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* 変わりゆく若人たち
 

日時: 2013/01/24(木) 23:39:39 メンテ
名前: 香取犬

ひたすらに一人称視点で妄想を垂れ流すだけです
お見苦しい点はご容赦ください

勢いで書き上げただけなので今後の展開は未定です
けれどゆっくりとでも続けていきたいとは思っています
 
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* 恵美香パート1[13/12/08] ( No.40 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:26:41 メンテ
名前: 香取犬

 ――で、あるからしてこのXの解は……。

 先生が板書した文字を、あたしはノートに書き写す。勉強はそれほど好きじゃないけど、しなきゃいけない時にはしなきゃいけない。
 教室の中央列でいちばん後ろのあたしの席からは、教室の様子がよく分かる。クラスメートの四割は机に突っ伏して寝息を立て、起きている人たちも多くはアクビを噛み殺している。べつにそれを咎めるつもりは全くない。もう見慣れた光景だから。
 まあ、そんな普通の日常が、一番良いのだけれど。

 ――つまりここでグラフを用いて……。

 先生の声には静かな苛立ちがこもっている。この決して良いとは言えない授業態度に腹を立てるのは、あたしにも理解できる。窓際の羽衣だって、寝てこそいないもののずっと上の空で、一体何を考えているのやら。
 ……あれ、窓ガラスの向こうに黒い何かがいる。目を凝らすと、鳥とは違う黒い影が真っ直ぐこちらに向かってきていた。そしてそれの正体が分かるか分からないかまで近づいた時、それから一筋の光が発射された。
「あ」

 ――ピシュン!
 ――うわああああああああッ!
 ――先生が撃たれた!?
 ――窓の外からだ!

「なに……何なの……?」
 俄かに教室内が騒然とする。あたしも突然のことにさっぱり理解が追いつかない。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――うわキモッ……。
 ――先生が変態になったー!
 ――おい外見てみろ! 変なのいるぞ!

 クラスメートは大きく分けて二つの反応をした。際どいハイレグの水着を着て変なポーズを繰り返す先生を眺めるか、窓際に駆け寄って空を見るか。あたしはよたよたと窓際に歩み寄っていた。
 窓の外に浮かんでいたのは、あろうことかパンストを首まで被り、アヒルのおまるに跨って銃を構える謎の男だった。明らかに変質者の域を超えている。
 その指が、また引き金を引いた。

 ――ピシュンピシュン!
 ――うわあ!
 ――相田!? きゃーーーーッ!
 ――ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ!
 ――うぅ……は、ハイグレぇ!
 ――相田と井上も水着になっちまったぞ……。
 ――やべえよあの外の奴、逃げたほうがいいんじゃね?

 男子の誰かが笑い混じりに言う。まだ本気で危険だとは思っていないのだろう。それか、当たっても死ぬわけじゃなさそうだし、程度に楽観視しているのかもしれない。
 確かに先生も相田くんも井上ちゃんも命を奪われたわけじゃない。だけど三人はあの銃で撃たれた結果、いきなり水着を着せられて、しかも変なポーズを嫌々させられてしまっている。こんな有様じゃ、ある意味死ぬより酷い生き地獄だ。

 ――に、逃げろおおお!
 ――ぐわあああああああッ!

 パンスト男は次々に、容赦なく光線を放ってクラスメートを水着姿に変えていく。男子も女子もハイレグを着て、顰め面で「ハイグレ!」と叫ぶ。これが画面の向こうの話なら、半笑いで見過ごせたのに。
 どうして。どうして、こんなことになっちゃったの?
 一つハッキリしていることは、原因があの侵略者にあるということ。あの侵略者さえ来なければ、こんなことにはならなかった。あの侵略者さえ帰れば、こんなことは終わるかもしれない。
 じゃあ、どうやったら帰ってもらえるんだろう。多分だけど、あれが本当に侵略者と呼べるものならば、あたしたち生徒全員にハイレグを着せるまで帰ってはくれないだろう。そしてそれは、日常の完全な崩壊を意味する。そんなのは嫌だ。あたしが水着を着ることも当然だけど、皆が、この学校が変になってしまうことが、何よりも嫌だ。
 心の中にじわりと滲んだ思いがあった。少しでも多くの人を守りたい。あいつらが諦めて引き上げるまで逃げ切りたい。そんな思い。
 何をどうしたらいいかは分からない。だけど、みんなを助けるためにも、ここにいちゃいけない。
 パニック状態になったクラスメートは我先にと教室から飛び出していく。その中には織枝や桃花、八重の姿もあった。
「羽衣、あたしたちも逃げよう!」

 ――うん。

 目の前にいた、やけに自信たっぷりの表情をした、あたしの親友に声をかける。そう、まずは敵から身を隠さなければいけない。窓の外に敵がいるのなら、教室の中は危険だ。
 既に動ける人たちは出入り口に殺到している。動けない人たちは……いや、動いてはいるけれど、ハイグレポーズしかできない人たちは、各々光線を浴びた場所でハイグレを繰り返している。このままここにいたらあの仲間に入ることになっちゃう。
 早く逃げないと。羽衣と頷き合い、足を扉に向けたその瞬間、

 ――あああああああああああッ!!

 また一人、犠牲者が出た。それは、
「羽衣ッ!」
 あたしの親友だった。ピンク色の光の点滅の中で苦しげに呻く。あたしには、ただ見ていることしかできなかった。

 ――……う。

 光が消えると、羽衣はピチピチのオレンジの水着姿に変わっていた。自分自身の姿が信じられないと言った表情。あたしもただただ立ち尽くす。
 すぐに羽衣の体勢が、ハイグレのポーズへと移行する。一瞬口の端をひくつかせたけれど、すぐに、

 ――ハイッ……! グレ! ……ハイぃ、グレ!

 ぎこちなくポーズを取り出してしまった。やっぱり、光線を浴びたら抗うことはできないんだ。一度決めたことは最後までやり遂げる、そんな意志の強さを持っている羽衣ですらハイグレをさせられてしまっている。
 守りたかった。一緒に逃げたかった。なのにその思いは、こんなにも早く打ち砕かれた。

 ――ハイグレ!

 哀れな、こんな姿の親友を、もう直視し続けることができなくて、あたしは踵を返した。
 教室を出るとき「ごめんね」と謝ったが、羽衣の耳に届いているかどうかを確かめる術はなかった。
 廊下は同級生たちでごった返していた。教室から逃げ出した生徒たちは扉を締め切り、とりあえず窓の外の敵からの遮蔽物とした。鍵はかかっていないが、どうせ中のハイレグ姿の人たちはハイグレポーズをするだけだから、一応安全ということになる。まあ、敵が廊下にも窓があることに気づいてしまえばそれまでだけど。
 見渡すとどの顔にも恐怖と焦りが張り付いており、一発で全員が同じ境遇なのだと理解できた。あのパンスト男はうちのクラスだけに来たわけではなく、複数いたってことなんだろう。空から来る大量のパンスト……もうマジ無理。
 どの教室からも「ハイグレ!」の合唱が聞こえてくる。どのくらいの人数が、あの一、二分の間にやられたんだろう。廊下の人の量から察するに、五割以上は減っているだろうか。
 まあ、既に校舎のどこかへと逃げていった人も少なからずいる。だけど日本人の悲しい習性として、大多数の人は単独行動を取ることを憚った。結果こうして、廊下いっぱいに人が溢れる結果となった。

 ――これから、どうすればいいの?

 誰かが言った言葉に、全員がため息を漏らす。急場を凌いだとはいえ、まだあたしたちの身の安全は保証されていない。逃げるにしてもどこに逃げればいいのやら、それも分からない。体育館なら全生徒を収容できるし鍵もかけられるけど、パンスト男がそれで諦めるとは思えない。

 ――私、あんなの着るの嫌だなぁ……。
 ――大丈夫だよ仁奈ー。すぐに警察が助けてくれるんじゃないかなぁ?
 ――警察ねぇ……そういや誰か110番したか?

 仁奈と希と茉里奈がそんなことを話している。やってみる、と希がケータイで警察に掛けてみたが、すぐに首を振った。

 ――ダメ。繋がらないや。

 がっくりと肩を落とし、策も見つからないまま数分が過ぎた。何となく、さっきよりも静かなような。そう、ハイグレコールがほとんどどこからも聞こえなくなっていた。

 ――収まった、のか?
 ――みんな大丈夫なのかな?
 ――おいお前、様子見てみろよ。
 ――こえーからヤだよ。
 ――じゃあオレが見るぜ。

 隣のクラスの男子が、自分に視線が集中していることに満足しながら、教室の扉をバンっと開け放った。その得意げな顔は、しかしすぐさま凍りついた。

 ――あ……お、お前ら、どうしてそれを……!
 ――ピシュンピシュン!
 ――ぐわああああっ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 それが合図になったかのように、全ての教室の扉が一斉に内側から開かれた。もちろんあたしたちのクラスも例外ではない。中から現れたのは級友たち。だけどその体には女性用ハイレグ水着と、そして手には……パンストが持っていたものに酷似した銃が。

 ――カチャ。

 ハイレグ姿の人たちの目は全て、あたしたち人間に対して敵意をむき出しにしていた。まるで「ハイレグを着ない者は悪」とまで言うかのように。普通の人間たちはどう対応したらいいか分からず、その場でまごついている。
 目の前の相田くんが一声、叫ぶ。

 ――お前らみんな、ハイグレ人間になれっ!
 ――ピシュンピシュンピシュン!

 構えられた銃のそれぞれからあの恐ろしいピンクの光がほとばしり、呆然としている生徒たちに襲いかかる。
* 恵美香パート2[13/12/08] ( No.41 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:27:12 メンテ
名前: 香取犬

 ――キャアアアアアアっ! ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ!
 ――やめろおおおおおおおっ! は、ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――嘘ぉっ!? ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!
 ――みんな逃げろおおおおぉぁあああああああああああ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 まさか、ハイグレを着た人たち……ハイグレ人間も、あの銃を使うなんて。これじゃあやられた人が増えれば増えるほど、逃げ切ることが不可能になっていくことになってしまう。
「あ……ん、うあ……」
 身体が震える。唾を飲み込もうとしたけれど、喉がうまく動かず苦しい思いをする。

 ――危ないわ、恵美香さん!
 ――ピシュン!

「え?」
 クラスメートの白亜が突然叫んだ。弾かれたように左の方向を向くと白亜の身体と、誰かが撃った光線がほとんど同時にあたしに向かって飛び込んできていた。あたしはそれ以上反応できなかった。
 先にあたしに触れたのは白亜の指。勢いよく肩を突き飛ばされ、後ろのめりに体勢を崩す。そしてあたしが倒れるより早く、

 ――イヤあああああ!

 白亜は空中であたしの代わりにピンクの光を受け、悲鳴を上げながらお腹から床に打ち付けられた。
「は、白亜ッ!?」
 嘘だ……なんで白亜がやられなきゃいけないの? なんであたしじゃなかったの?

 ――えみ、か。大丈夫、かしら?

「うん。でも白亜が!」
 アイボリー色のハイレグを纏ってよろよろと立ち上がった白亜は、まだ寝転んでいるあたしの無事を確認して、笑った。

 ――よ、良かったわ。うっ……ハイ、グレ……。

 辛そうな声を漏らし、腕を動かす。その様子があまりにも痛ましくて、申し訳なくて、目を反らした。
「ごめん、あたしなんかのために……!」

 ――いい、のよ。ハイグレ……! だけど、や、ハイグレ! 約束して。ハイグレ!

「す、する! どんなことでも!」
 少しずつハイグレの間隔が短くなっていく白亜を、恐る恐るもう一度見つめた。その、腰まで切れ上がった水着姿にしてしまったのは実質的にあたしだ。償うことができるなら、なんでもする。

 ――逃げて。そして、ハイグレ! 生き残って。ハイグレ! あと、もし出来たら……ハイグレ! ハイグレ! 私たちのこと、ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 白亜の頬は真っ赤に染まり、それと同時に目は虚ろに、眉は垂れていく。口も薄ら笑いを浮かべて……まさかハイグレをして、気持ちよくなってしまっているの?
 こんな恥ずかしい行為をさせられて、しかもそれを気持ちいいことと刷り込まれるなんて。それでも白亜は耐えて、あたしに懸命に言葉を伝えようとしている。

 ――も、もと、に、ハイグレ! ハイグレ! も、ど……ああああああああああっ!

 全てを言い終わる前に、白亜は絶叫した。腹の底から息を吐ききった白亜は、

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 満面の笑顔でハイグレポーズを取り続けるだけの、ハイグレ人間になってしまった。
「白亜……白亜!」
 返事はない。ううん、ある。あるけれどそれは、「ハイグレ!」という声だけ。
 白亜の最後に伝えたかった言葉。聞き取ってあげることはできなかったけれど、何を言わんとしていたかは理解できる。
「絶対、助けてあげるからね!」

 ――ハイグレ! ハイグレ!

 あたしは素早く立ち上がって白亜に背中を向け、ハイグレ人間の人だかりをかき分けて階段に向かう。
 白亜がやられている間にも、周囲では次々に悲鳴が上がっていた。そんな中であたしは、白亜に押し倒されたおかげで地面に近いところにいたからだろうか、敵の目につかなかったようでなんとか無事だったのだった。もう廊下はハイグレ人間の天国。他に無事な人たちがいたとしても、校舎中に散り散りになっているだろう。
 こうなったら何処を目指すとか言っていられない。先のことは走りながら考える。考えつかなかったらずっと逃げる。それしかない。

 ――恵美香!

 あたしの名前を呼ぶ声。でもあたしは振り返らず、迫ってくる光線をいくつか躱しながら突き進む。
 あの声の主は、羽衣に間違いない。ハイグレ人間となってしまった、あたしの親友。
 でもあたしは知ってる。ハイレグを着せられた直後、苦しそうにしていたことを。ハイグレは、強制的にさせられているだけだってこと。
 ハイグレ人間たちを助けてあげられる方法があるのならば、なんとしてでも見つけなければいけない。助けられる方法がないのなら、せめて全滅だけは避けなきゃいけない。それがあたしたち、生き残った人間の使命。
 だけどあたしは、無力だ。いつもは羽衣と一緒にいるから自分に自信も持てていたけれど、本来のあたしは臆病で意気地なし。そんなあたしがいくら頑張っても、きっとそんな大それたことを果たすことはできない。
 あたしなんかやられたって構わない。だけど他のみんながやられていくのはとても辛い。あたしなんかを庇ってやられるのは尚更だ。だからあたしはあたしにできる最大のことを……誰か一人を守ってその人に希望を託すんだ。無責任かもしれないけど、でもそうするしかない。

 ――はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!
 ――くそおっ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 足を動かすたび、教室から遠ざかっていくことを実感するたび、誰かの悲鳴が聞こえるたび、ぽろぽろと涙が零れた。
「うう……羽衣、みんな……!」
 誰の耳にも届かない、嘆きの声だった。
 無心に当て所なく校舎を駆ける。階段を登ろうと足を掛けた途端、踊り場に嫌な気配がした。見上げるとそこには、あのパンスト男の横顔があった。いつの間にか、建物の中への侵入さえも許してしまっていたらしい。気づかれていないことを祈りながら、静かに数歩後ずさる。
 パンスト男は下にいるあたしを一度も見なかった。その視線は階段の上半分、ここからは様子の伺えないあたりを向いていた。

 ――嘘でしょ、なんでここにこいつが!
 ――嫌だ……ハイグレにされちゃう!
 ――お願い、誰か助けて……!
 ――怖い、怖いよ……やあああああああああ! ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ!
 ――こんなのやだよぉ……帰りたいよ……あ、きゃあああああああああッ! ハイグレぇッ! ハイグレぇッ!
 ――二人とも、しっかりしてぇ!
 ――に、逃げないと……。

 二度の光線の発射音と、怯える女子の四つの声。これ以上聞き続けたら心が壊れてしまいそうだった。視界をぼやかす涙を腕で拭って、別の階段を目指す。
 そこかしこにハイグレ人間と化した人たちがいる。至るところからハイグレと叫ぶ声がする。まだやられていない人はいないんだろうか。そう思うと孤独感が胸を満たして、急に人恋しさが募った。
 上階に着き、廊下を曲がった瞬間、向こうから走って来るスカートの女子の影が見えた。生存者だ。あちらもあたしに気付いたようで、走るスピードを早める。その顔が鮮明になるにつれて、あたしは自然と笑顔になった。

 ――恵美香っち!

 このあだ名であたしを呼ぶのは、彼女しかいない。

「お、織枝ぇ……!」
 ようやくまともに出会えた初めての人間がクラスメートであることは、あたしを一気に安心させた。思わず織枝の引き締まった体に抱きついてしまう。
 ……あったかい。人の、温もりだ。

 ――ど、どうしたのさ、いきなり抱きついてくるなんて。

 と困惑されるけど、かえって腕に力を込めてしまうあたし。自分ではどうにもならなかった。

 ――いつまでそうしてるの?

「ご、ごめん。つい……」
 しばらくそのままだったが、この一言でやっと抱擁を解く。思えば相当恥ずかしいことをしたけれど、緊急時だから許してほしい。どうしても友達との再会が嬉しかったから。
 ちょっと気まずそうな表情をしていた織枝は、あたしに言った。

 ――早く、ウチらも逃げよう?

「分かった」

 ――とりあえず、なんとか外まで行ければ。

 やっぱり織枝は頼りになる。陸上部だから足も速いし、織枝ならこんな状況でも生き残ってくれるかもしれない。
 守らなきゃ。織枝の盾になってハイグレになるなら本望だ。あたしは手を引かれながら、そう考えていた。
 一階に降りるためには当然階段を使わなければいけない。けどその階段は、さっきあたしが通ることを諦めた階段だった。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレぇッ! ハイグレぇッ! ハイグレぇッ!
 ――はいぐれ……はいぐれ……はいぐれ……。
 ――ハイグレっ、ハイグレっ……えぐっ、やだよぉ……ハイグレっ!

 踊り場に近い子は笑顔で、上に近い子ほど恥ずかしそうに、ハイレグ水着を着てハイグレをさせられていた。あたしが逃げた後、やっぱり残りの二人もやられてしまったんだ。そう思うとこの子たちに顔を向けることは、出来なかった。
 ほんの十数分前まで普通だった人たちが、日常が、ハイグレによってどんどん壊されていく。こんなことになるなんて、考えたこともなかったのに……。
* 恵美香パート3[13/12/29] ( No.42 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:28:12 メンテ
名前: 香取犬

 頭が、おかしくなりそうだった。
 託されてしまった抱えきれないほどの重責と、皆が姿を変えられていくことの恐怖に挟まれて。
 ついさっき心に浮かんだ、織枝の盾になってやるという勇敢な気持ちさえ、誰かのハイグレ姿を目の当たりにする度に薄れていく。自分がこんなに浮き沈みの激しい人間だとは知らなかった。

 ――うわああああああああ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――も、もうダメ……っ! キャアアアアッ! はいぐれ! はいぐれ!
 ――嫌あああああああああああッ!!

 そしてまたこの学校のどこかで、確実に被害者は増えてしまった。
「織枝、どうしよう……」
 とにかく怖くなって、織枝に縋りついてしまう。

 ――職員玄関の方から出よっか。

 はにかんだ織枝は、小走りであたしを先導してくれる。あたしはそれについていく。時たま振り向く織枝のその背中が、やけに大きく見えた。
 いや違う、織枝が立ち止まったからあたしが追いついただけだ。
「何? 織枝」

 ――今向こうに華奈りん……後輩が。

 と、驚きと安堵の混ざった表情で言う。知り合いがまだ生き残ってくれていたら、嬉しくなるのは当然だ。
 その滲む安心感をあたしも感じながら、二人で中庭に飛び出す。そしてまた現実へ引き戻された。
 普段使っている生徒用玄関で、大勢のハイグレ人間がハイグレポーズをとっていた。逃げたかったのに逃げられなかった心情を慮ると、涙さえこみ上げてきそうだった。

 ――さ、目指すは校門だよ。

「うん」
 助けてあげたい。一人でも多く。だけど……。
 校門の様子を窺った織枝は、近くに戻ってきて呟いた。

 ――マズいなぁ……こんなにいたなんて。

 声色だけで、容易に想像できた。敵は、やっぱりあたしたちを逃がしてくれるつもりはないんだと。

 ――もしヤバそうになったら、もう一度職員玄関から中に入ろう。で、校舎の中を通って別の道を探そ。ね?

 あたしが頷いたその時、校門の方で話し声がした気がした。恐る恐るさっきの織枝と同じようにして見ると、
「織枝……」
 もし、じゃない。現に「ヤバい」状況になってしまった。

 ――何?

 まだキョトンとしてる織枝に、言う。
「来てる、パンストが……!」
 門を守護する五人のパンスト男のうち一人が、オマルに乗って猛スピードで近づいてきていた。気づかれてたんだ。

 ――ピシュン!

 あたしと同じく凍りついていた織枝の足の傍に光線が当たった。あと少しずれていたら、やられていた。
 思わずパンストを見上げると、その穴のような黒い目に睨まれた気がした。喉の奥で小さく悲鳴が漏れる。頭が真っ白になった。

 ――走れッ!

 そこに飛び込んできた鋭い命令に、あたしの体は素直に従う。元きた玄関へ駆け出す織枝の後を必死に追った。
 だけどほとんど同時に動き出したはずなのに、織枝との距離は二歩ぶん三歩ぶんと開いていく。本気の陸上部に一般生徒がついていけるわけもなかった。

「ま、待って!」
 置いていかれそうだと感じた瞬間、口がひとりでに叫んでしまった。マズいと思ったときにはすでに織枝はこちらを振り返り、あたしに突進するかのように迫ってきていた。
 正義感の強い織枝のことだ。助けを求めたらこうすることくらい想像できるのに。
 また誰かがあたしを庇って、やられてしまう。
 織枝とのすれ違いざまに手首を思い切り引っ張られ、前のめりにバランスを崩す。すんでのところで転ばずには済んだが、問題はそこじゃない。
 あたしとパンストの間には、織枝が……!

 ――ピシュン!
 ――やああああああああああッ!

 聞きたくなくても、悲鳴は耳に届く。見たくなくても、その姿は目を惹く。
「織枝えええッ!」
 ピンク色の光線によって制服から藍色のハイレグに着替えさせられた織枝。大の字になって大胆に背中を露わにし、ハーフバックデザインのため引き締まったお尻も半分見えている。こんなあられもない格好になるのは、あたしで良かったのに。

 ――逃げ、て……!

 織枝は強い口調で促した。ゆっくり腰を落としつつもまだハイグレポーズは取らずに耐えている。まるであたしにこれ以上の醜態は晒したくないと言うかのように。
 もう取り返しは付かない。あたしが織枝に変わってあげることは出来ない。
 あたしは自分を呪いながら踵を返し、職員玄関に戻った。
「あたし……また……!」
 胸が苦しい。多分、疲れのせいだけじゃない。耐え切れず壁にもたれかかったけれど、足から力が抜けていくにつれて背中はズルズルと引きずられる。そうして遂に床に座り込んでしまった。
 
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 そこに聞こえる、彼女のあの声。
「そん、な……。あたしのせいで……織枝、が……」
 心に思う言葉が止めどなく溢れる。床を涙が濡らす。
「織枝、羽衣、怖いよ……誰か、助け、て……っ!」
 一人ぼっちで何ができる? あたしはこんなにも弱いのに。
 その時。嘆き悲しむあたしの潤んだ視界に、救世主の御手が差し伸べられた。

 ――さあ、早く。

「え? ちょっ」
 あたしが声の主を見上げるより先に、その人はあたしの手首を掴んで立ち上がらせた。女の人。先輩だろうか。でも何で。頭のなかに色んな疑問が渦巻くけれども何一つ解決しないうちに、その人に走らされていた。

 ――まずは安全な場所に隠れましょう。大丈夫。とっておきの場所を知っているわ。

 言って振り返ったその人の顔は、優しげに微笑んでいた。あたしの憔悴しきった気持ちをほぐしてくれるかのような笑みに、この人は信頼に足る人だと判断できた。
 今は何も考えずに案内に従おう。質問はその後だ。
 そして廊下を駆け抜けること少々。入学してからこの方来たこともないような方向に、目的地はあった。
「ここ、ですか?」

 ――そうよ。とにかく入って。

 大きな鉄の扉。あたしはそれを力を込めて引き開ける。その間に女の人は周囲の確認をし、あたしが入った後に続いて扉を閉めた。すると中は真っ暗闇。背後に人の気配がなければ卒倒してしまうそうだった。
 カチン、と鍵か何かを締めた音もした。それから、

 ―― 一歩も動かないでね。今、電気をつけるから。

「は、はい」
 その場で十数秒待つと、電灯が点いて部屋を照らした。それで分かったのが、ここは部屋と言うよりは半地下の物置だということ。足元には下り階段があって、その下に彼女はいた。あたしは待つよう言われた理由を理解しながら階段を下りた。
 女の人はあたしが近づいてきたのを見計らって、口を開く。

 ――私は菜々。あなたは?

「え、恵美香です。あの、さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
 出来る限り深々とお辞儀。この人がいなければ、今頃はあたしも玄関でハイグレをしていただろう。

 ――どういたしまして、恵美香さん。と言っても、私も一人で心細かったから、おあいこね。

 ふふふ、と笑う菜々さんにつられてあたしも笑顔になる。
 そしてあたしはさっき浮かんだ疑問の中で、まだ解決していない大事なことを尋ねた。
「えっと……菜々さん。ここで何をするんですか?」
 菜々さんはさも当然のように言った。

 ――何もしないわ。ただ、助けが来るのを待つの。ここなら鍵もかかっているから、誰かにこじ開けられる心配もないし。

「何時間くらい……?」

 ――何時間でも、何日でもよ。幸いここには非常用の水や食料や、その他の諸々もあるから、差し当たっての問題はないわ。

 確かにそれなら、上手く事が運べば、敵が諦めて引き上げるまで耐え忍ぶことができるかもしれない。校外に逃げられなくても、生き延びられれば約束は果たせる。
「じゃあどうして、菜々さんはここを知っていたのに、外にいたんですか?」

 ――だって、さすがに私一人で閉じこもるのは怖いもの。無事な人を探していたら、偶然あなたを見つけたの。……本当はもっと多くの人を連れて来たかったけれど、助けてあげられなかったわ。

 言葉の後半で、菜々さんは悔しげに唇を噛んだ。そうか、菜々さんもあたしと同じなんだ。
「……生き残りましょう。例え二人きりだとしても、必ず」
 あたしはさっきの菜々さんのように手を伸ばす。菜々さんという心強い味方が側にいることで、失いかけていた勇気や心の余裕が蘇ってきた。

 ――ええ。よろしくね。

 そして互いに固い握手を交わす。手のひらから伝わる温もりが、今あたしたちがここで生きている確信を与えてくれた。
 その瞬間だった。ピーンポーンパーンポーン、と廊下に備え付けられたスピーカーが馴染みの音を鳴らしたのが、ここにも聞こえてきた。放送が始まるの?

 ――ハイグレ! ハイグレ! 生徒会より、ハイグレ人間となった生徒の皆さんに連絡です。

 最初の掛け声の時点で、ビクリと体が震えた。隣の菜々さんも息を呑んだのが分かる。

 ――これより体育館にて、ハイグレ人間の決起集会を行います。ハイグレ人間の生徒は速やかに、体育館に集まってください。また、まだハイグレ人間への転向を済ませていない生徒は、一刻も早くハイグレ銃を浴びてハイグレ人間になりましょう。ハイグレ!
* 恵美香パート4[13/12/29] ( No.43 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:29:08 メンテ
名前: 香取犬

 放送が途切れてもしばらくの間、あたしたちは呆然としていて動けなかった。なんとか言葉を捻り出す。
「な、何ですか、これ……?」

 ――この声、須原会長ね。もうそれほどまでに、ハイグレ人間の魔の手は伸びているのね……。

 うなだれる菜々さん。会長と知り合いなんだろうか。
 そうでなくとも、あたしでさえ須原会長の評判は耳にしている。完全無欠の女会長は文武両道なだけでなく行事の取り仕切りも上手で人望も厚く、まさに人の上に立つために生まれてきたような存在。そんな会長がやられるなんて、信じられない思いはあたしにもある。
 決起集会。そこにはきっと羽衣や、ハイグレ人間となってしまった友達も、みんな行くのだろう。学校中にいるハイグレ人間が、体育館に集まって……。あ。
 ふと、ひとつの案が脳裏をよぎった。
「菜々さん、これ、チャンスじゃないですか?」

 ――何の話かしら?

「少しでも多くの人を助ける、ですよ」
 そこまで言ってようやく合点がいったようで。

 ――そうね。確かに、今なら……。

 廊下が複数の足音で満ちているのが分かる。大人数が体育館へと移動しているんだ。だから今なら校舎内は手薄なはず。そして、今まで生き残っている人がいるとすれば、きっとあたしたちのようにどこかの部屋に潜んでいることだろう。そういうところを重点的に探せば、生存者の一人くらいは見つかる。……多分。
「探しに行きましょう、菜々さん!」
 菜々さんは頷いたけれど、意気込むあたしに真剣な表情で忠告した。

 ――でも。二つ、約束をしましょう。一つ、決して無理をしないこと。ハイグレ人間がいなくとも、あのパンスト男たちが残っている危険性はあるわ。そうね……10分。10分経つまでに、必ずここに帰ってきましょう。それを過ぎたら先に帰ってきた方は鍵を締めて、その後一切誰も中に入れないようにする。意味は分かるわね?

「はい」
 刻限を過ぎるまで帰ってこれなかった場合、もしかすると相手はハイグレにやられている可能性もある。扉の向こうを安全に確かめる方法がない以上、仕方のない自衛策だった。

 ――そしてもう一つ。さっきのことにもつながるけれど、私たちは運命共同体だということを忘れないで。あの光線は人の心をねじ曲げてしまう。もしどちらかがやられてしまえば、まず間違いなくこの倉庫を襲うでしょう。だから捜索中は、他人のことより自分が逃げ延びることを優先して。私か恵美香さんのハイグレ化は、即ちもう一人のハイグレ化も意味するわ。

「分かりました」

 ――こんな話があるわ。危険区域での人命救助の際には、自分の命を再優先にするの。自分が生還することは、人ひとりの命を現場から救い出したのと同じことだから。いいわね?

「はいっ!」
 それが意味するところは、今まであたしが胸に抱いてきた思いとは正反対だった。でもその理屈も、間違ってはいないと思えた。誰の命も平等ならば、当然自分の命だって誰かの命と同じ価値があるんだ。我が身を投げ打って誰かを守るのはカッコいいけれど、それだけが最高の選択肢じゃないんだ。そう、気付かされた。
 あたしは、菜々さんの言葉を心に刻み込んだ。
 菜々さんは扉に耳をくっつけて、向こうの様子を探ろうとしている。やがて、あたしを手招きした。

 ――行きましょう。10分よ。

 あたしが頷いたのを見て、菜々さんは静かに扉を開いた。あたしは電気を消して階段を上る。久々の外……と言っても屋内だけど。校舎はほんの五分ほど前とは打って変わって静寂に包まれていた。まあ、時々ハイグレ人間も見かけるから気は抜けないけれど。進行方向にあったトイレから紫と薄緑の男女のハイグレ人間が出てきたときには、心臓が止まるかと思った。ちなみに二人はあたしたちのいない方向へと走っていったので、事なきを得ることができた。
 そしてあたしは階段を上り、一階の調査を始める奈々さんと別れた。とりあえず四階の教室から見て回ろう。そこから時間まで下へと探していけばいい。
 しかし、ほとんどの教室、特別教室を見て回っても、人間の姿を見つけることは出来なかった。三階に下りた時点で四分が経過していた。こうなると少し焦りが生じてくる。
 なるべく足音を立てないように三階の……あたしたち二年生のフロアを探索する。敵の襲撃は30分前だった。だからここに来るのはそのときぶりのはずだけど、どうにも懐かしさがこみ上げてくるのを抑えられない。
 自分の教室の扉を開けたとき、その気持ちは最高潮に達した。見慣れた教室。だけど静まり返って不気味な……あれ?
「誰か、いる?」
 何か人の気配を感じた気がした。首を捻りつつ一歩踏み入る。そのときだった。

 ――どけえええええっ! ……って恵美香ぁ!?

 横から凄まじい咆哮と驚きの声。ハッと振り向くと、
「茉里奈っ!?」
 まるでアメフト選手のように突進してくる、陸上部所属のクラスメートだった。茉里奈は出来る限り減速したようだったが間に合わず、ズシンとあたしを押し倒した。幸いほとんど痛みは無かったけど、それ以上にびっくりのほうが大きかった。

 ――うう……ゴメンな。まさか恵美香だとは思わなくて……。

 あたしの上から退いて、立ち上がる補助をしてくれながら謝る茉里奈。ハイグレ人間が来たと思ったんだろうし、怒る気は起こらなかった。
「大丈夫だよ。でも良かった、茉里奈も無事だったんだ」

 ――何回か危ない目にあったけど、とりあえずクラスまで帰ってこれたんだ。だけどそれからどうしたらいいか分からなくて。

「じゃあ、あたしと一緒に来てよ。今、生存者を探して回ってるから」

 ――マジ!? 行く行く!

 茉里奈は目を輝かせて何度も頷いた。これで一人。しかもクラスメートということにあたしはすごく安心した。
 時間を見ると、残りの猶予は二分少々しかなかった。もう直行で帰るしかない。あたしの小走りに、茉里奈はしっかりついてきている。
 一階へと着いたとき、女の子と男の子の声を耳にした。

 ――ほら沼田、行くよ。
 ――あんまり急ぐな。誰かに見つかったらどうする。

「……君たち?」

 ――わあああああ!?

 姿が見えたので少し声をかけてみると、前にいた女の子のほうが大仰に驚いた声を上げた。弾かれたように男の子のほうが女の子の前に立ちふさがったけれど、あたしたちの制服姿を見て警戒を緩めてくれた。

 ――人間、ですよね?
 ――あたしたちが水着に見える?

 男の子の声に茉里奈が笑って答え、それに女の子が胸をなで下ろす。

 ――はぁ……びっくりしたぁ。

 あたしは時間がないことを思い出し、手短に話した。
「驚かせてごめんなさい。あの、二人とも、もし隠れる場所がないならあたしたちについてきてくれないかな?」

 ――助けてくれるんですか? ありがとうございます!
 ――はしゃぐなよ、みっともない。
 ――沼田が気にすることじゃないでしょー。
 ――ああもう……。すいません、案内してもらえますか?

 仲の良さそうな微笑ましいやりとりの後、沼田くんがそう言った。
「もちろん。じゃあ行くよ」
 そうして倉庫まで走っていくあたしたち四人。到着したのは制限時間ギリギリだった。辺りを見回して安全を確認し、あたしがしんがりになって中に入る。電気が点いているということは、すでに菜々さんがいるということ。
「菜々さん、ただいま帰りました」

 ――恵美香さん! 心配したのよ。……その人達、まさか。

「はい。あたし、三人も見つけました」
 あたしは声を弾ませて報告する。四人で菜々さんのもとに行くと、なんとそこにはもう一人、知り合いがいた。
「嘘……仁奈っ!」

 ――また会えたね恵美香、それに茉里奈も!
 ――仁奈も生きてたのか! あたしてっきり。
 ――もう、勝手に殺さないでよっ!

 仁奈のことは菜々さんが見つけてくれたんだろう。こんな非常事態でクラスメートと再会できるなんて、奇跡のような気がしてならない。異常の中に戻ってきた平穏に安らぎを覚える。
 その間に菜々さんは沼田くんたち二人に倉庫の説明をしていた。女の子は合歓と名乗っていた。
 菜々さんはそれが終わってから口を開く。

 ――まさか六人も集まることが出来るなんて思いもしなかったわ。皆、それぞれ大変だったでしょう。こんな場所だけど、外が治まるまでの辛抱よ。必ず生き延びましょう。

 はい、と五人の返事が揃う。目立たない、それでいて鍵のついたこの倉庫ならばきっと大丈夫だ。思いは皆同じだった。
 でも、あたしの心にいつの間にか灯っていた情熱は、現状で満足しなかった。
「菜々さん。まだ集会は続いています。あたしもう一度、無事な人を探しに行きたいです!」
 しかし頼れる先輩は渋い顔をしてみせた。

 ――あまり賛成出来ないわ。もし集会が終わってしまったら、これまで以上に危険度は増す。なのに残っているかも分からない人間を探しに行くのはリスクが……。

「危なくなったらすぐに戻ります。だから」
 何を言われても曲げるつもりはないという思いで菜々さんに迫る。すると、
* 恵美香パート5[13/12/29] ( No.44 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:30:07 メンテ
名前: 香取犬

 ――……あなたは、誰かのためになら自分を犠牲にできる、そんな人なのね。

 ため息をひとつ吐いて、頷いてくれた。そして突然、ごめんなさい、と頭を下げた。

 ――私は今度の捜索には、参加しないわ。申し訳ないけれど私には、あなたのような勇気はない。すでにこれだけの人数を集めてしまった今、自分は自分一人のものではないと思うから。それを背負ってなお危険を冒す覚悟は……私には出来ない。

「菜々さん……」
 改めて言われればそれはそうだ。さっきはあたしと菜々さん二人だけの問題だった。けど今は、六人が一蓮托生。あたしがやられたら、みんなやられる。
 でも。
「信じてください。必ず、あたしはあたしのままで帰ってきます」
 その言葉に、菜々さんは、ええ、と答えてくれた。

 ――恵美香、あたしも行くよ。
 ――わ、私も!

 次々に名乗りを上げたのは、クラスメートたち。茉里奈も仁奈も、瞳には覚悟を宿していた。
「うん、探そう」
 こうして、第二次捜索隊が結成された。ちなみに沼田くんと合歓ちゃんは残るそうだ。
 菜々さんはさっきと同じような忠告をしたけど、最後に新しく一つ付け加える。

 ――三人と私達で、共通の符号……パスワードを作りましょう。この倉庫はあなた達が出て行ったあと、他の誰かに侵入されないように内側から鍵を掛けます。帰ってきたときには、ノックの回数で自分たちであることを中に知らせるように。……外から四回。そして私たちが内側から二回返事をします。その後に一回だけ叩いたら鍵を開けます。
 ――四回、二回、一回、ですね?
 ――そう。そして制限時間は10分。……もちろん私は、あなたたち全員が無事で帰ってきてくれることを信じているわ。でも、何と思われようとも私は安全策を取らせてもらいます。それが、ここにみんなを集めた責任だと思うから。
 ――心配は要らないっすよ。ちゃんと戻ってきますってば。

 茉里奈の力強い宣言に、あたしと仁奈も同調する。そして三人で扉の前に立つ。向こう側からはまだ喧騒は聞こえてこない。

 ――三人とも、頑張って。

 それを背にして、あたしたちは扉の外に出た。カチャリと鍵がかかる。
「じゃあ、あたしは三階へ行く」
 三階はさっき茉里奈を見つけたところだけど、まだ探し残しがあるのだった。

 ――仁奈、あたしが四階でいいか?
 ――うん。そしたら私は二階にする。さっきは一階で奈々さんに助けられたんだけど、そのとき「ここにあなたがいなかったら誰も見つけられなかった」って言ってたから。

 それぞれ役割分担を決め、あたしたちは散り散りになった。
 今、再びの三階。最初に見かけたのは、扉が開けっ放しになった生徒会室だった。中には誰も居ない。生徒会役員は多分今頃、体育館で集会を取り仕切っているんだろう。それから各教室を入念に探してみたけれど、結局誰も発見できなかった。
 あとは校舎の反対側、理科室とかのある方に行ってみるしか。もう結構な時間を使ってしまったから、ここにもいなければ倉庫に帰らないといけない。
 理科室に面する廊下に差し掛かろうとした時だ。

 ――……あんたたちも、見つからないようにね。

 引き戸を閉める音と共に、そんな声が聞こえてきた。慌てて近づこうとして、あたしは大きな足音を立ててしまう。するとそれに驚いたのだろうか、あたしが相手を目視するより早く走り去ってしまった。止める間も無かった。
 口ぶりからすると、今の人はおそらく人間。そして「あんたたち」というからには二人以上の仲間がいるはず。あれだけ押し切って出てきたのに何の成果も得られませんでした、なんて菜々さんには言えない。誰かが見つかる可能性があるなら、よく調べてみよう。
 多分、ここだと思う。理科室。意を決し、中に入る。途端にあの特有の、薬品だかなんだかのきつい匂いが鼻につく。
「誰か、いますか?」
 問いかけるけど、反応はない。間に蛇口とシンクを挟んで対を成す黒いテーブルが並んだ部屋の中を歩き回ってみた。隠れられる場所はそれほど多くはない。とは言え特別教室は理科室だけではない。ここに時間を掛けるわけにもいかないし、もう少し探したら出よう。さっきの声は他の部屋から聞こえたのかもしれないし。

 ――恵美香っ!

 突然背後から名前を呼ばれ、あたしは完全に固まってしまった。間髪を入れず声の主は抱きついてくる。もしハイグレ人間だったら。そんな風に考えて恐る恐る首を動かすと、心配は杞憂だったと分かった。
「桃花、良かった……!」
 あたしが安心して言うと桃花はホールドを解いてくれた。そして桃花に向き直る。

 ――なんだかすごく久しぶりに会ったみたいだね。

「ほんと、40分しか経ってないのに」

 ――桃花の友達?

 不意にもう一人の女の人が現れて尋ねた。そうか、やっぱりここには人間が二人隠れていたんだ。

 ――あ、はい。クラスメートです。

 紹介されたのであたしは軽く会釈する。女の人は桃花の先輩のようだった。名前はなんて言うんだろう。
 い、いや、今は誰がどうとかは問題じゃないんだ。とにかく優先しなきゃいけないのは、
「お二人共、早く来てください! 今、ハイグレにされていない生徒を集めて隠れている場所があるんです。そこまで行きましょう」

 ――えっと、そこは安全なの?

「うん。頑丈な鍵が付いているから、絶対に外からは開けられないよ。さ、敵がいない今のうちに」
 約束の時間まであと四分を切った。早く帰らないと。気が急いて桃花の手を取ったけど、その桃花は心配そうな目で先輩を見つめていた。

 ――私は行かない。桃花、行ってらっしゃい。

 何を言っているんだ、この人は。折角助けられると思ったのに、それを断るの?
「何でですか? こうして簡単に人が入れるこの部屋にいては、いつか見つかってしまいます。あいつらに狙われたら……一人では逃げ切れません。絶対に」
 苛立ちがつい口調に表れてしまう。しかし謝る余裕はない。これで考えなおしてくれるといいけど。

 ――私がここを出たら、友達が私を見つけられなくなるから。

 決して意見を曲げるつもりはないと、その瞳は雄弁に語っていた。……これ以上問答をしても暖簾に腕押しってやつだろう。時間もないし、仕方ない。
「……分かりました。じゃあ、桃花だけでも」

 ――う、うん。……先輩、どうかご無事で。
 ――桃花もね。また、必ず会いましょう。
 ――はいっ。

 二人が別れを済ませたところで、あたしは桃花を連れて廊下に出た。
「こっちだよ。来て」
 そうして周囲に気を配りながら一階倉庫まで辿り着いた。その間、桃花は緊張のためか無言のままだった。
 扉を開けてもらうにはパスワードが必要。取り決めを思い出し、四回ノックする。すぐさま二回叩き返されるので、もう一度だけ叩く。
 内側で鍵の解除される音がした。ノブを捻り引くと、初めに来たときと同じような暗闇が出迎える。けれどあたしは臆することなく踏み入った。震える桃花の手を握り直し、後ろ手に鍵を締める。
「菜々さん。恵美香、只今帰りました!」
 そう宣言すると、菜々さんが部屋の電気を点けてくれた。そしてあたしの後ろにいる人影を認めて微笑む。

 ――あら。上出来よ恵美香さん。ちゃんと助けて来れたのね。

「はい! あ、本当はもう一人いたんですが、行きたくないと言われて……」
 見てきたことを正確に報告する。あたしの目には、これが事実だった。

 ――そうなの。とにかくご苦労さま。さあ、あなたもこっちへ来て。歓迎するわ。

 桃花とゆっくり階段を下りながら、今の救助状況を教えてあげる。
「桃花。実は今、私みたいに生き残りを探しに出かけている友達も二人いるんだよ」
 すると桃花は目を丸くした。

 ――私も知ってる人?

「当然。同じクラスだしね。ま、帰ってきてのお楽しみということで」
 それに頬を緩めた桃花に、菜々さんが沼田くんと合歓ちゃんの紹介をする。そのあとで質問を投げ掛けられた。

 ――あの、菜々さんと恵美香はいつからここに?

「襲撃があってから20分後くらいに、菜々さんと会ってね。それで一緒にここに隠れてた。で、集会中の今なら人探しができるかもってね。

 ――恵美香さんはすぐに一年生達を見つけて、また飛び出していって。そうしたらあなたもやって来た。恵美香さんの迅速な行動には恐れ入るわ。

「だって、もう誰も失いたくなかったから……」
 閉じた瞼の裏に、羽衣や白亜、織枝の姿が浮かんでは消えていく。あたしの原動力は、一貫して変わっていなかった。
 胸の奥の気持ちを再確認していると、不意に扉が四回鳴らされた。まだなんとか時間内。どっちかが帰ってきたんだ。
* 恵美香パート6[13/12/29] ( No.45 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:30:40 メンテ
名前: 香取犬

 鉄扉に駆け寄り、二回。そして一回。定められた通りの符号に安心し、躊躇いなく鍵をひねった。現れたのは制服姿の、

 ――……仁奈! 希!

 であった。希が来たということは、またしても友人が増えたということ。自然とその場の空気も和やかになっていく。

 ――その声は桃花!?
 ――無事だったんだねー、良かったぁ。

 更に続けて帰還の合図が聞こえてきた。問題がないことを確認して開けば、茉里奈までもがもう一人を連れてきていた。

 ――茉里奈っ!
 ――やっほー桃花! それに恵美香と仁奈と希も! 菜々さん、部活の後輩を見つけて来ましたっ!
 ――お手柄よ茉里奈さん。その子は一年生ね。

 あたしは戸締まりを何度も見直してから、倉庫の中に作られた人の輪の中に混ざった。20分前には寂しかったこの場所も、ずいぶんと温かくなった。
 大きく息を吸って、菜々さんが話しだす。

 ――これで全員揃ったわね。恵美香さん、仁奈さん、茉里奈さん、本当にご苦労さま。よく無事に帰ってきてくれました。新入りさんたちも聞いて。私たちはこれからここで、外からの救援が来るまでずっと隠れていなければいけない。……きっとハイグレ人間の集会もそろそろ終わる。つまりハイグレ人間たちがいる限り、もう外には出られないの。非常用の食料はあるけれど、助けが来るまで何時間か、何日か分からない。家族や友人も心配でしょうけど、今はあなたたち自身を第一に考えて。いい?

 はい、と返事を揃える八人。それでも不安そうだった桃花も、菜々さんの言葉が元気づけられたらしかった。次に、

 ――さて、これからこの九人で共に過ごす訳だけれど。軽く自己紹介でもしない?

 という提案に乗って、あたしたちは自己紹介をした。奈々さん、あたし、仁奈、桃花、希、茉里奈。そして一年生、陸上部の華奈ちゃんと、合歓ちゃんと沼田くん。これで全員。
 それからの時間は、久々におしゃべりして過ごした。悪いことなど全く考えもせず、学年の境目もなく、九人が他愛無い話題で盛り上がった。
 ……部屋が文字通り闇に落ちたのは、あまりにも突然の出来事だった。

 ――な、何? 停電!?

 合歓ちゃんが慌てる。視覚があてにならない状況では、聴覚だけが頼り。なるべく平静を保って耳を澄ませていたけれど、それは目に映る形で出現した。

 ――ピシュン!
 ――きゃあああああああああああッ!

 ピンクの発光体、いや、ハイグレ光線が黒い世界を一筋に走り、悲鳴を生んだ。
 聴覚に意識を集中していたあたしにはその声が誰のものか、はっきりと分かってしまった。
「仁奈!?」
 闇の中、ピンクの光が激しく明滅して仁奈の苦しむ姿を浮かび上がらせる。光が止む寸前、彼女の体を覆っていたのはハイレグの水着だった。
 再び訪れた闇の中、仁奈が嗚咽混じりの声で呟いた。

 ――嘘……なん、で……ッ!
 ――誰か! 早く電気を!

 菜々さんが鋭く叫ぶと、すぐに電気が点灯した。スイッチを押したのは桃花。そして晒される、仁奈の橙色の水着姿。既にハイグレのポーズをしていて、ストッパーが決壊したらすぐにでもハイグレと繰り返しそうな様子だった。

 ――助けて……おねが、い……!

 そう言われても、あたしは。どうしてここで、いきなり仁奈がハイグレ姿にされたかさえ分からない。何も、何も分からない……!
 どこかに行ったはずの悲しみが、また爆発した。
 直後の出来事は、ほとんど理解できずにいた。目では見ているはずなのに、あたしの脳はそれを処理することを拒んでいた。
 仁奈に飛び掛かった茉里奈は突き飛ばされ、華奈ちゃんが制服を脱いで薄ピンクのハイレグを見せつけて、ハイグレ光線を乱射して、茉里奈と合歓ちゃんと沼田くんがハイグレ人間になってしまった。
 体感時間ではあっという間だったけれど、現実には一分以上経っていたかもしれない。やっと頭がまともに目覚めたのは、四人のハイグレコールが倉庫の中で鳴り響いたからだった。

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

「……!」
 ここは危険。初めに蘇った思いはこれだった。危険を回避するにはどうしよう。……倉庫から出なきゃ。
 あたしは階段を駆け上がる。続いて意図を理解した希もついてきた。

 ――私の責任……ね。……私がしっかりしていないせいで、こんなことに。
 ――菜々先輩が落ち込むことはないですよ。むしろ感謝してます。……だって菜々先輩が未転向者を集めてくれたお陰で、わたしは仕事がしやすくなったんですから!
 ――危ないっ!
 ――ピシュン!
 ――あ、ありがとうございます。

 そんなやりとりが目の前で繰り広げられたけれど、あたしに介入する術はなかった。とにかく、菜々さんも桃花もやられなくて良かった。
 ……でも、仁奈たちは……。すぐそこでハイグレと叫び続ける友達を必死で見ないふりして、あたしは叫んだ。
「二人共! 早く出口へ!」

 ――鍵は開けましたよー!

 二人は立ち上がったものの、逃げようとする桃花とは対照的に菜々さんはその場を動こうとしなかった。嫌な予感がする。

 ――どうしたんですか!? 早く!

 菜々さんは首を振り、信じられない言葉を放った。

 ――私が華奈さんの足を止める。貴方たちは逃げて!

 瞬間、頭がカッと熱くなる。
「そんなこと出来ません!」
 菜々さんのことを置いていくなんて。必ず生き残ろう、って約束したのに。ここにいれば大丈夫だ、って思ったのに。あんな悔しい思い、もう二度としたくない!
 あたしが、もっと多くの人を助けたいって言ったから、こんなことに……? 茉里奈たちと合流したところで終わらせておけば……。
 あたしが。
 あたしが悪いんだ。
 あたしが菜々さんを、みんなを、ハイグレにしたんだ。

 ――……行こう。希、恵美香。

 嫌だ。
 何度二人に呼びかけられてもあたしは、頑なに拒んだ。
 勢いよく重い扉が開かれ、光を浴びる。それでも動かない。

 ――待ちなさい!

 水着の華奈ちゃんが凄い形相で睨みつけてくる。それでもこちらに襲いかかってこないのは、菜々さんが階段を上らせまいと邪魔してくれているから。

 ――華奈さん、ここから先へは一歩も行かせないからね。

 その華奈ちゃんは舌打ちし、菜々さんのお腹に光線銃をグリグリと押し付けた。苦悶の色を浮かべる菜々さんと、目が合った。
「菜々さん!」
 行って、と唇が動く。
 助けなきゃ。なのに希と桃花に強引に引っ張られたせいで果たせない。
「菜々さんっ!」
 そのままどんどん菜々さんは遠ざかっていく。どれだけ手を伸ばしても、もう届かない。
 やめて桃花、扉を閉めないで! 中には菜々さんが、みんなが!

 ――きゃああああああああああっ! ……ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ……。

 ズシン、と重々しく音を立て、倉庫と廊下は扉によって隔離された。
 最後に見えてしまった。聞こえてしまった。菜々さんがハイグレ人間になる瞬間を。
 言葉が出なかった。代わりに土下座のような体勢でうずくまって、涙をボロボロと零す。
 もう、自分で自分を許せない。

 ――行こ? 桃花、恵美香。
 ――……うん
 ――早く隠れないとね。わたしたちまでやられちゃあ、皆に申し訳ないから。

 あたしの頭を撫でてあやしてくれる希は、普段よりも数倍もしっかりしているように思えた。そう、その言葉は正しいよ。
「分かってる、でも……」
 唯一だろうと思える安息の地さえも奪われて、あたしを助けてくれた先輩や共に過ごした友達も失った。あたしの心はそれを受け入れられるほど頑丈じゃない。とうに限界を超えていたんだ。
 なのに。

 ――随分探したのに全く、何処にいたの?
 ――やぁっと見っけた! 桃花!
 ――照代先輩! 翼先輩! ……っ!?

 なのに現実は、あたしにほんの少しの休息の時間すらも与えてくれない。

 ――ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ。
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 桃花の先輩らしき二人は目の前で、見せつけるように、または誇るように、ハイグレポーズを繰り返した。
 桃花は何も言わずただだらりと崩れ落ちた。糸が切れた操り人形ならば、今の様子を再現できるだろう。その姿からはあたしと同じか、もしかするとそれ以上かもしれない絶望が発せられていた。あまりの光景に、あたしは息を呑んだ。
 その場でまともに動けたのは、希くらいのものだった。あたしを担ぎ起こし、そして桃花に呼びかける。

 ――桃花! 立ってよ、今すぐ!

 だけど桃花は、力なく首を横に振る。
 もうダメだ。立ち上がれない。たったそれだけの動作が、そう雄弁に語っていた。
 でも、だからこそ助けなきゃいけない。また一人、あたしの側から消えていくなんて。そんなのって……!
 そして希の決断は、
* 恵美香パート7[13/12/29] ( No.46 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:32:11 メンテ
名前: 香取犬

 ――許して、桃花……っ!

 桃花の気持ちに、応えることだった。
「嫌! 桃花ぁっ!」
 ほとんど奇声で抵抗の意を示す。でも希は放してはくれなかった。殴らんばかりに暴れても、あたしを抱える手は解けない。
 桃花の姿が見えなくなってもあたしは自立する力がなく、希に半ば引きずられるがままだった。それでも心は思う。何でなの希。まだ桃花を助けられたかもしれないのに。
 怒りがふつふつと沸き上がってきた矢先、頬に水滴が落ちてきたのを感じた。希の、涙だった。
「のぞ、み……」
 名前を呼ぶと、希はあたしを支えるのをやめて向き合って、両肩を強く掴んで慟哭した。

 ――わたしだって悔しいんだよ! 恵美香だけじゃないよ! でも……わたしたちは逃げ切らなきゃいけないんだよ、恵美香っ!

 背筋が凍った。希とは思えないような大声に。そして思い出す。当たり前のはずで、絶対にして最後の目的を。
「……ごめん」
 あたしはよろよろと立ち上がった。
 他の誰かではなく、自分自身が生き残ることが重要なんだ、って菜々さんも言っていた。心はボロボロ、体も疲労が溜まっている。でも、歩けないほどじゃない。だったら自分の足で歩かなきゃ。

 ――行こう。こんな道の真ん中じゃ危ないよ。

「そう、だね」
 あたしたちは二人で、一階を歩いた。集会はとうに終わっているだろうから、警戒レベルはマックス。なのにハイグレ人間を、一度も見かけなかった。集会中とさして変わらない雰囲気に戸惑う。

 ――静か過ぎるね。どうしたんだろう……?

 分からない。そう答えようとした時だった。
 背後から一人分の走る足音が響いてきて、咄嗟に身を壁に寄せる。反応が遅かったか。冷や汗をかきながら振り返ると、その主はどう見ても制服を着ていた。
「人間、だよね」

 ――……多分。

 希と訝しみあう。向こうはそんなこちらにお構いなしに近づいてきて、言った。

 ――あの。……人間、ですよね?

 ああ、この子は大丈夫だ。こんな疲れた顔がハイグレに洗脳された人のもののわけがない。そう思って一つ頷く。

 ――良かったら、一緒に行く? わたしは希、こっちは恵美香。
 ――あ、ありがとう……! 私は凛。二年生、です。

 緊張のせいで強ばっていた肩を緩める凛。この子の様子を見て、いかに隠れていた間の校舎内が大変な事態だったかを考えてみる。……辛かっただろうな。凛だって、誰のハイグレ化も見ずにきたわけではないだろうから。
 折角会えた数少ない生き残り。今度こそ誰も失いたくない。あたしは心のなかで、強く強く思った。
* 恵美香パート8[14/02/15] ( No.47 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:33:56 メンテ
名前: 香取犬

 ――希、恵美香。二人はずっと一緒に逃げてたの?

 凛が問いかけてくる。ずっとじゃないよ、と否定しようとした瞬間、菜々さんの姿がフラッシュバックして言葉が喉元で詰まってしまった。
 唇だけをパクパクさせるあたしを見かねてか、代わりに希が答えてくれた。

 ――教室が襲われたあと離れ離れになっちゃったんだけど、恵美香や他のみんながわたしみたいに一人で隠れていた人たちを見つけてくれたんだよー。
 ――それで、他の人達は今どこに?
 ――そ、それは……。

 当然浮かぶだろうその質問に、今度は希が言葉を失った。いや、もしかするとあたしに配慮しようか逡巡したせいで口をつぐんでしまったのだろうか。
 だとしたら、いつまでもウジウジしているあたしのせいだ。あたしは覚悟を決めて、事実を言葉にする。
「ハイグレ人間にされた。あたしたち以外、みんな」

 ――恵美香……!?
 ――そう、だったんだ……ごめんね、嫌なこと聞いちゃって。

「ううん、気にしないで」
 取り繕った途端、あたしは立ち眩みに襲われて座り込んでしまった。体の疲れというより、心の疲れかもしれない。気まずい沈黙が廊下に充満する。
 それを打ち破ったのは、第三者の声だった。

 ――……あなたたちは、人間?
 ――ちょっと玲衣奈、その聞き方おかしくない?

 あたしたちは慌てて呼びかけられた方を振り向いた。背の高い人と、外国人っぽい人。結構近くにいたにも関わらず、全然気づかなかった。 
 まだ戸惑ったままの凛が、返事をした。

 ――人間……です。今のところは。
 ――じゃあ一緒に居させてもらえない? あ。あたしは玲衣奈、こっちがローザね。
 ――こちらこそお願いしますー。わたしは希、それとこっちが恵美香と。
 ――凛、です。

 と、名乗り合う。まあ、あたしのぶんは希が言ってしまったけれど。
 玲衣奈さんとローザさんはあたしたち三人を見回して、それから言った。

 ――あのさ、五人みんなで脱出しない?
 ――それ本気? 大丈夫なの?
 ――分からないけどさ、でも何もしないよりかはマシでしょ。いざとなったら、あたしが守ってあげるから。ね?

 『あたしが守ってあげるから』。耳の中で何度も何度も谺して、脳をかき乱す一言。
 また、あたしは誰かを盾にして生き延びなきゃいけないのか。
 これ以上、罪を重ねろというのか。
「やめてくださいっ!」
 気付けば大声で叫んでいた。これには先輩だけでなく、希と凛も驚いていた。一息吸って、心の奥から溢れてくる思いを続ける。
「そう言ってみんな、あたしの目の前でハイグレ人間になっていくんです。仲の良かった友達も、頼りにしていた先輩も、一瞬でハイレグを着させられて……。あたしをかばったせいでハイグレ人間にされてしまうのは、自分自身がハイグレ人間になるよりも……ずっと怖い」
 ずっと抱えていた本心。菜々さんのお陰で治まってはいたけれど、それは初めから変わっていなかった。
 少し間を空けて、玲衣奈さんは言い返してきた。

 ――じゃあ、その人たちが守ってくれたぶん、恵美香は頑張らなきゃいけないんじゃないかな。みんな恵美香に、ハイグレ人間になんてなってほしくないと思ってるよ。その思いをさ、恵美香自身がはねのけちゃいけないよ。

 確かにそう。なんであれ結果として、あたしはみんなに守られたからこそ無事でいられている。
「でも今頃はきっと、あたしのことも仲間にしようとしてるんです」
 その時はあたしを守ってくれたみんなも、今となっては敵の手先。もうどこにも、あの優しい人たちはいない。

 ――それは洗脳されて心を捻じ曲げられてしまったから。……最悪の場合、学校内に残っている人間はたった五人かもしれないんだよ。そのうち例え一人だけでも学校から逃げ切ってくれれば、あたしは満足。多分、恵美香の友達も恵美香に、そう思っていたに決まってる。

 そうか……。本当は、誰もいなくなってなんかいなかったんだ。
 人間としてのみんなは、あたしを守ってくれたみんなは、今もあたしの心のなかにいる。その思いは、あたしが覚えている。
 あたしがやられない限り、みんなはまだ生きている。
「玲衣奈さん、あたし、頑張ります」
 なんだか少しだけ、気力が蘇ってきた。

 ――そうそう、その調子だよ。

 笑う玲衣奈さんに、菜々さんの影が重なって見えた。
 それから玲衣奈さんは脱出計画の道順を話した。二階に一旦迂回して非常扉を使って裏庭に脱出する作戦だった。誰も異議はない。玲衣奈さんを最後尾、ローザさんを先頭に置いた一列で、あたしたちは慎重に校舎を進んでいく。
 階段のところで凛の双子の妹だという子を見かけたけれど、彼女は既にハイグレ人間だった。それでなんとなく察しがついた。さっき凛が合流した時に尋ねたことは、自分と妹にあたしと希を重ねていたんだということ。
 この遭遇以外は特に問題なく行軍が続けられた。だからだろう。二階の廊下で、誰もが一瞬油断してしまった。
 突然鋭く、背後から玲衣奈さんの声が響く。

 ――危ない! 伏せてっ!
 ――ピシュン!

 何が起きたかを理解する前に、体は玲衣奈さんに従っていた。凛も希も、前のめりに倒れこむように頭を下げた。一瞬遅れて視界に映り込むピンクの光。それはあたしたちの来た方向から、進もうとしていた方向へとほとばしる。
 そう、あたしたちを先導していたローザさんの方へ。

 ――うあああああああああっ!
 ――ローザぁぁぁっ!

 悲痛な二人の叫びが重なった。あたしは声も出せないで、ただローザさんのハイレグ姿に変わっていくのを見ていた。ウェーブ掛かった金髪が点滅する光の中で踊り、制服は実体を失っていく。
 やがて光が消えると、仁王立ちのローザさんは綺麗な青色のハイレグを着ていた。もしそれがただの水着であれば、何も気にすることなくローザさんに見惚れることができるだろうに。
 ……ローザさんを撃った敵はすぐそこにいるはず。身の危険が自分にも迫っているにも関わらずあたしが見ているのは、ローザさんのことばかり。その理由は難しいことじゃない。あたしが敵を見たくないから。なぜならあたしは、一瞬だけ敵の姿を認めたときに自分の視覚を信じないことに決めたからだ。
 視線を、反らす。ローザさんを撃ったのは、誰とも知らないハイグレ人間だ。あたしの知ってる人じゃない。ましてや友達、親友であるはずがない。
 違う。あれは、あれは……!

 ――やっと見つけた。会いたかったよ、恵美香!

 オレンジ色のハイグレ人間は、あたしの親友の声で、あたしの名を呼んだ。
 認めたくない。だけど。
「あ……う、羽衣……ッ!」
 あたしににじり寄る彼女は紛れも無く、羽衣だった。そしてもう一人、光線銃を構えていたのは中学からの友達、瑠輝。
 大事な親友が一気に二人も失われたような気分がした。
 あたしはお尻を床につけたまま後ずさる。しかし、羽衣はその分だけ距離を詰めてきた。

 ――まだそんな服着てたんだ。でも、丁度良かった。すぐに私がハイグレを着せてあげるからね。私が……!

 冗談のような格好で、真剣な目をして言う羽衣。銃口をぴったりとあたしに向けて、引き金に指をかけている。あたしは、どうすればいいのか分からない。
 そのとき、玲衣奈さんが動いた。

 ――恵美香から離れろおおっ!

 玲衣奈さんが羽衣に突進したドスンという衝撃音と、羽衣が発射した洗脳光線の音は、ほとんど同時に聞こえた。けれど結果として、光は壁にぶつかって消え、玲衣奈さんはマウントを取って羽衣を下敷きにした。

 ――みんな、今のうちにっ!

「でも!」
 このままじゃ、玲衣奈さんはマークフリーの瑠輝に撃たれてやられてしまう。何とかして助けないと。希と凛が協力してくれれば、きっと出来る。
 なのに、あたしはその二人に手を引かれ、立たされてしまった。

 ――先輩たちの気持ち、無駄にしちゃダメなんだよっ!
 ――恵美香!

 二人が選んだのは、逃走だった。
 助けたかった。でも、無理なんだ。
「……ごめんなさい……」
 未だハイグレポーズをせずに耐えるローザ先輩を横目に、あたしたち三人は階段へと急ぐ。当初の予定とは違って、上階へ。
* 恵美香パート9[14/02/15] ( No.48 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:35:04 メンテ
名前: 香取犬

 希たちに引っ張られながら、あたしは心のなかで自問自答していた。
 助けられないあたしが悪いんだろうか。……いや、違う。
 あたしなんかを助けた玲衣奈さんの自業自得だろうか。……これも違う。
 悪いのは、羽衣と、瑠輝だ。ハイグレに洗脳された二人のせいで、先輩たちもやられてしまったんだ。
 ふつふつと、親友だった二人に対して憎悪の思いが滾ってきたけれど、しかし思い直す。
 だとすると、本当に悪いのはパンスト男たちじゃないか。あいつらのせいで羽衣が。あいつらのせいでみんなが。
 ……でもあいつら、どこへ行ったんだろう。倉庫から脱出して以来、一度も姿を見ていない。まさか、引き上げた? もうこの学校の人間を全滅させるのに自分たちの力は必要ないと考えたから?
 怒り、と単純に表現するのも憚られるような感情が渦を巻く。だけど、それをぶつけるための対象はいない。無性に叫びたくなった気持ちを、必死に堪える。
 あたしたちは横並びになって走る。ちょっとでも追手に見つからないように、四階に上がったのだけど。

 ――何で逃げるの恵美香っ! 一緒にハイグレしようよっ!

 その言葉が聞こえた途端、あたしの心臓ははちきれそうなほどに飛び上がった。遅れて、じわりと眼の奥から熱いものが滲みだす。
 羽衣の姿を意識してしまったからと言うよりは、先輩たちを思っての涙だった。
「玲衣奈さん……ローザさん……!」

 ――私たちのために、二人は……。
 ――逃げ切ろう! みんなでッ!

 動揺するあたしたちに、希が喝を入れてくれた。
 そうだよ。三人でこの学校から出ることが、あたしたちの使命なんだから。

 ――うん!

「絶対、だからね!」
 あたしの左隣を走る二人と、強く約束をした。

 ――逃がしはしませんよ!

 瞬間、目の前数センチのところを洗脳光線が猛スピードで横切った。慌てて希と距離を取る。発射したのは、瑠輝の方。
 続けて、ほとんど同じ軌跡をなぞって羽衣も光線を撃つ。

 ――瑠輝、そこを狙い続けて!
 ――了解です!
 ――ピシュンピシュン!

 あたしにも希にも、光線は命中しない。それどころか、誰かに当てようとする意識さえまるで感じ取れなかった。
 意図の読めないまま、T字路に差し掛かる。光線が邪魔で左には曲がれないから、右の廊下へ進まないと。
 二人とも、右に曲がろう。そう言いかけて、あたしはあることに気付いてしまった。あたしが左へ行けないように、希と凛もこちら側へ来られないじゃないか、と。
「希! 凛!」
 光線に当たらないことを祈って強引に左に合流しようか、とも考えたけれど、羽衣たちはこの作戦を実行できるような隙を与えてくれてはいなかった。初めから、あたしを孤立させることが目的だったんだ。

 ――恵美香ッ!

 もう、一人で行く以外に方法はない。
「絶対、ハイグレになんかならないでね。あたしも頑張るから!」
 例え一緒にいなくたって、人間として今も逃げている友人がいると思えば頑張れる。だから残された時間で、精一杯の気持ちを込めてエールを送る。

 ――心配しないで、私たちは大丈夫だから!

 心強い返事にあたしは安心して笑い、右折すると一気にスピードを上げた。

 ――私は恵美香を追う! 瑠輝は二人をお願い!
 ――ご武運を! ハイグレっ!

 予想通り、羽衣が後を追ってくる。エンジ色のハイグレ人間である瑠輝は、希たちを追って階段へと向かっていった。
 この廊下の先にも、一階へと繋がっている階段はある。だけど下り階段でチェイスをする場合追う側、つまり上に位置している方が有利なのは自明の理。一気に一階まで降りるのは無理だ。とすると、途中で一度階段から離れる必要がある。
 あ。一つだけいい方法が浮かんだ。もちろん上手くいくかは分からないけど、これに賭けるしかない。

 ――さあ、恵美香もハイグレになろうっ!
 ――ピシュン!

 身体を横に捻ってなんとか躱す。さっきまでとは違う、本気で狙い澄ました一撃だった。
「あたしは……ハイグレになるわけにはいかない!」
 自分に言い聞かせるように叫びながら階段を素早く駆け下り、踊り場でターン。
「みんなと約束したから! ……逃げ切る、って。助ける、って!」
 そして三階に着くとすぐ角を曲がり、廊下に出る。この一瞬、曲がり角によって羽衣の目からあたしの姿は見えなくなる。だから、あたしはそれを利用する。
 階段に一番近い部屋の名は、理科室。あたしは、全ての要素が願いどおりになることを祈った。
 一つ目。理科室の扉は開いているか。成功。必要最小限の隙間だけを開き、中に入ってから音を立てないように閉めなおす。
 二つ目。理科室の中にハイグレ人間はいないか。おそらく、セーフ。あたしはある一つの机の下に、身体を滑り込ませた。そこは以前ここに来た時に、桃花が隠れていた位置だった。桃花が自分から出てきてくれなかったら、きっとあたしは理科室には誰も居ないと思ったに違いない。それほどまでにその場所は死角なのだ。
 間もなく、羽衣が部屋に踏み入ってきた。

 ――いるんでしょ? 恵美香!

 三つ目、最後の条件は、羽衣があたしに気づかず立ち去ってくれるか。あたしが隠れている場所としては、当然理科室が一番怪しい。しかし、お隣には理科準備室があり、同じ並びには家庭科室とトイレも存在する。羽衣としては、あたしはこれらの何処かには居るだろうとまでは分かるけれど、確実に理科室だとは断言できないのだ。つまり、ここだけに時間を割くわけにはいかない。
 羽衣が諦めるのが先か、あたしが見つかるのが先か。勝負は始まった。
 息を殺すと、ペタ、ペタと素足で床を歩く音が聞こえる。そして、ドクン、ドクンと高鳴る自分の鼓動も。

 ――何で逃げるの? 私はただ、恵美香と一緒にハイグレがしたいだけなんだよ……!?

 ペタ、ペタ。
 独りごちながら、あたしの隠れている机に着実に近づいてくる。
 ドクン、ドクン。

 ――ハイグレは恥ずかしくないよ。怖くもないよ。ハイグレすると気持ちいいんだよ。幸せになれるんだよ。人間のままじゃ絶対にこんな思いはできなかった。ハイグレ人間になれて私は嬉しい。だから、この気持ちを恵美香にも分かって欲しいの!

 ペタ、ペタ、ペタ。
 そして、ハイレグを着ることによって強制的にさらけ出された羽衣の太ももが、あたしの目の前にやって来た。
 ドクン、ドクン、ドクン。
 あたしは全てを観念した。ごめんね、希、凛。せめて、ハイグレ人間になったあたしとは絶対に会わないで。
 強く目をつぶったけれど、それからちょっと経ってもハイグレ光線があたしを包むことはなかった。不思議に思って再び目を開くと、羽衣の膝の裏とオレンジのハイレグに半分だけ隠されたお尻が視界に飛び込んでくる。つまるところ羽衣は、あたしのいる位置に背を向けているのだった。
 まだ、気づかれてない。なまじやられたものだと思ったから、逆に反動で心拍数が跳ね上がってしまう。けど、あたしがここにいると知りながら弄んでいるのではないか。そう思わざるを得なかった。
 立ち止まっていた羽衣は、やがて足をガニ股に開いて腰を落とし、手を股間の近くに揃えた。

 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 迷いのない声で、一定のリズムで何度も何度もポーズを繰り返す。羽衣は、もう完全にハイグレ人間なのだった。教室が襲われてすぐにハイグレ人間として洗脳され、それから70分強の間ずっと、こうしてあたしを仲間にするためにずっと走り回っていたに違いない。それがハイグレ人間に生まれ変わった羽衣の、あたしに対する友情の形なんだろう。
 なんて。ハイグレはなんて酷いんだ。人の心をこんなにも歪めてしまうなんて。
 また、涙がこみ上げてきた。嗚咽の音を出しかけるけれど、必死に抑える。
 1分くらいはハイグレをし続けただろうか、ようやく羽衣はハイグレを止め、無言で歩き去っていった。ガラガラと扉を開閉する音がしたのを確認し、恐る恐る顔を出す。羽衣の姿はない。あたしは警戒を怠らず、階段に近い方の扉へ向かった。ただもう、騙し撃たれたらそれまでだ。
 深呼吸をして、ゆっくり扉を開けて廊下の安全を確認する。幸い、羽衣も誰も見かけることはなかった。そして素早く一階まで階段を駆け下りた。この静寂を足音で乱さないように慎重に廊下を歩く。
 ……これから一人で、どうしたらいいんだろう。なんとか一旦危機を脱することはできたけれど、問題は全然解決していない。希たちのことも気がかりだ。でも、どこに居るか分からない。
 そうして途方に暮れていたせいで、いきなり背後から近づいてきた何者かの足音に対応することができなかった。

 ――……こっちへ来てくれる?

 静かで、だけど有無を言わせない声。首と口を抑えられて抵抗さえ許されなかったあたしは、それでも目だけを動かして相手を確認すると、ただ一度だけ頷いた。
 その人は、確かに制服を纏っていた。
* 恵美香パート10[14/02/28] ( No.49 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:36:27 メンテ
名前: 香取犬

 あたしはすぐ側のトイレへと連れ込まれる。そこには先にもう一人、驚いた表情で固まっている女子がいた。視線が交錯する。彼女は戸惑ってはいるけれど、恐怖よりは喜びの占めるウェイトの方が大きいように思われた。それは、あたしがそういう風に感じているせいで、相手もおんなじ気持ちだろうと希望的な観測をしているだけに過ぎないのかもしれないけれど。

 ――ごめんなさい。確認させてね。

 頷く間すら空けずに、あたしのお腹が晒された。これでハイグレ人間でないことを証明できたはず。ハイグレ人間は水着の上に制服を着てあたかも普通の人間のようになりすましていることがある、というのはあたしも華奈ちゃんの一件で痛いほど知っている。
 まくられた服は元に戻され、拘束も解いてもらえた。
「……もう、大丈夫ですか?」
 あたしは後ろに向き直り、尋ねる。するとあたしを捕まえていたその女子は、眉を申し訳無さそうに垂らして言った。

 ――ええ、突然ごめんなさい。でも生き残りが見つかってよかった。

 もう一度彼女の顔をよく見てみると、何度か目にしたことがあるなと感じた。けど、お互いに顔見知りというわけじゃなく……そうだ、この人は、生徒会の三年生だ。
 先輩の言葉に合わせて、隣の女子が笑顔になった。

 ――本当ですね。わたしは睦月、よろしく。

 こちらは二年生のようだ。その名乗りに対して反射的に自分の名を答えようとした瞬間、不意に脳裏を掠めた記憶があった。が、なるべく平常心を保って口を開く。
「え、恵美香って言います」
 しかし、先輩にはお見通しだったようで、

 ――恵美香さん、もしかして体調が良くないの?

 と気を遣わせてしまった。あたしはこれ以上隠すことをやめ、全てを正直に打ち明けた。
「この一時間ちょっとで、何度こうして名乗ったかな、と思ってしまって……」

 ――まさか。

「出会った人はほとんど、ハイグレ人間になってしまいました。さっきまで一緒に逃げていた二人ともはぐれてしまって……」
 もしかして、あたしこそが疫病神なんじゃないかな、なんて思えてきた。いや、今までだって薄々感じていた。あたしと一緒にいるから、みんな襲われて、やられていくんじゃないか、って。
 まだ二人も生き残りがいたというのはすごく嬉しい。だけど、喜んでしまうとその分失うのが辛くなる。素直な気持ちでいられないことが無性に悔しくて、我知らず両目から涙がこぼれた。
 もしかすると、この二人もあたしの目の前でハイグレ人間に変えられてしまうかもしれない。あたしと共にいるせいで。
 ……分かってる。そんなの、あたしの自意識過剰だってことくらい。頭では分かってるけど、押し寄せてくる不安があたしにそういう妄想をさせるのだ。
 突如、あたしの髪を、先輩が優しく撫でた。

 ――大丈夫。きっとその二人も逃げ切って、あなたとまた会えることを信じているはずよ。

 ああ。やっぱりあたしは弱くて、そして単純な人間だ。いつでも誰かに頼っていないと潰れてしまう。頼るべき人がそばにいると、途端に心がすうっと落ち着く。
 そうだ。今更失うことを恐れて何になる。
 何の因果かあたしはこれまでみんなに助けられ、生きながらえてきてしまった。他人を犠牲にした咎を背負って、ここまで来てしまった。それが不幸なことなのか、幸運なことなのか、あたしにはもはや判断できない。
 でも、生きて学校を出るという目標に向かって進むことだけは、もう決して揺るぎはしない。みんなに、希たちに、誓ったから。

 ――それで、和子先輩。何か策はあるんですか?

 あたしの顔色を伺っていた睦月が、やがて切り出した。あたしがまともに話を聞ける状態になるまで待ってくれていたんだろう。
 助けを乞うような視線を向けられた先輩、和子さんは、喉に物がつっかえているかのように喋り出す。

 ――……嘘をつくわけにもいかない、か。……あの包囲網を突破することは、三人では無理ね。
 ――そんな……!
 ――もしあと一人でもいれば、万に一つくらいは勝機が得られたでしょう。それでも、逃げられるのは多分一人だけ。

 あと一人、とは言うものの、あたしには二人の大事な仲間がいる。
「希と凛がいれば……」
 しかし悲しいかな、あたしは二人とは今、離れ離れにされてしまっている。

 ――そうね。五人ならもう少しは勇気が持てたと思う。でも、無いものねだりをしていても仕方ないの。

 まったく和子さんの言うとおりだ。だけど、やっぱりどうしても、希たちと別れずに済んだ「もしも」を考えてしまう。

 ――じゃあ、その二人を探すか、ここで通りがかるまで待つのは。

 睦月は今一度和子さんに訊いてみたけれど、和子さんは目を伏せて首を振った。

 ――可能性が低すぎる。時間を掛ければ掛けるほど、出歩けば出歩くほど、敵に見つかるリスクは高まるし。……残念だけど、これ以上打つ手がないのが現状なのよ。

 八方塞がり。分かっていても、いざ他人の口からピシャリと言われてしまうと、結構心にクるものがある。
 重い沈黙がその場に垂れ込めた。睦月はがっくりと肩を落とし、和子さんは思いつめた表情で腕を組んでいた。
 ほとんど、無音。時折トイレの窓から風に乗って、屋外でハイグレをしている人たちの声が聞こえてくるが。窓の外を直視する勇気は、生憎あたしにはない。
 けど、あたしは……どうしても逃げ切りたい。
 そんな心の声に応えるかのように、和子さんの決意を秘めた瞳があたしたちを順に捉えた。

 ――……二人とも、この学校から脱出する覚悟はある?

 ドキン、と心臓が高鳴った。これが脱出の最後のチャンス。直感がそう告げていた。
 怖い。でも。
 ここで怯えているだけじゃ何も変わらない。こんな現実とも思えない現実を変えるのは、恐怖を払って突き進む覚悟なんだ。
 あたしとほとんど同時に、隣の睦月も顔を上げた。横目に、頷くのが見えた。
 良かった、睦月もあたしとおんなじ思いなんだ。

 ――ハイグレなんて、絶対に嫌です。だったら少しでも可能性がある方に行きたい。

「もしわたしまでハイグレ人間になってしまったら、これまでわたしを守ってくれた人たちに合わせる顔がありません」
 強く返事をすると、和子さんは笑顔を作ってガッツポーズをした。
 けれど、あたしは見てしまった。

 ――そうね、私も心は同じよ。どうせなら最後まで足掻いてみせないと。……行きましょう。気をつけて行けば玄関まではすぐのはずよ。

 その握りしめた拳が、小刻みに震えているのを。

   *

 ――ここまでは順調ですね。
 ――ええ。でも、問題はここからよ。

 トイレを出て、廊下を少々走れば生徒用昇降口に着く。あたしたちがいるのは、裏口側へ出るサイドだ。ちなみに反対側の正門サイドにハイグレ人間が固まっていた光景を織枝と共に目にしたのは、一時間と少し前のことだった。
 ここまで、長かった。人生で一番長い85分だった。三階の教室に始まり、学校中を駆けまわって、隠れ潜んで、三歩進んでは二歩下がって、ようやくここまでやって来た。
 裏門まで、あと50メートル。体育の授業なら10秒足らずで走れる距離。

 ――……絶対に、逃げ切りましょう

「はい!」

 ――分かってます!

 心を一つに。あたしたちはもう、前に行くしかないんだ。

 ――まずは私が先頭を切り開く。二人は背後に気をつけてついてきて。

 和子さんの宣言に、あたしは一抹の不安を抱く。
「切り開くって……和子さん、何をするんですか?」

 ――大丈夫。

 立ち上がり、掃除ロッカーから緑色の棒を取り出す和子さん。モップの柄としか思えないそれを、感触を確かめるように何度も握り直す。
「それを使うんですか?」

 ――そうよ。これでも私、剣道部の先鋒だから。

 即答。よほど自信があるようだ。確かに竹刀よりは少し長そうなものの、見ているこちらが心許なく感じてしまう。
 あたしがそんな心配をしている間、睦月の方はもっと深刻なことを悩んでいたようで。

 ――それじゃあ、わたしたちが逃げられたとしても、和子先輩が!
 ――私を信じて。私も後を追って必ず逃げるから。それに万一誰かがやられても、立ち止まってはいけない。約束よ。……さあ、ついてきて。

 何にせよ、あたしに出来るのは和子さんを信じて逃げることだけだ。和子さんの成すことを応援こそすれど拒否することはできない。
* 恵美香パート11[14/02/28] ( No.50 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:39:17 メンテ
名前: 香取犬

 さて昇降口のガラス戸の前についた。扉の外には空色のハイグレ人間が門番のように配置されている。こちら側に背を向けつつハイグレをするその姿に、心当たりがあった。
 八重。同じクラスの図書委員だ。初めに教室が襲われた直後に、無事に逃げていく姿を見たきりだったけれど、まさかこんな形で再会することになるなんて。
 複雑な気持ちのあたしは、体勢を低くして突進の準備をする和子さんを目で追うことしか出来なかった。

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグきゃぅ!?

 バンっ! と強化ガラスの扉が開け放たれ、その衝撃で八重は思い切り吹き飛ばされる。敵ながら可哀想になる悲鳴を上げて、八重は動かなくなった。……まさか死んではない、よね?

 ――やあああああっ!

 気合一閃、和子さんは周囲でまごついている見張りたちを、棒で次々に打ち倒していった。あっという間に、八重を含めて五人は戦闘不能となる。
 和子さんがあたしたちに手招きをする。それに従って外に出てみると、棒を片手に駆けていく先輩の背中が見えた。
 その向こうに見覚えのある顔がいくつもあって、あたしは急に胸が苦しくなった。友達や、逃避行の中で出会った先輩後輩。今や哀れにもハイレグ水着を着ているその人達の姿が、そこにはあった。

 ――和子先輩、頑張って……!

 祈るように睦月が呟く。あたしももちろん同じ気持ちだ。あたしと睦月は、ハイグレ人間たちや和子さんから距離を開けつつ、小走りで後を追う。
 和子さんに向かって何発ものハイグレ光線が発射され、そのどれもが宙に消えた。接近を許したハイグレ人間たちは、次々に和子さんの前に倒れ伏す。悶絶する声が、いくつもここまで聞こえてきた。
 初めに沼田くんと合歓ちゃんが倒され、追加で二人、更に四人。そうして一番手前に陣取っていたハイグレ人間の中で最後まで立っていたのは、

 ――久しぶりだね、恵美香。まだハイグレじゃなかったんだ?
 ――希も恵美香もどっか行っちゃったしさ。でもこれでまた一緒だ!

「仁奈……茉里奈……!」
 共に倉庫で過ごした、クラスメート。和子さんを目で追っていたため、近寄られていることに気付けなかった。
 二人の顔に、華奈ちゃんに洗脳された直後の苦しそうな面影は残っていない。普段通りの調子なのに、見てくれも言動もまったく非日常だった。それぞれ紅色と橙色のハイレグ姿で、あたしに洗脳銃を向けていた。
 その引き金が、ゆっくり絞られていく。

 ――危ない!
 ――ピシュンピシュン!

 光線が発射されるよりほんの少し早く、睦月があたしに飛びついてきた。二人もつれて倒れ込む、そのすぐ頭上をピンクの光が通過していくのが見えた。次の瞬間にはあたしは腕から地面にぶつかって痛い思いをしたけれど。
 
 ――ごめん、大丈夫だった?
 
「へ、平気だよ。ありがとう、睦月」
 あたしの上からどきながら謝る睦月に、そう返事した。ハイグレ人間になるくらいなら、これくらいの痛みはどうってことない。むしろ睦月には感謝してもしきれないくらいだ。この恩はきっと返すから。
 あたしたちが起き上がった頃には茉里奈たちはすっかりノビていて、和子さんは次の集団に攻め入っていた。
 倉庫から出ての二度目の捜索の時に見かけた記憶のある男女二人組が打ちのめされ、その後に和子さんと対峙したのも、あたしにとっては因縁のある人たちだった。
「……菜々さん。それに、桃花まで……」
 もっと言えば、桃花を撃った先輩二人もすぐ隣にいた。全員、和子さんに敵対心をギラギラと燃やして銃を握りしめている。絶望の中に訪れた一時の安息、そこで笑いあい助けあったみんなが、今やあれほど拒否し続けた水着姿になって、人間の敵となっている。こんなのが現実だなんて。
 三年生三人が続けざまに倒れ、それから桃花も脳天に一撃を食らって崩れた。最後の面打ちは、見ているこっちの顔までも顰むほどに痛そうだった。
 まさに向かうところ敵なしといった感じで進撃する和子さんの後をついていく。あれほど立ちはだかっていたハイグレ人間の量も半数近くまで減っている。今のあたしの足元近くにも気絶した緑と黄緑のハイグレ人間……菜々さんと桃花がいた。
「ごめんなさい……。必ず逃げ切って、きっとみんなを助けるから」
 例え届かずとも。あたしは菜々さんや桃花や、みんなに誓う。

 ――うおおおおおッ!

 和子さんは気合の叫びを上げながら、棒一本で戦い続けていた。それは思わず見とれてしまうくらい流麗な動きで、本気の人間の凄さをありありと体現していた。
 そう。自分の周囲に注意が向かなくなるくらいに。

 ――睦月っ! アンタもハイグレになりなさい!
 ――み、未歩!?

 突然名前を呼ばれた睦月が、ぎょっとして硬直する。しかもその相手は、睦月にとって普通以上に因縁のある相手らしかった。未歩と呼んだ子を見つめる瞳が揺れた。
 助けなきゃ。あたしの頭のなかにその言葉が響き渡る。未歩は既に銃を構えていた。対してあたしと睦月との距離は……どうあがいても間に合うはずはなかった。
 ううん、そうじゃない。睦月を突き飛ばせないのなら、あたし自身が盾になればいい。二人の間に身体を滑り込ませるだけの簡単なこと。それしか、睦月を救う方法はない。
 刹那のうちの決断。しかし何故か、足は踏み出すことを拒んだ。
「……!?」
 あたしの生存本能が、反射的にブレーキをかけたのだろうか。こんな時に。何でなの。ふざけないでよ。
 あたしは自分の身より、友人が目の前でやられる方が嫌だったはずでしょ。そんなのを見るくらいなら自分が犠牲になった方がマシ。そう、ずっと思っていたはずでしょ。
 あんたはまた友達を失いたいの? 嫌なんでしょ? ねえ、恵美香っ!
「ぅああっ!」
 本能を理性で抑えこみ、あたしは地面を思い切り蹴った。光線の発射音が耳に届いたのと、ほとんど同時だった。
 ビームが迫る。このままいけば間違いなく睦月に当たってしまう。だから睦月を庇うように、少しでも自分に当たるように、両腕を思い切り伸ばす。
 お願い、間に合って!
 捨て身の覚悟は……功を奏さなかった。

 ――きゃあああああああああああッ!

 脇の下をすり抜けていく光を、あたしはただ見ていることしか出来なかった。あと一瞬でも早く踏みきれていれば、また違う結果になったかもしれないのに。
 背後で睦月が、強く発光しながら悲痛な叫びを上げた。
「睦月ぃっ!」
 また、守れなかった。あたしは人ひとりさえも救えない。
 まともな受け身も取ることが出来ずに地面に突っ込んだため、衝撃で息が肺から逃げていってしまった。けど、こんな窒息の苦しみなんて、睦月のあれに比べれば……。
 光の中で大の字になってもがく睦月の制服は、あたしが仰向けになったときには既に形を失っていた。そのすぐ後、ピンクの光が失せる。睦月は群青色のハイレグ姿に変えられていた。
 腰に手を当てる未歩の勝ち誇った顔と、自分の格好とに代わる代わる視線を移す睦月。頬を染め、歯を食いしばり、だけど身体はハイグレポーズの準備を進める。
 そして、口がゆっくりとあの言葉を呟いた。

 ――はい……ぐれ……はい……ぐれ……!

 同時に、水着の切れ込みに沿って腕を動かす。たどたどしくとも、紛うことなきハイグレだ。
「あ、あああ……っ!」
 必死に抵抗をしているのが傍目にも分かる。でも、もう睦月のハイグレポーズが止まることはなかった。
 同じ光景を見ているはずの未歩は、あたしとは正反対に大笑いしていた。よほど仲間が増えるのが嬉しいのだろうか。あたしは仲間を失って、辛くて、申し訳なくて、苦しいっていうのに。

 ――よくも睦月さんを!

 それはこの十数秒間、頭からすっぽりと抜け落ちていた人物の声だった。次の瞬間、未歩は声の主が振るう棒によって勢い良く吹き飛ばされた。

 ――恵美香さん! ついてきて!

 叫ぶや否や和子さんは、息をつくどころかあたしや睦月を一瞥もせずに、再び敵の待ち構える方へ走り出す。ありがとう、という一言さえ伝える暇はなく、
「は、はい!」
 あたしは急いで立ち上がり、短くそれだけ返事をした。
 気絶したハイグレ人間の数は、少し前よりも更に増えた。しかし、ハイグレ人間自体もまた、一人加わったことを忘れてはいけない。

 ――はい……ぐれ! ……ハイ、グレ! ハイッ、グレ! ハイッグレ! ハイッグレ!

「……睦月、ごめん」
 弾む声でハイグレを繰り返す睦月に背を向け、あたしは和子さんの後を追う。
* 睦月パート1[14/02/28] ( No.51 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:41:15 メンテ
名前: 香取犬

  *

 ――睦月っ! アンタもハイグレになりなさい!

「み、未歩!?」
 脱出作戦が始まる前から薄々、そんな気はしていた。門を守るあいつらの中に、未歩がいるような。そしてわたしをハイグレ人間にするのを待っているような、そんな。
 けど、和子さんがあまりにも強かったから、わたしは安心しきってしまっていた。だから反応が遅れた。
 迫るピンク色の光線を前にして一歩も動けないわたし。光線は、目の前に躍り出た恵美香をあざ笑うかのように、隙間を抜けてわたしに直撃した。
「きゃあああああああああああッ!」
 光線を浴び、みっともない声を出している間、どうしてか走馬灯が見えた。まさか死ぬわけじゃないよね、なんて思いつつ、ゆっくり流れる時間に身を委ねる。
 生まれた頃から物心付く前、小学校、中学校、そして高校……。記憶を辿りながら、こみ上げてくる懐かしさを楽しんだ。
 そしてつい45分ほど前の思い出に差し掛かる。この惨事の只中を未歩と一緒に逃げていた頃だ。
 一緒に、とは言っても、未歩がわたしをただの弾除けとしか見ていないことくらいは何となく察しがついていた。正直言って、自己中心的でクラス一の問題児である未歩と二人で動くのは嫌だった。普段の生活の中でならグッと堪えられるものの、この非常時においてはそうはいかない。だんだん募っていく鬱憤が耐え難く感じ始めていた、そんな矢先だった。

 ――ちょっと、あんまし離れないでよ。ちゃんとアタシを守ってくんないと。

 後ろから、苛立ちも本心も隠そうともしない未歩の声が飛んできた。
「未歩、今の言葉……どういう意味?」

 ――は? そのままの意味だけど。

 そして開き直り始める未歩。堪忍袋は今にもはちきれそうだったが、それでもわたしは必死で未歩のことを信じようとしていた。盾とかいう打算的な言い方は良くないけれど、複数人で行動すること自体は、敵に見つかりやすいことを除けば様々なメリットがあると思う。これまで取り乱さずに済んでいるのも、ある意味未歩のおかげなんだから。
 しかし、そういう風に考えていたのはわたしだけだったのだと、すぐに思い知らされることになった。

 ――恭子ッ! 恭子ぉッ! ……出てきてよ……どこにいるの……?

 友人の名を呼びながら彷徨っていた葛葉ちゃんを見かけた。まあ、名前を知ったのは少し後だけど。
 わたしはこんな状態の子を放っておけなくて声を掛けたけれど、その間に未歩は階段のある方へと走り去っていってしまった。この瞬間、わたしの中で未歩に対する失望が頂点に達した。未歩は、助け合うという行為を知りもしないんだな、と。
 気持ちを切り替えて葛葉ちゃんと共に行こうとしたとき、最悪の事態が発生した。件の恭子ちゃんが、ハイグレ人間となって現れてしまったのだった。何度葛葉ちゃんが呼びかけても改心しようとしない恭子ちゃんの姿は、どこか未歩を彷彿とさせるものがあった。
 その恭子ちゃんが、わたしのことは眼中に無いと言い放って、葛葉ちゃんにハイグレ銃を突きつける。もう、二人のやりとりを傍観しているわけにはいかなかった。
「立って! じゃないとあなたが!」
 しかしどれだけ引き上げても、葛葉ちゃんは立ち上がらなかった。ただ、諦めの混じった視線で、逃げてと訴えていた。
 葛葉ちゃんの額に銃が接する。それでわたしは焦ったのだろう、彼女の腕を一層強く引っ張ったせいで手がすっぽ抜け、尻もちをついてしまった。

 ――ああああああッ!

 光が迸り、消えたときには葛葉ちゃんは青いハイレグだけの姿になっていた。なんにせよ、わたしは彼女を救えなかった。
「ごめんなさい、助けられなくて……」
 自分の不甲斐なさに呟くと、小さく呻くような返事がした。

 ――に、逃げ、て……。

 最早、ここにいてもわたしにできることは何もない。わたしは後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。せめて葛葉ちゃんのハイグレと言う声を聞きたくなかったから、少しでも遠くへと無我夢中で走っていった。
 そのルートは、偶然にも未歩が通ったものと同じだったらしい。何せ、四階に着いてすぐに未歩と、そして田所を見つけてしまったから。状況はどう見ても、田所が未歩を捕まえて洗脳しようとしているところだった。
 この際、未歩だろうと誰だろうと、助けられるものなら助けなきゃ、と駆け出しかけたとき、未歩が必死の形相で叫んだ。

 ――睦月っ! 助けなさいよ!

「未歩……!?」
 その言葉を聞いたわたしの中で、何かが弾けた。それは首の皮一枚繋がっていた、未歩への思いかもしれない。折角助ける気になっていたのに、こんな時まであんたは、他人は自分の思い通りに動くものだと思っているのか。

 ――嘘だろ? おい睦月!

 わたしは未歩の人形じゃないと思い知れ。心のうちで吐き捨て、急いで来た道を逆走した。
 ここから和子さんに出会うまでの約20分は、ほとんど記憶に残っていない。多分校舎じゅうをあてどもなく駆け巡っていたのだと思う。
 けれど、走馬灯はその間の光景もしっかり見せてくれた。思い出せない記憶も、実はしっかり脳には保存されているらしかった。まあそれを見ても結局、不審な点はほとんど無かった。あるとすれば一箇所、ハイグレ人間と制服の人間が、どちらも敵対している様子もなく普通に会話しているシーンくらいのものだ。
 不思議ではあるけれど、わたしにその真相が分かるときはきっと来ないだろう。
 そして時は、ようやく今の光景へと追いついた。

 ――睦月ぃっ!

 恵美香はわたしのことを身を挺して守ろうとしてくれた――のだと思いたい――けれど、間に合わなかった。それを責めるつもりは全くない。これはきっと、あのとき未歩を見捨てた報いなんだ。回り回って、その未歩の手で撃たれたのは当然の帰結。
 それに和子先輩も言っていた。三人じゃどうせ逃げ切れなかったんだ。最初に犠牲になったのが、わたしだったにすぎない。
 だって、しょうがなかったとか、運が悪かったとか、そう思っていないとわたしは、死ぬよりも怖いこの洗脳を受け入れられない。
 ……光が消えた。服が水着へと、完全に姿を変えたから。
 胸や下半身をぴっちりと締め付け、足を大胆に露出させる、群青色をしたきわどい水着。目の前で不敵に笑う未歩の真っ赤なハイレグとは全く違う色だけど、全く同じ形だ。未歩を見れば、今のわたしの姿が未歩や恵美香にどう映っているか、想像がつく。そうするだけで、恥ずかしさと悔しさが次から次へと押し寄せてくる。
 けど、それだけじゃ済まされない。ハイグレ銃で撃たれた人間は、ハイグレ人間になる。ハイレグを着て、ハイグレポーズをとる、ハイグレ人間に。
 ほとんど無意識に、両足が外側に向いた。同時に腰が落ち、足の付根に手を添えてしまう。どんどん自分がハイグレ人間になっていくのが判る。判っていても、止められない。ハイグレしたいという気持ちが急激に膨らんできて、嫌だと思う心を押さえつけはじめているから。
 ハイグレって、どんな感じなんだろう。知りたくないけど、味わってみたい……。
「はい……ぐれ……はい……ぐれ……!」
 クイっ、クイっ、と二回だけ。その瞬間に体中に走り回る未知の感覚。水着の擦れとかいう程度の話じゃなく、わたしという存在自体が悦んでいるかのような。
 もう一度したい。そう思って腕を股に戻したとき、恵美香の声が耳に入った。

 ――あ、あああ……っ!

 そのおかげで、三度目のハイグレをなんとか踏みとどまれた。潰れかけていた人間の心が、消される寸前に蘇ったのだ。
 もうちょっと。もうちょっとだけ、抗ってやる。
 守ろうとしてくれてありがとう、恵美香。でもわたしはもうすぐハイグレ人間になってしまう。恵美香はわたしのことなんか放って、和子先輩と一緒に行って。そして、出来ることなら、無事にここから逃げて。
 そういえば、ハイグレ人間になったら、わたしにとってわたしをハイグレ人間にしてくれた未歩は、感謝すべき存在になってしまうのかな。なんかそれは嫌だな。あの未歩とかと同類になって、笑顔でハイグレを繰り返すようになる、それだけでも悔しいのに。

 ――よくも睦月さんを!

 この声は和子さん? どうしてこっちに戻ってきたんですか?
 届くはずのない質問の返事は、行動で示された。限界ギリギリまで振りかぶった棒が未歩の布一枚の腹にクリーンヒットし、未歩は目を剥きながら宙を舞う。地面に叩きつけられたきり、未歩は起き上がらなかった。

 ――恵美香さん! ついてきて!
 ――は、はい!

 何故か、わたしは無性に心から笑いたくなった。最後に人間の意識のままで、この光景を見れてよかったと思う。わたしの代わりにありがとうございます、和子先輩。これで心残りはなくなりました。
 どうか二人共、逃げ切ってください……。
「はい……ぐれ!」
* 睦月パート2+恵美香パート12[14/2/28,3/21] ( No.52 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:40:34 メンテ
名前: 香取犬

 背筋が一気に震え上がった。まさにこれこそが、わたしの欲を満たす唯一の方法だと言うように。
 ハイグレ人間がハイグレを繰り返すのは、ハイグレがハイグレ人間にとって根源的存在だからなんだ。ハイグレに、わたしたちの全てが詰まってる。
 だからわたしは、またハイグレをする。わたしは、ハイグレ人間だから。
「ハイ、グレ! ハイッ、グレ! ハイッグレ! ハイッグレ!」
 ついさっきまで沈みきっていた心が、ハイグレによって解放されていく。まるでハイグレするだけで、世界がどんどん輝いていくみたいだ。
 だから、未だに人間の服を着ている恵美香は、こんなに辛そうな顔をしてるんだよ。ハイグレ人間になれば、誰もが救われるっていうのに。

 ――……睦月、ごめん。

 どうしてか恵美香はわたしに謝って、同じく人間の和子先輩についていった。学校から逃げるなんてよせばいいのに。まず無理だけど、例え脱出に成功したとしてもその先にもう人間の住む場所はないんだから。
 大体、ハイグレ人間への転向を拒むなんてありえない。特に許せないのは和子先輩だ。わたしをハイグレ人間にしてくれた未歩を、本気で殴るなんて。
 でも、この怒りを暴力で解決しはしない。それは人間のような野蛮な生き物がすることだから。わたしたちハイグレ人間はどんな罪人も赦す。罪は、真の救いを知らない人間だからこそ生まれるものだから。ハイグレ人間に生まれ変われば、二度とそんな悪さを働くことはなくなると分かっているから。
 わたしは、ハイグレを着て全てを知った。まだそれを知らない和子先輩や恵美香も、すぐにわたしたちの仲間になるだろう。そうしたら、自分たちが今までしてきた行いを悔いるようになるはずだ。
 わたしだってハイグレになるのが遅すぎたと思う。どうしてもっと早くハイグレ人間にならなかったんだろう。
 だからせめてその分、しっかりハイグレしなきゃ。
「ハイッグレ! ハイッグレ! ハイッグレ!」

   *

 ――そこをどいて、田所くん、星羅さん、千明さん。
 ――ハイグレ! そうはいかないぜ、副会長。
 ――ハイグレッ! 和子先輩もハイグレ人間になりましょう!
 ――ハイグレぇ! これ以上の抵抗はやめてくださいよぉ?

 ようやく追いついたときには、和子さんは臨戦態勢で生徒会役員の人たちと対峙していた。いつでも飛びかかれるように棒を構える和子さんとは対照的に、生徒会メンバーは無防備にハイグレポーズを晒していた。まるで、絶対に自分たちは倒されないと確信しているような余裕ぶりだ。そんな笑みが、更に不気味さを引き立てている。
 あたしは何をしていいか分からず、その場で成り行きを見守った。数秒の沈黙があって和子さんが腰を沈め、そして一気に間合いを詰める。だけど、

 ――パンっ!

 勢い良く振り下ろされた棒は、水色のハイグレ人間の持つ竹刀によって完全に受け止められてしまった。

 ――園美……!
 ――はいぐれっ、はいぐれっ、はいぐれっ。

 園美、と和子さんが呼んだその小柄なハイグレ人間は、しばらくの間竹刀を片手にほぼ無表情でハイグレをした。

 ――和子。一騎打ちしよう。

 竹刀を向けて挑発する園美さん。それに対し、和子さんは、

 ――望むところよ。

 と強く言い放った。確かに、この勝負を受けないという選択肢は、いまさら残されてはいない。だったら素直に向こうのいうことに従って、そして勝ってやればいい。和子さんの背中から、絶対に勝つという気迫が漲っているような気がして、あたしは改めて和子さんの頼もしさを実感した。
 頑張ってください。そう言いかけた瞬間だった。突然あたしの首に後ろから腕が回された。
「きゃっ!?」
 あたしの短い悲鳴を聞いて、和子さんが振り返る。拘束を振りほどこうとするけれど、逆に強く押さえつけられてしまって果たせない。更にはもう片方の手に持つ何やら硬いものをあたしのこめかみに押し付けてきたので、自力ではもうどうすることも出来なかった。
 こんなことをするのはハイグレ人間しかいない。だったらこのこめかみのものも、ハイグレ銃に間違いない。一体誰なんだろうと首を回そうとしたとき、そのハイグレ人間があたしに呼びかけた。

 ――大人しくしててね、恵美香っち。

 その声。その呼び方。姿など見なくても、一人しか思い当たる人物はいなかった。
「お、織枝……」
 菜々さんに会う寸前に失った、逃亡後初めて会えたクラスメート。一緒に逃げようとして、あたしを守ってハイグレ人間になった友達。
 それが今、あたしを捕まえて同じ姿にしようとしていた。
 織枝が庇ってくれたから今ここにあたしはいられているのに、その織枝があたしを撃つの? そう思うと、やるせない気持ちで心がいっぱいになった。あたしは織枝のことも助けたいと思っているのに、そう思わせてくれたのは織枝なのに、そのために逃げようとしているのに。
 なのに最後に邪魔をするのは、織枝なの?

 ――和子。あなたが負けたその時は、彼女にもハイグレ人間になってもらうわ。いいわね?
 ――分かった。

 和子さんと園美さんの一騎打ちが始まろうとしていた。周囲のハイグレ人間たちは二人を囲むように人垣を作り、中央に向かってハイグレポーズを繰り返した。
 それと同時に織枝はあたしを連れて、ゆっくりと動き出した。移動中にちらりと見えた彼女の急角度のハイレグの色は、やはり藍色だった。校舎際まで来て、ようやく足を止める織枝。

 ――もうすぐだよ。もうすぐ恵美香っちも、ハイグレ人間になれるから……!

 心の底から、純粋に、あたしがハイグレ人間になることを嬉しがっているような声色で、織枝は囁いた。しかしそれは、あたしに恐怖を与えるだけだった。
 勝って。そして一緒に逃げましょう。わずかにハイグレ人間たちの間から見える和子さんに祈る。もうそれ以外に、縋れる希望は無かった。
 ハイグレコールは鳴り止むことなく、周囲一帯を包む。それと、あたしと織枝の心臓が脈打つ音もする。
 そのどちらでもない声が、わずかに耳に飛び込んだ。

 ――……みかぁ!

 今、名前を呼ばれたような。目を限界までそちらに向けると、なんとかその相手を確認することができた。
 ガラスを隔てた向こう側、あたしを見て笑顔を浮かべていたのは、十数分前に別れてしまった希だった。もちろん、ハイレグ水着なんて着ていない。
 良かった。本当に良かった……!
 ただ、あたしの視界には凛の姿は入っていなかった。見えないだけでそこにいるのだろうか、それとも。……いや、あんまり嫌なことは考えないでおこう。
 幸い、織枝には希のことはバレていないようだ。

 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!

 ハイグレ人間の声が大きくなる。いよいよ勝負が始まりそうな雰囲気だった。あたしは思わず奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめた。これで、全ての命運が決まるんだ。
 例え相手がいくら強かろうとも、和子さんが負ける気はしなかった。けどどうしてだろう、胸の奥がざわついたままなのは。

 ――めぇぇぇぇぇんッ!

 それは、雄叫びだった。裂帛の気合を引き連れて、和子さんが動く。同時に和子さんが前進したぶんと同じだけ、園美さんも後退した。いや、ただ下がったわけじゃない。あれは引き打ち……相手の攻撃を空振らせ、がら空きになったところに一撃を叩き込む技だった。
 しかし足りない。園美さんが和子さんの攻撃を避けるには、距離が。

 ――ゴンッ!

 頭蓋骨を思い切り揺らした音が、ハイグレコールに混じって聞こえた。園美さんはぐらりとよろめき、そしてあたしからは見えなくなった。人垣の向こうで、倒れたのかもしれない。
 どうにせよ和子さんの勝利は、誰の目にも明らか。ハイグレ人間たちもハイグレをやめ、ただ息を呑むばかりだった。織枝の腕も、心なしか緩まったように感じる。

 ――さあ会長、これでいいでしょう。恵美香さんを解放して、私たちを逃がして。

 和子さんが勝ち誇った顔で、会長に歩み寄って宣言する。そう、これであたしたちは、遂にここから出られるんだ。今にも飛び上がりそうな気持ちを、ぎりぎりで堪える。
 しかし、会長は頷かなかった。代わりにため息をつき、そして言った。

 ――やっておしまい。

 言葉の意味を理解したときには、何もかもが遅かった。

 ――ピシュンピシュンピシュンピシュン!
 ――わああああああああああああああああああッ!!

「和子さああああんッ!」
 数えきれないほど何度も、何度も、ピンク色の光が瞬いては和子さんを包む。包んでは弾け、また重なる。あまりの眩しさに目を眇めつつも、背けることはできなかった。花火にも見えるその光景は、やはり花火のように儚く終わった。
 少しだけ垣間見える、和子さんの紅い水着の生地。ついさっきまで着ていたはずの制服は、跡形もなくなっていた。和子さんは、ハイグレ人間と同じ姿にされていた。
 あたしは喉の奥が詰まって、何も発せなかった。

 ――……卑怯……な、真似を……!
 ――あら、誰もあなたが勝ったら逃がしてあげるなんて言ってないのに。油断した和子自身のせいじゃないの?
* 恵美香パート13[14/03/21] ( No.53 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:41:56 メンテ
名前: 香取犬

 こんな、こんな酷いことがあっていいの? いくらなんでも、人間の考えるようなことじゃない。
 ……もしそう言ったなら、ハイグレ人間たちはすかさず「自分たちは人間なんかとは違うから」とでも屁理屈を並べるのだろう。察しはつく。
 大体、水着一枚で変なポーズを繰り返し、仲間を増やすためには手段を選ばない奴らに見下されるという状況自体がそもそもおかしい。どっちが下等だか分かったものじゃない。それに上等下等を抜きにしたって、元は同じ人間なのにどうして争わなくちゃいけないの? ハイグレ人間の言動は、人間の常識とはあまりにもかけ離れすぎている。
 そんな間違いだらけの世界を、許していいわけがない。あたしはそんな世界に生きていたくはない。今すぐは無理でも、いつか元の日常に戻れたら。
 でも、あたしは織枝から、ここから、逃げられるのかな。

 ――さようなら、愚かな人間さん。

 その一瞬だけ、隙間を縫って和子さんと視線がぶつかったような、そんな気がした。和子さん、仇は必ず……

 ――恵美香ぁっ!
 ――パリィン!
 
 思考を一方的に中断させる甲高いガラスの破砕音が、突如響いた。そうしてあたしの隣に現れたのは希、その人だった。
「希!」

 ――のぞみん!?

 希は頬や腕の浅い切り傷をものともせずに笑うとあたしの手を引き寄せ、さらに逆に織枝を突き飛ばした。
 そして一緒に駆け出す。初めは足も覚束なかったけれど、数歩もすれば息を合わせて走ることができた。
 希とこうしてまた会えた。友達の温もりがここにある。それが、何よりも嬉しかった。
「ありがとう希、希がいなかったらあたし……!」
 織枝から逃げられずやられていたかもしれない。いや、それどころか全てを諦めて、自分から身を差し出していたかもしれない。
 すると希は振り返り、全部分かってるよ、といった風に、

 ――そんなのいいから! 早く逃げよっ!

「うんっ!」
 思えばこの逃避行の中で、一番長く共にいたのが希だった。こんなことになってしまったおかげで、皮肉にもあたしたちの距離は普通の友達以上にまで急激に縮まったような気さえする。吊り橋効果、なのかもしれない。
 一線を超えるとかそういう方面の話じゃないけれど、以心伝心とか一心同体とか、そんな感じ。ある意味では羽衣よりも。……もちろん、だからって羽衣が親友じゃなくなるわけはない。みんな、みんな大事だ。
 だから、みんなを助けたい。

 ――皆さん、あの二人が最後の人間です! 必ずハイグレ姿にしてあげましょう!
 ――ハイグレッ!!!

 あたしは、たくさんの人達が為す術もなくハイグレ姿に変わりゆくところを目にしてきた。
 あたしは、水着を着せられてしまったたくさんの人達が、恥ずかしさに苦しみ、気持ちよさに耐え、勝手に動く身体に抗って、何としても人間の誇りを失うまいとしていたことを知っている。
 あたしは、ハイグレ人間になってしまったたくさんの人達が、本当はハイグレ人間になりたくなかったことを覚えている。
 羽衣も、織枝も、菜々さんも和子さんも、そして凛も。それにあたしの友達も、そうじゃない生徒たちもハイグレ人間になってしまい、残っている人間はあたしと希のたった二人だけ。
 人間だったみんなの願いを叶えてあげられるのは、人間であるあたしたちだけ。
 だから……絶対に、やられるわけにはいかない!
 もう決して迷いはしない。希と一緒に、全てを元通りにするまでは。
 その思いを果たすために、
「希、危ない!」
 今度こそ、友達を守ってみせる。
 硬直してしまった希の腕を両手で思い切り引っ張って、あたし諸共後ろに倒れ込む。背中に重い衝撃が加わり、息が肺から逃げていく。乱暴でも、痛くても、これしか方法は無かった。
 でもそれは、ちゃんと功を奏した。あのままなら希に命中しただろう光線が、空を向くあたしの目の前を掠めていく。

 ――いたたぁ……。

 と力なく言い、お尻を擦りながら立ち上がろうとする希。どこか打っちゃったんだろうか、咄嗟の事だったから思いやれなかった。
「ご、ごめん希!」

 ――ううん。こっちこそありがと、恵美香。

 その笑顔を見て、ふと思った。
 守れた。守られてばかりだったあたしも、ちゃんと人を守れたんだ。
 一人で立ち上げれなさそうな希の手をとり、あたしは希を先導する。今まであたしを守ってくれた人たちがしていたように。
「二人で、逃げなきゃ!」

 ――うん、あとちょっとだよ!

 そう、本当にあと少し。
 学校の中と外を隔てる門は、手が届きそうなほど近くにあった。

 ――撃てっ!
 ――ピシュンピシュンピシュン!

 その瞬間、あたしは勢い良く前につんのめった。希の手が不意にあたしから離れて、体勢の均衡が崩れたせいだ。踏みとどまろうとするも間に合わず、あたしは頭から地面に突っ込もうとしていた。
 天地が逆さまになりつつ見えた、背後の光景。それは、腕を必死に伸ばし目を見開く希と、希に迫り来る複数のピンク色の光だった。

 ――いやあああああああああああああっ!!

 希の断末魔は、あたしにとっても絶望の叫び声に聞こえた。
 ただ、希が光に包まれているのを、目撃はしていない。その瞬間はあたしは転倒して動けなかったからだ。脊髄反射で出した腕で額を地面から防護し、けれども太ももや腰は直接打ち付けてしまい、さっきよりも痛い思いをしていたのだ。
 でも、そんな身体の痛みなんかどうでもいい。今は心の方が押し潰れそうなほどに痛いのだから。
 出来る限りすぐさま上体を起こし、希の方を振り返る。そこには、無様な姿に変わり果てた親友が、苦痛に顔を歪めて仁王立ちしていた。
「そ、そんな……希まで……」
 目から飛び込んでくる映像を信じたくはなかった。嘘だ。こんなの現実じゃない。絶対におかしい。希が、やられるはずなんて……。
 制服姿の希がそこに現れるのを祈って、何度も幻を掻き消そうと首を振る。だけど、いくら繰り返しても希が淡い紫のハイレグ水着以外を着ていることはなかった。
 まさに捨てられた子猫のように救いを求める視線が、こちらに向いていたことに気付く。あたしも希を直視した。頬を赤らめ、今にも泣きそうになっている。
 その腰が、ゆっくりと沈んだ。そしてあのポーズの準備の姿勢に、徐々になっていく。

 ――うぅ……やだよぉ……。

 それは人間としての希の、心からの叫びなのだろう。身体は既にハイグレに乗っ取られ、あと元の意識を残しているのは精神と表情の一部くらい。
 それでも希なら。これまで一緒に戦ってきた希なら、きっと完全に堕ちないでくれるはず。逃げ切るって約束したんだから。
 祈るような気持ちでいると、急に希の顔が引きつった。そして、

 ――は、はい、ぐれ! はいぐれ! はいぐれ!

 恥ずかしさだけで死んでしまうんじゃないかというくらいの表情で、大きくハイグレをし始めた。

 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!

 この動きを見ていたあたしは何故か、希がハイグレと口に出す毎、コマネチをする毎に、僅かずつ希の苦しみが薄れていっているような印象を受けた。辛い思いをして耐えるよりも、ハイグレに身を委ねて快楽を受け入れたほうがいいと、希が考えてしまっているのかもしれない。
 どんどん、希が遠くに行っちゃう。
 ううん、違う。実際に、無意識にあたしが希から距離をとってしまっていたんだ。希が希じゃないと感じる度に見えない壁を作り、じりじりと後ずさってしまっていたんだ。
 今も戦っているはずの希に、なんて申し訳のないことをしてるんだ、あたしは。

 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!

 希は赤面しているはずなのに、同時に口では笑っていて、目はとろんと陶酔しきっていた。言ってしまえば、「女」の顔のようだった。
 お願いだからそんな目で見ないで、希……。

 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!

「嘘でしょ、希……!?」
 恥ずかしさのための僅かな抵抗さえも消え失せ、ただ昂奮のためだけに顔を上気させている希。負けないと信じていた希が完全にハイグレの虜になったのを見て、ぽろりと本心が漏れ出た。
 もう傍目には、希はハイグレ人間としか映らない。例え未だ心のなかでは葛藤があるのだとしても、だ。

 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!

 せめて、まだ希は耐えているんだ、って思い込みたい。屈せず忍んでいる希を思えば、あたしも頑張れる。
 そんなささやかな希望さえ、すぐにあっさり打ち砕かれることになる。
 希は、にんまりと口を曲げた。そんなことは意識的にしなければできないはずなのに。
「あ、あああ……!」
 そして、言う。
* 恵美香パート14[14/03/21] ( No.54 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:42:35 メンテ
名前: 香取犬

 ――はいぐれ! どうしたの恵美香ぁ?

 希は、元の希はそこにいるんでしょ? ねえ!
「希、お願い、正気になって!」
 しかし、その言葉は希には届かなかった。

 ――正気って言われても、わたしは正気だよっ? はいぐれ! はいぐれ!

 代わりに返事をしたのは、希の顔をした紫のハイグレ人間。さっきまで希のものだった、その身体で。
 心の中が掻き乱されて、わけが分からなくなる。
「でも、いや、あ、うぅ……」
 頭を抱え、うずくまった。考えることを放棄した。

 ――ねぇ恵美香? 一緒にハイグレ、しよぉ?

「うわあああああああっ!」
 そんな悪魔のささやきにあたしはただただ本能で恐怖し、逃げ出した。
 嫌だ。
 嘘だ。
 怖いよ。
 ……助けて。
 数えきれないくらい繰り返した言葉を、また心のなかで叫ぶ。
 そうすると、いつでも誰かが隣で「大丈夫」って言ってくれたんだ。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!

 誰かが隣で、「心配しないで」って、笑顔を見せて、くれたんだ。

 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!
 ――ハイッグレ! ハイッグレ! ハイッグレ!

 誰かが、隣で……「一緒に逃げよう」って……勇気づけて、くれ、たんだ……。

 ――ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ。
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 誰、かが。誰か、が……っ!
 ……もう、誰も……いない……。
 そうか、あたし、ひとりぼっちに、なっちゃったんだ。
「う、あぁぁ……!」
 悔しくて、寂しくて、辛くて。身体の底、心の奥から絞り出した慟哭。だけど、まともな音にはならなかった。
 一心不乱に前へ前へと運んでいた両足から力が抜けていく。全てがどうでもよくなっていく。ぐらりと傾いた身体がバランスを失っていく。
 あたし、どうして逃げてるんだろう。こんなに死に物狂いで、苦しい思いをしてまで。休みたいよ。もう楽になりたいよ。
 だって誰も隣にいない。応援してくれない。支えてくれない。それどころか、みんなハイグレ人間になってしまった。仲間だったのに、敵になってしまった。
 心のなかの何かを支えている細い細い芯が、上下から潰されて弓なりに撓み、ポキリと折れようとしていた。

 ――逃げて。そして……生き残って。あと、もし出来たら……私たちのこと……も、もと、に……も、ど……!

 不意に、記憶の奥深くに潜り込んでいた白亜の声が響いた。懐かしさが溢れてくる。そうだ、あたしは白亜のために、逃げ切ることを決めたんだった。
 それを思い出した途端、みんなの言葉が津波のように一挙に実感を伴って押し寄せる。

 ――逃げ、て……!

 最初に再会したクラスメート、織枝。
 初めての脱出計画は失敗に終わったけど、あたしに果たすべき目標を示してくれた。

 ――助けて……おねが、い……!

 安全なはずだった倉庫で突然撃たれた、仁奈。
 そう、例え今はハイグレ人間でも、なりたくてなったわけじゃない。みんな、とても辛かったはず。

 ――私が華奈さんの足を止める。貴方たちは逃げて!

 自分の身を挺してあたしたちを逃してくれた、菜々さん。
 あたし、たくさんの人に守られてきたんだ。そして希望を、あたしに託してくれたんだ。

 ――みんな恵美香に、ハイグレ人間になんてなってほしくないと思ってるよ。その思いをさ、恵美香自身がはねのけちゃいけないよ。

 落ち込むあたしを励ましてくれた、玲衣奈さん。
 うん、あたしは一人じゃない。みんなの思いは、あたしの中にちゃんと残っているんだもの。

 ――どうせなら最後まで足掻いてみせないと。……行きましょう。

 誰にも負けないその強さで道を切り開いてくれた、和子さん。
 もう決して諦めない。あたしにできることを、最後までやり遂げなきゃ。あたしはみんなを背負って、ここから脱出するんだ!
 これまで出会ったいくつもの声に、あたしは一つ一つ応え、頷く。ありがとう、みんなのお陰でここまで来れたから。あと、ほんの少しだから。

 ――うん、あとちょっとだよ!

 希、あたし、頑張るよ!
 消えかけていた意志が、壊れかけていた心が、失いかけていた力が、強く強く甦る。
 大きく、踏み込む。足の裏はしっかりと地面を捉え、そして一気に突き放す。あたしは倒れない。すぐ目の前に、目指すゴールがあるのだから。
 不思議とハイグレ光線は、ほとんど飛んでこなかった。時々あたしを追い抜いていく光があるにはあるけれど、全て全然見当違いの方向へと飛んでは消える。絶好の機会は、今だと悟った。
「くっ……!」
 校門は黒ペンキで塗られた鉄で出来ており、縦方向の細い円柱で格子を形作り、その枠となる外側部分は一辺が10センチ強の四角柱である。高さはあたしの肩よりは幾分低い。けれど脚力だけで乗り越えるのは不可能だった。だからまずは門の上の部分を掴んでジャンプし、両腕を突っ張った状態で片足を枠に引っ掛け、そして三点で跳躍する。この乗り越えの動作の最中は完全に無防備だというのは、承知の上だ。それでも、これしか方法はない。
 一瞬、背後の様子を窺う。十数メートル離れたところで綺麗に横一列に並んで銃を構える、色とりどりのハイグレ人間たちがいる。あたしを直接捕まえようとしたり、門から引きずり下ろそうとしている者などはいなかった。しかも、やっぱりピンクの光線はあたしにはかすりもしない。
 これはみんなが導いてくれた、最初で最後のチャンスだ。
 意を決し、門の一歩強手前で踏み切った身体は勢いに乗って宙を跳ぶ。そして両手で門の上部を掴み、鉄棒で前回りをし始めるときのように胸を反らして手足を突っ張る。夢にまで見た学校の外の地面が目に映った。
 あとは右足を引き上げ、門に乗せればいい。筋肉を奮い立たせ、右肘の右に足を引き上げる。膝が視界に入る。もう少し。そう思った。

 ――恵美香あああっ!

 首を振り向かせてしまったのは自分の意思ではなく、条件反射。列を成すハイグレ人間たちの後ろから、全速力で駆けてくるオレンジ色のハイグレ人間が見えた。
「う……い……ッ!」
 教室で光線を浴び、ハイグレ人間となって再会し、執拗に追いかけてきたあたしの親友、その人。
 それが、両手でハイグレ光線銃を構えてあたしの背中を狙っていた。
 全身に悪寒が走り、危険を感じて身体が硬直してしまう。あたしはどうするべきなんだろう。光線を避けるために一旦門から降りるか、このまま無理に飛び越えてしまうか。
 だけど時間がない。ほんの僅かの逡巡の後、脱出を選択した。

 ――ピシュン!

 あたしは慌てて足を門に引っ掛け、跳躍の準備をする。そして重心を少し前に傾けだすと同時に、右足に急激に力を溜めた。
 その時だった。
 靴は門の角の部分に引っかかっていたに過ぎなかった。そのせいで靴裏は虚しく滑り、筋力は空回りする。下方向への思わぬ力によって身体全体のバランスが崩れ、肘を屈してしまう。必死でしがみつこうとしたが、ダメだった。全身を襲う負荷に耐え切れず、手が門から離れる。
 右のつま先が真っ先に地面につく。しかし左足は既に行き場を失っており、立つことは叶わなかった。平衡感覚を失ったあたしは重力のままに後ろへお尻から倒れていく。
 ああ、外が、希望がどんどん遠のいていってしまう。門を掴もうと精一杯伸ばした手は、ただ何度も空を切った。その直後、ピンク色の洗脳光線が、ついさっきまであたしがいた辺りに寸分違わず命中して弾ける。
「うぅ!」
 ドシン、と衝き上げる痛みが、背骨を伝って脳天まで響いた。苦痛に顔が歪む。その拍子に涙が零れた理由は、あたしには見当がつかなかった。
 ううん、そんなことはどうでもいい。このまま倒れてなんかいられないんだ。あの鉄格子の向こうに、一刻も早く行かなきゃいけないんだから。分かっているのに、身体はどうにも言うことを聞いてくれないのだった。
 そうしてもたもたしているうちに……あたしの顔に影が掛かった。
* 恵美香パート15[14/05/03] ( No.55 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:44:05 メンテ
名前: 香取犬◆RYenwqtp9Y

 ――恵美香。

 感慨深そうに、しかし冷たく、あたしの名前を呼ぶ羽衣。
 あたしを上から覗き込むように見下ろす、羽衣の表情は逆光の位置になっていてよく見えない。だけど、彼女がオレンジのハイレグ水着を着ていること、そして右手に光線銃を携えていることは判る。
 この状況で考えられることは一つ。ハイグレ人間羽衣は、あたしをハイグレ人間にするために来たんだ。
 羽衣の唇が再び開く。

 ―― 一緒に、ハイグレ人間になろう?

「イヤッ!」
 返事は、脳で考えるまでもなく勝手に叫んでいた。
 ここまで来たんだ。みんなに支えられて、ようやく門の目の前まで。それなのにハイグレ人間になる? 元々お断りだけど、今となっては絶対に嫌だ。
 すると羽衣は深くため息を吐き、ゆっくりとハイグレ光線銃をあたしの眉間に向ける。ピンポン球のような銃口が目の前に突きつけられた途端、呼吸さえままならなくなるほどに全身が震えだした。

 ――あのね、恵美香。恵美香はよく頑張ったって、私は思うよ。

「え……?」
 思わぬ労いの言葉に、戸惑ってしまう。

 ――パンスト兵様たちがやって来られてから一時間半以上。あれだけいた人間は、隠れていた人も抵抗していた人も含めて全員、ハイグレ人間にしていただいた。……そう、恵美香以外はね。しかも学校の外に脱出できるあと一歩のところまで来たのなんか、他には誰もいない。恵美香だけ。だから恵美香は、素直に凄いよ。

 言葉が出ないあたしを見て、羽衣は淀みなく続ける。

 ――でもね、恵美香は一番不幸なんだよ。

「ふ、こう? あたしが……?」

 ――うん。一番長く逃げたってことは、一番長く苦しんだ、ってことだからね。私なんか一番最初の頃に、訳もわからずハイグレ人間になったでしょ。驚いたし、怖かったし、もちろん恥ずかしかった。でも、すぐ分かったんだ。ハイグレ人間になるのは、何よりもシアワセなことだ、ってことが。ハイレグの着心地も、ハイグレポーズの素晴らしさも、仲間を増やす喜びも、私は初めから味わえた。こんなに幸せなことは他に無いから。

 一言一言を大事に噛みしめるような声だった。

 ――だから私は、ハイグレ人間になるのを嫌がるのはもったいない、って思うんだ。それに、ハイグレ人間になっていないのは不幸だな、って。折角のチャンスから逃げて、隠れて、拒み続けるなんて変だよ。確かに、いきなり人間をやめろって言うのは怖いかもしれない。でも、ハイグレ人間になれば全部理解できるよ。嫌がることなんて全然ない。むしろ人間は全員ハイグレ人間になるべき。みんなも同じように思ってるよ。

 凡そまともとは思えない、頭のネジの吹っ飛んだような言葉を全て、常識であるかのように語る羽衣。まるで、近所に出来た新しいお店を紹介するかのような気軽さで。
 羽衣は狂ってる。みんなも狂ってる。そう強く思うけれど、口には出せなかった。言って逆上されたくないのが一つ。未だ震えの止まらない状態で上手く喋る自信がないのが一つ。でも最も大きいのは、この期に及んでもなお、羽衣を親友と思う気持ちが渦巻いているから。
「羽衣、みんな……。お願い、だから、目を……覚まして……!」
 嗚咽混じりになんとか吐き出す。無駄かもしれないけど、それでも。
 けれど案の定と言うか、羽衣は不思議そうに小首を傾げる。

 ――まだ分からないの? 私は今、私の意思でハイレグを着てる。みんなもそう。私たちは、正気なの。

「違うッ!」
 そうだ。完全に洗脳されてしまった人たちはどうとでも言える。でも、
「あたしは知ってる、よ。覚えてるよ。洗脳される前の、みんなの気持ちを……!」
 ハイグレに汚される前の純粋な思いこそが、その人の本当の思いに決まってるんだから。
 目を閉じ、思い出す。教室にパンスト男がやってきて、羽衣が光線に包まれたときの光景を。
「羽衣もはじめは……ハイグレを嫌がってた。苦しそうに、無理矢理ハイグレさせられてたんだよ」
 目の前の光線銃が、小刻みに震えだした。怒りか、それとも葛藤か。後者であってほしいと祈りながら言葉を続ける。いつの間にか、恐怖は薄まっていた。
「それが羽衣の意思だったんでしょ? 今、ハイグレ光線で歪められた心がどう考えていようとも、人間の羽衣は確かにハイグレに抵抗していた! ハイグレ人間の羽衣が羽衣だと言うのなら、ハイグレ人間になる前の人間の羽衣も羽衣でしょう!? ……あたしは、羽衣の友達だよ。だから、さ」
 あたしはおもむろに立ち上がって、羽衣と同じ目線の高さで向き合った。
 羽衣の瞳は、揺れていた。
「『羽衣』に言うよ。……絶対にそこから助け出してあげる。あたしはここを出て、必ず羽衣もみんなも助けられる方法を見つけてみせるよ。何日、いや、どれだけかかるか分からないけど、あたしは決して諦めない」
 思うところを全てを一気に吐き出した。あたしの心は、しっかり羽衣に伝わっただろうか。
 人間の羽衣の心が僅かでも残っていれば。それか、ハイグレ人間の羽衣の心を動かせていれば。あたしは今度こそ背後の柵を飛び越えて、約束を果たしに行く。
 そうでなければ、あたしは間違いなく撃たれる。あたしの命運は、羽衣に託された。

 ――恵美香。

 羽衣が、ゆっくりとあたしの名を呼ぶ。

 ――私……!

 息を吸い、紡いだ言葉は、
* 恵美香パート16[14/05/03] ( No.56 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:47:14 メンテ
名前: 香取犬◆RYenwqtp9Y

 ――分かったんだ……。恵美香がいる限り、私は、みんなは、本当のハイグレ人間にはなれない! あんたの心のなかに、昔の私たちが残っている限り!

 心の底からの、あたしへの恨み言だった。羽衣は両手で光線銃を構え、あたしに突きつける。

 ――だから、恵美香もハイグレ人間になるの! それで人間だった私たちは消える。みんな、本当のハイグレ人間になれる!

 あたしはもう一歩も動けなかった。立ちすくんだまま、全身が脱力していくのが判る。そうか、これを絶望って言うんだ。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!
 ――はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 そんなあたしとは対照的に歓喜の声でハイグレと叫ぶ、ハイグレ人間たち。あたしの救いたかった人たち。だけど今では、誰も助けて欲しいだなんて思っていない人たち。
 ただただ悔しかった。何が悪かったんだろう。あたしは精一杯、頑張ったのに。
 頑張った、よね? あたし、みんなのために頑張ったよね?

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 ……だれか、こたえてよ……。
 でも、誰も答えてはくれない。代わりにこんな時であるのに、ハイグレの声に混じって、背後の道路を一台の車が通って行く音がした。中に載っていたのは人間のひとだったんだろうか。そうなら、あたしを載せてくれたかな?
 ……やめよう、そんなもしもの話は。あたしにとっては、これが現実なんだから。

 ――恵美香、苦しかったよね? でも、辛いことはこれで全部終わり。

 あたしは、あたしは……!

 ――みんなと一緒になろうよ。みんなと同じ、ハイグレ人間に。

 だれもたすけられないで、おわるの?
 はいぐれにんげんに、されちゃうの?

 ――カチャッ。
 ――行くよ、恵美香ぁぁっ!

 ……みんな、ごめん、ね。

 ――ピシュンっ!

 ハイグレ洗脳銃から発射されたピンク色の光線は真っ直ぐに飛び、そしてあたしの胸を……撃ち抜いた。
「きゃあああああああああああああああああああああッッ!!」
 光に全身を隈なく包まれて、あたしは手足を大の字に広げ、ありったけの声で叫んだ。肺の中の空気や残っていた力が、無理矢理絞り出されて身体の外に放出させられた感じがした。
 それから、爪先から頭の天辺までのあらゆる皮膚を優しく撫でるような、またはピリピリ痺れるような感覚が襲う。どちらにせよ、苦痛の類ではない。むしろ気持ちいいとさえ言えるような心地だった。
 同時に、今まであたしが着ていた制服が徐々に形を失っていった。これまであったはずの布地の触り心地がだんだんと薄くなっていくのだ。代わりに、肩、胸、腹、背中、そしてお尻や股間の辺りを締め上げる何かの存在を感じる。それは、まるで……。
 そう、あたしは今、ハイグレ人間へ変わろうとしているのだった。ハイグレ光線に当たった人間は、否応なくハイグレ人間になる。その光景は、散々目の当たりにしてきた。
 今度は、あたしの番なんだ。
 光はピンクに青に点滅し、そしてハイレグ水着を作り出す。あたしに着せるための、ハイレグを。
 身じろぎ一つ許されないまま、やがてあたしはハイレグ水着一枚のあられもない姿にさせられてしまった。
「あ……っ」
 状況が状況でなければ見惚れてしまいそうなほど綺麗な赤。昂揚した頬を表したかのような生々しい色をした生地が、あたしの身体をきつく締め付けていた。上半身の安定感とは打って変わって下半身はひどく心もとない。初めて着るハイレグは、あたしに恥ずかしさと気持ちよさを同時に味わわせた。
 でも、これらは単にハイレグの感想でしかない。……この時あたしの心は、グチャグチャに掻き乱れていた。
 あたしは逃げきれなかった。目の前の出口にあと少し届かないで、結局あたしもハイグレ人間に……されてしまった。
 ハイグレ光線を浴びた瞬間に、これまでの全ての努力は泡となって消えた。今までハイグレ光線を受けてなお耐えて、人間の心を失わなかった人は誰一人いなかったんだから、こんなに弱いあたしがこれを耐えられるはずはない。きっともうすぐ、思考までもが洗脳されちゃうんだ。
 そうしたら、人間だったあたしは消えてなくなる。それと一緒に、あたしに託されたみんなの思いも……消えるだろう。
 あたしにとって、それが一番辛かった。ここまでやって来れた原動力であり、今やあたしの中にしか残っていないみんなの記憶でもあるそれを、ハイグレ人間になってしまったあたしは、羽衣同様忌むべきものとしてしまうのだろうから。
 恥ずかしさも、苦しさも、悔しさもこの胸にある。だけど最も大きいのは、みんなへの申し訳なさだった。
 羽衣、希、和子さん、菜々さん、白亜……ごめんなさい。ごめんなさい。あたし、みんなを助けてあげられなかった……!

 ――恵美香のハイグレ……すごく、すごく似合ってるよ……!

 いつの間にか銃を手放していた羽衣が、親愛の表情を浮かべて言う。ハッとして羽衣の姿を改めて見ると、さっきまでの印象とはまた違って見えた。つまり、その、羽衣はハイグレ人間としてあまりにも完成されすぎていた。それ以上、あたしの言葉では言い表せない。
 オレンジのハイグレ人間である羽衣に、あたしは知らず知らずのうちに畏怖や尊敬に近い感情を抱いていた。それはあたしの心が、どんどんハイグレ人間化していることの証だった。
 今こうしてものを考えているあたしは、人間のはずだ。だけどどこかで、「ハイグレ、ハイグレ」と繰り返す声がする気もする。それが大きくなっていくと、あたしは消えてしまうのかな。
 そして、身体が意思に関係なく動くのを感じた。大の字の体勢から膝を曲げて腰を落とし、腕を下ろして足の付け根に添える。一応抵抗はしてみたけれど四肢が僅かに震える程度でしかなく、こうして為す術無くあたしはハイグレポーズの前段階の体勢になってしまった。
 表面積の小さな布地でしか覆われていない股間を、がに股と手によって見せつけるかのようなポーズ。しかもそれを、羽衣やその後ろの沢山のハイグレ人間たちに見られているのだ。一人の女として、耐え難い屈辱。恥ずかしさだけで死んでしまいそう。比べるなら、真っ裸で校庭を走り続けることぐらいのレベルだ。
 ハイグレ人間となったみんなも、初めはこんな思いをしていたに違いない。だけど精神がハイグレ化していくたびに、抗う気持ちよりもハイグレ人間としての喜びが上回っていってしまうんだ。自我に関係なく痴態を晒すことになるのは、この上ない辱めであることに間違いはない。
 でも、そうなった人間がハイグレ人間に変わるのは、見方を変えれは一種の救いであるのかもしれない。だって、ハイグレに抵抗するから恥ずかしいのだ。抵抗する気持ちがなくなれば、そこに残るのは快感だけ。……風呂桶のお湯と同じだ。溢れんばかりに抑圧された感情で満たされた浴槽に唯一示された道である、ハイグレ人間化するという名の栓を抜けば、その穴に向かって湯は勢い良く流れていく。そうして、ハイグレに溺れるのだ。
 あたしも、そうなるのかな。
「くぅ……っ!」
 全身の筋肉に、一瞬電流が走った気がした。それが合図になって、腕や口がじわじわと動き出す。
 誰に言われなくても判る。これからあたしも、ハイグレポーズをとらされるんだと。ハイグレと言わされるんだと。完全なハイグレ人間に変わるんだと。
「はぁ……っ、ハぁ……っ!」
 吐息とも声ともつかない呼気が喉を鳴らす。ハイグレなんて言いたくないと思えば思うほど、胸が苦しくなっていく。
「ハ、い……ぐぅぅ……!」
 ハイグレ人間になってしまったら何もかもが終わってしまう。だから絶対に、ハイグレなんて言いたくない。それを言うことで、あたしの全てが変わってしまう気がするから。
 どれだけ抵抗が無駄だと分っていても、あたしはハイグレを受け入れることだけはしたくない。
「ハイ……!」
 その言葉を言いかける度に、水着の線をなぞろうとしていた両腕が淋しげに元の位置に戻る。
 振りきってしまったなら、どんな気分になれるんだろう……なんて考えちゃダメだ。なのに頭の中が、ハイグレのことで埋めつくされていく。
「ハ、イグぅ……っ」
 ハイグレ人間になったら、みんな消えちゃう。だから耐えるの。ハイグレなんかに、負けるなんてダメ……!
 だけど、だけど。
「はイ、グ……ぇ」
 ……したく、ない、よぉ……ッ!
「は……ハイグレ!」
 そうして、ハッとする。そのときにはもう、あたしはハイグレをしていた。
 ハイレグカットの水着に沿って、ハイグレの声とともに腕を勢い良く振り上げる。ハイグレ人間がとる、ハイグレポーズそのものだ。
 それを理解したとき、後悔の念が津波のように、あたしの心に押し寄せてきた。どうしてもっと耐えられなかったんだ、と。たった一度でもハイグレをしてしまえば、洗脳が一気に進んでしまうのは分かっているのに。
 理性では現状を正確に把握しているつもり。だけど、あたしの心の奥底にある何かが、理性などお構いなしに叫んでるんだ。
 ……ハイグレ、すっごく気持ちいい……! もっと、もっとハイグレしたいっ!
* 恵美香パート17[14/05/03] ( No.57 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:48:02 メンテ
名前: 香取犬◆RYenwqtp9Y

「ハイ、グレ……っ!」
 身体が勝手に動く? いや、そうじゃない。あたしが、自分の意志で、ハイグレをしている。それが人間のあたしではないのは間違いない。犯人はきっと、あたしの中に生まれようとしている、ハイグレ人間のあたし。
 ふと、さっき羽衣に言った言葉を思い出す。人間のあたしもハイグレ人間のあたしも、どちらもあたし。だったら、やっぱりハイグレをしたのはあたしなんだ。
「ハ、イ、グレっ!」
 ハイグレすると同時に、下腹部の辺りから熱くジンジンとする何かが生まれては、全身に駆け巡る。あたしの知っている言葉で表すならそれは、「快感」とか「気持ちいい」とかいう感情であった。
「ハイ、グレ!」
 悔しくてたまらない。……こんな恥ずかしいポーズをして、気持よくなっている自分が。結局学校から逃げることが出来ず、ハイグレ姿になってただハイグレをしている自分が。
 みんな、本当に、ごめんなさい。みんなの信頼に、あたしは応えられなかった。自分なりに頑張ったけど、ダメだったんだ。あたしは結局みんなと同じ、ハイグレ姿にされてしまった。もう、みんなを助けてあげられない……!
「ハイグレ!」
 気持ちいい。そして誇らしい。ハイグレをするのがハイグレ人間の義務ならば、あたしは……!
 ううん。それでも、あたしは最後の瞬間まで人間でいたい。少しでも長く、みんなの思いをこの世に残さなくては。
「ハイグレ! ハイグレ!」
 その時何故か、頭の中に複数の誰かの声が、断片的に蘇ってきた。

 ――逃げ――き残って。あと、もし――私たちのこと――
 ――が――止める。貴方――げて!
 ――みんな恵美――に、ハイグレ人間に――てなってほし――いと思ってるよ。
 ――なら最後まで――いと。
 ――うん、あと――っとだよ!

 誰の言葉だろう。なんだか、とても大事なことのような気がするのに、うまく思い出せない。
 ああ、そうだ。これはあたしがハイグレから逃げていたときの、みんなとの約束だ。でも、この言葉を聞いた場面を回想することはできるのに、このときのあたし自身の感情や約束の一字一句を完全に思い出すことについては、ブレーキがかかっているかのようだった。
 忘れちゃいけないんだとは思う。だけど、そんなことより、ハイグレの方に没頭していたいと考えているあたしがいる。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 あたしは何度も何度も、ハイグレポーズをとる。その度に、身体は得も言われぬ快感に包まれる。いつまでも、この気持ちを味わっていたい……。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 学校が襲撃された瞬間から、遅かれ早かれ、あたしがハイグレ人間になる運命だったのは決まっていたんだろう。みんなよりも少し遅れてしまった、ただそれだけでしかない。
 でも、これからは、あたしもみんなと一緒。
 あたしもハイグレ人間になって、一緒にハイグレをするんだ!
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 ……もう、あたしにはどうしようもなかった。いくら抵抗しても無駄。いくら足掻いても無意味。
 ……ハイグレ人間になろうとしているあたしに、あたしの声は届かないし、力は及ばなかった。
 ……あたしの存在が塗り替えられ、乗っ取られていく。
 ……ハイグレと叫ぶ声と共に、約束が消えていく。
 ……あたしは意識のなくなる寸前に、これまで数えきれないほど言った、しかし誰に対して言いたいのかすら思い出せなくなった言葉を呟いた。
 ……ご……めん……ね……。
「ハイグレッ!!」
 一段と声を張り上げて、あたしは大きくハイグレをした。すると体中に、とろけるような電撃が走った。これこそハイグレ人間だけが味わえる、最高の感覚だ。
 そう。あたしはハイグレ人間。ハイグレ人間、恵美香!
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

 ――恵美香っ!

「羽衣!」
 目の前にいた羽衣が満面の笑みで呼びかけてくるので、あたしも釣られて笑い、返事をした。羽衣が何を言わんとしているのかは、すぐに察しがついた。

 ――やっと……やっとハイグレ人間になれたんだね!

「うん、羽衣のおかげだよ。本当にありがとう」

 ――別にいいよ、お礼なんて。そんなことよりも。

「ハイグレ、だね?」

 ――そうだよ。私、ずっと恵美香とハイグレしたかったんだから! イヤとは言わないでしょ?

「まさか、イヤなはずないよ。……あたしもしたい。羽衣と、ハイグレ!」
 さすが親友というかなんというか。羽衣の考えていることが手に取るように分かる。それは、羽衣も同じようだった。
 示し合わせたわけではないのに、あたしと羽衣は同じタイミングで腰を落とし、そして同時に、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 ハイグレポーズをとった。声と動きを揃えたそのハイグレは、一人でするハイグレよりも何十倍も幸せな気持ちに満ちていた。
 ハイグレって……なんて素晴らしいんだろう。

 ――皆さん! 恵美香さんが、そして全校生徒がハイグレ人間となることができたことを記念して、ハイグレをしましょう!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――はいぐれ、はいぐれ、はいぐれ。
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!
 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!
 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 声が聞こえて向こうを見やれば生徒会長や希をはじめ、そこにいたみんながハイグレを繰り返して、あたしがハイグレ人間になったことを祝福してくれていた。
 こうなるとなんだか少し、申し訳ない感じがする。あたしは最後までハイグレを拒んで、こんなにも面倒をかけてしまったから。

 ――恵美香、どうしたの? ハイグレ止まってるよ?

 不思議そうに羽衣が言う。対してあたしは遠慮がちに答えた。
「えっと……みんなに一番迷惑をかけたのは、最後まで逃げていたあたしだから。あたしに祝われる資格なんて」

 ――そんなこと関係ない!

 羽衣はあたしの台詞を途中で遮り、必死に訴えてきた。

 ――誰が先にハイグレになったとかならないとか、そんなことで誰も責めたりなんかしない! ハイグレ人間になれば、みんなおんなじなんだよ! だから恵美香も一緒に、みんなのためにハイグレをしよう? 

 その言葉は、あたしの心を強く打った。そっか、あたしもハイグレ、していいんだね。
「……ありがとう、羽衣。あたしも、するよ」
 羽衣は安心したようににこりと笑い、そうしてまた同時にハイグレポーズの姿勢をとった。
 この胸いっぱいに広がっている気持ちを噛み締めながら、あたしは全力でハイグレをする。
 それがみんなへの、感謝の証。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

「ハイグレ! ハイグレ! ……っ、あれ……?」
 無我夢中でハイグレしているうちに、不意にあたしの頬に一筋の涙が流れた。
 嬉し涙? ううん、何となくそんな感じじゃない気がする。じゃあ、一体どうしてだろう。
 いくら考えてみても、その涙の理由はあたしには考えつかなかった。
* エピローグ1[14/05/03] ( No.58 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:49:46 メンテ
名前: 香取犬◆RYenwqtp9Y

「ハイグレ! ハイグレ! 生徒会より、校内にいる全ハイグレ人間にお知らせします。先程、全生徒がハイグレ人間への転向を完了しました。これより全校集会を行いますので、至急、体育館に集合してください」

   *

 恵美香さんの洗脳から少しして、私は全校生徒に向けて本日二度目の臨時集会の呼びかけをした。
 やがて、私とともに裏門を守っていた者、学校の周囲の柵を見張っていた者、校舎内で人間の姿に目を光らせていた者、彼ら全員が体育館に集った。一時間強前の際にはまだ少しスペースに余裕のあった体育館も、生徒全員を収容するとなると結構な圧迫感がある。まあ、それも喜ばしいことではあるのだけど。
 巨大な電灯に照らされている体育館はとても明るい。壇上に立つと、その隅々までを視界に捉えることが出来た。
 壁際には、これももちろんハイグレ姿の先生方が控えている。年齢も性別もそれぞれではあるものの、誰もが全生徒の転向を喜んでいるようだった。
 さて、全員が体育館に集まりきった。ぎりぎり、ハイグレポーズをとる余裕くらいはあるはずだ。ここから見ると、肌色と、色とりどりのハイレグ水着のコントラストがとても眩しい。約千人。これだけの人数が一斉にハイグレをしたときの気持ちは、一体どれほどだろう。……いけない、想像しただけで身体が疼いてしまう。

 ――会長。

「そ、園美?」
 つい昂奮していたことを悟られたのかと、慌てる私。しかし、園美は私の頬が上気している理由を、緊張のためと受け取ったようだった。

 ――ふぁいと。

 普段の彼女ならほとんど言いそうにないエール。元々緊張などしていなかったとはいえ、園美のお陰で自然と笑みが零れた。
「ありがとう、園美」

 ――はいぐれっ、はいぐれっ、はいぐれっ。

 水色の水着で、小さくハイグレポーズをとる園美。彼女が副会長として私のそばに居てくれたことに、私は改めて感謝した。
 もちろん、他のメンバーも同様だ。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!

 星羅さんは黄色の、田所くんは濃い緑の、千明さんは灰色の、和子は濃い赤のハイグレを纏い、私を後押ししてくれていた。
 ……さあ、始めましょう。
 そう意気込んで私はマイクを手に取る。キィンという耳障りな高音が消えたのを確認して、
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 ハイグレ人間の挨拶をした。と同時に白いハイレグが、私の身体を締め付ける。
 生徒たちは声に応え、一斉にハイグレコールの合唱を返してくれた。そのこだまが消えるまで待ってから、話を続ける。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。さて、パンスト兵様方のご来訪から二時間足らず。皆さんのご協力もあって、こうして全校生徒がハイグレ人間になることができました。先程の集会には来られなかった方も、今はこうして同じハイレグを着て、ここにいます。なんと素晴らしいことでしょうか。これを記念して、全員でハイグレを捧げたいと思います。ハイグレ人間となった仲間のために、また、パンスト兵様のために、そして何より、偉大なるハイグレ魔王さまのために!」
 体育館の至るところから歓声が上がる。ここにいる約千人が抱く思いは、全く同じに違いない。

   *

 ハイグレ魔王さま率いるハイグレ軍は、日本時間で今日の午前中に地球に、しかもこの学校のすぐ近くにご到着されたばかりらしい。つい今朝でさえ特別なニュースは放送されていなかったため、誰もが今日もいつも通りの一日であると疑ってもいなかった。しかし、そんな愚かな人間の思い込みは、僅か数時間で崩れ去った。
 ハイグレ星からの宇宙船改めハイグレ城が降り立つと、周囲にいた人間は皆抵抗する間もなくハイグレ人間へと転向した。そして発生した大混乱と情報の錯綜により、内閣や警察、そして自衛隊の対応も後手後手に回った。この高校近辺にパンスト兵様の手が及んだのは、そんな時だった。
 前回の集会の前後には、パンスト兵様方は撤退を始めていた。もう、ハイグレ人間となった生徒たちだけで残りの人間を制圧できる、と認めてくれたのだろう。そして事実、その通りになった。
 恵美香さんは転向直後、自分が一番転向するのが遅かった、と悔いていたけれど、ハイグレ魔王さまの侵略計画の過程から言えばこれでも極々初期段階だ。私たちハイグレ人間はこれから各自散り、この近辺の掃討任務に就いたり家族を洗脳するため帰宅することになる。だから全校生徒で揃ってハイグレをする機会は、これを逃せば次がいつになるか分からない。
 この一度を、噛み締めなければ。

   *
* エピローグ2[14/05/03] ( No.59 )
 
日時: 2014/05/03(土) 23:04:19 メンテ
名前: 香取犬◆RYenwqtp9Y

「準備は良いでしょうか? では……」
 ザッ、と床を踏み鳴らす音が響く。生徒たちは脚をガニ股に広げ、その付け根のラインに両手を添えた。体育館中を見渡して、準備が万端であることを確認する。
 そして、叫ぶ。
「ハイグレッ!」

 ――ハイグレ!!!

「ハイグレッ! ハイグレッ!」

 ――ハイグレ!!! ハイグレ!!!

 ハイグレ人間全員の声が渾然一体となってこの空間に渦巻いた。私の背筋がゾクゾクと震える。自分が自分という個ではなく、ここにいるハイグレ人間たちと融け合って一つの全となっているような、そんな心地だった。
 一糸乱れぬ動きで一心不乱にハイグレを繰り返す、ハイグレ人間たち。ここに立ってその光景を見ることが出来る私は、感慨に浸っていた。
 そうしてハイグレをやめることなく、2.0の視力を以って生徒一人ひとりに視線を向けていった。

   *

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!
 ――ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ。
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 初めに目に入ったのは、二年生の一クラスだった。相田くんは黄色、井上さんはピンク、織枝さんは藍色、八重さんは空色、白亜さんはアイボリーのハイレグを着て、ハイグレをしていた。
 ちなみに生徒たちは現在、ある程度クラスごとに整列位置は決まっているものの、各々仲の良い人同士などで固まっていることが多いようだった。あまり推奨されることではないが、その方が快感が強いのは私もよく知っているため、咎めはしない。
 さて、視線を移す。今度は一年生だ。

 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!
 ――はいぐれッ! はいぐれッ! はいぐれッ!
 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 華奈さんは薄ピンク、圭さんは黄緑、恭子さんは赤ピンク、葛葉さんは青のハイグレ姿。四人ともとても幸せそうだ。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 小林くんは茶色、聡くんは紫、詩乃さんは薄緑のハイグレ人間だ。女の子にハイレグが似合うのは当然のこと。しかしハイグレ人間となった男子も、それに負けず劣らずサマになっていると感じられる。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――はいぐれっ、はいぐれっ、はいぐれっ。
 ――ハイグレぇっ! ハイグレぇっ! ハイグレぇっ!

 こちらは確か科学部だったはず。翼は黒の、照代はクリーム色の、そして桃花さんは黄緑のハイレグ水着姿。

 ――ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ。
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!

 そういえば菜々は、備蓄庫を使って何人かの生徒を匿っていたと聞いた。周囲にいるのはそのメンバーなのだろう。
 無意味な抵抗をしていた過去があろうとも、今や菜々は緑の、仁奈さんは橙色の、茉里奈さんは紅色の、沼田くんは紺色の、合歓さんはレモン色のハイグレ人間となって楽しそうにハイグレポーズをとっている。ハイグレの素晴らしさに気付けたならば、結局は万事良しだ。

 ――ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ。
 ――ハイッグレ! ハイッグレ! ハイッグレ!

 校内でも問題児と囁かれている未歩さんと、その抑え役となっている睦月さん。それぞれ赤と群青の対照的なハイレグを着た二人は、わだかまりなど存在しないかのような様子だった。最後の方まで人間だった睦月さんを、未歩さんが転向させてあげていたのは記憶に新しい。そのことが、二人の仲に良い影響を与えたのかもしれない。
 仲の良い、と言えばこちらの方にも数組いる。

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!


 まずは体育倉庫に隠れ、ハイグレ人間となった後は私たちに協力してくれた、赤茶色のハイレグの芽以さんとピンク色のハイレグのももさん。
 近くに、黄緑色と濃いオレンジのハイグレ姿でハイグレを繰り返す、勇気くんと詠の姉弟もいる。

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!
 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!

 極めつけは明度の差しかないお揃いのエメラルドグリーン色のハイレグを着ている、双子の蘭さんと凛さんだ。こうなると正直私にも見分ける自信はない。
 そして、エンジ色のハイグレ人間である瑠輝さんは、三年生の仲良しコンビ、玲衣奈とローザの転向に一役買ったという。彼女たちは今それぞれ、黄土色と青色のハイレグ水着でハイグレをしている。
 それから未だ冷めやらぬハイグレの興奮の中、私は更に色々な人たちを見回していった。みな、様々な思いを抱えてハイグレをしているのだろう。表情はだらしなく緩んでいる者から使命感に燃え引き締まった者までいる。しかし、その全員がハイグレ人間であることと、ハイグレポーズをとっていることに、違いはなかった。
 そう、一番最後にハイグレ人間に転向した恵美香さんたちも、もちろん例外ではない。

 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 菜々の隠れていた倉庫で再会し、以後一度別れるも恵美香さんを支え続けた希さん。淡い紫の水着で一生懸命にハイグレをしている。
 早くに教室で光線を浴び、遂には親友をその手で転向させるという念願を果たした、羽衣さん。そのオレンジのハイレグを誇るようにポーズをとっている。
 全校生徒の中で最後まで人間として逃げ続けるも結局はハイグレ人間となり、同時に最も校外への脱出の成功に迫った恵美香さん。鮮やかな赤色のハイレグ水着は、まだ着てから間もないはずなのに恵美香さんの身体によく馴染み、彼女を立派なハイグレ人間たるに相応しい者に仕上げていた。
 そんな恵美香さんの表情には一点の曇りもない。心から自分がハイグレ人間になれたことを喜んでいた。

 ――ハイグレ!!! ハイグレ!!! ハイグレ!!!

 どんな人間も、ハイグレ光線を浴びてハイグレの素晴らしさを知れば、必ずハイグレ人間になれる。そしてまた、ならねばならないのだ。
 ここにいる千人は、無事に全員がハイグレ人間となることが出来た。ハイグレを至上の喜びとし、ハイグレ魔王様にハイグレを捧げる者に。
 しかし、ハイグレを知らない愚かな人間は、まだまだ世界にあまねく存在している。ハイグレ魔王様はそんな人間たちをハイグレ人間とするために、これからも戦い続ける。
 ならば私たちに出来ることは、ハイグレ魔王さまの意思に従い、光線銃を使って人間をハイグレ人間へと変えていくこと以外にないではないか。
 皆、心は一つだ。いずれ来る、地球がハイグレ人間の星となる日を夢見て、それを実現させるために戦うのだ。
「ハイグレ、やめっ!」
 私の号令に、生徒たちは一斉に動きを止めた。体育館内に残った音は、皆の少し荒くなった息遣いくらいとなる。
 これから私はこの高校の生徒会長として、最後の仕事をする。それが終われば学校内の旧い組織……要するに生徒会などという、生徒同士に上下関係を作るような組織は解散とする。皆が同じ、ハイグレ人間というスタートラインに立たずして、何が平等か。私はハイグレ人間になったときから、そう考えていたのだった。
 それに、これからの私たちの任務は、校外の未洗脳者の捜索になる。この国じゅう、もしくは世界中をハイグレの支配下に置くまで戦いは終わらないのだから、そもそも学校などという人間の作った組織など必要はないのだ。再びこの校舎に通うのは、全人間のハイグレ化が終わった後であり、そしてその頃ここはハイグレ人間のハイグレ人間によるハイグレ人間のための学校になっているだろう。
 故に、私は生徒会長の座を降りる。でも、もしも全てが終わった後ここに戻って来られたならば、またこのように皆をまとめる役職に就きたいものだ。その時には、「生徒会長」以外の役職名を名乗らなくては。
 まあ、理屈はともかく、さっさと仕事をこなしてしまおう。
 これは一つの終着点であり、そして同時に大いなる出発点でもあるのだから。
「さあ……行きましょう。全ての人間を、ハイグレにするために!!」


     *了*


  永らくのご愛読、ありがとうございました。香取犬の次回作にご期待ください。
  また、本作品のことや今後について等の詳細をブログに書きましたので興味がある方は御覧頂ければと思います。
  ブログ「ハイグレ郵便局 香取犬支店」
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