱い奴は強い奴に従うしかねぇ。てめーは善人面して気持ちいいだろうが、周りにとっちゃ迷惑なんだよ!」
「やめろっ、そんな言い方……。――ハイグレっ ハイグレっ」
「あぁ? 姫さんよ、てめーもそんな事言えんのか? 聞いてるぜ。てめーも元の世界じゃ、引っ掻き回して周りに煙たがられてたってなぁ」
「くっ……」
「頑張れば何とかなる? 真面目にしていれば誰かが見ていてくれる? んなの、てめーらが楽に生きてきた証拠でしかないんだよ!」


  「――そのくらいにしておけ。ハイグレっ ハイグレっ」


 ヒートアップするアグリアに、ストップが掛かる。レイアもアリーシャも、己の中に心当たりがあって辛うじてポーズを取っているだけといった有様。そんな中器用に体全体で振り返ってハイグレポーズを取り続けていたシゼルがアグリアと向かい合う。

「んだよ、ババア! 邪魔すんな!」
「お前の味わった苦痛はレイアやアリーシャのせいではない。――ハイグレっ
 それは八つ当たりというものだ。――ハイグレっ ハイグレっ」
「なにっ……!」
「それにお前がどれ程言葉を浴びせたとしても、――ハイグレっ ハイグレっ
 レイア達はお前を憎んではくれぬ。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「っ……!?」

 一歩一歩、歩み寄っていたアグリアの足が不意に止まる。見開かれた瞳孔。その顔に先程までの嘲笑はなくなっていた。

「いいの、シゼルさん……。私は――」
「レイア、それよりも先に……。――ハイグレっ ハイグレっ」
「あ、ありがとう。――ハイグレっ ハイグレっ」
「けっ、偉そーに見透かしたつもりかよ、ババア」

 もはや仲間内での声掛けすら不快なのだろう。アグリアは汚らしく唾を吐き捨てる。

「てめーこそ、どうなんだ? 娘と離れ離れのくせに、よく母親面なんかできるよな」
「ハイグレっ ハイグレっ ――確かに。
 私は母親失格だ。――ハイグレっ ハイグレっ」

 ブルンブルンと揺れる、豊満な乳袋。苦渋に満ちたその顔には、様々な意味が込められていた。

「へっ、開き直りかよ」
「そうだ、開き直りだ。――ハイグレっ
 だが、今私はここにいる。――ハイグレっ ハイグレっ
 失った時間は取り戻せないが、メルディがそう望んでくれる限り、――ハイグレっ
 私は母親なのだ。――ハイグレっ ハイグレっ」
「くそっ、何で……。なんでっ……!」
「あ、アグリア……? ――ハイグレっ ハイグレっ」

 レイアの心配を他所に、アグリアの瞳には涙が浮かんでくる。

「うるさい! どいつも、こいつもっ……!!」
「ま、待って! ――ハイグレっ」

 去り行く背中に声を投げかけるが、それは届かなかった。揺れるシルバーヘアーの下で、肌に張り付くハイレグ水着。その布地に変化などありはしないだろうが、アグリアの細い体を雁字搦めに押さえつけているように思えた。

「アグリアのあんな顔、初めて見た……。――ハイグレっ ハイグレっ」
「母、か……。――ハイグレっ
 随分と拘っているようだったな。――ハイグレっ ハイグレっ」

 レイアに限らず、ここまで静観を保っていたエルレインも己が理解の範囲で所見を述べる。

「あの娘にも何か想いがあるのだろう。――ハイグレっ ハイグレっ
 ……私は少し、喋り過ぎた。――ハイグレっ」

 そう語るシゼルの顔には疲労の色が濃い。内なる魔力や年長者としての気概から気丈に振る舞ってはいるが、娘を外に残した心労は決して軽くはない。


「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 焼き尽くされるという当面の危機は去ったものの、重苦しい空気が砂浜を包む。背後の一般客に限らず、声を荒げたレイアやアリーシャ、それに体の向きを変えながらハイグレポーズを続けたシゼルにも相当の疲労が溜まっている。再び横一列に並んでハイグレポーズを行う鏡映点達の間にも、流砂の恐怖が現実味を帯びて迫りつつあった。



    …………
    ……
    …



* Re: テイルズ短編集(3) ( No.14 )
日時: 2020/09/18(金) 23:36:21 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage7 忍び寄る虚像



「くそっ……。あいつらっ……!」

  ――ガシャーンっ!

 力任せにドアを叩き閉めたかと思うと手近な椅子が蹴飛ばされ、両開きの大窓がけたたましい音を立てて砕け散る。テーブルに本棚、床には上質な絨毯が敷かれたこのログハウス調の一室は現世と幻術との狭間に設けられた誘拐犯達のアジト。故にアグリアが今し方粉微塵にした窓の向こう側も、ミリーナの仮想鏡界と同様に漆黒の異空間だけが広がっている。

「外の連中は大人しくしているようだ。鏡士はまだ来ていないが……。――何かあったのか?」

 そんな仮初めの一室で瞑想し情報収集に努めていたサイモンは淡々と問い掛けるが、その言葉とは裏腹に心配などといった感情は一切伝わってこない。

「何でもねぇよ」
「あいつらの戯言に惑わされたか」
「何でもねぇって言ってんだろ!」

  ――ダァンっ!

 包み隠さず痛い所を突く質問に、今度はテーブルへ一拳。感情の昂りはそのまま能力の暴走を引き起こし、歪な亀裂が烈火と共に走ると天板は炭化した破片と化し陥没していった。

「ふむ、そうか……」

 怒り収まらぬといった様子で尚もテーブルを殴りつけるアグリアに一瞥をくれ、サイモンはそっと席を立つ。

「少しは使えると思ったが、やはり人間か。――計画を少し、早める必要があるな……」

 そう独白する彼女の瞳に、協力者の姿は映らない。人間という種族そのものへの失望か、あるいは諦念、蔑視にさえ近い感情なのかもしれない。そんなサイモンという天族を形作るある種信念にも似た思いに突き動かされ、次の一手へ向けた杖(タクト)が粛々と振るわれる……。



    …………
    ……
    …



「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」


 一方こちらは、幻影に閉ざされた仮初めのビーチ。順調に数は減っているものの、鏡映点の彼女達を始めまだ数十人の若者が死力を尽くしてハイグレポーズに取り組んでいた。

「ハイグレっ ハイグレっ ――あ、アリーシャ……!」
「大丈夫だ、レイアっ! ――ハイグレっ
 まだ、一緒にっ……、あぁっ!? ――ハイグレっ ハイグレっ」

「ハイグレっ ハイグレっ ――メルディ……。
 できる事なら、もう一目だけ……。――ハイグレっ ハイグレっ」
「気の迷いは毒だぞ。――ハイグレっ ハイグレっ
 その毒は心だけでなく、お前の体まで蝕み、――ハイグレっ
 終いには闇に閉ざされ、くっ……。――ハイグレっ ハイグレっ」

 懸命に仲間を励ますアリーシャもエルレインも、額に球の汗を浮かべ表情を歪める。灼熱の日差しは弱まるどころか激化する一方であり、彼女らとて自分の事で手一杯といった有様であった。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (わたし達、いつまで……)

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (こんな事続けなくちゃいけないのっ……?)

 ハイグレコールのみの沈黙が訪れる中、レイアは独り己の内で自問する。幾ら問い掛けても答えなど導き出せるはずがなく、溜まっていくのはただただ疲労と気疲れ、それに喉の渇きのみ。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」

 「ハイグレ」というその一声を発するだけでも、喉が焼けるように痛い。朦朧としてきた意識の中ではもう、耳に届くハイグレコールが自分の物なのか他者の物なのかさえ分からなくなってくる。視界は次第にぼやけ、終いには立っている感覚さえも……。
 しかしそれでも、生き延びるため……。頑張って立ち向かっているみんなの為にも、ハイグレポーズをやめられない。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」

 そして――。



  ――気が付くと、夜になっていた……。



「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」

 流れ落ちてきた汗が目に入って瞬くと、レイアはハッとする。辺りを見回すといつの間にか薄暗くなっており、灼熱の太陽もあの纏わりつくような熱気もなくなっていた。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (えっ……?)

 状況が分からない以上、安易にハイグレポーズはやめられない。続けたくもないが仕方なく股間を食い込ませながら、辺りを観察していく。
 こういった考え事は得意ではないけれども、多分自然現象ではないと思う。さっきまで朦朧としていたから景色も時間感覚も分からなくなっていたけど、いくら何でも夕焼けを見落としてまでポーズに耽っていたとは考えにくい。そしてもう一つ、大きな変化としてアリーシャにシゼル、エルレインを始めとした周りで共にハイグレポーズを行っていた何十人もの人々が跡形もなく消えている。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (どういう事……?)

 孤独なハイグレコールが海辺に響く中、レイアは思う。これは十中八九、いや、確実と言ってもいい割合でサイモンの幻術に違いない。本人の姿は見えないけれども、きっとこちらの出方を伺っている。
 みんなと分断されて、一体何されるの……? こんな格好で独り取り残された不安が急速に胸へのしかかってくるが、訳も分からずとりあえずハイグレポーズを続けるしかない。
 すると――。



「――レイアっ!」

  ザっ ザっ――



 今度は背後から、自分の名を呼ぶ声が響いてくる。その声にレイアの心臓は鷲掴みにでもされたかの如く飛び上がり、思わず振り返ってしまう。聞き慣れた声、声変わりを経ても尚ちょっと高めで耳触りのよい、優しい声……。
 体の向きを変えると思った通り、真っ直ぐに連なった足跡の先へいつもの黒い上下で纏めたジュード・マティスの姿があった。

「ジュード……」
「レイア、助けに来たよ。でも、その……」
「えっ……? ――わわっ!?」

 ジュードの視線に気付き慌てて我が身を抱くようにして胸と股間を覆い隠す。反射的にハイグレポーズをやめてしまったけど、ふとある疑問が首をもたげる。

(何でジュードがここにいるの……?)

 しかもハイレグ水着姿でなく、いつもの格好で。答えは簡単、このジュードは幻。危うく敵のペースに乗せられそうになった所で何とか踏み留まり、必死に自分自身へ言い聞かせる。

  ――ズズズっ

 と、そんな思考を掻き乱すかの如く、足元へ違和感が走る。見れば僅かながらも砂浜が渦を描き始めており、レイアは退く事のできない崖っぷちへ追い込まれた。

「ジュード、ごめん! ――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「れ、レイア!?」

 精一杯足掻くため、レイアはハイグレポーズを再開する。幻とはいえ幼馴染が眼前へ居ようともがに股になって股を開き、汗でより一段と肌へ張り付いたハイレグ水着姿を見せつけるかの如くビシっ、ビシっと指し示す。

「な、何? どうしたの!? 胸が、その……。揺れて……」
「言わないで! ――ハイグレっ ハイグレっ
 これしてないと、わたし……。――ハイグレっ
 この結界の中で生き残れないの! ――ハイグレっ ハイグレっ」

 懸命に状況が分からないと演技する幻影を制して叫ぶが、自分で言っていて酷く情けなくなってくる。ハイグレポーズをしないと生き残れない、即ちハイグレポーズをするために生きているとも聞こえてきそうな、何とも惨めな台詞。それを自ずから発さなければならないどころか、幼馴染の形をしたモノに向けて告白させられ、心を抉られるようであった。

「そんな! じゃあ、すぐに離れなきゃ!」
「あっ……」

 そんな事実にショックを受け目を見開くも、すぐに立ち直ってレイアの腕を引くジュード。幻であるはずなのにその掌にはちゃんと感覚があって、焦っている彼の気持ちが透けて見えるかのようにちょっと痛い程だった。

  ――ズズズっ

 しかしそんな彼に引かれ一歩踏み出すと、足首辺りまで砂に沈んでしまう。このまま進めば、流砂に呑まれる。レイアに残された選択肢は一つしかなかった。
* Re: テイルズ短編集(3) ( No.15 )
日時: 2020/09/18(金) 23:40:35 メンテ
名前: 牙蓮


  ――パシンっ!

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」

 ジュードの手を振り払い、レイアはハイグレポーズを続ける。

「ごめんね、ジュード。――ハイグレっ ハイグレっ
 もう、時間切れみたい。――ハイグレっ
 これ以上動いたらわたし、流砂に沈んじゃうの――ハイグレっ ハイグレっ」
「そ、そんな……!」

 弾かれた手を上げたまま、ジュードの顔が絶望に染まる。

「どうにかならないの!? それに僕、どうしたらっ……!」
「分かんないよ、そんなのっ! ――ハイグレっ ハイグレっ
 そりゃ術を掛けてるサイモンを倒せば、――ハイグレっ
 いいかもしれないけど……! ――ハイグレっ ハイグレっ
 どこにいるか分かんないし、――ハイグレっ
 今はもう、こうするしかないの! ――ハイグレっ ハイグレっ」
「っ! レイアっ……」

  ――ザクっ

 突き付けられた現実の重さにジュードの膝が折れ、ゆっくりと崩れ落ちていく。

「レイア、どうして……! どうして、こんな事に……」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (! やめてっ……)

 四つん這いになり俯くジュード。その首(こうべ)が垂れる間際に見えた顔からは表情がみるみる抜け落ちていっており、そんな彼の仕草にレイアは心の内で悲鳴を上げる。

「僕のせいだ……。僕がもっと、早く助けに来れなかったから……」
「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (お願い! 幻でも、そんな顔見せないで……!)

 ジュードの絶望、それはレイアの思い出しなくない記憶をズキズキと刺激する。
 あれは忘れもしない元の世界『リーゼ・マクシア』での事。急転する事態の中でミラ=マクスウェルを喪ってしまった時、彼は心に大きな傷を負う事となる。仲間との死別という一大事はレイアを始め旅の一行にも大きな衝撃をもたらしたが、殊ミラを慕い彼女の信念に自分の進むべき道をも重ね合わせていたジュードの喪失感たるや、計り知れないものがあった。境遇を恨み、世界を恨み、そして救えなかった自分自身をも恨み……。食事さえも満足に取れなくなった彼の衰弱ぶりといったら生命の危機を感じさせる程であり、それを間近で見舞ってきたレイアの脳裏には今も鮮明に焼き付いている。

  ――ザクっ ザクっ

 砂浜を穿つ拳の音が虚しく響き渡る。それがいつ別の方向へ向いてしまうのか、いつ自分自身を殴り出してしまうのか……。レイアの不安は加速度的に大きくなっていく。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (いやっ! ジュードのそんな顔、もう見たくない……!)

 あの時とは違って、今は二人きり。銃口を向けるという強引な方法とはいえ呼び覚ますきっかけをくれたアルヴィンもいなければ、一緒に手を取り逃げてあげる事もできない。

「……よし!」

 ハイグレポーズの合間に、一つ深呼吸。見開いたレイアの瞳には、揺るぎない信念が宿っていた。



「――ジュード、見て! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」



 危険を顧みず彼の下まで歩み寄り、その首を強引に引き上げる。

「レイア……?」
「ほら、行くよ! ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 呆けた顔のジュードに向けて、尚もハイグレポーズを送る。右手を彼の頬へ添えて視線を固定し、至近距離で食い込む股間をビシっ、ビシっ! 左手だけでポーズを刻むレイアの顔は先程までの不安を取り払い、満面の笑みで彩られていた。

「心配しないで、ジュード。――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 わたしはほら、大丈夫! ――ハイグレっ! ハイグレっ!」
「どうしたの、急に? それに、そんな恥ずかしいポーズ……」
「恥ずかしくない! ――ハイグレっ! ハイグレっ!
 だってハイグレポーズ、結構楽しいんだから! ――ハイグレっ! ハイグレっ!」

 言いながら尚も、ハイグレポーズを繰り返す。呆気に取られるジュードを前に、レイアは懇々と語っていく。

「これ、意外とキツくてさ。――ハイグレっ!
 トレーニングしてるみたいで、燃えてくるんだよね。――ハイグレっ! ハイグレっ!」
「レイア、分かったから……。もう、無理しないで」
「無理じゃないっ!!」
「――っ!?」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ――無理でもいいの。
 だってこうしてないと、ジュード安心してサイモン倒しに行けないでしょ? ――ハイグレっ! ハイグレっ!
 わたしは手遅れだからって落ち込むジュードを、これ以上見てたくない。――ハイグレっ!
 ジュードには前を向いて、笑っててほしいから……! ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「レイア……」

 レイアの想いに触れ、ジュードは立ち上がる。その目には向かい合う翠緑の双眸と同じく、光が宿っていた。

「ありがとう、レイア。落ち込んでる場合じゃなかったよね」
「ジュード……! ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「レイアもこんなに頑張ってるんだ。もう少しだけ、待っててくれる?」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ――もっちろん!
 ジュードが笑っててくれたら、わたしは大丈夫だから。――ハイグレっ! ハイグレっ!
 だから気にせず、いくらでもハイグレして待っててあげるよ。――ハイグレっ!」
「約束だよ。絶対続けててね」

 そう言ってゆっくりと振り返り、ジュードは元来た道を戻っていく。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (わたしは、ジュードの笑ってる顔が見たい!)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (そのためだったら何でもするって決めたの!)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (だから何にだって……。ハイグレ人間にだって、なってみせる!)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (わたしはハイグレ人間。ハイグレは楽しくてやめられない……)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (わたしは、ハイグレが大好き!)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――)

 ただ独り残された海岸で、レイアはハイグレポーズを続ける。それは彼女の信念に賭けて、愛する人の背中を押し共に歩んでいくためだけに刻まれていく。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――)

 それはもはや、脅されて仕方なく刻むものではない。彼女は心から願って、ハイグレ人間としての自分を思い描いていく。



「……まずは一人、堕ちたか」



 そんな彼女を残して砂浜を去り行くジュード。その口端にはおよそ彼には似つかわしくない、憐みの笑みが刻まれていたのだった……。



    …………
    ……
    …



* Re: テイルズ短編集(3) ( No.16 )
日時: 2020/10/02(金) 23:14:55 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage8 歪められる本性



「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」

 宵の帳が下りた海岸線に、ハイグレコールが響く。光の減じた世界の中美乳とサイドテールを揺らし、アリーシャは桜色のハイレグ水着姿で変態スクワットを続けていく。

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (いつの間にか、皆と分断された)

「ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――」
 (次は一体、何を仕掛けてくる……?)

 不安は尽きないが、斜陽によって幾分か疲労度も和らぎ冷静な頭が戻ってきた。一般人達はともかくとして、レイア達ならこの非常時もきっと乗り越えてくれるだろう。ならば自分も負けてはいられない、と、持ち前の矜持を頼りに最大限の警戒を払っていく。



  ――ザっ ザっ ザっ

「アリーシャ……」



 来た……! 何らかの接触があると警戒はしていたものの、思わぬ声色に喉は裏返った音を発してしまう。

「スレイ!? どうしてここに……?」
「サイモンの要求で来たんだ。導師を連れてこいって言われてみたいでさ」
「そ、そうか……」

 返事をしながらアリーシャは必死に頭を回転させる。これまでの所、彼の言い分はもっともだと思う。サイモンはアリーシャと同じ『グリンウッド』から具現化されたのだからスレイを知っていて不思議ではないし、諸共貶めようとして結界へ誘い込んだのだろうとも考えられる。
 しかし、目の前のスレイが幻術でない証は……? どちらとも判断を下す術がなく、今は事の成り行きをじっと見守るしかない。

「その水着、どうしたの? それに何だか、顔色も悪いように見えるんだけど……」
「うっ……。そ、それは……」

 痛い所を突かれた。スレイの顔を見て、考えないようにしていたグリンウッドでの出来事が再び蘇っていたのだった。

「何か悩んでる事があるなら話してくれ。オレ達は仲間だろ?」
「……あぁ。サイモンに言われたんだ。マルトランは私の事を憎んでいたって」
「マルトラン……。それって確か、アリーシャの師匠(せんせい)で――」
「目標、だった」

 もう堪えきれない。優しい声で水を向けられ、それを跳ね除けられる程アリーシャは強くなかった。

「師匠(せんせい)のようになりたいとずっと思っていた。だけど師匠は王女という地位の前に膝を折り、私を気遣うフリをしていただけだったんだ」
「もしかしてサイモンは、オレ達の未来を……」
「あぁ、知っていると言っていた」
「…………」
「私は、戦争を止められなかったそうだ。そもそも味方だと思っていた師匠(せんせい)が対立を煽っていたのなら、到底無理な話だ。
 私のやっていた事は、無駄だった。その事を別の世界に来て、未来の人物に知らされて……。もう、何もする事ができない! 後悔しても遅いんだ!!」
「アリーシャ……」
「何より私は、師匠(せんせい)に……。くっ、うぅ……」

 語っているうちに感情はどんどんと昂ってしまい、目から熱いものが零れ落ちる。拭うハンカチも、袖さえも今はない。それでもとめどなく溢れてくる涙を受け止めようと、生まれたままの素肌で拭い水着へ擦り付ける。



「――もう、考えなくていいんじゃないかな?」



「えっ……?」

 そんな中、スレイは口を開く。労わるように、そして傷つけぬように……。そんな配慮に満ちた温かな声に問い掛けられ、アリーシャは腫れた目のまま首を傾げる。

「君はもう王女じゃない。もっと自由に、心のままに生きてもいいと思う」

 両手を広げ語るスレイの姿はまるで大空を羽ばたく鳥のよう、とても自由に見える……。

「怒っても泣いても、誰かを憎んだり恨んだりしても、『王女のくせに』なんて言う奴はここにはいない。新しいアリーシャがどんな人間になろうとも、オレは嫌いになったりなんかしないよ」
「スレイ……」

 耳触りのいい言葉は、とても心地良い。できる事ならばこのままずっと聞いていたい……。

「…………」

 しかしその一方で、アリーシャはそっと決意を固める。



「――よし、悩むのはここまでだ!」

  ――ヒュンっ!



 腹の底から声を出し、右脚を振り上げる。綺麗な円弧を描くそれは足元に忍び寄っていた流砂を払い除け、真っ直ぐに天を指す。大開脚によって食い込みが露わになる事も厭わず、眼前のスレイへ向けハイキックを放ったのだった。

「アリーシャ、どうしたの!?」
「お前は、スレイなんかじゃない。――ハイグレっ ハイグレっ」

 しっかりと直視しながら、アリーシャはハイグレポーズを再開する。沈みかけた左足、それは彼女の気迫に押され再び砂上へ浮かび上がっていた。

「何言ってるんだよ。オレはスレイだって!」

 対するスレイの方は、明らかな敵意を向けられているにも関わらず決して腰の剣を抜こうとはしない。そういった細かい所作まで精密に再現してあると認めながらも、アリーシャはもう騙されない。

「スレイは『王女の立場を忘れろ』なんて、わざわざ言ったりしない。――ハイグレっ ハイグレっ
 最初から私の事は、王女ではなく、――ハイグレっ
 ただのアリーシャと見ていてくれたからな。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「…………」
「彼の目には、全てが等しく尊いものに見えている。――ハイグレっ ハイグレっ
 それは私の憧れであり、同時に少し重荷でもあった。――ハイグレっ
 そんな心の隙間を突いて、私を屈服させようとしたのだろう。――ハイグレっ ハイグレっ
 お陰で彼の隣に立つため、――ハイグレっ
 私自身もっとしっかりしなければといつも思っていたのを、――ハイグレっ ハイグレっ
 思い出す事ができたよ!」

  ――ドガっ!

 そして遂に、ハイレグ水着からスラリと伸びる脚線がスレイを捉える。叩き切るかの如く振り抜かれた足刀にスレイの影は袈裟斬りに断たれ、その断面から溢れ出る灰色の霧に呑まれ跡形もなく消えてしまった。

「さようなら、私の鏡……」

 そう呟くアリーシャの顔は晴れ晴れとしていた。

「ハイグレっ ハイグレっ ――なるほど、そういう事だったのか。
 ハイグレっ ――心の隙間を突いてハイグレをやめさせ、強制的に音を上げさせる。
 ハイグレっ ハイグレっ ――危うく呑まれる所だった。
 ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ ――これからはより気を引き締めて、ハイグレポーズに勤しまなければ……!」

 敵の狙いが分かれば、対処はしやすい。アリーシャは気持ちを新たに、全身全霊を籠めてハイグレポーズを行っていく。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 その気迫に体も呼応し、プリプリ瑞々しいお股のアワビもキュンと食い込みに引き締まる。体の底から引き締められるこの感覚が、何とも気持ちいい……。新たに得られた充足感を胸に、アリーシャのハイグレポーズは続いていく。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 (私はハイグレ人間。それ以上でも以下でもない)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 (これは私自身のため、みんなの決意のため……)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 (絶対に、ハイグレポーズをやめたりなんかしない……!)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 (ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!)



    …………
    ……
    …


* Re: テイルズ短編集(3) ( No.17 )
日時: 2020/10/02(金) 23:17:04 メンテ
名前: 牙蓮


「――やめろっ! 私に近付くな!」

 閑散とした海水浴場へ響くシゼルの声。いつになく動揺を隠せぬまま後退る足取りさえ覚束ないとあっては、ハイレグ水着のみを支えとした乳袋が激しく上下に揺さぶられる。

「バイバ! 酷いなー、おカーサン」

 対してたった二人だけのこの場において向かい合っているのは、彼女の娘メルディ。母親が投げかけたぞんざいな言葉に若干眉をひそめつつも、親子水入らずのナイトビーチとあって全身から嬉しさが滲み出ている。
 ……ただしその姿は、いつものラシュアン染めのワンピース姿でなければセレスティアンドレス姿でもない。闇に溶け込む素肌、母親とペアルックのハイレグ水着。発育途上の平坦な体を容赦なく浮き彫りにした、淫らなハイグレ人間の装いをしていたのだった。

「黙れ、幻影! これ以上私の娘を愚弄するというのなら、容赦はせぬぞ」
「偽物違うって、さっきから言ってるよー。メルディはメルディ、おカーサンが事助けに来たな」
「ならば何故、ハイレグ水着を着ている?」
「もちろん、ハイグレがするため! おカーサンも一緒にハイグレしてほしいよ。――ハイグレっ! ハイグレっ!」

 楽しそうに微笑み、メルディはつるっとした肉土手をビシっ、ビシっと指し示す。

「やめろっ! 娘の姿を、ハイグレで汚すなっ!!」

 もはや何度目か、シゼルは声を荒げてしまう。娘の無様な姿を見せられるのは、もちろん辛い。しかもそれ以上に、元来陽気でダンス好きなメルディが行うハイグレポーズはあまりにリズミカルで、とても楽しそうに見えてしまうのが何より苦痛であった。

「おカーサンも一緒に、ハイグレしよぅ」
「く、来るなぁっ!?」

 股を開いたまま一歩ずつ、メルディが前進してくる。それは食い込みを披露しているだけでなく、股間の緩さをアピールしているようでもあり……。感情的に昂ってしまうのを、シゼルは止められなかった。

  ――バシュっ!

「はうぅ……!?」

 一瞬の出来事に、メルディの口から悲鳴が漏れる。燃え盛る感情は力の具現化として現れ、肥大化した額の結晶体『エラーラ』から闇の光線が発射されたのだった。
 術技『闇の輝眼』……。血の色をした光線は一直線にメルディの足元を焦がす形で着弾し、直撃こそ避けられたものの慌てよろめいたメルディはそのまま尻餅をついてしまう。

「メルディ!?」

 思わず声に出たが、その一歩が踏み出せない。相手が幻影であるという事もさることながら、攻撃したのは他ならぬ自分自身であるという負い目が体を硬直させてしまう。
 おへそ周りの布地へ寄る小皺、開け広げに拝める食い込み。あられもない娘の姿を、シゼルはただ見つめる事しかできない。



「…………ぅか?」



 消え入りそうな声でメルディが呟く。正確には聞き取れなかったが、それでもシゼルの耳には深く突き刺さるものがある。

「また、メルディ……。捨てられるか……?」

 再び、同じ台詞が繰り返される。それも一度だけでなく、二度、三度と幾度なく……。まるで壊れた再生機器のように何度も言い続けるその顔は絶望に染まっており、在りし日の記憶をシゼルに思い起こさせる。
 それは忘れもしない、忌々しい日々。体の主導権を奪われ、深い闇に沈む微睡から垣間見る事しかできない中、愛娘メルディは闇の極光術を完成させるための人体実験に処されていた。力を求めた代償、精神世界の神ネレイドに取り憑かれた結果とはいえ、この手で彼女を苦しめばならぬ現実にいつも身を裂かれる思いであった。そればかりか研究が完成すると、何の未練もなくあっさり打ち捨ててしまう。その時彼女が浮かべていた、傷付きながらもどこかここから離れられるという安堵も入り混じったこの世の終わりのような表情がまざまざと蘇ってくる。

「くっ……。私はっ……!」

 激しい頭痛に、シゼルは苦悩する。この体から既にネレイドの気配はない、この苦痛を生み出しているのは他ならぬ自分自身に相違ない。
 眼前で塞ぎ込むメルディの側には、いつも一緒にいる彼女のペットであり相棒でもあるクィッキーの姿はない。たった一人、今の彼女を励ませるのは……。




「――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」



 考える前に、体が動き出していた。もはや理屈ではない。苦しむ我が子を救うために、理由など必要なかった。

「メルディ! ――ハイグレっ ハイグレっ」
「……ぇ?」

 語気を強める母の声に、メルディは顔を上げる。虚ろなその瞳に移り込む姿は、大胆にがに股となった母親のはしたない水着姿……。

「すまなかった。――ハイグレっ ハイグレっ
 私はお前の事を想うと言いながら、お前に寄り添ってやる事を忘れていた。――ハイグレっ ハイグレっ
 だから、今一度チャンスをくれ。――ハイグレっ
 お前と共になら、ハイグレ人間であろうと何だって、なってみせる!

  ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

「おカーサン……」

 そっと尻に付いた砂を払い除け、メルディは立ち上がる。肌に張り付く紫の水着。その上ではにかむ笑顔には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

「嬉しいよぉ。オカーサンとずっと、一緒が嬉しい……」
「あぁ、ずっと一緒だ。今度こそお前を離してなるものか。――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 腰を落として深く沈み込めば、処理された恥丘へ布地がギュッと食い込む。がに股で告げられる、親子の誓い。その姿にメルディも呼応するかの如く、トコトコと歩み寄って立派ながに股を披露する。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 お互い向かい合って始まる、親子ハイグレポーズ。たとえその行いが無様で卑猥なものだとしても、彼女達には関係なかった。

「メルディ……。――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「おカーサン……。――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 名を呼ぶだけで、心が満たされる。名を呼ばれるだけで、幸せが舞い込んでくる……。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 (あぁ、メルディ……)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 (メルディのため、私はハイグレ人間になる……!)

 決意に満ちた表情で腕を上下させ、必死にハイグレポーズを刻むシゼル。その目に映るものは満ち足りた親子の時間であり、眼前の少女がいつしか虚空に吸い込まれていたとしても、もはや些事にさえ含まれない出来事であった。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (メルディとハイグレ。私はハイグレの母……)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (メルディ……。ハイグレ、ハイグレっ……!)

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 (ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――)



    …………
    ……
    …


* Re: テイルズ短編集(3) ( No.18 )
日時: 2020/10/02(金) 23:20:45 メンテ
名前: 牙蓮


「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」


「ハイグレっ ハイグレっ ――これは……」

 ハイグレポーズを繰り返す中、エルレインの口から呟きが漏れる。ここは灼熱。降り注ぐ日差しと焼けた砂浜が広がる、これまでと何ら変わらぬ幻影のビーチ。彼女に限らず人質達は皆揃ってハイグレポーズを続けていたのだが、どことなく変化した空気感に只事ならぬ違和感を覚えていた。


「ハイグレっ! ハイグレっ! ――ジュード、見て! 笑って! ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 「騎士の誇りに賭けてっ! ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――あぁ、メルディ。メルディ……!」


「ハイグレっ! ハイグレっ! ――ねぇ、オーケ。私、可愛い?
 ……そっかぁ! じゃあ頑張ってハイグレするね。――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――これでもう、立派なハイグレ人間でしょ? お願いだから、もう虐めないで……!」
「これで出世も、間違いなしっ! ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」


 その変化はレイア達三人の鏡映点だけでなく、エルレインの背後で立ち並んでいるはずの一般客達にも及んでおり、様々な事を口走りながらハイグレポーズを続けていた。

「時折出てくる、人名と思しき固有名詞。――ハイグレっ
 どうやら次の一手を打ってきたようですね。――ハイグレっ ハイグレっ」

 そんな事を考えていると、ふと眼前の空間が揺らぐ。大海原を望む波打ち際、そこへ白のパンプスが降り立つ。次いで濃紫のニーハイソックスに包まれた脚線、病的なまでの白さが際立つ肌を惜しげもなく晒すサイモンがゆっくりと歩み寄ってきた。

「気付いたか。さすがは神の名の下、人間を統制してきた聖女といったところか」
「御託はいらぬ。――ハイグレっ
 彼女達に何をしたというのです。――ハイグレっ ハイグレっ」

 表情を険しくするエルレインに対し、サイモンは不敵な笑みを浮かべる。

「フフフ……。なに、簡単な事よ。奴らに『ハイグレの夢』を見せてやっただけだ」
「ハイグレの、夢……? ――ハイグレっ」
「そうだ。この炎天下にも関わらずハイグレを続けてきた猛者達なのだから、褒美が必要であろう。いつ如何なる時でもハイグレに全てを捧げられる、ハイグレ人間。その真なる姿へと至らしめるための道標を、奴らが最も望まぬ形で示してやっただけだ」
「なるほど。――ハイグレっ ハイグレっ
 彼女達は終わらぬ悪夢を、見せられているというわけか。――ハイグレっ」
「悪夢だと?」

 ふと表情を変えたサイモン。その真意はエルレインの見立てが意外であったのか、自らの意見が否定され腹立たしいのか、それとも……。

「そうとも限らぬだろう。ハイグレという旗印の下へ集い、本能のままに在る生き方。その過程において多少の苦しみがあるとしても、その先に軋轢や不一致などから解放された世界があるのならば、決して悪夢ばかりとは言えぬだろう」
「確かに、お前の言う事にも道理はある。――ハイグレっ
 しかし……」
「私は見てきたのだ。高々数十年程生きただけのお前では見る事もなかったような世界をな。こうして少しばかり異質な状況を作り出しただけで、人は簡単に心を乱してしまう。弱く、醜い。欲深く、俗悪……。そんな矮小な存在であるからこそ、管理し支配していく必要があるのだ」
「支配、だと……! ――ハイグレっ ハイグレっ」

 脈々と続くサイモンの講釈の中、エルレインの口調が明らかに変わる。

「それは聞き捨てならんな。――ハイグレっ
 支配とは、私が目指す救済とは真逆の思想だ。――ハイグレっ ハイグレっ
 お前はそれを――」
「果たしてそうだろうか?」

 尚も言い募ろうとしたエルレインの言葉を遮り、珍しくサイモンも語気を強め答えていく。

「お前が言う『幸福』とやらも人間を管理し、統制する事によって与えられるものなのであろう。お前も分かっているはずだ。人間は自ら良き道へ到達できるものではない。最初から奴らに期待する事など、無駄だという事をな」
「…………。――ハイグレっ ハイグレっ」
「お前は人に、何を求めている? 何故異世界へ来てまで、救済を謳い続ける?」
「ふっ、実に愚かな質問だ。――ハイグレっ ハイグレっ
 そうすると決めた事に、理由などない。――ハイグレっ
 人の救済は、私の存在意義。――ハイグレっ ハイグレっ
 そこに何も求める事など、ありはしないのだから……。――ハイグレっ ハイグレっ ハイグレっ」
「愚か者はどちらだ? 救済する理由さえないとは、笑止千万。その様な者が掲げる理想など、ただの虚構に過ぎぬ」
「ハイグレっ ハイグレっ ――掲げる理想が虚構であるという点においては、お前も同じだろう。
 ハイグレっ ――お前は何に、拘っている?
 ハイグレっ ハイグレっ ――何がお前をそうまで、固執させている?
 ハイグレっ ――お前にもいるのだろう。
 ハイグレっ ハイグレっ ――私にとってのフォルトゥナのように、決して切り離す事のできない主が、な……」
「…………」

 互いに互いの視線が絡み合い、睨み合ったそれは簡単に解けようはずがない。人間を取り纏め正しく導くという過程は同じでも、その内に含まれる理念や到達点といった物には大きな隔たりがある。近いようで遠い、決して交わらぬ平行線……。

「……この世界は苦痛に満ちている。絶えぬ争い、植え付けられた記憶、そして異世界へ映し出されてしまった事による葛藤……。
 特に鏡映点は危険だ。奴らは世界に影響を与えすぎる」
「それは、間違いあるまい。――ハイグレっ ハイグレっ」
「故に奴らの暴走を食い止め、一纏めに管理する必要がある。つぎはぎだらけのこの世界という殻を捨て去り、ハイグレ人間という新たな器を基盤に、在るべき世界の創造を始めからやり直さねばならないのだ」
「なるほど、それがお前の目的か。――ハイグレっ ハイグレっ
 それをあえて私に語るという事は、すなわち……。――ハイグレっ
* Re: テイルズ短編集(3) ( No.19 )
日時: 2020/10/02(金) 23:23:26 メンテ
名前: 牙蓮




  ――私自ら、ハイグレ人間へ堕ちろという訳か」



 ハイグレポーズを決めながら、エルレインは静かに言ってのける。自分の行く末を左右する程の、ともすれば死にも等しい運命が待ち受けているかもしれないにも関わらず、淡々と、どこか他人事のように冷めた声色で……。

「話が早くて助かる。お前のように私欲を持たず、世界の安定のためにその身を捧げられる存在は評価に値するが、もはや今のお前は神でも聖女でもないのだからな」
「ハイグレっ ハイグレっ ――エンコード、だったか?
 確かその作用のせいで、フォルトゥナを降臨させるのは不可能に近いと聞いたな。――ハイグレっ ハイグレっ」
「その通りだ。具現化に際するエンコードのせいで、多くの者が本来の力を制限されている。お前とて例外ではなかろう。聖女としての力の大部分を失った今、その身は既に人間のそれと大差ない」
「故に私も、他の者達のように暴走する恐れがある。――ハイグレっ ハイグレっ
 そう言いたいのか。――ハイグレっ」
「そうだ。志だけでは、人間は生きていけぬ。如何にお前であっても、その身に害が及べば平静でいられるとは限るまい。
 手綱を失った力は、世界にとっての毒。そうなる前に、事前に管理できる手段を講じておく事こそが道理だと思わぬか?」
「ハイグレっ ハイグレっ ――ふっ……」

 サイモンの問い掛けに、エルレインは嗤う。ゆっくりと首を振り、ひたと見据えるその眼には全てを見透かすような眼力が宿っていた。

「断る! ――ハイグレっ ハイグレっ
 私は聖女、エルレイン。――ハイグレっ
 たとえこの身からフォルトゥナの加護が失われたとしても、――ハイグレっ
 救済を成すため存在する私の意思が消える事など、ありはしない。――ハイグレっ ハイグレっ」
「そうか。ならば仕方ない」

 反対に、聞き届けるサイモンの返答は酷くあっさりしたものだった。埋まらぬ溝にさしてがっかりする様子もなく、ただ単純にやらなければならぬ確認作業を行っただけ。それ程までに彼女の声色、表情に変化は見受けられなかった。



「ならばお前に教えてやろう。人の身の限界というものを……」

  ――ヒュンっ

「ハイグレっ ハイグレっ ハイ――ぐぅぅっ!?」

  ビクっ――!



 距離を取り振り下ろされた、サイモンの杖。その瞬間ハイグレポーズを繰り返していたエルレインの体が、ビクッと跳ね上がる。

「ぐっ、つはぁっ……。こ、これは、一体……!?」
「フフフ。さすがのお前とて、これには耐えられまい」

 荒い吐息を漏らすエルレイン、その姿を見るサイモンの視線は路傍の石を見るかの如く冷めた物だった。

「苦しいか? お前の体における感度を、それもハイグレに関わる部位だけを3000倍に上げてやったのだ」
「さっ、さんぜっ、ばっ……!?」
「どうした? 先程までの威勢はおろか、息も絶え絶えといった有様ではないか。幻術とはいえ、立っているだけでも締め上げられる布地の感覚。それに狂喜乱舞する肌感覚は格別であろう?」
「っ……!?」
「まあ、いい。お前が尚も聖女としての意思が挫けぬと言うのであれば、実際に示してみよ。この人間の三大欲求、性欲の嵐にさえ怯まぬというのであれば、ハイグレ人間化を急ぐ必要もなかろう」
「ぐっ……! い、いでしょ、うっ……!」

 ギリッと奥歯を噛み、エルレインは絞り出すように答える。そしてその言葉が口だけではない事を示すために、ゆっくりがに股に開いた股元へ両手を指し添えていく。

「はっ……。ハイグ――んいぃっ!?」

  ――ビクンっ!

 腕を引き上げた瞬間、エルレインの体が不規則に震え上がる。引き上げた腕の触覚、プルンと跳ねる胸の弾力、そして食い込む股の感覚全てが狂おしい程までにキモチイイ……!
 それでも何とか上体を起こした姿勢を維持し、エルレインは真っ直ぐに前を見続ける。その精神力はサイモンをして驚嘆に値するが、焦点を結ばずどこか恍惚とした表情は彼女の内面を窺わせている。見開かれた瞳、突き出た胸元の先端で尖る乳首、ギュッと食い込んだ白のハイレグ水着の真ん中には恥ずかしいワレメがくっきりと浮かび上がっていた。

「どうした? その様な有様では流砂に呑まれる時も近いぞ」
「ふっ、くぅっ……! ――は、ハイグ、レへぇんっ!?」

  ――ビクンっ!

 再度刻まれるハイグレポーズ。その衝撃にエルレインの眼球は今度こそ裏返り、口元からはだらしなく涎が滴り落ちる。

「は、はいぐ……。ハイグ、レぇぁぁんっ!?」

  ――ビクンっ!

 それでも彼女は、歩みを止めない。回を重ねる毎に汗が噴き出し、その量は既におびただしい。大量の水気は肌に張り付くハイレグ水着を尚も近くに吸い寄せ、へそ周りを始め彼女の白い素肌が所々浮き立って見える。

「ハイグ、レぇぃぃんっ!?」

  ――ビクンっ!

「その調子では先が見えていると言わざるを得ない。そろそろちゃんとしたポーズも取れぬようでは、強制的に終わらせるぞ」
「ぐっ、はぃぃ……。はっ、はい、ぐっ……。はいぃ……!」

 サイモンの注文に、エルレインは答えるしかない。既に朦朧としている意識の中、懸命に己が使命を呼び覚まし、半ば本能的に足刳の下へ溜めを作っていく。
 そして――。



「――ハイグレぇぁひゃあぁぁぁんんっ!!」

  ――プシャアァァァ……



 腕が水平に伸びきるまで勢いよく引き上げ、惚れ惚れとするハイグレポーズを披露する。絶叫に近いコールは他のハイグレ人間達の声を凌駕し、幻術の隅々まで響き渡っていく。
 そして人知を超えた快楽に発狂する、食い込みお股。ピクピクと震えるそのワレメからは勢いよく水柱が放たれ、純白のハイレグ水着がじんわりとレモン色に染まっていった。

「は……、はひ……。は、はいぐ、れっ……。はぃ……」
「聖女とはいえ、この程度か。人の身というものはかくも脆弱なものだな」

 地面に倒れ込みながらも再度股を掻こうとするエルレインを捨て置き、サイモンは歩き出す。

「人間は弱く、醜い。だからこそ『在るべき姿へと立ち返り、世界を開放する』事こそが使命、ですよね……?」

 波音に吸い込まれていくかの如き、ささやかな呟き。その言葉は独り決意を固めるための言霊というよりは、誰かへ縋り語り掛けるかのようなある種の熱を帯びている。

「……そろそろ鏡士達が到着したようだ。ではいよいよ、幕引きといこうか」

 外界の気配を察し、サイモンは口を開く。その言葉を聞く者は誰もおらず、華奢な体はハイグレコールが響く砂浜からひっそりと消えていった……。



    …………
    ……
    …


* Re: テイルズ短編集(3) ( No.20 )
日時: 2020/10/17(土) 23:42:58 メンテ
名前: 牙蓮


  Mirage9 猛火の元へ



「――みんな、待たせた!」

 鳴りやまぬ喧騒と波音とが交錯するビーチへ、馴染みのある声が届けられる。気を揉んで立ち尽くすばかりのリッド達が振り向き見れば、野次馬達の列を掻き分けこちらへ向かってくる一団の姿が……。鏡士イクス・ネーヴェ、同じくミリーナ・ヴァイス、そしてグリンウッドから具現化された導師スレイにその幼馴染ミクリオという、サイモンに呼び出された者達であった。

「来てくれたか、イクス」
「はい。それで、状況は?」

 アルヴィンの出迎えもそこそこに、早速表情を引き締めるイクス。そんな彼に合わせ、こちらもお世辞等の社交辞令を嫌うキールが淡々と、要領よく答えていく。

「犯人は今の所、二人のようだ。顔を見ているのは一人、サイモンという名の女だけだ」
「その、サイモンがオレを連れて来いって言ったんだな?」
「あぁ、そうだ。スレイの事を『導師』と呼んでいた」
「という事は、僕達と同じ世界の人間か……」

 スレイの横でミクリオは顔をしかめ呟く。彼らからすると、その名は今日初めて聞く名に過ぎない。身に覚えのない相手から指名され、あまつさえ人質を取って立て籠もっているとあっては得体の知れぬ不気味さを感じるなという方が無理な話だった。

「この様子だと、あまり好かれているとは言えないだろうね」
「そう、だな……」
「おまけに鏡士も連れて来いだなんて、一体何が目的かし――」

  ――ブワァっ!

 ミリーナが言葉を発している最中、不意に一陣の風が吹き抜ける。舞い上がった砂粒が視界を遮り、思わず目を庇ったその時――。



「――鏡士どもが到着したようだな」



 その一瞬の間に変化し、目の前には一人の少女が現れていた。

「サイモンっ!」

 キールが牽制するが、サイモンは一瞥をくれる事すらない。

「相変わらず、ぬるっと現れやがって」
「まるで我々の事も、監視していたようですな」
「探りを入れているつもりか、リッド・ハーシェル。それに指揮者(コンダクター)イルベルト? まぁ、好きにするがいい」

 そう言ってサイモンは改めて辺りを見回す。元からいる面々、新しくやって来た面々。その中から翡翠のような瞳を持つ少年の下へ視線を止めると、一歩踏み出して語り出す。

「導師か。久しいな」
「……オレを知っているのか?」

 付け入られぬよう警戒しながら、スレイは口を開く。しかしその一言から我が意を得たりとばかりに、サイモンの口端がニヤリと歪む。

「やはりお前達も具現化された時間が違うか。私を知らないという事は……、なるほど。おおよその時期は把握できた」
「スレイ、彼女は天族だ」
「天族だって!?」

 そっと割り込んできたミクリオの発言に上がる奇声。その驚きはじんわりと周りへ伝播し、研究者であるキールや軍師ローエンを始めとした一部の者達の表情を鋭くしていく。

「エンコードとやらで変化していても、天族同士であればお互い感じ取れるのだな」
「君は鏡映点……、みたいだね。それなのに、随分とこちらの事情に詳しそうだ」
「あぁ、知っているとも。イクス・ネーヴェ」

 代わる代わる、次はイクスが割り込んで質問をぶつける。しかしサイモンは全てが想定内とでも言わんばかりに余裕の表情を崩す事なく、話の主導権を手放す事はない。

「さて、お喋りを楽しみたい所だが、私の協力者も待ちくたびれている。ミリーナ・ヴァイス、お前だけこちらに入るのを許可しよう」
「待て! 何でミリーナだけ……」

 余りに不自然と言える要求に、イクスは声を荒げる。反射的にミリーナを庇って半歩進み出ると、腰の柄からチャキッと金属が擦れる音が辺りに響く。

「大丈夫よ、イクス」

 一触即発、そんな殺気を解き放つ彼を、当の本人であるミリーナがそっと押し留める。押し退けそこへ留め置くかの如く当てられた彼の左肩へ静かに掌を乗せ、彼を抜いて一歩進み出る。

「…………」

 重なる視線、すれ違う想い。心配と不安とが拭えないイクスに向かって、ミリーナは「私に任せて」と小声で呟きがてらしっかりと頷いて見せた。

「さぁ、行きましょう」
「……着いてこい」

 仲間達の輪を離れ独り対峙したミリーナを、サイモンは粛々と誘っていく。

「くっ、やっぱり隙を見て入るのは無理そうだ」
「用心深い方です。今、我々の前に現れたのも、恐らくは幻術でしょう」

 策を弄そうと機会を伺っていたキールもローエンも、敗北を認める言葉を絞り出すので精一杯だった。仲間達に見守られながらミリーナは幻術が渦巻く霧の中へ、ひっそりと消えていった……。



    …………
    ……
    …



「よそ見をするな。私を見失えば未来永劫、この幻術の嵐の中を彷徨う事になるぞ」
「わ、分かったわ」

 前を行くサイモンに声を掛けられ、ミリーナは気を引き締める。突入した幻術の境はビーチとは違って、一転ひんやりとしていたため思わず辺りを見回してしまった。どこまでも続く灰色の嵐、吹き止まぬ気流は何処へ流れていくのか……? その荒涼とした景色は色合いは違えどまるでティル・ナ・ノーグの外に広がる虚無のようだと、独りでに胸がざわつき始める。

「そろそろだ」

 そんな思考の渦に魅入られてしまいそうな中、サイモンの声が響く。釣られて前を向けばぼんやりと輝く窓のような物が見えてきて、それは次第に大きく、はっきりと――。

「――っ! ――っ! ――ェっ!」

 朧気だけど、甲高い人の声も聞こえてくる。ミリーナはそこに囚われているであろうレイア達の顔を思い浮かべながら、幻術の入口へ飛び込んで行った。

    …
    ……
    …………


「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」


 『光魔の鏡』のような入口をくぐり抜けた刹那、視界は一気に明転する。降り注ぐ太陽、涼し気な波音。それは先程までいた所と何ら変わらぬ、常夏のビーチそのものだった。

「ここが……」

 瞬いて目を慣らしたミリーナの口からは、そんな言葉が自然と零れ落ちてくる。『想像』の魔鏡術の使い手であり幻術を得意とする彼女だからこそ、この術の規模や緻密さ、それに術者の技量が手に取るように分かってしまった。


「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」


 同業者を驚かせる忠実な舞台装置が広がる一方、目の前に織り成す人々の姿は異常。誰も彼もがハイレグ水着姿で、大きく股を開いた状態で股間を指し示し続けている。囚われている人々は比較的年齢層が低いように見えるが、若い男性がハイレグ水着を纏っている姿は中々に衝撃的。薄い布地が寄り集まる所でもっこり膨れたイチモツを、そして女性達は激しい食い込みによって薄っすら浮き出たタテスジを、恥ずかし気もなくビシっ、ビシっと強調し続ける姿はこれ自体が幻術なのではないかとさえ思えてくる。

「みんな、何をしているの……? これが本当にあの結界の内側な――あれはっ!?」

 狼狽える中ミリーナは、何かを発見し駆け出す。覚束ない足取りは柔らかい砂地に阻まれるが、それでもしゃにむに前進する。道行く周囲を取り囲むのは色とりどりのハイレグ水着、そして「ハイグレ」という謎めいた言葉の応酬ばかりといった狂気の連続。そんな得体の知れない圧迫感にもグッと耐え忍んで進んだ先には、変わり果てた仲間達の姿があった。
* Re: テイルズ短編集(3) ( No.21 )
日時: 2020/10/17(土) 23:46:33 メンテ
名前: 牙蓮


「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」

「レイア、アリーシャ! それに、シゼルさんまで……」

 この幻術の中に探し求めていた姿を前に、ミリーナは懸命に呼び掛ける。仲間達の安否確認、それは独り負わざるを得なかった肩の荷が少しばかり下りた気がした。けれどもレイアがオレンジ、アリーシャが桜色、そしてシゼルが紫色のハイレグ水着を食い込ませ股間を見せつけている様には気恥ずかしさを覚えつつも問わずにはいられない。

「ねぇ! みんな、何してるの? ダメよ、女の子がそんな恥ずかしい格好しちゃ」

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
 「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」

「外にはイクス達も来ているわ。だからお願い、私の話を聞いて……!」

 懸命に言葉を紡ごうとも、返事は一向にない。股間を指し示す事で手一杯というよりかは、ミリーナの存在などまるでないかの如く、一心不乱にビシっ、ビシっ。何かがおかしいと思いレイアの顔を覗き込んでみるが、その表情に変化があるどころか視線が動く気配さえない。

「どういう事? もしかして、まさかっ――!」
「……案ずるな。その推察は杞憂に過ぎない」

 血相を変え振り返ったミリーナ。しかしその剣幕に動じることなく、ゆっくり追い付いてきたサイモンが淡々とした様子で語り始める。

「今お前が目にしている人物は正真正銘レイア・ロランド、アリーシャ・ディフダ、そしてシゼルであって、幻などではない。ただ我々と異なる次元に存在するため、こちらからは認識できても、あちらからは接触どころか感知する事さえできない」
「そう……」
「どうした? まだ聞き足りないといった表情だな」
「当然よ! 男性のハイレグ水着もだけど、彼女達は一体、何をやらされているの!?」
「フフフ……。なに、些細な労役に過ぎぬ。そうだな、強いて言えば奴らの本性を呼び覚まし、この空間の主が誰であるか身を以て教え込ませている最中だ。お前も生き残りたければ精々、つまらぬ考えは起こさない事だな」
「…………」

 脅しとも取れるその言葉を前に、ミリーナは表情を引き締める。人質に労役、飛び込んだ懐は思っていた以上に危ない所かもしれない……。

「そんな事よりもだ。お前を呼びつけたのは他でもない。――アグリア、この娘が鏡士だ」

 最後の言葉はミリーナから顔を反らし、感知できないという異次元の人々へ向け放たれる。

「――ようやく来たか。待ちくたびれたぜ」

 その言葉を受け、視界の端で紅い影がゆらりと揺らぐ。謎のポーズを繰り返す人々の林の中から独り、真っ赤なハイレグ水着を纏った銀髪の少女が反応を示したかと思うと小走りで近付いてくる。

「あなたは……?」
「おら、さっさとあたしを元の世界に戻しやがれ!」
「も、元の世界へ……?」

 ミリーナの問いにも答えず、一方的に詰め寄るアグリア。傍若無人なその態度にやや面食らってはいるものの、特徴的な風貌から鏡映点リストにあった名前を思い出し宥めるようにしてゆっくり語り掛けるのだった。

「待って。誤解があるかもしれないんだけど、鏡士にそんな事はできないわ」
「はぁ!? ざっけんな! あたしらをこっちに呼んだのは、お前ら鏡士なんだろうがっ!!」
「『呼んだ』のではなくて『映した』のよ」

 浴びせられる怒声にも、ミリーナは毅然とした態度を崩さない。感情を素直に表してくれたからこそ、聞きたい事が何なのか手に取るように分かった。そしてその答えも、これまで幾度となく鏡映点達に伝えてきたのだから用意するまでもない。
 解決できる事、許される事ではないけれども、せめて彼女達に寄り添えられれば……。贖罪と親愛の想いを胸に、今回もこれまで同様のやり取りが行われるかに思っていたが――。

「具現化は、元の世界のあなた達を鏡のようにこの世界へ映し取ったの。だから、元の世界のあなたが消えたわけじゃない。この世界にもう一人のあなたが現れたの」
「な、なんだよそりゃ!? じゃあ、あたしは帰れないってのか……?」
「そうなるわね」
「そんなっ……。じゃあ、あたしはここで一生……」

 突き付けられた事実の大きさに、理解が追い付かないといった様子のアグリア。舌打ちし爪を噛み締める彼女の仕草は何とも痛々しい。
 しかしながらその一方で、隣に立つサイモンはさして驚いたといった様子も見せずこう言ってのけた。

「やはりか。確証はなかったが、これで全ての憂いを断つ事ができた」
「えっ? それって、どういう……」
「感謝するぞ、鏡士。褒美にお前が望んでいた再会を演出してやろう。その邂逅を以てして、お前も我が計画の礎となるのだ」
「待って! あなたは何を――キャっ!?」

  パァァ――っ!

 取り付く島もなく、一条の閃光がミリーナの目を焼く。その一瞬の合間にサイモンとアグリアの姿は消え、反対に背後へ異様な気配が迫る。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ――ミリーナ、待ってたよ!」
「来てくれて嬉しいぞ。――ハイグレっ! ハイグレっ!」
「っ!? レイア、アリーシャ……!?」

 がに股をやめ初めて「ハイグレ」以外の音を発した仲間達。その仕草にホッとしたのも束の間、普段とは余りにもかけ離れた怪しげな光を湛えた瞳、とても再会を喜べそうな雰囲気にはない。

「聞いて、二人とも! サイモンに事情を話したから、もう心配な――」
「やだな〜、もう! ハイグレはこんな楽しいのに」
「そんな暑苦しい衣服は不要だ。ミリーナもハイグレ人間になれば、私達の思いが分かるはずだ」
「えっ、なに? やめ――キャアァァァっ!?」

 覆い被さるようにして押し倒されるミリーナ。盛大に立ち昇る砂埃、散発的に聞こえてくるのは「ハイグレ」というレイアとアリーシャの嬌声。そんな情事が突如として始まったビーチの一角において、なけなしの抵抗を続けていた人間ミリーナの悲鳴は瞬く間に聞こえなくなってしまった……。



    …………
    ……
    …



「これで鏡士も堕ちた。いよいよ幕引きといこう」

 広がる転向の砂埃から目を切り、サイモンは呟く。彼女の眼前、そこでは食い込みから愛液を滴らせながらエルレインがハイグレポーズに勤しんでいる。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ほぅ、さすがと言っておこう。振り切った性感をこうも早く我が物としてしまうとは。幻術を解除するまでもなかったな」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」

「――おい! てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ」

 そんな観察を続ける最中に横槍、アグリアがサイモンの首根っこへ掴みかかる。

「最初から知ってやがったな!? あたしを騙しやがって」
「騙してなどいない。先程も言ったように、私も確証はなかった」
「うるせぇ! こうなりゃ全部、燃やしてやる……!」
「そうはいかぬ。お前にはなくとも、私にはこの地でやるべき事があるのだ。それでも尚立ちはだかるというのならば……、『ハイグレの夢』へと誘(いざな)うまでだ」
「何だと、てめ――」

  パアァァァ――

 掴みかかる拳に力を籠め握り潰そうとするが、呆気なく引き離され桃色に明滅する光の中へ呑み込まれていく。

『――何で、てめぇらがっ。やめろ、やめろぉぉっ!

  ――嫌だ、いやだ! 母上、燃や――

 ――陛下……。あぁ、分かった! 陛下のためなら……!

  ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――』

 断続的に聞こえてくる、アグリアの声。悲壮、慟哭、そして親愛と忠義の情……。それらが入り混じった後に聞こえてきたハイグレコールとあっては、彼女の運命も最早論ずるまでもない。

「フフフ……。こうも計画通りに事が運ぼうとは、いささか拍子抜けですらあるぞ。
 さぁ、いよいよフィナーレだ。この霧が晴れる時、お前達はどのような顔をするのだろうな。導師スレイ、そして鏡士イクス・ネーヴェよ……」

 凄惨な笑みを浮かべ、サイモンは杖を振るう。その合図に乗じてビーチは灰色の荒野という本来の姿へと立ち戻り、不気味な気流が吹き抜ける。その流れは徐々に速度を増していき、天へ突き抜けるかの如く上へ、上へ……。
 そして暗雲の切れ間から差し込んでくる、淡い光。その光は次第に本来の力強さを取り戻し、幻影の牢獄はいよいよ崩壊を始めていく――。


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