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* 変わりゆく若人たち
 

日時: 2013/01/24(木) 23:39:39 メンテ
名前: 香取犬

ひたすらに一人称視点で妄想を垂れ流すだけです
お見苦しい点はご容赦ください

勢いで書き上げただけなので今後の展開は未定です
けれどゆっくりとでも続けていきたいとは思っています
 
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* 芽以パート2[13/04/26] ( No.20 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:03:18 メンテ
名前: 香取犬

 友人の悪魔の囁きなんか聞くもんか。だいたい、洗脳が終わったらそのときそこにいるのは人間としてのあたしじゃない。ハイグレを嬉々として受け入れているとしたら、それはあたしじゃない別の誰かだから。
 今度は、会長がすぐそばで口を開いた。

 ――芽以さん。これからあなたは栄誉あるハイグレ人間へと転向することになります。心の準備はいいですね?

 何が。何が栄誉。そんな水着着て、変態みたいなポーズとって、自分の意志を奪われて……それのどこが!
 動けないあたしの最後の抵抗は、慈愛に満ちた須原会長の瞳を真っ直ぐ睨み返してやることだった。
 カチャリと、背中に押し付けられた硬い感触が、あたしがあたしであれる最後の時を告げる。何百何千もの期待の視線を一身に受けながら、どうしてかあたしの心は何かを悟ったかのように落ち着いていた。
 せめてももが見つからなかっただけよしとしなきゃ。会場の全員の目はあたしに向いているから、下手に騒がなければきっとそのまま隠れ続けられるはず。
 どうか、ももだけは……!

 ――ピシュン!

「きゃああああああああああっ!」
 閃光の中で、ハイグレ人間たちの歓声を聞いた。腹の奥からありったけの息を吐き出して悲鳴をあげても、それでも耳に飛び込む恐ろしい声をかき消すことは出来なかった。
 眩しさがなくなると同時にあたしの体操服は綺麗さっぱり姿かたちもなくなってしまい、代わりに赤茶色のハイレグ水着一枚だけを纏わされた。とても窮屈なのに開放感もある、不思議な気分だ。でも、このままハイレグに飲み込まれてしまったらハイグレ人間の一員になってしまう。それだけは絶対に、嫌だ。
 あたしを取り押さえていたクラスメートたちは、あたしに見せつけるようにハイグレをしていた。そして会長は再びマイクを向けてくる。

 ――どうですか? 初めてハイグレを着た感想は。

「……負けません、から」
 辛うじて、それだけ言えた。質問の通りに返答しないのは、ささやかな抵抗心。あたしはハイグレなんかに屈しない。侵略者たちの思う壺になんかはまってやるもんかと、自分の意志を再確認する。
 なのに、会長はあたしをあざ笑うかのような表情をする。いや違う、これは。

 ――私も最初はそう思っていましたよ。けれど仲間が、友人が教えてくれたんです。私という存在は、ハイグレ人間になっても変わることはないと。

 これは、心の底からあたしを諭そうとしている顔。

 ――ハイグレ人間になることが勝ちだとか負けだとか、そんな価値観は捨ててしまいましょう。あなたが着ているものは何ですか?

「……」
 答えるもんか。あたしは決してハイグレに屈しない。あたしの尊厳のため、ももを守るため、そしてまだ残っているはずの人間たちのために。

 ――私たちがハイレグを着ているのは、私たちがハイグレ人間であるから。ハイグレ人間は等しくハイレグを着るものなのです。……では、あなたは?

 確かにあたしは今、ハイレグを着させられている。でもそれは、あくまでも自分の意志じゃない。ならあたしは、ハイレグを着ていてもハイグレ人間なんかじゃない……はず。

 ――受け入れなさい。あなたはハイレグ水着を着ています。その事実だけでも構いません。ハイレグを着た自分を認めてあげてください。

 その会長の言葉に、少なくとも間違いはない。あたしの感情がどうあれ、表面上はハイグレ人間と同じ姿になっていることは分かっている。
「だけど、あたしは……ハイグレ人間じゃ……!」
 ハイグレのポーズだけは、まだとっていない。光線に撃たれた時の大の字の姿勢のまま、腕も足も動かさないように必死にこらえているから。

 ――貴方の言うとおり、まだ貴方はハイグレ人間ではありません。ハイグレ人間となるには、ハイグレポーズを取らなければいけませんし。
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 友人たち、生徒会の人たち、そして壇下の生徒たちのハイグレの声が響く。四方八方をハイグレに囲まれたこの体育館で、ハイレグを着ているのにハイグレを拒んでいるのはあたし一人だけだ。たった一人だけだ。

 ――ですが。貴方の心の中では少なからずハイグレをしたいと思っていますよね? それを必死で抑え付けていやしませんか?

 全て分かってて言ってるんだ、この人は。イエスとしか答えられない質問で、あたしをハイグレの道へ誘導しているんだ。

 ――自分の内なる声を否定するのは辛いことだって、私も知っています。だから貴方に助言をします。聞き入れるかは貴方の自由です。

 苦しい。次から次へと湧いてくる欲望を振り切ることが。どれだけ嫌だと思っても、まるでハイグレポーズを取ることが本能であるかのように、耐えれば耐えるほど苦痛を感じる。全部、会長の言うとおり。次は一体何を言うつもり?

 ――どんな自分も自分だと、受け入れてください。貴方自身の気持ちに素直になることは、恥ずかしいことでも何でもありません。さあ、今こそ本当の自分を表現する時です!

 ハイグレをしたいあたし。ハイグレ人間になったあたし。それを受け入れて初めて、あたしはあたしになれる。
 そんな気がした。
 恐る恐る、腰を落として手を水着の切れ込みに添えた。これ以上先に進めば戻ってこられない、そんな一方通行の道。けど、それで満足するあたしがいるならば、アリかもしれない。
「は、い、ぐ……れ」
 引き上げた腕、水着の擦れる肌、ハイグレと声にした口。そこから生まれた快感は瞬く間に全身に広がって、あたしを包み込んだ。
 ああ、なんだろう。とても幸せな気分。
「ハイ、グレ、ハイグレ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 もっと速くもっと多くと体が訴えている。ハイグレをする度にもっとしたいと感じる。そしてもっともっと……。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 もはや中毒だった。ハイグレを求める衝動に突き動かされてポーズをとって、あたしの意思でハイグレを求めて。どこが始まりだったかも忘れてしまったけれど、重要なのは以前のことではなく今あたしがハイグレ人間であるという揺るぎない事実。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 体育館の舞台の上で、あたしはハイグレ人間として誇りを持ってハイグレをする。そしてそのハイグレを、本当に沢山のハイグレ人間たちに見てもらえる、共にハイグレができる。
 あたしの人生の中で、最高に幸せな時間だ。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 ――おめでとう、芽以さん。

 にっこりと微笑む須原会長に、あたしは感謝の念を抱いた。なんといっても、会長こそあたしをハイグレ人間にしてくれた方だから。
 残念なことに直接の恩返しはできないけれど、だったらあたしにできる最大の感謝の表現をしよう。
 あたしは一旦ハイグレを止め、何百人ものハイグレ人間たちに向き直る。そうして精一杯叫んだ。
「ハイグレっ! ハイグレっ! あたしはハイグレ人間、芽以! これからはハイグレ人間として、この身をハイグレに捧げます! ハイグレっ!! ハイグレっ!!」

 ――ハイグレ!!! ハイグレ!!!

 拍手などの代わりに渦巻いたのは、数多のハイグレコール。鼓膜が破れるんじゃないかと心配になるくらいの大音量でも、今のあたしにとっては心地の良い声だった。会場のハイグレ人間たちがあたしを歓迎してくれた、その証だと思うから。
 それと、忘れちゃいけないことがある。ハイグレ人間の義務のひとつは、未洗脳者をハイグレ人間に転向させてあげること。家族や親友ですら……いいや、だからこそ、できる限り早くハイグレの素晴らしさを教えてあげなければいけないんだ。
 体育館の端から端まで届くように、あたしは目一杯の大声を出す。
* ももパート[13/04/27] ( No.21 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:04:05 メンテ
名前: 香取犬

 ――体育倉庫にもう一人、未洗脳者が隠れています! ハイグレっ! ハイグレっ!

 それって、もしかしなくてもわたしのこと……だよね?
 芽以ちゃんが連れていかれるとき、わたしは怖くてどうしても助けに行けなかった。もしかすると、わたしが体育館の外に逃げるための時間を稼いで、注意を引きつけてくれていたのかもしれないとも思った。
 だけど、芽以ちゃんが残した言葉を言い訳にして怯えて隠れて……そうしていたら芽以ちゃんの悲鳴が聞こえて来た。少しして、ハイグレと叫ぶ声までも。
 わたしは、芽以ちゃんの期待に応えられない臆病者だった。ハイグレ人間たちの目を掻い潜って外へ脱出するのが無理だと思うと怖くて、このまま少なくとも今は安全な場所に身を置こうとするくらいに。
 わたしが震えている間に芽以ちゃんは、身も心もハイグレ人間にされてしまった。その様子を、さっきまで芽以ちゃんがいた立ち位置から、わたしは覗いていた。芽以ちゃんが真剣な顔でハイグレを繰り返すようになっていく様を、目の当たりにしてしまった。
 気丈な人間の精神さえも無情に蹂躙していくハイグレ人間たち……恐怖だけではなく憤怒さえも湧いてきた。
 だけど今は、芽以ちゃんがわたしの居場所を躊躇うことなく暴露してしまった今はどうだ。
「そん……な……」
 芽以ちゃんの声に合わせて一斉にこちらを振り向いたハイグレ人間たちの目は、まるでサイボーグであるかのようにとても冷たかった。
 あまりの圧力に気圧されて、頭が真っ白になってしまう。どうしよう、ここにいてもすぐあいつらが雪崩込んでくる。芽以ちゃんに裏切られた。もっと上手く隠れれば見つからないかな。裏切られた。マットの間とか、跳び箱の中とか。わたしもハイレグを着せられちゃう。いや隠れても時間稼ぎにもならない。嫌だ。どうしよう。
 今更、とも思った。それでも一か八か、わたしは意を決して倉庫の外へと飛び出した。目の前にいるのは色とりどりのハイレグ水着姿の人、人、人、人、人……。
「いや……っ!」
 わたしは出口を見据えて、硬くなった足を必死に動かした。今この瞬間なら、出口までの道は一直線に続いている。逃げ切ることだって、出来るかもしれない。

 ――皆さん、逃がしてはなりません! その場で転向を!

 会長が一声、わたしの処刑を宣言する。芽以ちゃんと同じように捕まえて公開洗脳ショーによって士気を高めるのではなく、わたしは磨かれた士気の試し切りに使われてしまうんだ。
 そんなのって、ないよ……!
 逃げてやる。逃げてやる。なんでもかんでもハイグレ人間の思い通りにさせてやるもんか。

 ――かちゃかちゃっ!

 横目で、無数の光線銃が構えられているのが見えた。だけど引き金が絞られるまでに体育館の外まで逃げてしまえばいい。あれだけの人数が殺到すれば狭い出口は詰まって、その隙にわたしは遠くへ逃げられる。
 三歩。お願い、間に合って!
 二歩。あと、少しだけ。
 一歩――

 ――ピシュンバシュンピシュン!!

「ひあああああああああああああああああっ!?」
 数え切れないほどの光線に体中を貫かれてわたしは、とんでもない声の悲鳴を上げていた。
 頭の中がグチャグチャにかき乱されて、全身を目に見えない何かに弄ばれて、わたしが書き換えられていく感覚を味わわされる。
 わたしが、わたしじゃなくなって、わたしになっていく……。
「……ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 わたしが鮮やかなピンク色のハイレグを着てまず初めにしたことは、もちろんハイグレ人間として最も重要な行為、ハイグレだった。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 股を開いて、急角度のハイレグの生地に沿って腕を振り、ハイグレと叫ぶ。たったこれだけでハイグレ人間でよかったと思えるなんて、最高だという他ない。
 さっきまでハイグレを嫌がってたわたしがいたけれど、さっさといなくなってくれて助かった。変に抵抗されてたら、この心地よさを感じるのが僅かでも遅くなってしまっていたに違いないから。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 光線を浴びた瞬間、ハイグレ人間としての全てが体に染み込んでいくような感じがした。今もそれが体内を満たしていて、だからこそハイグレポーズがこんなにも快感に思えるんだろう。
 芽以ちゃんは裏切ってなんていなかった。芽以ちゃんはただ、わたしにもハイグレを教えてくれようとしていただけだったのに。後で謝らなくちゃ。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

 ――ハイグレ!!! ハイグレ!!!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!

 皆で繰り返すハイグレは、わたしの心にハイグレ人間同士がハイグレを通してつながる一体感をもたらしてくれる。みすぼらしい洋服や、何の面白みもない制服を着ていては絶対に味わえない、至上の感覚。あんなものは脱ぎ捨てて正解だ。人類は皆、ハイグレを着ることで一段階の進化ができるんだと思うから。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

 ――今ここに、新たなハイグレ人間が誕生しました! しかし、まだ校内にはハイグレを理解しようとしない愚かな人間たちが潜んでいます。皆さん、各々のすべきことは何かを考えて、そしてより良い未来を築きましょう! ハイグレっ!
 ――ハイグレっ!!!!

 芽以ちゃんとわたしのハイグレ化が、ここにいるハイグレ人間たちの意識をより高めるために役立ったなら、わたしたちが倉庫に隠れていた意味はちゃんと果たされたと言っていいはずだ。それでわたしは満足だ。
 わらわらと体育館から流れ出る人波に呑まれながら、わたしもわたしの成すべきことを果たすために動こうと誓った。
* 八重パート[13/05/13] ( No.22 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:05:26 メンテ
名前: 香取犬

 なんだか外が騒がしくなってきた。がやがや。居たか? 居ない。そんな不穏な会話と、ハイグレの掛け声。
 校舎一階の端にあるこの図書室から校門の辺りを、白いカーテンとサッシの隙間から窺って見ると、やはりハイグレ人間にされた生徒たちが人だかりを作っていた。校門だけじゃない。学校の敷地を囲う、いざとなったら乗り越える事の出来る程度の高さしかない柵さえも越させるまいと、包囲網を敷いている。見える限り全方位が同じようにハイグレ人間の壁が築かれていた。
 これじゃあ絶対に逃げられっこない。このまま隠れているしか、すべきことが分からない。
 教室がパンスト人間に襲われたとき、私は光線に当たる皆を見捨てて一目散に逃げた。校舎内を彷徨ったり、色んな人と会い別れた。最終的に私が隠れ場所に選んだのは、図書委員として合鍵を預けられている司書室――図書室の中に設けられたガラス張りの、図書室や本、利用者の種々の情報を保管する管理人室――だった。その時図書室には不思議とハイグレ人間の姿も人間の姿もなかった。普段なら図書室は、静かであっても人の気配がある。これではまるで閉館前のよう。自分の足音ひとつだけが響き、文字と書籍の謎の気配に気圧される、そんな異質な空間のようで。
 司書室の扉を開け、念のため内側から鍵を掛ける。司書さんもいない。何度も何度も心の中で、どうしようと繰り返すけど、答えは出ない。
 大体、隠れていたらどうなるというのか。正直、助かる道が全く思い浮かばない。ハイグレ人間たちは増える一方で減ることはないのだから。それこそナイフで刺すとかピストルで撃つとかしたら分からないけれど、それを試すことは警察でさえもしないと思う。……そうして最後にはこの国じゅう、世界じゅうがハイグレ一色に埋め尽くされるに違いない。
 日常って、こんな簡単に壊れてしまうんだなぁ……。
 静寂の中に、ドアの開閉音が生まれた。図書室の大元の、観音開きの扉だ。まだこの司書室から直接入ってきた人物を見ることは出来ない。人間ならいいのだけど。
 上履きが歩き回っている。私は机の影に身を潜めながら向こうを伺ってみる。本棚の間を縫うように動く――ハイグレ人間がいた。
 彼女は、私のクラスメートだった。
 驚いて我を忘れた私は、早く隠れねばいけないことも忘れていた。彼女を凝視したままの瞳が、その彼女の視線と交錯した。

 ――八重。八重じゃない!

 慌てて身体を引っ込めるも、既に遅かった。私の名前を呼びながら、司書室のガラスをドンドンと叩いてくる。

 ――久しぶり! まだハイグレ人間じゃないの?

「井上ちゃん……」
 普段の彼女ならそんな格好で出歩けなんかしないはず。授業のプールの水着ですら顔を赤くしてるくらいなのに。それがピンクのハイレグを着て、羞恥心なんか全く持っていないような笑顔で、

 ――八重も早くハイグレを着ようよ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!

 がに股になって股間を見せつけるようなポーズを取る。そして当然のように私にもハイレグを勧めるんだ。
 怖いとかなんとかよりも、ハイグレ人間たちが可哀想に思えた。

 ――ねぇ、ここ開けてくれないかな?

 ドアノブが左右に捻られて硬い音が響く。個人情報の多く保存してあるこの部屋の鍵は、そこらへんの教室のものよりも頑丈にできている。ついでに周囲の窓も強化ガラス。いかなハイグレ人間でも突破は無理だと思う。
 でももし、その予想を上回ってきたら……。
 私は背筋に悪寒を感じた。扉が破られる前にバリケードを作らなくちゃいけないと、咄嗟に立ち上がって身を隠していた大机を扉の方へと動かそうとする。
 机の上には書類やペン立てなどもあるが、そんなことは言ってられない。私の力では少しずつしか動かせないけど、間に合いさえすればいい。
「重い……っ!」
 不意に、ガチャガチャ音が止んだ。諦めてくれたのかと半分本気で思いながら顔を上げると、井上ちゃんは銃をこちらに向けて構え、笑っていた。
 ……教室での襲撃の瞬間がフラッシュバックする。相田くんが喰らった最初のハイグレ光線、あれは確か、ガラス窓を透過して――

 ――ピシュン!

「ああああああああああっ!」
 苦しい……。机を押すために前傾姿勢になっていた身体が、無理矢理後ろに仰け反らされた。制服がなくなっていく代わりに水着を着させられる感覚が、確実にあった。
 ピンク色の光の中で私は後悔する。ガラス張りの司書室なんて、自ら鳥かごに囚われにいくようなものだったと気づかなかったことに。
 でも、全ては後の祭りだ。光が晴れると私は私を包む、空のような綺麗な青に一瞬目を奪われる。もちろん、一瞬だけ。
「い、嫌ぁ……」
 股から腰まで切れ上がった、コンセプトのシンプルな際どいデザインの水着。肌にぴったり張り付いて、裸でいるよりも身体全体を常に意識させる。
 井上ちゃんはガラスの向こうで満足げにしていた。仲間が増えたとなれば、当然の反応か。

 ――嫌がってる時間なんて勿体無いよ! ハイグレぇっ! ハイグレぇっ! ハイグレぇっ!

 私は、つい十数秒前とは違う人間に変えられてしまったんだ。じゃなきゃ、あんなに恥ずかそうに思っていたポーズを、ちょっとでもやってみたいだなんて感情は生まれてくるはずがないから。
 今まで頑張って逃げてきて隠れてきたのに、最後は呆気なかったなぁ……。ハイグレを着せられたら、もう絶対に元には戻れないのは知っている。
 どんな抵抗も無駄。泣きながらハイグレを始めた人も、やがて笑顔に変わる。自分が身を挺して守った人を、逆に襲うようになる。
 無慈悲に人間の心を捻じ曲げる、ハイグレ光線。けれどハイグレ人間となった人たちは、例外なく幸せそうにしている。例えそれが洗脳の結果だとしても。
 二度と人間としての幸せを取り戻せないならば、ハイグレ人間として生きることを選ぶのは当然の流れ。
「ハイ、グレ……」
 人間の心に未練がないわけではない。むしろ未練だらけだ。でも、抵抗しても意味がないのなら……。
「ハイグレ、ハイグレ」
 全てを諦める。そして芽生え始めたハイグレ人間としての心を、私は受け入れる。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 水着の線に沿って腕を上下し、ハイグレと口を動かす。それがハイグレ人間としての本能。馬が、生まれてすぐに立ち上がろうとし、立てなくなれば死を待つのみだというのと同じように、私たちハイグレ人間も死ぬまでハイグレを繰り返すのだ。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 いつ死ぬのかなんて、高校生の私には想像も付かないけれど。その最期の時までハイグレをしているだろうなとは予想出来た。
 ハイグレ人間として生まれ変わった今この時から死ぬまで、私はこの身をハイグレに捧げると誓う。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」

 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ!

 ガラス越しに二人、ハイグレを繰り返す。それでも十分に幸せだったけれど、やはり仲間とはもっと近くにいたい。そう思った私は、扉の鍵を開けて外に出た。

 ――やっと出てきてくれたね、八重。これで一緒にハイグレが出来る!

「うん、ハイグレっ、ハイグレっ」

 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ!

 ハイグレを拒まないで良かった。井上ちゃんの言ったとおり、今はハイグレをする一秒さえも愛おしい。
 そういえば。私はこうしてハイグレ人間になれたけれど、きっとまだ校内には可哀想な人間たちが隠れているんだろうな。
「ねぇ。あとどのくらいの人数がハイグレ人間じゃないのかって、分かる?」

 ――うーん、残り二割以下だとは思うけど。うちのクラスでは恵美香とかかな、羽衣がずっと探してる。あたしも探してるけど、見つかんなくて。

「じゃあ、私にも手伝わせて。最後の一人までしっかりハイグレ人間にしてあげないと」
 と私が言うと、井上ちゃんは頷きながら笑ってみせた。

 ――八重もすっかりハイグレ人間だねぇ。

「もう、馬鹿にしないでよ……ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 茶化されて感じたちょっとした怒りと恥ずかしさをハイグレポーズで吹き飛ばす。
 そうして私たちは、図書館を出た。
* 勇気パート1[13/05/13] ( No.23 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:06:48 メンテ
名前: 香取犬

 ――大丈夫。勇気のことは、お姉ちゃんが守ってあげるから!

「いいよそんなの! お姉ちゃんだけでも早く逃げてっ!」
 僕は息を荒くして、そう叫んだ。
 逃げ疲れてもう一歩も動けない僕のことなんか置いていってくれればいいのに。お姉ちゃんは壁にもたれかかる僕の前で、仁王立ちをしていた。その背中はとても頼もしいけれど、僕の心は罪悪感でいっぱいだった。
 ハイグレ人間の集会が終わった直後、僕たちの隠れていた教室にハイグレ姿のお姉ちゃんの友達がやって来て、逃げざるを得なくなった。陸上部キャプテンで長距離選手でもあるお姉ちゃんは疲れなど知らないようだったけれど、僕は違う。お姉ちゃんの足手まといになっていることは分かっていた。でもお姉ちゃんは、絶対に僕を見捨てはしなかった。
 こうして、二人同時に追い詰められても。

 ――本当にいいの、詠? 今なら詠だけ見逃してあげてもいいけど。

 クスクスと笑うお姉ちゃんの友達。その服装は黄色のハイレグ水着。
 ハイグレ人間やパンスト男は何故か、目の前に獲物が複数いたとしても撃つのは一度に一人だけ。理由はわからないけれどその洗脳を見届けてからでないと、洗脳行動に戻らないようだった。
 この人が言っているのは、そういうことだった。

 ――悪いけどお断りよ。勇気がハイグレ人間にされるなんて、わたしがやられるよりも辛いもの。

「お姉ちゃん……!」
 その言葉は嬉しい。だけどお姉ちゃんがハイグレにされることが辛いのは、僕だって同じなのに。

 ――けどね。詠がハイグレ人間になったら、結局弟くんのことをハイグレにしてあげたくなっちゃうよ?

 お姉ちゃんは強く首を横に振った。

 ――わたしは絶対にハイグレ人間になんかならない。万が一なったとしても、勇気だけは狙いはしない!
 ――ふぅん……そんな馬鹿なこと、いつまで言ってられるかな?

 ハイグレ光線銃が、お姉ちゃんを捉える。このままあの引き金が引かれてしまったら、お姉ちゃんは……。
 僕のせいだ。僕がお姉ちゃんくらいに体力があれば。……どれだけ思っても、立ち上がれもしない僕はお姉ちゃんを守ることすら出来ない。

 ――勇気、どうか無事でいてね。
 
 首をこちらに向けて、呟く。お姉ちゃんの目には涙が溜まっているのが、見えた。

 ――ピシュン!
 ――うぅ……ああああああぁっ……!

 その顔が、身体が、一面ピンク色に塗りつぶされる。
「お姉ちゃん!」
 点滅する光球の中心で藻掻くお姉ちゃんの姿が、少しだけ見える。どれだけ眩しくても、目を反らせなかった。スカートが消え、僅かに浮かぶシルエットが裸体と同じくなっていく。
 光から解放されたお姉ちゃんは、濃いオレンジ色のハイレグ水着姿に変えられていた。僕の位置からはお尻と背中しか見えないけれど、見間違えるはずもない。
 ハイグレ人間に、されちゃった。

 ――負けない、わたしは、絶対に……っ!

 まだだ。お姉ちゃんは戦っている。ハイグレに心を染められまいと、光線を食らっても。
 それなのに僕が諦めるなんてダメだ。
「頑張ってお姉ちゃん! ハイグレなんかに負けるな!」

 ――勇気……うん、お姉ちゃん、頑張るよ……。
 ――高一なのに姉思いのいい弟じゃない、この子。でも詠、どれだけ抵抗しても無駄だからね。
 ――無駄じゃ、ない! わたしは耐え切って、みせ……あうぅ!
 ――分かった分かった。もう何も言わないから、せいぜい頑張ってね。ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 お姉ちゃんを撃ったその人はため息を吐いてから、一人でハイグレポーズをとり始めた。
 するとお姉ちゃんは、広げた手足を震わせながら半回転し、僕の方を向く。目をきつくつむり、必死でハイグレを我慢していることが分かる。

 ――約束、したもん。勇気を守る、って……!

 ハイレグを着せられても、強い意志があればハイグレの誘惑に打ち勝てるのかもしれない。お姉ちゃんは、勝てるかもしれない。
 そう思った。だけど少しずつ足は外側に広がっていき、腰も心なしか低くなっていった。

 ――嫌だ、嫌だ嫌だ、こんなの……! うぅ……ハ……。

「お姉ちゃんっ! 負けないで!」
 足の付け根に添えられかけていた腕の動きが、止まる。

 ――そうだ、勇気。守るんだ、守らなきゃ。わたしが負けるわけには、いかない……っ!

 肩を大きく揺らし、深呼吸をしている。変な気持ちになるのを押さえ込もうとしているに違いない。
 本当に苦しそうな顔をしていて、見ているこっちまで辛くなる。苦しいなら我慢しないでいいよ、と言えたらどれだけいいだろうか。助けてあげたいけど、何も出来ない。

 ――っハ、イ……じゃないっ! わたしは、わたしは、勇気を、ハ……。

 再び手が下がって、ハイグレの姿勢になってしまう。あとその腕を引き上げてしまったなら、お姉ちゃんは。

 ――ハ、イグ……レ。……ッ!

 声も動きもほんの小さなものだった。だけど確かに、ポーズをとってしまった。それを自覚したお姉ちゃんは、この世の終りのような顔をして慌てて首を振る。

 ――ち、違っ、今のはそんなつもりじゃな……ハイグレ!

 もう一度、さっきよりも強く。
 お姉ちゃんはハイグレに勝てるかもしれないなんて妄想が、どんどん崩れていく。絶望で言葉が出なかった。

 ――勇気、ごめんね……ハイグレ! 助けてぇ……ハイグレ!

 両目から涙を流しながら、僕に話しかけるお姉ちゃん。でも僕には、何も出来ない。何も出来ない……!
 向こうからずっと聞こえてるお姉ちゃんの友達のハイグレの声が、一段と大きくなったような気がする。

 ――ハイグっ、わたしは約束、守らないと、勇気を……ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 お姉ちゃんの身体が、スムーズにハイグレポーズをとるようになる。抵抗する意志を、消されてしまったかのように。
 唯一、表情だけはまだハイグレを拒んでいるようだった。顔を赤くして恥ずかしさを感じ、筋肉の動きに逆らおうとする、それがお姉ちゃんに残った最後の人間としての尊厳。

 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 ハイグレと叫ぶ一回ごとに、お姉ちゃんの口の端が上がっていくのが分かった。こわばっていた表情が、徐々に緩んでいく。
「……お姉ちゃん……」
 もう、ダメだ。

 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 二筋の涙の跡を頬に残してはいるが、お姉ちゃんは最早笑顔でハイグレを繰り返すようになってしまった。自分からハイグレを求めていく、哀れなハイグレ人間に完全に変わってしまった。

 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレ最高! こんなに気持ちいいなんて、我慢してたわたしが馬鹿みたい!
 ――詠はよく頑張ったよ、こんなに耐えるなんてさ。ハイグレ!
 ――ううん……抵抗しちゃってたんだ、わたし。どうかしてたよ、ハイグレが嫌だとか思ってたなんて。
 ――じゃあ詠、私は別の未洗脳者を探してくるから。
 ――任せて、弟は姉のわたしがしっかりハイグレ人間にしてあげるから。ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 二人のハイグレ人間の会話を聞いて、一つ分かったことがある。僕を守ると言ってくれたお姉ちゃんは、この世から消えてしまったんだ、ということ。

 ――ということで……勇気。お姉ちゃんが言いたいこと、分かるよね?

 いつもの優しい笑顔を向けてくれる。だけどその格好はハイレグ水着だ。その手には光線銃だ。
「分からない、よ……」
 無理にでも僕はそう言うしかなかった。するとお姉ちゃんは、銃口を僕の額に突きつけた。

 ――嘘言わないで。本当は分かってるんでしょ? お姉ちゃん、勇気と一緒に……ハイグレがしたいなぁ。

 お姉ちゃんが、怖い。喧嘩した時よりも、絶交だと言った時よりも、いや、その時のように怖い顔をしていないからこそ、余計に怖い。
「何で、お姉ちゃん……僕を守ってくれるって……」

 ――馬鹿だったお姉ちゃんが言った言葉に意味なんてないよ。もう一度言うね、勇気。ハイグレ人間になろう?

「い、嫌だ……ッ!」

 ――ハイグレ、気持ちいいよ。楽しいよ。絶対に勇気も気に入るよ?

「そんな訳ない! やめてよお姉ちゃん!」

 ――聞き分けがないのね。だったら……身体で教えてあげるよ!
* 勇気パート2[13/05/13] ( No.24 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:07:27 メンテ
名前: 香取犬

 ――ピシュン!

「うわああああああああああああっ!」
 お姉ちゃんの言葉が終わるよりも早く、銃からあの光が直接僕に流れ込んできた。座り込んだまま僕は大の字にさせられて、体中をくすぐられるような妙な感覚に囚われる。
 そしてまた、胴体には今まで感じたことのないような窮屈さを感じるようになってきて。
 数秒して、ピンクの光は止んだ。その時にはもう、僕はあれを着ていた。
 黄緑色の、女の子用の水着だ。
「い、嫌だよ……なんで、こんな……」
 恥ずかしくて堪らない。だってこれ、男が着る水着とは何もかも違う。男の水着は胸なんか隠さないし、こんなに切れ込みはきつくないし、体に密着してこないし、そして何よりアソコをちゃんと隠せるようになっている。なのに今僕が着ているハイレグは、その全ての要素が入っている。
 ポーズと洗脳を抜きにすれば、時代遅れとは言えハイレグ水着を女の子が着るのは変ではない。現にお姉ちゃんも、今まで見てきた女子も、誤解を恐れず言えばとてもよく似合っていた。
 けど、僕は。そして学校の半分は、ハイレグに適応するはずのない男だ。男が女物の水着を着るなんて、オカシイにも程がある。

 ――えー? でも勇気、ハイグレ似合ってると思うんだけどなぁ。

 そんな馬鹿な。

 ――まあいいや。ほら、ハイグレしてみな? ハイグレッ! ハイグレッ!

 幸いなことに僕にはまだ、ハイグレをしたいとかしなきゃとかいう感情はやって来ていなかった。だけど、心か体のどこか奥深くがうずうずしているのは分かる。
 ハイグレポーズなんて、したくない。これ以上恥ずかしい思いなんか、例えお姉ちゃんの前でもできっこない。
「……嫌だ」

 ――あのね。ハイグレ光線を浴びた人間はハイグレを着て、ハイグレ人間になるの。丁度今の勇気もそう。ハイグレ人間は、ハイグレをすることが義務であり、喜びでもあるの。

「あんなポーズの何が義務なの!? こんな水着の何が喜びなの!?」
 僕はお姉ちゃんを睨みつけた。けれどお姉ちゃんは怯みもせず、続けて僕を諭す。

 ――さては勇気、まだ男とか女とかにこだわってるね? ハイグレ人間に性別を分けて考える必要は無いのよ。皆が平等にハイグレを着て、平等にハイグレをする。だから幸せになれるの。ハイグレによってハイグレ人間全員がつながっていられるから。

 もうお姉ちゃんが何を言っているか、さっぱりだった。
 分かったことといえば、僕にこの格好でハイグレポーズを取らせようとしていることだけだ。さっきお姉ちゃんは気持ちいいとか楽しい言っていたけれど、そんな訳がない。少なくとも僕は、この格好で気持ちよくなるような異常性癖者じゃないんだから。

 ――強情なんだから……勇気、さっさと立って。

「わ、やめ」
 そう言うとお姉ちゃんは僕の脇の下から手を突っ込んで持ち上げ、僕を無理矢理立ち上がらせた。いつの間にか疲れは消えていたため、僕は立った状態で自分の姿を見下ろすこととなった。
 今の僅かな動きだけで、水着が体中を擦る感覚が走ってきた。へそまでぴったり覆う格好なのだから当然かもしれないけれど、その感覚は未体験のもので。気持ちいい、に分類していいものかと困惑する。

 ――まだハイグレしたくならないの?

 お姉ちゃんは首を傾げる。確かにお姉ちゃんの場合、光線を食らってからほとんど間を置かずにハイグレの衝動が襲ってきていたようだった。その点が僕と違うのは、何かしらの個人差があるのだろうか。
 とは言え僕も、少しずつ脳内にハイグレというワードが響いてくるようになってきていた。必死で意識の外に追い出してはいるけれど、気を抜いたらすぐに飲み込まれそうだ。

 ――おかしいなぁ……ハイグレ、気持ちよくない?

 お姉ちゃんは惚けるような表情で僕に迫る。五本の指で僕のお腹を水着越しに触り、そこからへその方へ滑らせ、次は胸の方まで這い上がっていく。
「ひゃ、お姉ちゃんッ!?」
 物凄くくすぐったくて、咄嗟に変な声が出てしまう。でも少し気持ちいい、かも。
 妖艶に笑いながらお姉ちゃんは、左手も使い出して僕の脇腹を、背中を、肩紐までもをさわさわと刺激していく。
 指先から伝わる圧力は水着の刺激と合わさって、僕の地肌へと届くのだ。普通のマッサージとは違うベクトルの気持ちよさが、僕を包んでいった。

 ――どう? ハイグレもいいものでしょう?

「……うん」
 否定するつもりが、口は勝手にそう言っていた。僕もそろそろおかしくなってきているのかもしれない。
 それでもまだハイグレポーズを取ろうとしない僕に苛立ったのか、お姉ちゃんは指を離し、僕の背後に周り込んだ。

 ――自分でできないなら。お姉ちゃんがハイグレの気持ちよさ、教えてあげるね。

「何、する気?」
 答えの代わりにお姉ちゃんは僕の両手首を掴み、足の切れ込みに沿って一気に引き上げた。
「うわぁ……ぁッ!?」
 それは擬似的なハイグレポーズに異ならない。僕の意思に反してで、掛け声もなく、腰付きなどの体勢も不完全だったけれど。
 これが、ハイグレの気持ちよさ……? 生地が肌にもたらす摩擦が、脳内で興奮物質を大量に生成したかのような。僕の顔は、この一回だけで上気した。
「はぁ、はぁ……」
 でもそんなの変だ。男が、女の水着を着て興奮するなんて。……違う、僕は変態なんかじゃない! 今の気持ちなんて、何かの間違いだ。
 大丈夫、僕は負けない。ハイグレでは僕を負かせない。

 ――一回じゃ終わらない……よ! ほら!
* 勇気パート3[13/05/13] ( No.25 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:08:35 メンテ
名前: 香取犬

「ひゃふ! はぁぁぅっ!」
 声に合わせて二度、またハイグレポーズをさせられる。特定の何処かじゃない身体の内側がドクドクと脈打ち、熱を帯びていくのが分かる。
 こんなの何度も繰り返されたら、僕は本当に耐えられるのかな……。

 ――まだ足りないの? いくよ、ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

「ちょ、やめてあふぅっ! あっ! ハィぃ!」
 強制的にさせられるハイグレの回数はどんどん増していく。僕は少しも抵抗できないまま、お姉ちゃんの為すがままにされる。
 そして今の最後のハイグレで、僕の頭の中は一瞬だけ真っ白に融けていた。すぐに意識は戻ってきたけれど、腕を振り上げさせられた瞬間に浮遊感にも似た気持ちよさに包まれていたことしか思い出せない。
 するとお姉ちゃんが、僕の左肩に頬を乗せるようにして僕の顔を覗き込んできた。

 ――ふふっ。勇気、いい顔してる。そうだよね、言葉では強がれるけど、身体はやっぱり気持ちよくなっちゃってるんだもんね。

 言われるまで全然気付かなかった。僕の身体は言い逃れができないほどに、興奮していたと。
 呼吸は浅く細かく。頬は赤く火照り。脇も背中も汗をかき。そして、アソコも固く。……いくら家族と言えど、それを指摘されるなんて恥ずかしすぎるんだけど。しかも理由が、こんなのなんて。
「み、見ないでっハイぅ!」
 僕の懇願は、ハイグレポーズによって中断させられた。せめてがに股の足を閉じ前傾姿勢になろうにも、そのちょっとした動きだけでも皮膚が刺激されてしまって動くに動けない。

 ――勇気も男の子だもん、お姉ちゃんは全然気にしないよ。

「僕は気にすハイうぇ!」
 もう、嫌だ……。泣きたくさえなってきた。

 ――それにしても、ハイグレをしたときの声も大分良くなってきたよ。ハイグレ人間になるまでもう一歩かな。

 全く自覚がない。そもそもハイグレポーズ中の記憶なんて全然残っていなくて、例え口が勝手に動いていたとしたらそれは不可抗力で。
 口が勝手に、って……もう洗脳が進んできてるってこと……!?
「嘘だ、僕は、まだ!」
 負けてないのに。ハイグレなんかに、ハイグレ、ハイグレ。
 僕の手首を掴むお姉ちゃんの手に、力が込もる。また僕にハイグレをさせる気なんだ。でも僕は、耐えてやる。
「ハイグぇっ! ……え」
 今、言っちゃった? 白いもやもやの向こうから耳に、僕自身のハイグレの声が聞こえて来たような気がしたけど。
 その時、僕の腕がプルプルと震えだした。お姉ちゃんが動かしているのではなく、その逆。腕は勝手に動こうとしていて、お姉ちゃんはそれを押さえつけている、その結果の震えだった。

 ――っ、やっぱり力があるんだなぁ。でも、思い通りにはさせてあげないから!

 僕の両腕は、水着の線に沿って動こうとしていた。それは僕の意思ではない、と思いたい。なんだか脳がぼうっとしてきていて、違うと断言が出来なくなってしまっている。
 お姉ちゃんが抑えていなければ、すぐにでも僕はハイグレポーズをとりだしてしまうだろう。でもどうして、お姉ちゃんは今更ハイグレをやめさせるようなことを。

 ――勇気が自分からハイグレをしたくなるまでは、お姉ちゃんが面倒を見るからね。……ハイグレッ!

「ハイグえ!」
 強引に、お姉ちゃんは僕の腕を引き上げた。ポーズと単語はまるで連動しているかのようで、腕の動くのと同時に口は勝手にハイグレっぽい言葉を漏らす。
 これまでの感覚とは打って変わって我慢出来ないほどの、違う、我慢したくないと思える程の快感が、体内で爆発した。
「んぅぅ……っはぁ」
 ダメだダメだ、それに飲み込まれたら負けてしまう。心も体もハイグレに乗っ取られてしまうなんて、絶対に嫌だ。
 お姉ちゃんを、こんな風に変えてしまったハイグレになんて。男も女も無差別に恥ずかしい格好にさせて、ポーズを強制するようなハイグレなんて。
 ……でも、気持ちいい。
 嘘だ。気持ちいいのは気のせいだ。心の迷いだ。惑わされるな、
「ハイうえぇぇッ!」
 なんて言えばいいんだろう。全身が喜んでいる。ハイグレによって、僕の全てが快楽を感じている。
 雷に打たれたなら、このくらいの衝撃が走るのかもしれない。頭の天辺から爪先までを貫く、快感の大津波。
 もっと……気持ちよくなりたい。恥ずかしさなんてかなぐり捨てて、もっと強い波を味わいたい!
 あんな不完全なハイグレじゃない。抵抗なんてしないでハイグレと叫べたならば、最高に気持ちいいはず。
 僕はとろけた脳の命令に従って両腕を揃えて、
「んッ!?」
 だけど振り上げられなかった。お姉ちゃんがそれをさせてくれなかった。
「お姉ちゃん……!」

 ――もしかして今、自分からハイグレしようとした?

 僕は、自分からハイグレをしようとしていた? 自らハイグレに屈しようとしていた?
 馬鹿馬鹿、僕の馬鹿! いくら気持ちいいからって、お前はハイグレを受け入れるっていうのか!
「ち、違っ、そんなわけ!」

 ――あっそう。だったら……嘘つきさんにはお仕置きしなくちゃ。

 お姉ちゃんによって、僕の手が股間から水着の生地の際に沿ってグイと上げられていく。今の僕に、もう一度あの波を耐え抜く自信は残っていない。でも、気持ちよくなれるならそれはそれで、いいかもしれない。
 ハイグレポーズに合わせて、僕はあの言葉を、今度こそ自分の意思で、
「ハイグ……ッ!?」
 言い切れなかった。何故なら僕の手はへその横で止まっていて、さっきまでと同じように完全に振り切れなかったから。これでは快感も中途半端。
 戸惑う僕を、お姉ちゃんは続けて意のままに操る。
「ハイッ! ハイう! ハイグッ! ハぁっ! ……うぅ。ハイグぇっ! ハイグ! ハイぃ!」
 一度として僕はハイグレをすることが出来なかった。させてくれなかった。これがお姉ちゃんの言うお仕置きだというなら、酷すぎる。
 ハイグレをして気持ちよくなりたいと、僕はこんなにも思っているのに。これから一生、ハイグレ人間として生きていきたいと心から思っているのに。
「ハイグぇ! ハイぅ! ハイグっ!」
 欲求不満は募るばかり。解消するにはハイグレしかない。だけどお姉ちゃんは手を離してはくれない。僕が涙声になっていることくらいとっくに気づいているだろうに。
 ハイグレしたい。ハイグレしたい。お願いだからその手を放してください。
「……お姉ちゃ、ごめんなさい……!」

 ――ふぅん。何がごめんなさいなの?

 僕を試している。僕が何と言うか、それ次第ではまた我慢させられる。餌を前にして待てを命令された犬の気持ちが、今なら痛いほど分かる。そんな苦しいのはもう嫌だ。
 吐き出すんだ、全てを。僕がしたいことをしっかりと。
「嘘ついて、ごめんなさい……。お願いします。僕にハイグレを、させてくださいっ!」
 お姉ちゃんの暖かいため息が、背中に掛かる。そしてずっと掴まれていた僕の手首が、ようやく解放された。

 ――よろしい。ではハイグレ人間勇気、お姉ちゃんにハイグレをみせてくれる?

「うん!」
 一人のハイグレ人間として、お姉ちゃんは僕を認めてくれた。あんなにハイグレ人間になりたくないと抵抗した僕でさえも。そのことに僕はすっかり嬉しくなり、久々に笑顔になることが出来た。
 僕は正面へとやって来たハイグレ姿のお姉ちゃんに向かって、僕自身がする初めてのハイグレを、見せる。
「……ハイグレっ!!」
 快感。その二文字だけで、今の僕の中身全てに説明がつく。
 完全なハイグレが、こんなにも気持ちよかっただなんて。想像の更に上を超えて、天国を垣間見たような気分になる。しかもそれが、これから先いつまでも許されるのだ。
 ハイグレ人間、万歳!
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 僕はこれまで抑えられてきた鬱憤を全て晴らすような大振りと大声で、ハイグレを繰り返した。お姉ちゃんも満足してくれたようで、向かい合ったままハイグレをし始めた。

 ――やっと勇気とハイグレが出来る! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 お姉ちゃんと一緒にするハイグレは、言葉にならないくらい気持ちが良かった。
 今まで逃げ隠れてきた時間はなんだったのだろう。こんなことなら一番最初にハイグレ人間になっていれば、と後悔する。
 でも時間は帰ってこない。それなら今この時を、後悔しないようにハイグレに捧げよう。
 今ならお姉ちゃんの言葉の意味が分かる。
 ハイグレ人間にとってハイグレは、義務であり同時に喜びでもある、と。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
* 凛パート1[13/06/08] ( No.26 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:10:27 メンテ
名前: 香取犬

「蘭っ! 諦めちゃダメ!」

 ――でも……はぁ、もう体力が……。

 双子の妹はらしくもない弱音を吐く。小さい頃からいつも私の近くにべったりで、わたしの言うことに首を横に振ることさえもほとんど無い子なのに。
「そんなこと言うなら、置いていくからね!」

 ――や、やだ! 頑張るから一緒にいさせて!

 こうでもしないと、蘭に発破をかけられないと思った。
 言ったこっちが傷ついた。蘭を本当に置いていってしまったら、なんて想像をして、空恐ろしくなって。
 生まれた時から一緒だったんだもの。蘭が私に依存しているように、私も蘭を必要としていたんだ。
 背後からはハイグレ人間が一人、私たちを追いかけてきている。光線銃の性能において最速と思われる約二秒間隔で、どちらを狙っているのかも判別出来ないような腕で乱射し続けている。下手に動いてヘボ弾に当たるリスクよりは、真っ直ぐ出来る限り速く走ってコイツを撒く方が重要なはず。
 勿論、蘭と一緒にであることは揺るがない。
「階段、下るよ!」

 ――う、うん!

 今いる四階から一階まで一気に駆け下りるつもりで、声を掛けた。
 正直に言って、私の足も体力ももう限界に近い。息を切らしながらも必死でついてくる蘭の手前、へばる訳にはいかないという一心で、なんとか持ちこたえているけれど。
 いっそ片方が……私が囮になって、その間に蘭を逃すというのはどうだろう、なんて考えてみたものの、そうなったら蘭はハイグレ人間と化した私に泣きついたまま離れそうもないので却下。そのくらいは想像がつく。
 一、二、三、四、五、六、七、八、そして残り四段を手すりを支えにしながら飛び降りる。着地の衝撃を膝で吸収し、踊り場はインコースを突いてターン。足の負担よりも二人で逃げ切ることだけを念頭に置き、二、三階間まで降りてきた。

 ――凛! 待って……!

 振り返ると数段差で蘭が、半階差でハイグレ人間がいた。私を含めてほぼ一直線の位置。奴と蘭との差が縮まっている。それをどちらも分かっているのだろう、蘭は私を呼び、そしてハイグレ人間は洗脳銃を。

 ――ピシュン!
 ――きゃああああああああああああ!

 悲鳴が私の耳をつんざく。蘭を包むピンクの光が私の目を覆う。蘭が撃たれた。ハイグレ人間に、撃たれた。
「蘭っ!」
 蘭の足が階段を離れ、宙に舞う。制御を失った身体は慣性に従って、二メートルの高さから落下し始める。制服と水着が入れ替わっている最中の蘭が、私に向かってダイビングしてきている。受け止めなければ床に叩きつけられてしまう。私は眩しさを堪え、腕を広げた。
「っくぅ!」
 眼前で服装の転向を終え、エメラルドグリーンの水着姿となった妹が、私の胸に勢いよく飛び込んできた。その衝撃に耐え兼ねて、私は尻餅をつく。その代わりに私を下敷きにして覆いかぶさる蘭は、無事だった。無事と言っていいのか、分からないけれど。
 きつく閉じていた瞼を恐る恐る開いた蘭と目が合う。

 ――凛、ありがと……ひゃっ!?

 一瞬は安堵の表情を見せた蘭だったがしかし、突如顔を苦痛に歪ませたかと思うと私の胸にいやいやをするように擦りつけてきた。

 ――やだぁ……怖いよ、凛……!

 子供っぽい仕草は変わらないまま。だけどその体に纏っているのは、ハイレグの水着なのだ。
 蘭もやがて、ハイグレを繰り返すようになってしまう。その時にも私は、蘭を蘭と呼べるだろうか。その時には蘭は、いなくなってしまっているのではないのだろうか。
「蘭、お願い、耐えて……!」
 私たちは二人で一人のようなもの。どちらかが欠けることを、どちらも望んでいない。
 ハイグレなんかで絆を引き裂かれてたまるもんか。私は蘭を強く抱きしめた。蘭は私のものだ。私は蘭のものだ。手放しはしない。
 
 ――あ、ああああ! 来ないで! 来ないでぇっ!

 狂ったように叫びながら、蘭は腕の中でもがき始める。きっと心の中でハイグレと戦っているんだ。私が支えてやらないでどうする。より腕に力を込めたけれど、蘭の暴れ方が激しくなるにつれて限界が来てしまう。
「やめっ、蘭!」
 涙を浮かべながら私を引き剥がすと蘭は、私を跨いで立ち上がった。全身を震わせ、頬を赤く染めて、腰を浅く落とし、腕を開いた脚の付け根に添えて。
 私の目の前で、すぐ上で、蘭が蘭でなくなろうとしている。なのにどうすることも出来ない。逃げ出す力も湧かないし、蘭を助けてあげられもしない。
 こんな気持ちになるのなら、私がやられてしまえば良かった。だったら、少なくともこんな苦しみを抱えずに済んだのに。

 ――ハ、イ……グ……!

「嫌だ! 戻ってきてよ、蘭!」

 ――レっ!

 涙が一粒、私の頬に滴り落ちた。蘭の心の声が聞こえてくるかのようだった。自分だけ異質な存在に変わってしまうことへの恐怖、私ともう共にいられないという離別の悲しみ、それでも私に逃げて欲しいという願い。
 ……もしかするとそれは蘭の気持ちなんかではなく、蘭の声を通して反映された私自身の本音なのかもしれない。
 この異常事態だからこそ理解した。今まで私は自分の気持ちや行動を、何でもかんでも妹に擦り付けて過ごしてきていたんだ。さっきまでだってそう。「蘭は私と居たがっている。だから私は蘭のそばを離れずにいなきゃいけない」。本当はただ単に、私が蘭と離れたくないと思っていただけだった。
 蘭がハイグレ人間になってしまう恐怖、蘭と共にいられない悲しみ、ハイグレから逃れたいという自己愛。
 
 ――ハイグレっ! り、凛……逃げ、て。じゃないと、ハイグレっ!

「そんなの出来ない! だったら蘭と一緒にハイグレにでも……!」
 自分の身を差し置いてでも、妹の傍を離れたくないと思ってしまう。私は蘭の願いよりも私の想いを優先してしまう、弱い人間なのだった。泣きつくのは私の方だった。

 ――私の、最後のお願い……ハイグレっ! ハイグレっ! 逃げて、凛……っ!

「い、嫌……」

 ――私が耐えている、うちに、ハイグレっ! 早く! ハイグレっ! ハイグレっ!

 それきり蘭の口はハイグレ以外の言葉を言わなくなってしまった。けれど自我は健在であるるということは、辛そうな表情から伝わってくる。
 他ならぬ双子の妹の願いを、姉が叶えないでどうするんだ。私は気持ちを出来る限り押し殺して、この場から逃げることを選んだ。喉の奥から熱い感情がこみ上げてきて、
「……うわあああああああっ!」
 叫ばずにはいられなかった。蘭を見捨てて行かねばならない悲しさは、文字通り半身を削ぎ落とされるような思いだった。
 ここで蘭が洗脳を拒み続けてくれている限り、上のハイグレ人間は私を追ってはこない。その時間こそ蘭がくれた贈り物。無駄にはしない。
 私は勢いよく立ち上がり、階段を一段飛ばしでまるで落ちるかの如く駆け下りていった。

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!

 私の足音に混じって吹き抜けには、蘭のハイグレコールが響いていた。
 そうしてとうとうたどり着いた一階で、私は二つの人影を見つけることになる。
* 瑠輝パート[13/06/22] ( No.27 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:12:10 メンテ
名前: 香取犬

「……どうしよう……っ!」
 このまま階段を駆け上がっても、屋上にはプールがあるだけ。そこから学校外まで逃げる術はない。完全に私は、袋の鼠だった。
 無理やりにでも下の階に行くべきだったか。そっちにもハイグレ人間がいたとはいえ、百%追い詰められるのに比べれば、二人から追われて逃げ切る可能性に賭けたほうが良かったんじゃないか、と。咄嗟に、下の階のハイグレ人間がまだ私に気づいていないなら、とそのまま上ることを選んでしまった自分を悔やんだ。
 私を長い間追いかけてきているのは、オレンジのハイレグの、名前は忘れてしまったけど同じ学年の女子。銃は手にしているもののほとんど撃たず、撃っても見当違いの方向であったりして、私の体力さえ切れなければ撒けると思っていた。だけどもしかすると、私は彼女の企みにまんまと乗せられていたのかもしれない。
「あんなの、絶対に……!」
 そう願っても、きっと私も洗脳を受けることになるのだろう。せめて苦しまずに終わればいいな。……勿論人間として生き延びられるのが一番いいけど。
 階段を上りきると、スライド式のドアがある。もしここが普段通り鍵が締まっていたらどうしようと心配していたけれど、杞憂に終わった。そして外から鍵を締められれば追跡を断ち切れるとの僅かな期待も、同時に砕かれた。
 鍵は壊されていた。ドアは動くようだけど、これでは屋上に立て篭れもしない。背後からは足音が近づいて来ている。少しでも長く生き延びるためには、迷ってなんかいられない。
「はぁ……はぁ……」
 プール一杯に張られた水が太陽の光を照り返している。
 追いついてきたオレンジのハイグレ人間は、ジリジリと私に迫る。同じ距離を保とうと足を引くも、上履きの踵から水が染み込んでくる。文字通り背水の陣だった。動きの取れない水中に落ちるわけにもいかない。
 ことプールという場所を鑑みれば、ここでは制服を着ている私の方が異分子にも感じられる。かと言ってこの水着姿でこいつらがするのは水泳ではない。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 この行為に全く疑問を抱いていないように、彼女は誇らしげにハイグレを繰り返す。そして光線銃の銃口を、私の額にぴたりとくっつけた。

 ――これまで光線が当たらなかったのって、わざとだって気づいてるよね?

 そう言って不敵な笑みを浮かべる。多分、人間をゴミ以下の存在としか見ていない。
「……でしょうね、当てるチャンスは何度もあったはずですし」
 私がにらみ返すと、それが気に入らなかったのか銃がぐいと押し付けられてくる。

 ――まあいいや。とにかくもうあなたは私から逃げられない。一緒にハイグレをしようね。

 心臓の鼓動が早まり、汗が吹き出る。そんな焦りを悟られたくなくて、私は必死に平静を装った。

 ――でも、その前に一つ聞かせて?

「一体……何の話ですか?」
 不審だ。ハイグレ人間が人間から話を聞くなんて。普通は手早く洗脳してはい終わりのはず。

 ――あ、どうせあなたがハイグレ人間になることは変わらないから、心配しないでいいよ。

 私は唇を噛んだ。万に一つも、情報と交換に見逃してくれるなんて言い出すかもと思ったから。
 それにしても今の忠告。例え嘘をついても洗脳したら喜んで話すようになるんだから隠しても無駄、という通告だろう。
 もし私が知っていることだったら、可能な限りシラを切ってやる。

 ――じゃあ質問。ずっと探してる人がいるの。私と同じクラスの、恵美香って子。

 恵美香は知っている。同じ中学校だったし、今も話すことはあるから。
 でもこの一時間弱の間に見たかと聞かれると、正直に言って答えはノーだった。
「知りません」

 ――本当に?

「ええ。残念だけど恵美香には会っていません。でも、それってつまり恵美香はやられてないってことですよね」
 そう、既にハイグレ人間に変わってしまっていたならばこんなことを聞く必要もない。もう学校中ほとんどがハイグレ人間にされていると思っていた私にとっては最後の吉報だった。
 文字に起こしたら「ぐぬぬ」としか表せないだろう顔をした彼女が、引き金に力を込めていく。

 ――ふーん。じゃ、もう人間のあなたと話すのは終わりね。

 そうか、これで終わりなんだ。私の人間としての普通の人生は。何故かそんな思いが、体中を駆け巡っていった。

 ――ピシュン!

「ああああああああっ!」
 次の瞬間にはその思いと同じ場所を、沢山の苦痛とほんの少しの快楽が走り抜ける。
 藻掻く私の体から制服が引き剥がされて、代わりにぴったりした布地の少ない着物がまとわりついていく。言うまでもなく、ハイレグ水着だ。
 あんな銃で、こんな光で、どうして一瞬で強制的に服を着替えさせ、特定のポーズをさせ、そして洗脳までも出来てしまうのだろう。ずっと考えてきたけれど解明できるわけはなく。だけど今自分で浴びてみて、少し判った気がする。これが、ハイグレというものなんだ。説明になっていないのは承知の上だけど、それ以外では言い表せない。
 気づいたときには、私はプールを背景にするのに相応しい格好に変化していた。
「……っ」
 エンジ色のハイレグが、胴体のあらゆるところを締め付ける。対照的に手足は開放感に満ちている。今となっては恐怖の象徴とはいえ元は機能的な水着、このまま泳いだらさぞ気持ちよかろう。
 でも自分の水着姿を見下ろすと、どうしても悔しいという感情を抑えこめない。遂に私もハイレグを着させられてしまった。ここまで逃げ切ってきたのに、その頑張りを一発で水の泡にされてしまった。
 どうせ私も、すぐにハイグレ人間に変わるんだ。抗ってももう遅いなら、私は……。
「ハイ……グレ……」
 恐る恐る、ポーズをとってみる。体の動きに合わせてハイレグが肌を擦る。それが不思議なことに、気持ちが良い。
 水着一枚で股間を見せつけることは、言うまでもなく死ぬほど恥ずかしいけれど。快感か、羞恥心か。どちらかしか選べないのなら、今の私の心はまだ羞恥心の方が強い。
「ハイ、グレ……」
 体は意思に反してまたハイグレをする。そして溢れ出す快感が、心を侵食していく。
 恥ずかしいのに……気持ちいい……!
「ハイグレ。ハイグレ。ハイグレっ」
 やめたいのに、やめられない。こんな恥辱を感じているのに、私は自分からハイグレを求めようとしている。
 ハイグレ人間になっていくのが、自分でもわかってしまう。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 それが証拠に、さっきまで感じていた恥ずかしさがどこにもなくなってしまったから。
 気持ちいい。気持ちいい。ハイグレが気持ちいい!
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 ――ようこそ、ハイグレ人間の世界へ。ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 彼女が慣れた手つきでハイグレ人間の証を見せつける。その美しい動きに私は見蕩れてしまう。これがハイグレ人間として過ごした時間の差、私も早くこんなハイグレがしたい。

 ――そう言えば名前を聞いてなかったね。私は羽衣。あなたは?

「あ、その、わ、私はハイグレ人間、瑠輝です! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 不意に聞かれ、彼女のハイグレに釘付けだった私の返答はしどろもどろだった。礼を失して恥ずかしくなった私はハイグレで照れ隠しをする。
 羽衣さんはそんな私を怒ることはなく代わりに、ねぇ、と問いかけてきた。

 ――もう一度聞かせて。瑠輝は恵美香のこと、知ってる?

「……申し訳ありません、パンスト兵様たちがやって来られてからは一度も、目にしていません」
 少しでも見かけていたならお役に立てたのに……。

 ――そっか、ありがとね。じゃあ私は行くから。ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 ハイグレの挨拶の返事はハイグレで。それはハイグレ人間としての常識だ。羽衣さんは私の返事を見届けてから踵を返す。
 どうしよう。このままここでずっと一人気ままにハイグレを捧げるのもいいけれど。それ以上に――
「羽衣さん! 私も連れて行ってくださいっ!」
 まだハイグレの素晴らしさを知らないという哀れな友人にハイレグを着せてあげて、一緒にハイグレをしたい思いが上回った。

 ――分かった、一緒に行こう!

 羽衣さんの笑顔に私は嬉しくなって、
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ありがとうございます!」
 精一杯大きなハイグレポーズをして喜びを表現する。快感が身体を包む度に、ハイグレ人間にしてもらえたことへの感謝が募っていく。
 そうして私たちはプールを去った。校舎の中だろうとどこだろうと、ここはハイグレ人間の住む世界だ。ハイレグの似合わない場所はどこにも見当たらない。
 不意に、未洗脳者がロッカーの影に隠れた姿が、一瞬だけ目に入った。羽衣さんと目配せして、それぞれ銃を片手に音もなく迫っていく。

 ――い、嫌ぁっ! やめて! 誰か助けてきゃああああああああっ!

 その人は恵美香ではなかった。とは言え新しく仲間が増えたことは素直に歓迎すべきだ。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 こうして羽衣さんといればきっとすぐに恵美香に会える。何となく、そんな気がした。
* 祝公開20周年! ( No.28 )
 
日時: 2013/07/24(水) 00:06:19 メンテ
名前: 香取犬

「……あなたたちは、人間?」

 ――ちょっと玲衣奈、その聞き方おかしくない?

 と、ローザのツッコミが入る。日本育ちの金髪碧眼の彼女だけど、これでもあたしの親友だったりする。
 隠れ場所を追われて校内を走り回っていたあたしたちは、物陰に潜んでいた制服姿の女子三人組を見つけた。これでもしあたしがハイグレ人間だったら三人まとめて仕留めてやるんだけど、当然そうじゃない。一応スパイの可能性も考えて質問してみたところ、

 ――人間……です。今のところは。

 一人が力なく答えてくれた。多分この子も、そして他の二人も、修羅場を潜ってきたに違いない。今まで生き残っているのは、そういうことだし。
「じゃあ一緒に居させてもらえない? あ。あたしは玲衣奈、こっちがローザね」
 上履きの色は、三人が二年生ということを示していた。まあこの非常時に、何年生とかいう話は全くどうでもいいけれど。

 ――こちらこそお願いしますー。わたしは希、それとこっちが恵美香と。
 ――凛、です。

 おっとりした感じの子と、最初の子が名乗る。もう一人の恵美香は体育座りで顔を半分隠して、放心状態に近い感じに見えた。
 皆、相当参っちゃってるのが、見た目からも声の勢いからも分かる。こんな状態でいつまでもここにいたら、やられるのも時間の問題だ。何せあたしたちに簡単に見つかってしまうくらいなのだから。
 幸い、頭数はある。だったらいっそ提案したほうがいいはず。
「あのさ、五人みんなで脱出しない?」

 ――それ本気? 大丈夫なの?

「分からないけどさ、でも何もしないよりかはマシでしょ」
 この子達を見ていたら、なんだかどうしても助けてあげたくなっちゃった。辛い思いをした分だけ、救われて欲しいと思ったから。
「いざとなったら、あたしが守ってあげるから。ね?」

 ――やめてくださいっ!

 突然そう叫んであたしを睨みつけたのは、さっきまで俯いていた恵美香だった。

 ――そう言ってみんな、あたしの目の前でハイグレ人間になっていくんです。仲の良かった友達も、頼りにしていた先輩も、一瞬でハイレグを着させられて……。あたしをかばったせいでハイグレ人間にされてしまうのは、自分自身がハイグレ人間になるよりも……ずっと怖い。

 恵美香は目に涙を浮かべていた。間違いなく今のは、彼女の本心なんだろう。だけどあたしは、悪いけど反論させてもらう。
「じゃあ、その人たちが守ってくれたぶん、恵美香は頑張らなきゃいけないんじゃないかな。みんな恵美香に、ハイグレ人間になんてなってほしくないと思ってるよ。その思いをさ、恵美香自身がはねのけちゃいけないよ」

 ――でも今頃はきっと、あたしのことも仲間にしようとしてるんです。

「それは洗脳されて心を捻じ曲げられてしまったから。……最悪の場合、学校内に残っている人間はたった五人かもしれないんだよ。そのうち例え一人だけでも学校から逃げ切ってくれれば、あたしは満足。多分、恵美香の友達も恵美香に、そう思っていたに決まってる」
 暫くだんまりだった恵美香は、ゆっくりと立ち上がった。

 ――玲衣奈さん、あたし、頑張ります。

「そうそう、その調子だよ」
 僅かでも元気を取り戻せたなら良かった。
 それからあたしは、脱出経路の提案をする。
「目標は裏門。正門は開けた中庭があるから危険だと思う。でもこの位置から最短で玄関に向かうと、ホールに見張りがいるから却下。とすると一旦二階から迂回して、階段裏の防火扉を使うべきだね。奇襲の意味では図書室の窓から飛び出せば裏門は目の前だけど、塀と壁との隙間は一人分しかないし。……それと、もし誰かがやられても絶対立ち止まらないこと。自分が助かることだけを考えて」
 はい、と三人は返事をするけれど、ローザはあたしにしか聞こえない小さな声で言った。

 ――玲衣奈、あんた本当に壁になるつもりじゃ……。

「きっと犠牲もなく逃げられるほど甘くないからね。……もしあたしになにかあったら、後は頼んだよ」
 ローザは頷かない。それが逆に、ちょっと嬉しかった。
「んじゃ行こっか。善は急げ、ってことで」

 ――私が先導するから、三人は私が合図をしたら着いてきて。玲衣奈は後ろを守るってことで。

 あたしが立とうとしていた、最も危険な先頭を受け持たせること、それがローザの作戦参加の条件だった。無理にあたしが前に出ると言い張れば、頭数が一人減ることになる。
 仕方ないか。後方確認も重要で危険な仕事だから。
 そんな隊列で廊下を引き返し、階段を上っていく。あたしは役目通りに後方を警戒し、ローザは慎重に歩を進めていく。すると階段の終わるところで、ローザが待ての指示をした。どうやら二階にはハイグレ人間がいるらしい。様子を伺っていたローザが慌てて振り返り、凛を見て、またあちらを見る。

 ――あれ、凛ちゃんそっくりなような……。

 凛は言われるとすぐに血相を変えて、そのハイグレ人間を確認した。あたしもちらりと覗いてみると、不謹慎だけど凛にエメラルドグリーンのハイレグを着せたような、そんな姿の女の子が銃を片手にうろついていた。

 ――ハイグレっ! りーん! いるなら出てきてよー! 一緒にハイグレしよー?

 名前を呼ばれた凛は見るのを止め、そしてガタガタと震えだした。

 ――蘭……!
 ――まさか姉妹の子?
 ――ふ、双子の妹です。……ついさっきまで二人で逃げてたんですけど……。

 彼女の気持ちを思うと、あたしも悔しくてたまらなくなる。
「助けてあげよう? 逃げ切って、方法を探さなきゃ」

 ――そう、ですね……。
 ――行ったみたい。みんな、進もう。

 進軍を再開するあたしたち。目当ての階段まで一瞬も気が抜けない。隠れ場所を探しながら、ゆっくりと進む。時には更に遠回りな道を選んででも、ハイグレ人間の多い場所を避けて行く。
 一本道の長廊下に差し掛かる。教室などの逃げ場もないので、前後の確認は必須の場所。あたしは、背後を尾けられていないことをローザに合図する。ローザはOKサインを出し、全員で一気に駆け抜けようとする。
 が。あたしが念の為に振り向いた背後に、いつの間にやらハイグレ人間が二人いた。
「危ない! 伏せてっ!」

 ――ピシュン!

 あたしが叫ぶと、凛、恵美香、そして希は脊髄反射で頭を下げた。あたしを含めた四人の頭上をピンク色の光が掠めていく。誰にも命中しないで済んだと一瞬でも安堵したあたしは、すぐにそれを後悔することになった。

 ――うあああああああああっ!

 全速力で走っていたローザは、咄嗟に回避行動に移れなかった。何が起きたのかと足を止めてしまい、そこを射抜かれた。あたしが確認不足だったせいで、親友を……!
「ローザぁぁぁっ!」
 今すぐ駆け寄りたかったけれど、敵が二人いるので迂闊に背を向けられない。一人はローザを撃ったエンジ色のハイレグの子。そしてもう一人は、こちらへジリジリと迫ってきている。しかしその目は、一番近くにいるあたしには向いていない。

 ――やっと見つけた。会いたかったよ、恵美香!
 ――あ……う、羽衣……ッ!

 恵美香が羽衣と呼んだ子は、あたしを素通りして恵美香に歩み寄る。けれど恵美香は磁石の同極のように後ずさる。

 ――まだそんな服着てたんだ。でも、丁度良かった。すぐに私がハイグレを着せてあげるからね。私が……!

 そう言って羽衣は愛おしげに光線銃を構えた。この距離では恵美香はきっと光線を避けられない。恵美香を守るには……これしかない。
「恵美香から離れろおおっ!」
 叫び、あたしは羽衣の背中に精一杯のタックルをかましてやった。奇襲に体勢を崩した羽衣の撃った光はあらぬ方向へ飛び、そしてあたしは彼女と共に床に倒れ込んだ。すかさず馬乗りになって腕を抑え込み、敵の動きを封じる。
「みんな、今のうちにっ!」

 ――でも!
 ――先輩たちの気持ち、無駄にしちゃダメなんだよっ!
 ――恵美香!
 ――……ごめんなさい……。

 下級生三人はローザの横を通り抜けて階段のある方へと走っていく。結局、恵美香には申し訳ないことをしちゃったかな。時間稼ぎが効かなくなったらあたしもハイグレ人間の仲間入りだろうから。

 ――どきなさい! じゃないと、恵美香が!

 羽衣は暴れてあたしを振りほどこうとし始める。あまり長くはもちそうにない。九割九分、あたしの人生を諦めた。

 ――玲衣奈も、逃げ、て!

「ローザ……!?」
 首を向けると、そこには瞳と同じブルーのハイレグ姿をしながらもこちらに一歩一歩近づいてくる親友がいた。頬を染め歯をキツく食いしばり、見ているこちらの心が痛むような表情で、しかし一度たりともハイグレに屈さずに耐え続けていた。
* 玲衣奈パート2[13/07/24] ( No.29 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:13:04 メンテ
名前: 香取犬

 ――私が代わりに、お、抑えるから。だから!
 ――そんなことはさせません!

 声の主はローザを撃った張本人。その子は素早くローザの背後に回り、両手首をがっしりと掴んでしまった。これではローザは進もうとしても進めない。

 ――放、して!
 ――あなたはその人間を助けるつもりですか? ハイグレ人間のあなたが?
 ――違う! 私は、玲衣奈の友達! ハイグレ人間なんか、じゃあ……! うぅ……ダメ……っ!

「負けないで、ローザ!」

 ――隙ありっ!

 無意識の内に力を抜いてしまったのかもしれない。その瞬間、羽衣はあたしのホールドを剥がして勢いよく立ち上がった。当然あたしの体は床に転がされて、無防備な状態にされる。

 ――玲衣奈!
 ――ピシュン!

「しまっ……!」
 にやりと笑う羽衣の手からあたしに向かってあの光線が飛びかかってくるのを、見ていることしかできなかった。
「きゃあああああああっ!」
 仰向けに寝転がったまま、あたしはピンクの光に包まれた。床の冷たさを感じたり感じなかったりを繰り返しているのは、薄布一枚と制服の差なのだろう。同時に胴体は締め付けられるし、体中は痺れるしで、これまでに味わったことのない感覚を一気に叩き込まれる。それは決して気持ちの良いものじゃない。
 やがて光と痺れは消える。だけど代わりに、背中のひんやりさと胴のタイトさが常に感じられるようになった。恐る恐る目を開けて首をもたげると、やはりというか何というか、黄土色のぴったりとした生地が肌に張り付いていた。

 ――そんな、何で……。
 ――それはこっちの台詞。お蔭で恵美香に逃げられちゃったんだから。
 ――二人とも、早く立派なハイグレ人間になってくださいね。ハイグレっ! ハイグレっ!

 エンジの子から解放されたローザは、あたしに向かって言う。

 ――私たちが耐えている、間なら、三人の方にこの二人は行けない、から。

「分かってるよ、ローザ。……ひっ!?」
 返事をしたすぐ後、あたしの中に一直線に電撃が走り抜けたような気がした。体の芯がジンジンと疼き、あたしはのろのろと立ち上がる。何も考えてはいないのに足は大きく開き、手は足の付け根にくっついていた。

 ――や、やだっ!

 見るとあたしと向かい合っているローザも同じポーズをとっていた。表情は、驚きと苦しさが半々。多分あたしもそんな顔だ。
 腕を引き上げ、ハイグレと言ってしまえば全部終わる。でもそんなのは絶対に嫌だ。あたしよりも長い間この恐ろしいポーズの誘惑に逆らい続けているローザに合わせる顔がなくなってしまう。
 でも、どうして、
「くぅ……ハ、う……っ」
 口も腕も、ハイグレをしたがっているんだろう。
 乾く。喉が水分を求めるように、身体がハイグレを求めてあたしの脳に訴えかけてくる。それでもあたしは断固として拒否し続けてやる。

 ――は、ハ……。

 プルプルと腕を震わせて、声とも息とも付かない音を発するローザ。その頑なな心を支えている存在はきっとあたしと同じ。恵美香たちと、あたしたちの互いの存在。
「ローザ、耐えなきゃ!」

 ――無駄よ。早く諦めてハイグレを受け入れよう?

 あたしたちが洗脳されきるまでは二人の足止めができる。この抵抗が無駄なんてことは決してない。まだあたしもローザも、諦めてはいなかった。
 だけど、ハイレグは今この瞬間もあたしの身体を締め付け舐め回している。その上、水着はあたしを堕とそうと蠢いているかのような錯覚さえさせる。それによって気持ちいい、という感情が刺激されていることは間違いなく事実。
 もっと気持ちよくなりたい……。そのためにはどうすればいい? ハイグレ、すればいい……?
「ハイ、グ……」

 ――玲衣奈!

 鋭い声にハッと我を取り戻す。意識が半分以上どこかへ吹っ飛んでいた。いつの間にか腕の位置が少々上がっていた。このままでは本当に、いつ負けてしまうかわかったものではない。

 ――ハイグレはとても気持ちいいですよ? 抵抗してるなんて勿体無いです。ハイグレっ! ハイグレっ!

 こんな風にされるなんて考えたくもない。ハイグレに酔いしれてポーズを恥ずかしげもなく取るようになんて。
 ああ、でも、どうして。なんて気持ちよさそうなんだろう……。一度でいいから、してみたいかも。
* 玲衣奈パート3[13/07/24] ( No.30 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:13:34 メンテ
名前: 香取犬

 ――ハ、イ……!

「ローザっ!」
 白い頬をりんごのように真っ赤にしたローザは、腰を深く落として構えながら涙を流していた。

 ――ごめ、玲衣……奈。私、も、もう限か……。

 潤んだ碧眼とともに、あたしに訴える。この苦しみから解放させて欲しい、もう楽になっていいか、と。
 人間としての気持ちでは、そんなのは絶対に許さない、と厳しく励ましたい。彼女の親友としては、あとはあたしに任せて休んでいいよ、と労ってあげたい。
 だけど。あたしの中に芽生え始めているハイグレ人間としてのあたしが、これらとは正反対のことを考えていた。
「うん……あたしも。だから、い、一緒、に……!」
 正反対とは言うけれど、あたしの本心の中にこの思いが全くなかったわけではない。いや、それすらも既にハイグレに侵食された心だったのかもしれないが。
 どうにせよ、あたしだって我慢は限界を通り越している。ローザがハイグレ人間となったら、それを支えにしているあたしだってすぐに潰れる。ならいっそ、同時にハイグレ人間になれたら。
 ローザはあたしの言葉を聞いて、とても嬉しそうに笑った。一人だけ先にハイグレ人間と化してしまうのは、ローザにとっても辛かったに違いない。
 大丈夫、あたしもハイグレしたいから。
「い、い? せー……のっ!」
 あたしは感情のストッパーを、思い切って抜き去った。

 ――ハイグレ!!

「ハイグレ!!」

 二人の掛け声が、ぴったりと重なって共鳴する。切れ上がった水着の線をなぞるように両腕を引き上げると、途端に肉体のあらゆる箇所がカッと熱を帯びた。つま先、へそ、胸、肘、頭。それだけじゃない。どこもかしこも、ハイグレポーズによる快感を享受して歓んでいた。
「あ、うはあぁ……っ」
 こらえきれず変な声が漏れ出てしまう。こんなあたしを蔑んだ目で見てやいないかと恐る恐るローザを確認すると、彼女は多分私よりも見るに耐えない顔をしていた。涙と鼻水と涎を垂らし、あまりの気持ちよさに口を歪ませている。視線はどこか虚ろで、蕩けきっていた。
 世間一般の常識からすればあまりに酷い表情。あたしの目の前にこんな友人がいたらビンタしてでも正気を取り戻させるだろう。……そう、人間としてのあたしなら。

 ――れ、玲衣奈ぁ……。

 妙に艶かしい声色の裏に、ローザの「もっと、もっと!」という気持ちが手に取るように感じられる。
 うん、一緒にハイグレしよう。今度は一度じゃなく、もっと、ずっと。
「ローザ、いくよ」

 ――うん!

「ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!」

 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!

 二人で無我夢中でハイグレを繰り返す。あれだけ長い間抵抗していたのが馬鹿みたいに感じられる。その無駄にした分を埋め合わせようと、あたしはもっと大きな動きと声でハイグレをする。
 ローザもあたしと同じだった。というかローザの方がハイグレをしたいのを我慢していた時間が長いので、嬉しさもひとしおだろう。
 ハイグレ人間となってハイグレポーズをとるあたしたちの心に、ハイグレをやめたいとかやめさせたいとかの冒涜的な感情は一切残っていない。あるのは、ハイグレの快感を求める欲と、自分をハイグレ人間にしてくれた存在への感謝と忠誠心、そして哀れにも逃げていった恵美香たちや他にいるかもしれない人間をハイグレ人間にしてあげたいという親切心。
「ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!」

 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!

 やめ時を失ったあたしたちに、羽衣が優しく語りかける。彼女は人間としての年齢はあたしたちの一つ下でも、ハイグレ人間としては先輩だ。まあ、一般のハイグレ人間の間には上下関係なんて元々ないのだけれど。

 ――ハイグレッ! 二人とも、そろそろ恵美香を追ってもいいかな?

「あ、ご、ごめん」
 そしてローザも我に帰り、顔を濡らす液体を腕で拭って少しでも体裁を整える。後でその腕、洗わないとだね。

 ――あの、良かったら私たちも一緒に行ってもいいかな。恵美香ちゃんたちを逃しちゃったのは、私たちの責任だから。

 そう、あたしも同じことを考えていた。二人の言葉に従ってすぐにハイグレを受け入れていれば恵美香たちを見失うこともなく、更にもっと早くハイグレの気持ちよさを味わえたのに。抵抗は、損しかくれなかった。
 羽衣は意外なことに、ローザの提案に考え込んでいた。エンジの子も不思議そうだ。

 ――羽衣さん、仲間は多い方がいいですよね?
 ――それはそうだけど。二人はどんな道で逃げ出そうとしていたの?

 質問されて、あたしの心がチクリと痛む。脱出経路を考えたのは、他ならぬあたし自身なのだから。
「この先を下りて、階段裏の扉から裏門へ出ようと……」

 ――他に何か話さなかった?
 ――あとは図書館は逃げるのに適してない、とか。
 ――……じゃあ私と瑠輝はその道の通りに追う。二人は図書館とか、他に心当たりのありそうなところを回ってみて。

 四人が固まるよりもこの方が効率がいいんだろう。指示を受けたあたしは、了解の意味を込めて、
「うん、ハイグレ!!」

 ――ハイグレ!!
 ――よろしくね。校内にいる人間もあとほんの少しのはずだから。
 ――では先輩方、失礼します。ハイグレっ!

 走っていく羽衣たちを見送って、あたしたちも踵を返す。
「じゃあローザ、行こっか」

 ――うん、ハイグレ!! ハイグレ!!

「ハイグレ!! ハイグレ!!」
 恵美香、凛、希。少なくともこの三人は、まだハイグレの素晴らしさを知らないのだから。先輩として、教えてあげなくちゃ。
* 和子パート1[13/08/10] ( No.31 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:14:26 メンテ
名前: 香取犬

「そう……大変だったのね」

 ――わたし、そんなつもりはなかったんですけど……あの子はわたしのことを、多分信じてくれなかったんです。

 はじめはひどく憔悴していた二年生の睦月さんは、これまでの経緯を語るうちに少しづつ落ち着きを取り戻していった。私は軽く相槌を打ちながら耳を傾ける。そうすることで、少しでも気が紛れるならば。

 ――最後に未歩を見たとき、あの子は田所に捕まっていました。わたしは怖気づいて、未歩を見捨てました。……見捨てたんです。葛葉ちゃんのようにハイグレ人間にされるのが怖くて。

 睦月さんの口にした人が誰なのかまで私は把握しきれていないけれど、一つ聞き逃せない名前があった。
「田所くんが、ですか」

 ――あ……和子先輩は……。

 そう、私は園美と共に須原会長を補佐する役目の、生徒会副会長。そして会計である田所くんの同僚でもある。
 会長以下生徒会のメンバーは、私を除いて全員がハイグレ人間へと転向した、と既に聞き及んでいる。メンバーは体育館でハイグレ人間の集会を開き、学校を包囲する陣の形成を指揮した。結果、残った生徒は学校からの退路も絶たれ、反抗の手段もなくじわじわと掃討され続けている。
 私も会長に対抗して、生き残りを寄せ集めて脱出する計画を立てたけれど、失敗。私一人が辛くも逃げ延びて、そんな失意のうちに同じように俯いていた睦月さんと出会った。
 今は近場のトイレの出入り口付近で廊下を警戒しつつ、心と身体を少しでも落ち着けようとしているところだ。
「私のことは気にしないで。もう慣れっこだもの」
 弱気であることができる限り感づかれないように装って言う。

 ――先輩、強いですね。わたしなんて……。

「何を言うの。睦月さんは今まで逃げられているのよ。ちゃんと最後まで逃げ切ってやるって、心を強く持ちなさい」

 ――頑張り、ます。

 ちょうどその瞬間、廊下を伺うためにかざしていた鏡に、右から左へと動いていく影が映った。それがパンスト兵やハイグレ人間ならば直ちに身を隠したものだが、私の行動は正反対だった。
 私は気配を消して、制服姿で一人で歩くその女の子の後ろにつく。それから一気に詰め寄り、首と口に手を当てて自由を奪う。
「……こっちへ来てくれる?」
 静かに囁く。彼女は怯え切った表情で私を肩越しに見て、制服であることを確認すると小さく頷いた。そのまま私は彼女をトイレへ連れて行く。
 私だってこんな脅迫じみたことはしたくない。けれど、ハイレグの上に制服を着てスパイ活動をするハイグレ人間の噂を耳にしてからは、例え制服であっても警戒せねばならなくなった。そんなリスクを負ってでも、今は人間の仲間を集めたいわけだが。
「ごめんなさい。確認させてね」
 断って、有無を言わさず彼女の上着をたくし上げる。果たして、白い素肌が現れた。安心して私は拘束を解いた。

 ――……もう、大丈夫ですか?

「ええ、突然ごめんなさい。でも生き残りが見つかってよかった」

 ――本当ですね。わたしは睦月、よろしく。
 ――え、恵美香って言います。

 その子は名乗る時に一瞬だけ妙に切ない表情になった。気になって、私は遠慮がちに訊ねてみる。
「恵美香さん、もしかして体調が良くないの?」
 すると慌てて首を振り、俯きながら、

 ――この一時間ちょっとで、何度こうして名乗ったかな、と思ってしまって……。
 ――まさか。
 ――出会った人はほとんど、ハイグレ人間になってしまいました。さっきまで一緒に逃げていた二人ともはぐれてしまって……。

 そこまで言って、恵美香さんの瞳から涙が二筋流れ出す。睦月さんも私もそうだけれど、敵の侵略が始まってから幾度となく友人を目の前で失ってきている。彼女の涙に心が痛くなる。
「大丈夫。きっとその二人も逃げ切って、あなたとまた会えることを信じているはずよ」
 こうする以外に、慰める方法はないのだ。恵美香さんは小さく頷く。
 ハイグレ人間化した者を元に戻す方法など見つかりはせず、しかし人間は確実に数を減らしているというこの状況を打開する可能性はゼロに等しいだろう。一介の高校生に、敵の真意や皆を救う方法は知るべくもない。だからせめて、この地獄から誰か一人でも抜け出せたなら。

 ――それで、和子先輩。何か策はあるんですか?

「……嘘をつくわけにもいかない、か」
 私は睦月さんの縋るような視線を、心苦しくも断つ決意を固める。
「あの包囲網を突破することは、三人では無理ね」

 ――そんな……!

 遠目に裏門を眺めたときに悟った。あれは生半可な人数で突撃しても返り討ちにされるだけだ、と。
「もしあと一人でもいれば、万に一つくらいは勝機が得られたでしょう。それでも、逃げられるのは多分一人だけ」

 ――希と凛がいれば……。

 それが恵美香さんがはぐれたという二人の名前なのだろう。
「そうね。五人ならもう少しは勇気が持てたと思う。でも、無いものねだりをしていても仕方ないの」
 今さっき別れたばかりなら、その子たちも敵を撒いている可能性はあるはず。だけど、合流の術はない。

 ――じゃあ、その二人を探すか、ここで通りがかるまで待つのは。

「可能性が低すぎる。時間を掛ければ掛けるほど、出歩けば出歩くほど、敵に見つかるリスクは高まるし」
 仮にここでじっとしているにしても、先に人間を見つけるのかハイグレ人間に見つかるのか、どちらが早いかは絶対数を考えれば一目瞭然だ。
「残念だけど、これ以上打つ手がないのが現状なのよ」
 二人は唇を噛み締める。私だってこんなことは言いたくないし、信じたくはない。自分がやられる姿を想像したことは一度や二度ではないけれど、精神的に辛くなって数秒ももたない。私だってハイレグ水着であんな下品なポーズを取るなんて嫌だ。でもこのまま手をこまねいていても、いずれはこのトイレも見つかってしまうだろう。
 決断を下せないで煮詰まっているうちに、私の思考は別の方向へシフトしていく。それは、あの恐ろしいハイグレ光線についてだ。

   *

 誰しもハイレグ姿にされてポーズを取らされるのは恐ろしいはずだ。それは人間の感情として当然のこと。何せ身体の自由を奪われ、恥辱などお構いなしに強制的に服を着替えさせられるのだから。言わば人権の損害だ。しかしそれとは別に、人間には性欲をはじめとする快の感覚が存在する。その中には圧倒的上位者に服従することを善しとする欲がある。
 おそらくハイグレ光線の効果は大きく分けて四つ。見た目に分かり易いのは、人間の服をハイレグ水着に変化させることと、全身の筋肉の自由を束縛し意に反してポーズを取らせること。一様の格好や動きというものは、それを共有する者に一体感を与える。例えるのなら、警察官が専用の制服を着て敬礼をするのとほとんど意味は変わらない。何故ハイレグなのかは、このデザインが最も人間を屈服させるのに適しているからだとか考えることは出来るが、そういうものだと割り切る他ない。
 残りの効果は内面的なこと。一つは水着やポーズによる身体的快感や、服従欲に基づく精神的快感を限りなく増幅させる効果。最後は、人間をハイグレ人間として生まれ変わらせるための洗脳効果。これらのせいで、誰もハイグレ人間への転向を抵抗しきれないのだ。どれだけ信念や羞恥心を支えにしても、いつかは快楽の方へ折れることになる。必ず折れるように気持ちよさを増しているのだから。
 こうして分析すると、奴らの洗脳はひどく周到な仕掛けになっていると改めて驚嘆させられる。ただ一つ気になるのは、奴らにとっても光線銃がオーバーテクノロジーだからなのかは知らないけれど、光線中の四要素のバランスは毎回不安定のようだということ。私はこれまでに大勢の仲間を目の前で失った。その中には、ハイレグに着替えさせられてからもハイグレをせず抵抗し続けた者や、逆に頬を赤くし涙で濡らしてハイグレをしながらも人間の尊厳を保っていた者もいた。どちらも過去形なのは、つまりはそういうことなのだけど。
 一発だとこのように不完全な時もあるのに、二発以上の光線を浴びた場合はほぼ一瞬の内に完全なハイグレ人間へと転向してしまう理屈も、これで説明がつく。……何にせよ、一度喰らったら人間としては終わりを意味することには変わりはない。バランスが悪いといってもどの要素も最低限の働きはするので、まともに効果があるのが一要素だけだったとしてもアウトだ。
 また、人間にはあらゆる環境に適応する力も備わっている。実はこの仕組みを悪用されると、マインドコントロール状態となってしまうらしいと聞いた。ハイグレに例えるならば、光線を喰らった時点から自分の置かれる環境はハイグレ人間のものに変わってしまうので、それに適応せんとして心がハイグレを受け容れてしまうということだ。この働きに抗いきれない理由は別の例を考えれば早い。必然、人間は、砂漠の炎天下に晒されれば無意識に汗をかくし、極寒の吹雪の中に放り出されたら筋肉が震えだす。汗も震えも、生存本能が少しでも極限環境に適応しようとした結果だから、自らの意志で止めることは出来ない。
 ハイグレもそれと同じ。ハイレグ水着に包まれてしまえば、然る後にはハイグレ至上主義に変化することになる。
* 和子パート2+須原パート3[13/08/10] ( No.32 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:22:46 メンテ
名前: 香取犬

   *

 ここまで至って、やっぱり何をしても無駄じゃないか、という諦めに近い境地に達してしまう。こんなのもうやめにして、今の状況について考えよう。
 私のように隠れている人間にプレッシャーを与えてあぶり出す為に、会長は校内を徘徊するハイグレ人間の人数を絞っているに違いない。人の上に立つことにおいて非常に有能な会長が敵に回ってしまうと、太刀打ちが出来ない。あなたほどの人がどうして、という無念の思いが渦巻く。見知った生徒会のメンバーたちも、今やハイレグを身につけている。残されたのは私だけ。私が先頭に立って、生徒を守らないと。
 与えられた選択肢は二つ。ここに残るか、強行突破か。逡巡の後、私は決意を固めて告げる。
「……二人とも、この学校から脱出する覚悟はある?」
 睦月さんと恵美香さんはそれぞれ、強ばった表情で私のことを見つめた。戸惑いと恐怖の色が手に取るように判る。だけどそれは、私の提案に対する拒否の反応ではなかった。
 少しの間黙り込むも、やがて二人は大きく頷いた。

 ――ハイグレなんて、絶対に嫌です。だったら少しでも可能性がある方に行きたい。
 ――もしわたしまでハイグレ人間になってしまったら、これまでわたしを守ってくれた人たちに合わせる顔がありません。

「そうね、私も心は同じよ。どうせなら最後まで足掻いてみせないと」
 と、私はガッツポーズをする。空元気なのは、誰に言われるまでもなく私自身が一番分かっていた。こうでもしないと自力で立っていられなかった。
「行きましょう。気をつけて行けば玄関まではすぐのはずよ」

   *

 ――たった今報告がありました。校舎内で未転向の人間二人組を発見、片方を逃したものの一人を洗脳したとのこと。
 ――これでハイグレ人間への転向を済ませていない生徒はあと四人となりました。

「ありがとう。引き続き追跡にあたって」

 ――ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレっ! ハイグレっ!

 二人は満面の笑顔でハイグレをし、また校舎に戻っていった。
 私の元へ報告に来てくれたのは、先だっての集会の中で洗脳を受けた芽以さんとももさん。今や二人は立派なハイグレ人間となって、こうして私に仕えてくれている。自分たちをハイグレ人間にしてくれたのは会長だから、と言って聞かないので、残存人間の調査をお願いしている。
 けれど、私たちハイグレ人間が仕えるべき存在は、別にいるはずなのだけれど。まあいいか、生徒全員がハイグレ人間となるまでくらいは。
 ちなみに四人という数字に間違いはない。芽以さんや生徒会がハイグレ人間となった生徒たちから出欠のようなものをを取ったからだ。人間は欠席扱い。それはそうだ、ここは既にハイグレ人間のための学校なのだから。

 ――会長。

 園美がハイグレを止め、竹刀を手にしてから私を呼ぶ。

 ――その四人には和子もいるはず。どうする?

「そうね……」
 確かに彼女を洗脳するのはそうそう簡単なことではない。和子に暴れられたら、園美が敵に回ったのと同じくらい面倒なことになる。
 とすると一番有効なのは……。
「園美、あなたの力を貸してくれる?」

 ――はいぐれっ、はいぐれっ。

 園美はハイグレポーズで承諾の意を表す。次に私は周囲の生徒会役員を招集し、軽い打ち合わせをした。

 ――ハイグレ! 了解だ。
 ――ハイグレぇ! そんなのお安い御用ですよぉ。
 ――ハイグレ! 和子先輩をハイグレにするためなら、なんだってします!

 それから裏門を警備する約八十人の仲間たちに向けて、同じような説明をした。全ては未転向者をハイグレの虜にするため。演技も止むなし、と。

 ――ハイグレ!! ハイグレ!!

 すると、心を震わすような一体感のあるハイグレコールによる返事が返ってきた。
「皆さんのご協力に感謝します! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 あとは和子を迎えるだけ。彼女は必ずこちらの門へ来る。和子とは長く仕事をしているのだから。そのくらいは手に取るように分かる。
 遂にここまで来た。生徒全員がハイグレ人間となれる時は、もう目の前だ。
* 和子パート3[13/08/10] ( No.33 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:17:15 メンテ
名前: 香取犬

   *

 ――ここまでは順調ですね。

 睦月さんの言葉に、私は頷く。
「ええ。でも、問題はここからよ」
 私たちの眼前には、大体二クラスぶんだろうか、カラフルな水着の集団が周囲に警戒の目を光らせつつハイグレポーズをとっていた。彼らに塞がれて、目的の裏門はほとんど見えない。でも逆に言えば、これを突破できれば脱出できるという希望の光が微かに見えているんだ。
 ここにいないハイグレ人間たちは、校内哨戒か正門警備か、敷地の周囲に散開しているかなのだろう。敵は多勢で私たちを圧倒する。それでも人間は、勝たなければならない。
 学校を脱出した後の最悪の想像をしてみる。それは校外の人々も既にパンストたちに襲われ、ハイグレ人間と化していること。交通、警察などの機関も麻痺して、およそ人間の住める町ではなくなってしまっているということ。その場合、安息は訪れない。けれども、日本の人口は一億以上。いくら奴らが洗脳を続けようとも、一時間や二時間そこらで全滅するはずはない。生き残りを探し、合流すれば希望は繋がる。
 私たちの誰かが、この高校の生徒全員分の最後の希望となる。
「……絶対に、逃げ切りましょう」

 ――はい!
 ――分かってます!

 力強い後輩の返事を聞き、私は安心する。
「まずは私が先頭を切り開く。二人は背後に気をつけてついてきて」

 ――切り開くって……和子さん、何をするんですか?

 恵美香さんが心配げに尋ねてくるので、私は大丈夫、と言ってすぐ近くの掃除用具ロッカーからモップを……いや、緑色の柄だけの棒を引っ張り出した。前々から生徒会室には「壊れたモップを買い換えてくれ」という要望が届いていたのだ。経費の問題で生徒会ではどうにもできないと放置していたけれど、それがまさかここで役に立つとは。

 ――それを使うんですか?

「そうよ。これでも私、剣道部の先鋒だから」
 因みに大将は園美。流石に彼女の超人的な動きには敵わないけれど、私だって三年間チームの一員として練習に励んできた。防具どころか布一枚きりの人を打つのはかなり後ろめたいし、得物も竹刀より長く細く軽くて普段と勝手が違うものの、泣き言は言っていられない。

 ――それじゃあ、わたしたちが逃げられたとしても、和子先輩が!

「私を信じて。私も後を追って必ず逃げるから。それに万一誰かがやられても、立ち止まってはいけない。約束よ」
 嫌とは言わせない。これは私の役目なのだから。
「さあ、ついてきて」
 姿勢を低くしつつ、最も近くにいる見張りに近づいていく。二人は口を真一文字に結んで私のすぐ後ろにいる。ガラス張りの扉の向こうでは空色のハイレグの女子が、こちらを背にしてハイグレポーズの真っ最中だ。

 ――ハイグレっ! ハイグレっ!

 まだ見張りは気付かない。私は意を決し、扉に体当たりをかます。

 ――ハイグきゃぅ!?

 不意打ちは完璧に成功。彼女の体は三歩ぶん吹き飛び、お腹からタイルに激突した。私は久々に外の空気を深々と吸い、モップの柄を握り直した。意気は十分。
 突然の敵襲に他の見張りは慌てふためいていた。今が好機と見て、ダンと地面を蹴る。
「やあああああっ!」
 私の間合いの中にいる四人の頭や胴に、的確にモップを打ち込んでいく。身構えてもいない素人相手にならば造作もない。四人はあっという間に倒れ伏した。
 負けられないという思いが、私の身体を動かす。それに軽いこの武器ならば本気で振り回しても大怪我にはならないだろうということも、私の気兼ねを取り払った。
 睦月さんたちに出入口制圧の合図を送る。目の前に伸びる門までの五十メートルが何百倍にも感じられる。敵意をむき出しにしたハイグレ人間たちが塞いでいるのだ。彼らは光線銃を片手に迎撃準備を整えていた。さっきのように楽には通してくれないだろうなと覚悟して、私は敵軍へ突っ込んでいく。第一陣は十人。
 雨あられのように降り注ぐピンクの光線を見切り、右へ跳んでは左へ身体を捻り、上体を倒しつつ紺色水着の男子の腹へ鋭い突きを見舞う。

 ――くはッ!
 ――沼田! うぐっ!?

 引き抜いた動きを流用して隣で呆気にとられていたレモン色の女子の脇腹を薙ぎ払って、これで二人。罪悪感を既に振り払った私は躊躇わず、更に二人を沈める。

 ――その棒を捨て……痛ッ!

 背後で銃を構えた女子に、振り向きざまに小手をお見舞いして銃を取り落とさせる。焦って身をかがめた彼女の腕を引いて振り子のように投げ飛ばすと、ハイグレ人間たちを三人も吹っ飛ばしてくれた。
 残る二人は、紅と橙のハイレグを着た女子だ。まず問題なく倒せるだろうと柄を握り、突撃の為体勢を低くした時、その二人が私から視線を逸らした。

 ――久しぶりだね、恵美香。まだハイグレじゃなかったんだ?
 ――希も恵美香もどっか行っちゃったしさ。でもこれでまた一緒だ!

 二人はにやりと笑い、照準を恵美香さんに向ける。当の本人は銃口から五歩程の位置で、愕然とした表情で立ち尽くしていた。

 ――仁奈……茉里奈……!
 ――危ない!

 この危機に気付いた睦月さんが覆いかぶさるように恵美香さんを押し倒したのを視界の隅で確認し、私はハイグレ人間たちが構える銃を一挙に叩き落とすために上段から棒を振り下ろす。棒が届く前に光線は発射されてしまったが、睦月さんのファインプレーによって恵美香さんに危険はない。一瞬遅れて、私の手のひらに鈍い衝撃が二回伝わってきた。
 二筋のハイグレ光線が睦月さんの頭上すれすれを掠めていく。手を空にしてしまい、しまった、というような顔になった二人のことを、私は柄の両先端で突き飛ばした。
 これで周囲は片付いた。だけど門の方からは間髪を容れず第二陣が近づいてきて銃を構える。
 私に恵美香さんを気遣う余裕はなかった。もちろん自分が一息つく時間もだ。そんな隙を見せたらまず間違いなく、あの二十丁のハイグレ光線が私の体を一斉に撃ち抜くだろう。
 敵の目を私に引きつけるように動き回りつつ、一気に駆ける。光線は私の一瞬昔にいた場所を撃ち抜いていくが、そこに私の体はもうない。
「甘いっ!」
 跳躍し、重力をも味方にして強烈な一撃を額にお見舞いする。紫のハイレグの男子はなす術なく昏倒した。

 ――聡! しっかりして聡!

 そこに駆け寄った薄緑色のハイレグの女子が必死に彼の名前を呼びかける。無防備な彼女の後頭部に軽くとは言え柄を叩きつけるのは、私に少々の罪悪感を抱かせた。折り重なるように気を失った二人から視線を別に移せば、残りの十八人は次射の準備を済ませていた。
 弾幕を掻い潜り、私は端から着実に敵の頭数を減らしていく。私の息も上がり始めていたが、ここで足を止めてしまう訳にはいかない。

 ――和子さん、覚悟!

 見知った顔があろうとも、敵と割り切って気絶させる。銃口の向きから光線の飛ぶ方向を読み、発射のタイミングと合わせて踏み込む。光線銃は素早く連射できないので、この瞬間に限り敵は丸腰同然になる。同級生をこう喩えるのもいささか問題があるかもしれないけれど、私はもぐら叩きのように三人を続けざまに打ちのめした。
「菜々、翼、照代……」
 変わり果てた姿を晒すかつての友人の名を呟き、第二陣で最後に残った黄緑色の水着の子と向き合う。その目は復讐心にギラギラと輝いていた。

 ――よくも先輩たちをッ!

 一対一の勝負で銃を狙いすましても無駄だ。私は左足を僅かに摺り出してから引っ込めた。が、彼女はそのフェイントに引っかかって光線を発射してしまう。その瞬間に私は右足で踏み込んだ。
「面ッ!」
 左足を引き付けると同時に、大上段から柄を彼女の脳天へと振り下ろす。ゴスンという手応えを感じつつ残心の姿勢を取る私の背後で、彼女は何も言わずに崩れ落ちた。
 死屍累々。まあ、まさか死んではいないだろうが、これも自分たちの身を守るためだ。ここまででおよそ道程の半分。敵戦力は未だ半数以上を残している。唇を噛み、陣営奥を見やった時にチラリと映ったその姿は、

 ――次! 迎え撃ちましょう!

 純白のハイレグ水着に身を包んだ、須原会長だった。その指揮にハイグレ人間となった生徒たちは従い、目の前にまた次の壁が出来上がる。懐かしい顔、しかしここには居ないで欲しかった人だった。
 だけど私がすることは変わらない。ピンクの光線を躱し、そして哀れな生徒たちを行動不能にさせる。ただそれだけだ。恐らく今の私は、剣道大会の本番よりも研ぎ澄まされた感覚と動きをしていると思う。大会を実戦と呼ぶとするならば、ここは戦場だ。人間としての命を賭した、本物の戦場だ。生存本能が身体能力を極限まで高めてくれる。こんなことは実戦ではあり得なかった。
 もしかすると一対一、人間対人間の勝負では私は、無意識下に力をセーブしてしまっていたのかもしれない。リミッターを外した今の私こそ本来の私なのかもしれない。
 誰にも負ける気がしなかった。
「うおおおおおッ!」
 一人、また一人と私の太刀を浴びて気絶していく。負けじと残りのハイグレ人間も銃を撃つが、私には届かない。
 私は興奮していた。目の前で敵が崩れていくのが、たまらなく快感だった。目に入ったハイグレ人間に対し、ただただ反射的に棒を振り抜いていく。

 ――睦月っ! アンタもハイグレになりなさい!
 ――み、未歩!?

 だから、
* 和子パート4[13/08/10] ( No.34 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:18:30 メンテ
名前: 香取犬

 ――ピシュン!

 間合いの外にいるハイグレ人間が、守るべき後輩たちに銃を向けていることに気付けなかった。

 ――きゃあああああああああああッ!
 ――睦月ぃっ!

 悲痛な叫びが、私の鼓膜を突き抜ける。脳裏に、友達を見捨てたと涙ながらに語った睦月さんが浮かんでくる。私は彼女を、守りきれなかった。
 その悔しさを棒に込めて振り回し、私に群がってくる四人を同時に薙ぎ払う。

 ――はい……ぐれ……はい……ぐれ……!
 ――あ、あああ……っ!

 包囲網を突破して真っ先に狙いを定めたのは、睦月さんに光線を撃ったあの憎き真っ赤なハイグレ人間だった。
「よくも睦月さんを!」
 高笑いしていた彼女の顔は、腹に柄がめり込んだ瞬間から苦痛に歪んだ。口から液体を吐き、くの字に吹き飛んでいく身体。私は最後まで見届けず、叫んだ。
「恵美香さん! ついてきて!」

 ――は、はい!

 恵美香さんの声は、震えていた。彼女にも私は申し訳ないことをした。目の前で再び、友人を失わせてしまったのだから。
 だけど、だからこそ、立ち止まってはいけないのだ。二人で、いや、どちらか一人だけでもここから脱出しなければならないのだ。
 そして次に私の進路を阻んだのは、見知った同僚たちだった。私は低い声で告げる。
「そこをどいて、田所くん、星羅さん、千明さん」

 ――ハイグレ! そうはいかないぜ、副会長。
 ――ハイグレ! 和子先輩もハイグレ人間になりましょう!
 ――ハイグレぇ! これ以上の抵抗はやめてくださいよぉ?

 口々に言って後はハイグレポーズを繰り返す。本当に哀れだ。人間としての誇りを全てハイレグに奪われてしまった、滑稽な姿。
 せめて気を失わせてでもポーズをやめさせてあげないと。私は彼らを見据えてモップの柄を構える。今度は周囲の警戒も怠らない。しかし、ハイグレ人間たちは誰も銃を構えておらず、ただ私に向かってハイグレと叫ぶだけだった。
 私を見くびっているのかなんだか知らないが、来ないならばこちらから行くのみ。私は正面の三人に肉薄し、面を叩き込ん……

 ――パンっ!

 それは竹刀の甲高い音。一瞬前には田所くんの顔の前にはなかったはずのそれが、柄の一撃を防いでいた。はっとして視線を下げると、竹刀を横に倒して構えていたのは我が部の主将だった。
「園美……!」
 彼女に守られていては手が出せない。私は一旦距離を置く。

 ――はいぐれっ、はいぐれっ、はいぐれっ。

 竹刀を手放すことなく、園美は落ち着いた表情でハイグレをする。普段と変わらなすぎるその態度が、逆に私に恐怖を与える。
 いつその顔に面を食らわせてやろうかと図っていると、園美はポーズを中断して私に言った。

 ――和子。一騎打ちしよう。

 私の眉間に園美の剣先が突きつけられる。物理的な意味ではなく、彼女の構える竹刀の延長線上にぴたりと眉間があるということだ。一分の隙もない構えで私を睨みつける。一つ普段との違いを指摘するならばやはり、園美が着ているのが暑苦しい防具ではなく、薄く動きやすそうな水色のハイレグ水着だということだろう。
 一騎打ちの相手は大将だ。彼女に勝った経験など、恥ずかしながら彼女が不調の時くらいしかない。それほど園美は強い。強いけれど、今の私なら勝てる気がした。一騎当千の兵として戦場を駆け抜けた、私なら。
「望むところよ」
 私も棒を構え直す。この武器が勝負にどう影響するだろうか。そんなことを考えていると、

 ――きゃっ!?
 ――大人しくしててね、恵美香っち。
 ――お、織枝……。

 藍色のハイグレ人間が恵美香さんを拘束し、こめかみに光線銃を宛てがっていた。

 ――和子。あなたが負けたその時は、彼女にもハイグレ人間になってもらうわ。いいわね?

 田所くんたちの更に後ろで、須原会長が声を張り上げる。当然だが会長は「彼女にも」と言った。つまり私も、負ければ問答無用でハイレグを着させられるということだ。
「分かった」
 この勝負、絶対に勝たなければ……!
 私と園美を戦場に閉じ込めるために、動けるハイグレ人間たちは円陣を成してハイグレポーズを繰り返した。恵美香さんは藍色の子に校舎際に連れ去られ、離れた場所で私を見ている。彼女以外に私の味方は存在しない。他はみんなハイレグ姿。制服を着ている私たち二人だけがイレギュラーな存在だった。

 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!

 学校は変わってしまった。だが皆、ハイグレなんて着たくなかったに違いない。そんな皆を救えるのは、私たち人間だけ。
 私は深呼吸をした。体には疲労が溜まっていて、長時間の試合は出来そうにない。何合も斬り合うのが不利ならば、私が勝つには初太刀で決めるしかない。精神を統一する。
 園美は全く動じない。きっと一撃必殺の狙いは筒抜けだろうから、いつ私が来ても捌けるようにじっと観察しているのだ。不意打ちができない以上、いつ突っ込んだって同じことだ。どうにせよ勝利を狙うという大前提は揺るがない。
 一足一刀の間合いを、私は踏み込んで詰める。
「めぇぇ――」
 私の棒が僅かに上がったという踏み込みの前兆を、園美は見逃してはくれなかった。彼女はほぼ同時に左足を引き、私の空振りを誘おうとした。だが、それこそが私の狙い。
 園美が一歩下がり、私が一歩踏み込む。私の竹刀は園美の鼻先を掠めて、無防備な頭を晒すことに……はならない。何故なら私の武器は竹刀ではない。竹刀よりも刀身の長い、モップの柄なのだ。
「――ぇぇぇんッ!」
 空気を唸らせて、棒を園美の頭めがけて振り下ろす。彼女の竹刀が棒の軌道を反らそうとするが、渾身の一撃はそんな障害を弾き飛ばして真っ直ぐ走った。

 ――ゴンッ!

 手に伝わる痺れは私の勝利の証。残心の姿勢をとる後ろで、主将が膝を屈したのが気配で分かった。ギャラリーがハイグレを止め、息を呑む。
 勝った。私は勝った。これで外へ出られる……!
「さあ会長、これでいいでしょう。恵美香さんを解放して、私たちを逃がして」
 構えを解き、会長に詰め寄りながら私は言う。意識はしていないが、私は顔面に相当勝ち誇った表情を貼り付けていたに違いない。
 会長は嘆息し、そして私の目を見つめて、言った。

 ――やっておしまい。

 血の気が引いた。

 ――ピシュンピシュンピシュンピシュン!

「わああああああああああああああああああッ!!」
 生徒会役員が、生徒たちが、私を背後から一斉に撃ち抜いた。襲いかかる光線を私は目にしなくて良かったと思う。どれだけの数が向かってきていたかをまざまざと見せつけられていたら、精神がもたなかったかもしれないから。
 いや、精神はどちらにせよもたない、か。

 ――和子さああああんッ!

 妖艶なピンク色に塗りつぶされた世界の中で、私の名を呼ぶ声がした。だけど私は応えられない。身体と心に同時に侵食してくる何かの感覚に悶え続けている私は。
 脳みそがドロドロに溶けて、更にそれが沸騰しているかのように、頭が苦しい。また、私が纏っていた制服の触覚もいつのまにやら消え失せていた。代わりに皮膚に張り付いているのは、薄い薄い水着の生地だ。
 それを自覚した瞬間、生き地獄は終わりを迎えた。脳は形を取り戻しているようだ。きつく閉じていた瞼を開くと、私が着ているのは薔薇のように赤いハイレグ水着だった。周囲の生徒たちと同じデザインの、腰まで切れ上がった水着。
 びくんびくんと全身の筋肉が脈動する。いや、痙攣だろうか。徐々に脚は外に開かれ、腕は股間のあたりに添えられていく。逆らえはしない。
 そうだ、まだ意識があるうちに、恨み言の一つでも吐いてやろう。じゃないと、この胸のモヤモヤはこの世から消え去ってしまう。
「……卑怯……な、真似を……!」
 すると眼前で須原会長は、ぐにゃりと唇を曲げてみせた。

 ――あら、誰もあなたが勝ったら逃がしてあげるなんて言ってないのに。油断した和子自身のせいじゃないの?

 そうだ。確かに私が一騎打ちに勝った時の話はされていない。だけど、こんな、こんな仕打ちは……!
 ああ、急に意識が遠のいた。眩暈を起こしたように世界が遠のいていく。私の存在が別の何かで上書きされていく。

 ――さようなら、愚かな人間さん。

 最後に一人残された恵美香さんを見やる。ごめんなさい。私があんな甘言に乗ったせいで、あなたもじきにハイグレ人間にされてしまう。許してほしいとは言わないけれど、私は何度でもあなたに謝ります。ごめんなさい。ごめんなさい。はいぐれ。ごめんなさい。ハイグレ……。
 その瞬間、恵美香さんの背後の窓ガラスが粉々に砕けて、中から人影が飛び出すのが見えた。恵美香さんと、藍色の子が揃って驚いている。
 誰でも構わない。お願い、恵美香さんと一緒に逃げ……
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 ――そしてようこそ、ハイグレ人間、和子。

「私をハイグレ人間にしていただいて、ありがとうございます! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 私は心からの感謝を、ハイグレポーズで表現した。
* 希パート1+凛パート2[13/09/10] ( No.35 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:21:47 メンテ
名前: 香取犬

 ――何で逃げるの恵美香っ! 一緒にハイグレしようよっ!

 そんな声が背後から掛かったのは、玲衣奈先輩とローザ先輩を置き去りにしてから五分と経たない頃だった。見ると、両隣で走る凛と恵美香の目には、涙が浮かんでいた。

 ――玲衣奈さん……ローザさん……!
 ――私たちのために、二人は……。

 羽衣ともう一人が追いかけてきているということは、つまり彼女たちに撃たれた先輩たちの洗脳が終わったことを意味している。みんなで脱出を、と言ってくれた先輩は、今や逆にわたしたちを敵視しているに違いない。
 わたしだって泣きたいよ。というか、頑張ってこらえても涙目になってしまう。そんな不安や恐怖を、恵美香たちの心からもわたし自身の心からも振り払うように、ありったけの力で叫ぶ。
「逃げ切ろう! みんなでッ!」

 ――うん!
 ――絶対、だからね!

 二人はこちらを見て、大きく頷いてくれた。
 わたしたちの心は一つにまとまる。この一大事の中で出会えたわたしたちが、最後の最後で負けるわけにはいかないんだから。

 ――逃がしはしませんよ!

 三人の結束を破ろうとしているかのように、エンジ色のハイレグの子がわたしと恵美香との間に光線を撃つ。それを避けるためにおよそ一人分の隙間を作る。ハイグレ光線は誰もいない空間を走り、正面の壁にぶつかって弾けた。
 簡単には当たってあげないんだから。そう思っていると、またも同じ位置に射撃が繰り返される。

 ――瑠輝、そこを狙い続けて!
 ――了解です!
 ――ピシュンピシュン!

 羽衣と、瑠輝と呼ばれたあの子は尚も無駄な光線を打ち続ける。確かに恵美香とは位置的に引き離されてしまったけれど、当たらなければどうということは……。
 ……違う。あの二人の意図はそういうことじゃないんだ。気づいたときにはもう、敵の術中にはまっていたんだ。

 ――希! 凛!

 同じく事実に気づいた恵美香は青ざめた。わたしと凛は左、恵美香は一人右に、わたしたち三人は光線によって分断されてしまっている。そして目の前にはT字路が迫っている。つまり、左右のどちらかに曲がらなければならなかった。けれどこの状態では、三人が同じ方向に曲がることはできない。
 そう、ハイグレ光線が質量のない壁を作っているから。
 遅れて凛も焦り出す。ついさっきの約束が、もう果たせなくなるなんて。

 ――恵美香ッ!
 ――絶対、ハイグレになんかならないでね。あたしも頑張るから!

「心配しないで、私たちは大丈夫だから!」
 わたしの言葉に笑い返して、恵美香は迷いなく角を右に曲がった。その背中を光線越しに一瞥し、わたしと凛は左へ曲がり、階段を目指す。

 ――私は恵美香を追う! 瑠輝は二人をお願い!
 ――ご武運を! ハイグレっ!

 わたしたちを追ってきたのは、瑠輝の方だった。それもそうか、羽衣は恵美香にご執心のようだし。
 いつものクラスでも恵美香と羽衣の仲の良さは皆が知るところだった。そんな二人が今こんな状況に立たされているだなんて、ハイグレに対して怒りさえ浮かんできそうだった。
 ふと左の凛を見ると、額に玉のような汗を浮かべていた。
「大丈夫? 具合悪いのかな?」

 ――平気、だから……。

 そうは言うけれど息も切れているし、とても平気ではなさそうだった。だけど後ろから時折ハイグレ光線が襲ってきているこの現状で、休息を取ることは出来なかった。
 わたしは、鬼になる。
「凛、踏ん張ろっ!」
 発破をかけて、無理にでも走らせる。たとえ後で体調を崩したとしても、時間が経てば快復する。でもここでハイグレ人間になってしまえば、一生ハイグレを着たまま生活することになるのだから。
 辛そうな顔のまま凛は、うん、と返事をした。わたしは背後を確認して凛をカバーしながら、階段を駆け下りていく。
 この位置からならば玄関に向かうよりも図書館へ行ったほうが良さそうだ。そんなことを考えていると。

 ――見ーつけたっ!

 凛の声が降ってきた。いや、似ているけど違う。見上げると、凛と同じ顔をしたハイグレ人間がわたしたちを見て笑っていた。さっきも見かけた、双子の妹だ。どうやらこのあたりに留まって、姉を探していたようだ。

 ――蘭……きゃっ!

 その瞬間、凛は妹に気を取られて、元々覚束なかった足を階段から踏み外した。床まであと一段というところなので、倒れても体は大事には至らないだろう。体は、だけど。
 ビタン! と威勢のいい音と共に、凛は床に体をぶつける。見ていたわたしのほうが顔を顰めてしまいそうな光景だ。が、ふざけている余裕はない。
「立ってよ凛! 一緒に逃げるんでしょっ!」
 急いで駆け寄って手を差し伸べる。けれど凛はこちらを見ようと首を持ち上げることすらしなかった。だったら、とわたしの方から手を掴もうとしたけれど、目の前を光線が横切り、反射的にのけぞってしまう。

 ――邪魔しないでよ。凛はこれから私と同じ、ハイグレ人間になるんだから。

 階段をゆっくり降りてくる蘭の余裕の表情に、わたしの背筋は凍った。でも、このまま凛を置いていったら、約束が……。

 ――追いかけっこは終わりですか? 私はそれでも構いませんが。

 わたしの足元の床にピンクの光線が命中した。この数秒の間すっかり忘れていたけれど、わたしたちは元々瑠輝に追われていたんだった。
 状況は圧倒的にわたしたちの不利。凛が立ち上がれない以上、わたしが凛を置いて逃げるか、無理に起こして逃げるかの二択しかない。もちろん起こす方を選べば、手をこまねいているうちに一緒に撃たれて終わる。だったら置いていくしかないじゃない。
 そう、倉庫から逃げたときに、桃花を置き去りにしたように。一度したことだ。またすればいいだけだ。
 なのにわたしの足は、それをよしとしなかった。
「凛ッ!」

 ――ごめん、私、もう無理みたい。

 ようやく、くぐもった声が聞こえた。その言葉にわたしの血の気は引いていく。
「どうして、なの?」

 ――足に力が、入らなくって。……恵美香によろしく、あと、謝っておいてもらえるかな。

 わたしの方に首を向け、作り笑いで言う凛。心配をかけまいとしているのだろうか、そんな気丈さがより悔しさや恐怖を増幅させる。
 そして蘭も笑っていた。姉とは対照的に、心からの喜びに打ち震えるような笑顔だ。彼女は足元に横たわる凛に光線銃を突きつけて言う。

 ――大丈夫、ハイグレをすれば痛みも疲れも全部吹っ飛んじゃうから。

 もう凛を助けることはできない。ならば、わたしも覚悟を決めなければならない。逃げなければわたしもやられてしまう。
「ごめんね、凛……!」
 踵を返し、わたしは走り出す。ほぼ同時に瑠輝が光線を撃った。あと一瞬遅かったら当たっていただろう、ギリギリのタイミングだった。

 ――待ちなさい!

 振り返ると、瑠輝はわたしを追いかけてきていた。そしてその向こうでは、

 ――ピシュン!
 ――うあああああああああッ!

 凛がピンクの洗脳光線に包まれて、悲鳴を上げていた。

   *

 やっぱり姉妹なんだなぁ、と、本来はもっと焦るべきタイミングで私はそんなことを考えていた。
 妹の声が聞こえて、私は咄嗟に妹を探した。宙を泳ぐ視線が蘭を捉えたその瞬間、私の足は砕け散った。疲れが溜まっていたのもある。だがそれ以上に、蘭の変わり果てた姿を心が受け入れきれなかったのだ。ローザさんたちと共に目撃したときとは違い、今度は完全に蘭と目が合ってしまった。その目が……とても昏かった。
 迫り来る床に対して、脊髄反射で腕が出る。そのおかげで頭を直接ぶつける事態だけは避けられたけれど、腕、腹、そして脚はきっちり床に叩きつけられた。
 不思議と痛みはない。代わりに頭の中は、今まで以上に蘭のことでいっぱいになった。
 私が蘭を抱きとめたときにはもうハイレグ水着姿だったけれど、心は妹のままだった。そんな健気な妹は、ハイグレに精神を侵されながらも必死に私に「逃げて」と懇願した。
後ろ髪を引かれる思い、と表すのも生優しいくらいの絶望を胸に、私は妹の言うことに従った。
 あれから蘭は、どんな気持ちでハイグレ人間に変わったんだろう。私は恵美香や玲衣奈さんたちと行動を共にしているあいだ、ずっとそんなことを考えていた。もちろん周りにいる友人や先輩もとても大事だけれど、妹に並ぶ者はいない。
 私の名を呼び、笑顔でハイグレポーズをする蘭を見かけて、私の妹はもういなくなってしまったんだと思った。世界に一人取り残されたように感じて怖くなった。そんな私を支えてくれたのはみんなだった。ようやく、私の周りにはみんながいてくれていたのだ、ということに気づいた。同時に、今度こそ誰も失いたくないと強く思った。
 でも、甘い考えは僅か数分で粉々になった。ローザさんと玲衣奈さんはハイグレ人間になった。恵美香ともはぐれ、安否が分からなくなった。
 そして今。再会した蘭は私にハイレグ水着を着せようと、階段を一歩一歩降りてきている。
* 凛パート3[13/09/10] ( No.36 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:21:24 メンテ
名前: 香取犬

 ――……ってよ……緒に……んでしょっ!

 希の声がしたような気がする。でも、よく聞き取れなかった。

 ――邪魔しないでよ。凛はこれから私と同じ、ハイグレ人間になるんだから。

 ああ、これは蘭の声だ。やっぱりここにいるのは蘭なんだ。例えハイグレ人間だろうとも、大事な妹なんだ。
 そっか。私は蘭と同じになれるんだね。他の誰でもない、蘭の手によって。
 ここ二十分くらいのあいだに心を満たしていた寂しさが昇華していくのが分かる。それは、私の体から立ち上がる気力をも一緒に持って行ってしまったけれど。

 ――凛ッ!

「ごめん、私、もう無理みたい」
 やっとはっきり聞こえた希の鋭い声に、そう返す。

 ――どうして、なの?

「足に力が、入らなくって。……恵美香によろしく、あと、謝っておいてもらえるかな」
 本当のところを、目を見て告げる。いくら蘭のことがあったとしても、友達との約束をこんな形で破ってしまうこと自体はすごく心苦しい。希は唇をきつく噛んでいた。……ごめん。
 背中の真ん中に固い感触が伝わってくる。押し付けられているのは、もしかしなくても光線銃だろう。

 ――大丈夫、ハイグレをすれば痛みも疲れも全部吹っ飛んじゃうから。

 それなら良かった。うつ伏せのままじゃ蘭の顔もまともに見られないし、それに、ハイグレだって……。

 ――ごめんね、凛……!

 二人分の足音が遠ざかっていくのが伝わってくる。……お願い。希だけでも、どうか逃げ切って。
 私は。私は……。

 ――それじゃあいくよ、凛。

 ハイグレ人間に変わってしまう。改めて考えたら、急に空恐ろしくなってしまった。
 でももう、今更遅い。まあ、撃たれるのが妹にだということがせめてもの救い、かな。

 ――ピシュン!

「うあああああああああッ!」
 体の中心に注ぎ込まれた光は波紋のように頭の先、つま先まで伝わっていく。肌がピリピリしてちょっと痛くて、呼吸が乱れる。全身を舐め回されているかのような気持ち悪さが襲いかかる。
 それと一緒に、私が着ている制服にも変化が起きていった。ただ、制服自体が変化したのか、それとも制服は消失しただけなのかについては、正確なところは分からない。が、結果的に私を包む衣類が数秒のうちに水着になっていたことは紛れもない事実だ。
 光から解放された私は、ほとんど無意識の内に立ち上がっていた。その僅かな動きだけで、私はハイレグの感触を嫌でも意識させられた。

 ――うん、似合ってるよ、凛。

 私の水着の色は、凛のそれより少し明るいエメラルドグリーン。とは言えデザインは同一。一卵性の私たちがこんな同じ格好をしたら、ほとんど誰にも見分けが付かないくらいだろう。
 私が今どんな姿をしているかを知るのに、鏡を見るのと妹を見るのとでは大差がない。私は妹に対面してみる。確かに違和感はないかもしれない。……と思ってしまうのも、洗脳が進んでいるからなのかもしれないけれど。

 ――さてと凛。ハイグレを着たらしなくちゃいけないことは何?

 腰に手を当て笑いながら問うてくる蘭に、私はおずおずと答える。
「……ハイグレ?」

 ――まあ間違えないよね。ねえ、やってみてよ!

 正直、まだハイグレポーズをとることには抵抗がある。でも、避けては通れない道であることも、やってみたいという欲求が存在していることも自覚している。
 足をがに股に開いて、腰を落として、ちょっと前かがみになって、切れ込みに手を添える。多分こんな感じだ、と記憶にあるハイグレの構えをした。
 あとは腕を引き上げて「ハイグレ」と言えば完成。なのにこの段になって、一瞬だけ躊躇ってしまった。

 ――怖がらないで。凛なら出来るから。

 妹の励ましに背中を押され、私は意を決した。
「ハイグレっ!」
 両腕でV字を描くように、勢いよく動かした。これで私もハイグレ人間か、そう思ったけれど。
 私の身体はそれで満足してしまったかのように、ハイグレポーズを取り続けはしなかった。

 ――あれ?

 疑問と不安を混ぜた瞳がこちらを向く。いいや、妹を失望させちゃいけない。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 意識的にポーズを取るけれど、やめてしまおうと思えばすぐにやめられる。気持ちいいだとか、やめられないだとかという感情は全くと言っていいほど湧いてこなかった。
 例えるなら腕立て伏せだろうか。まあそれほど苦行ではないにせよ、一心不乱にハイグレを繰り返すなどとはならなかった。
「これで合ってる、んだよね?」

 ――そのはずだよ? 私のときは初めからハイグレしたくてしたくて堪らなかったんだけど……。

 ハイグレ光線の効き目には個人差があるのだろうか。流石に最早ハイレグ水着を恥ずかしいと思ったり、元の服に戻りたいと感じることはないけれど、どうしてかハイグレポーズに魅力を覚えはしない。
 とりあえず、もう何度か試してみる。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 ハイグレと叫ぶ度に体の底から温かいものが滲み出す。ハイレグ水着に包まれていることを実感して、幸せな気分になっていく。
 ただ、蘭や他のハイグレ人間たちが溺れているような快感ではないような気がする。どうして気持ちよくなれないんだろうという悔しさと焦り、それとハイグレでみんなが気持ちよくなれていることに羨ましさを抱いた。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 蘭は首を捻り、自らも腰を落とした。

 ――凛のハイグレを見てたら私もしたくなっちゃった……。ねえ、一緒にしよ?

「ハイグレっ! う、うん」
 一瞬、ドキリとした。もし蘭と共にハイグレをしても気持ちよくなれなかったなら、それは、私はハイグレ人間として失格なんじゃないか。そう思うと心臓がはちきれそうになった。
 私たちは互いの目を見て、手を股間に添えた。タイミングを合わせるのに合図は要らない。だって私たちは、双子なんだから。

 ――ハイグレっ!

「ハイグレっ!」
 二つの声が共鳴し、私と凛の肌を震わせた。その瞬間に私の脳を貫いた閃光は、体の隅々までをくまなく痺れ上がらせた。
「っぁぁ……!?」
 腕を肩まで引き上げ、背を反らせた態勢のまま、私は崩れるように倒れた。立っていることができなくなるほどの衝撃が、たった一度のハイグレによって引き起こされたからだ。今までのとは全然違う。混乱した思考の中、一つだけはっきりしているのは、これが本当のハイグレであるということ。
 私に足りなかったのは、自分の半身である蘭とハイグレを重ねることだったんだ。

 ――凛! 大丈夫!?

 慌てて駆け寄る蘭の肩を借りて、私はよろよろと立ち上がる。
「ごめんね、蘭」

 ――ううん、それはいいの。今のって……。

 そう、私はハイグレの素晴らしさを身をもって理解した。今の私はハイグレをしたくてしたくてうずうずしているのだ。
 そんな気持ちを、この一言に載せて贈る。
「ありがと、私をハイグレ人間にしてくれて」
 私が笑いかけると、蘭はちょっと照れたように下を向いた。

 ――私も、凛とハイグレができて嬉しいよ。これからもずっと一緒だからね?

「うん、もう置いていったりなんかしない。約束する」
 言うと、正面からドンと物理的な衝撃を受けた。それは勢いよく私の胸に顔を埋める、蘭によるものだった。蘭の水着と私の水着が擦れて、小気味良い音と感触がする。

 ――絶対だよ、お姉ちゃん。

 こんなときに限って「お姉ちゃん」呼びか。調子がいいんだから、と私はギュッと抱きつく妹の頭を撫でる。
 やっと、いつも通りに戻れた気がした。こうして二人でいると心がとても安らぐ。昨日と変わったことといえば着ているものがハイレグ水着になったことだけど、ハイグレ人間ならば当然の服装なので違和感はない。
 しばらく蘭と身を寄せ合い、それから口を開く。
「そろそろいい?」

 ――うぅ、もうちょっとだけ……。

「わがまま言わないでよ、私だってもっとハイグレしたいんだもの」
 こうして抱き合うのもいいけれど、ハイグレ人間としてはあの快感を一回きりしか味わえないなんて絶対に嫌だ。蘭と一緒にハイグレがしたい。そして一緒に気持ちよくなりたい。私には蘭が必要なんだ。

 ――そうだよね、凛もハイグレ人間だもんね。

 あんたもハイグレ人間だろうに、私に抱きつくのがそんなに惜しいのか、とは思っても言わない。その気持ちは私にもわかるから。
 気を取り直して二人で向かい合い、ハイグレの姿勢をとる。心臓が、さっきとは全く違う理由で高鳴っていく。早くハイグレがしたい。二人で気持ちよくなりたい。そんな期待に頬まで緩んでくる。
 再び視線を合わせ、そして、
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!

 私たちはハイグレに溺れていった。

   *
* 希パート2[13/10/06] ( No.37 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:24:29 メンテ
名前: 香取犬

「……はぁ、撒いた……かなぁ」
 心臓も肺も足も、これ以上走れないと悲鳴をあげている。わたしは本棚に背中を預け、座り込んだ。
 蘭を置いて逃げたわたしを、執拗に瑠輝は追いかけてきた。追いかけっこという生易しい言葉で片付けられないような、わたしの人生を賭けた逃走劇。時間にすればたった五分程度だったけど、それは今まで経験した中で最も長い五分間だった。
 ひと気のない校舎内を、わたしと瑠輝は駆けずり回る。ハイグレ光線は何度もわたしの横を掠めて飛んできたけれど、結局のところ一発も当たることはなかった。単に運が良かったからかもしれない。それでもわたしは逃げ延びた。
 曲がり角、階段、空き教室……あらゆる障害物を駆使してわたしは瑠輝の目を欺き、そうしてここ、図書館に辿りついた。
 玲衣奈先輩とローザ先輩が、話題にしていたことを思い出したのかも知れない。ほとんど無意識に、目的地はここと定めていた。
 わたしの耳には、自分の荒い息遣いだけが響いていた。血が上っているからだろうか、他に何の音も聞こえない。目を閉じてしまうと途端に世界から切り離されたかのような錯覚を覚える。その瞼の裏に、恵美香の顔が浮かんできた。
「無事で、いるといいんだけど」
 やがて動悸も治まり聴覚が機能しだすと、外からぼんやりとハイグレの声が聞こえてきて肌を粟立たせる。そう言えば、ここは裏門のすぐそばなんだったっけ。

 ――図書室の窓から飛び出せば裏門は目の前だけど、塀と壁との隙間は一人分しかないし。

 とは、玲衣奈先輩の言葉。あの時は五人が固まって行動するには、ということで却下された案だけど、今はわたし一人きり。上手くいけば脱出できるかもしれない。
 まずは様子を見に窓辺に行こうと立ち上がると、視界いっぱいに小説がズラリと並んでいた。まあ、図書館なんだし、当たり前なんだけど。普通の本屋さんではあまり目にしない背表紙ばかりだ。
 その中の一つに、わたしの視線は注がれた。「侵略者たち」。手に取り適当なページを開くと、異形の宇宙人が襲来し、人類を殺戮しているシーンであった。わたしは結末を一瞥する勇気すらなく、本を乱暴に本棚に押し込んだ。
 事実は小説よりも奇なり。今やってきている侵略者たちは人間を殺しこそしないものの、代わりに洗脳を施して人間性を奪う。ある意味死ぬよりも悲惨だ。でも、これが現実なんだよなぁ。頭の中で瞬時に渦巻いた思いを、そんな言葉で締めくくる。
 わたしは唾を飲み込んで、窓の方へ歩いてゆく。途中で、司書室の横を通った。ガラスの向こうはひどい有様だった。机が中途半端に動かされ、ペンやカードの類が床に散乱している。誰かがここで抵抗したんだろう。だけどやられた。開けっ放しの扉がそれを物語っていた。
 悔しさを感じつつ、窓際から外の様子を窺う。案の定水着姿の男や女が大勢、裏門の周辺に陣取って声を荒らげていた。彼らの視線が皆昇降口側に向いていることを考えに入れると、もしかすると敵襲……つまり人間が、裏口を突破しようとしているのでは、と考えることができた。誰が、というのはこの角度からでは分からない。でも、ちょっとだけ、心に希望が湧いてきた。
 改めて、脱出の方法を考える。図書館は校舎の角だから、二辺がガラス張りになっている。そのうち南側では今ハイグレ人間たちが騒がしくしていて、東側は玲衣奈先輩の言うとおり塀に隣接している。このコンクリートの塀の上にまた柵が設置されていて、それぞれ高さは1.5メートルと1メートルくらい。だから乗り越えるのならばまずわたしの身長くらいある塀によじ登って、それから柵を跨ぐことになるから時間がかかる。当然その隙だらけの間に敵に見つかったら逃げられない。
 でも、塀を警護するハイグレ人間も、今なら門を正面突破しようとしている人に気を取られているはず。
「逃げるなら……今しか……」

 ――きゃあああああああああああッ!

 南の窓、死角の位置から女の子の鋭い悲鳴が上がった。誰かは分からないけれど、誰かがハイレグ姿にされたということだけははっきりしている。
 その後もハイグレ人間たちのざわめきは終わらない。つまりまだ脱出を試みている人がいるんだ。わたしが東から逃げるということは……その人たちを見捨てていくのと同じ。
「どうしたらいいの……っ」
 ローザ先輩が、玲衣奈先輩が、菜々先輩が、茉里奈が……これまで目にしたたくさんのハイグレ人間が、瞬きをするたびにわたしを囲っているような気がして。怖くなってうずくまると、闇の中に余計に気配を感じてしまう。
 わたしはどうすべきなんだろう。東から一人で逃げるか、ここで震えて隠れるか。それとも他にあるのかな。

 ――きゃっ!?
 ――大人しくしててね、恵美香っち。

 恵美香? 今、恵美香って言った……?
 わたしの上に陰がかかる。それは、一人のハイグレ人間と一人の人間が日の光を遮ったことで生まれた陰。ガラス一枚向こうに、もう一度会いたかったあの子がいた。
「恵美香ぁ!」
 思わず叫んでしまったその声に、藍色のハイグレ人間に捕まったまま恵美香は目だけをこちらに向けて応えてくれた。驚きと喜びの色がありありと浮かんでいる。わたしも同じ気持ちだよ。
 今、外で何が起こっているのか。藍色のハイグレ人間……よく見るとそれは織枝だった……に見つからないよう慎重に窓の外を窺うと、そこはまるで決闘場のようだった。片方は水色の水着で竹刀を握り、もう一方は制服姿で細長い棒を構えて対峙していた。その二人とはうちの学校の副会長たちだ。そしてそれを囲うようにハイグレ人間たちは円形に陣を成す。恐らく、恵美香は人質。加えて、あの決闘で制服の副会長さんが負けてしまうと二人ともハイグレ光線を浴びさせられてしまうのだろう。
 わたしはどうすべきなんだろう。恵美香を助ける? 円陣を乱す? ここから勝利を祈る? それとも、二人を見捨てて東から逃げる?
 選択肢はさっきよりも増えた。でもそのどれも、良い結果になりそうになかった。
 そうして手をこまねいているうちに、二人の一騎打ちが始まった。

 ――めぇぇぇぇぇんッ!

 制服の副会長さんが、ガラス窓さえビリビリと震わせる咆哮を発した。それとほぼ同時に、

 ――ペタン

 足音がした。裸足で歩かなければしないような音が、後ろで。
 考えるよりも早く、わたしは床を蹴っていた。

 ――ピシュン!
 ――あ、外しちゃった。
 ――ちょっと玲衣奈、足音立てるなんて注意が足りなさすぎよ。

 その、声は。
「……玲衣奈先輩と、ローザ先輩……!」
 笑顔の二人は今、光線銃を手にしてハイレグ水着を身につけていた。

 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!
 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!

 一糸乱れぬ動きで、仲良くハイグレポーズを見せつける。あまりに下品で、目を覆いたくなるような恥ずかしい動作。二人が既に洗脳が終わっているだろうとはわかっていたものの、いざ目の当たりにすると想像以上のショックがある。
 わたしが外に気を取られているあいだに、きっと二人は図書館に入り背後に忍び寄っていたんだ。あと一瞬遅れていたら今頃わたしは、

 ――わああああああああああああああああああッ!!
 ――和子さああああんッ!

 あんなふうに悲鳴を上げて……って、まさかこれ、制服の副会長が負けちゃったってこと?

 ――お、和子もやっとハイグレ人間になったっぽいね。
 ――あのさ、そんなこと言ってないで、早くやっちゃおうよ。
 ――オッケー!

 どう見てもおもちゃでしかない銃が二丁、わたしを狙う。でもそれに撃たれたら、わたしも一瞬で服と意識を奪われてしまう。呼吸が浅くなり、額を汗が伝う。
 わたしはどうすべきなんだろう。残された選択肢は三つ。先輩たちに背を向けて東の窓から脱出するか、先輩たちを最後まで睨み続けるか。
 それとも……いや、もう一か八か、賭けてみるしかない。
* 希パート3[13/10/06] ( No.38 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:25:09 メンテ
名前: 香取犬

「恵美香ぁっ!」

 ――パリィン!
 ――ピシュンピシュン!

 わたしが選んだのは、南の窓を割って恵美香を取り戻し、一緒に裏門から逃げること。
 床に二筋の光が散ったときには、すでにわたしは顔を腕で護りながらガラスに突っ込んでいた。細かな破片によって肌に浅い傷をいくつも作りつつ、恵美香のそばに着地する。
 その場の誰もが、わたしに見開いた目を向けてきた。

 ――希!
 ――のぞみん!?

 あだ名を呼ぶところは変わってないなぁと思いながら、変わり果てた姿の織枝を恵美香から引き離す。織枝が尻餅をついた隙にわたしは恵美香の腕を掴み、一気に走り出した。
 即座に、ハイグレ人間たちが慌て始める。わたしの闖入なんて想像すらしてなかったに違いない。

 ――ありがとう希、希がいなかったらあたし……!

「そんなのいいから! 早く逃げよっ!」

 ――うんっ!

 わたしの先導でひた走る恵美香の更に後ろで、生徒会長が声を張り上げた。

 ――皆さん、あの二人が最後の人間です! 必ずハイグレ姿にしてあげましょう!
 ――ハイグレッ!!!

 そっか。もうわたしたち以外は、みんなハイグレ人間になっちゃったんだね……。
 何とも言えない気持ちを味わわされた直後、ピンクの弾幕が空気を裂いてわたしたちに襲いかかる。その数は一瞬では数え切れない。ただ敵との距離が遠いせいか、幸いにも光線の精度はよくないようで、わたしにも恵美香にも命中せずに消えていく。
 わたしたちの現在位置と門までの距離、あと十五メートル。そこまで逃げきれるかの運命を左右する要素は、もう運以外になさそうだった。
 それでも。あそこでわたしが飛び出す選択をしていなかったら、こうして二人揃って脱出する可能性なんて僅かたりとも生まれなかったはず。その点ではわたしの決断は正解だったと言っていいと思う。
 あとは……ハイグレ人間になんてなりたくないという願いが、届くかどうかだけ。

 ――希、危ない!

 後ろを振り向くとハイグレ光線が一つ、真っ直ぐわたしに向かってきていた。体の筋肉が強ばる。次の足が前に出ない。避けることすらできない。このままじゃやられると、わかっているのに。
 その瞬間、グイ、と肩をもぎ取る勢いで恵美香に引き寄せられた。恵美香が私の手首を両手で掴み、強引に引き倒すことによって光線の一撃を回避させようとしてくれたのだ。
 二人で地面に背中を打ち付けたのと、その鼻の先をピンクの光が通り過ぎていったのはほぼ同時だった。
「いたたぁ……」

 ――ご、ごめん希!

 慌てて謝る恵美香。確かにお尻と背中が痛いものの、わたしは怒る気持ちなんて全くない。
「ううん。こっちこそありがと、恵美香」
 笑い掛けて立ち上がろうとすると、うまく腰が上がらなかった。どうやら瑠輝との追いかけっこのツケがこんな時に回ってきたらしく、立て膝の状態から力が入らなかった。
 目の前に、手が差し伸べられる。わたしを見かねた恵美香の手だ。わたしは頷いてそれを取り、さっきまでとは逆の立ち位置になって改めて門を目指す。
 あとほんの数歩。たったそれだけで、この恐ろしい学校から逃れることができる。その境目である黒の門はぴったり閉じられている。だけどせいぜい胸の高さしかない門だから、塀を乗り越えるよりは断然たやすい。

 ――二人で、逃げなきゃ!

「うん、あとちょっとだよ!」

 互いに励まし合って、希望の光がすぐそこに見えていることを確認する。

 ――撃てっ!
 ――ピシュンピシュンピシュン!

 そう、脱出までたった数歩。でもわたしは、あの恐ろしい光線の掃射音がしたことに怯え、竦んでしまった。そして恵美香を掴んでいた手を離してしまう。
 勢い余ってバランスを崩した恵美香がわたしを向いたとき、その目は何を見たのだろう。
 そんな疑問を抱いたわたしの背中に、何かとてつもなく熱いものが注ぎ込まれた。
* 希パート4[13/10/06] ( No.39 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:25:52 メンテ
名前: 香取犬

「いやあああああああああああああっ!!」
 視界がピンクに塗りつぶされ、みっともない悲鳴を上げたところで、やっとハイグレ光線に当たってしまったんだということを理解した。
 腹から指先まで、全身を虫が這い回っているかのような感覚が走る。大の字にはりつけにされた状態では身をよじることすら許してもらえず、ひたすら痺れ火照っていくのを耐えるしかなかった。
 それと並行して、制服が光の点滅に合わせて薄れていく。代わりに着ることになるのは、切れ込みの激しいあのハイレグ水着。下腹部や肩に、既にそれとなく感触がある。こんなのを着て、ハイグレのポーズを取らされるなんて、恥ずかしすぎる……。
 光は早く消えて欲しいけれど、消えたら消えたで嫌なことになる。もう、どうしたらいいか分からない。
 しばやくすると前者の願いは叶った。けど、後者の願いはこれから先、叶うことはなさそうだった。

 ――そ、そんな……希まで……。

 地面に倒れた恵美香が上体を起こしてわたしの姿を見ていた。見ているものが信じられないのか信じたくないのか、首を小刻みに振り、目には涙を浮かべていた。
 わたしは、淡い紫色のハイレグを着させられていた。肌にこれでもかと密着する薄い生地は体のラインをくっきりと浮かび上がらせ、締め付けと触り心地によって身体を刺激する。これじゃあ裸も同然、ううん、全裸よりも恥ずかしい格好だ。
 自分の姿を認識した途端、足が勝手に外側に開き、腰が落ち、両腕が真っ直ぐ下に伸ばされた。光線を浴びた者が辿る末路は、何度も目の当たりにして知っている。当然、自分も回避できるとは思っていなかったけれど、いざそのときがやってくると怖くて仕方ない。
「うぅ……やだよぉ……」
 だって、水着着てコマネチなんて、そんな意味不明なことをさせられるなんて、本当にありえない。
 でも体は、わたしの意志などお構いなしに動き出す。
「は、はい、ぐれ! はいぐれ! はいぐれ!」
 見ないで恵美香、わたしの、こんな恥ずかしいとこを……!
「はいぐれ! はいぐれ!」
 腕も口も腰も、いくら止めようとしてもダメ。まるでハイグレ人間ならハイグレをやめる必要はない、と突きつけられているような。
 ううん、見た目や動きがハイグレ人間のそれだとしても、わたしは人間。ハイグレ人間になんかならないんだから。
「はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!」
 っ……!? い、今の、なに……?
「はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!」
 どうして……ハイグレするたびに体の奥がジンジンしてきて……。これじゃあ、ううん、このまま……。
 い、いけない。一瞬、意識が飛びかけてしまった。体の感覚に委ねていたらいつ心を乗っ取られるかわかったものじゃない。人間には欲をコントロールする理性がある。それを失ったらおしまいなんだ。
 わたしの自我をつなぎとめるのは、羞恥心。プールでも海でもない場所で、いやらしい水着一枚で、恥の欠片もないポーズを取らされる屈辱。しかも恵美香に見られちゃっているという恥辱。それらを再認識することで、わたしは必死にハイグレに抗い続ける。
「はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!」
 止めなきゃ。止まって。止まってよ!
 そんな懸命の努力にも関わらず、やっぱり身体は独りでに動くし、脳みそが蕩けていくような気持ちにさえなってくる。
「はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!」
 もう明確に、ハイグレポーズが気持ち良く感じてきてしまった。ハイグレは気持ちよくて、楽しくて、そして素晴らしいことだって、頭にインプットされてしまったから。
 だから、僅かに残るわたしがどれだけ抵抗しても、ハイグレによって高揚してしまうことを否定できなくなってしまった。本当はハイグレが気持ちいいはずなんてないのに、その二つの要素がイコールで結ばれてしまって離れないのだ。
 このままハイグレ人間になるなんて、嫌だよぉ……。
「はいぐれ!」
 あああ! 恥ずかしい、恥ずかしい、悔しい、でも……気持ちいい……っ!
「はいぐれ!」
 お尻をついたまま後ずさりしていた恵美香に、わたしは言いたいことがたくさんある。なのに、口はハイグレ以外の言葉を紡いでくれはしなかった。
 恵美香、わたしのことなんか見てないで、早く、あいつらが次の光線を撃つ前に逃げて! あとちょっとなんだよ、夢にまで見た学校の外まで! なのにそんなところで怯えていたら、恵美香までハイグレ人間にされて、そして、わたしと一緒に。
「はいぐれ!」
 ハイグレをさせられちゃう。ハイグレができる。皆で、ハイグレが。
 嫌! ダメ……何が「ハイグレができる」なの? あくまでもさせられてるの、わたしは。無理矢理ハイグレさせられて、恥ずかしいのに。それを恵美香や皆と一緒にできることを喜ぶなんて、そんなの、絶対に変!
「はいぐれ! はいぐれ!」

 ――嘘でしょ、希……!?

 恵美香の顔が、一層悲壮に歪む。そのときになって、わたしの唇が持ち上がっていたことを、つまり、笑顔でハイグレをしていたということを自覚した。そんなつもりは決してなかったのに。
 でも、気持ちいいのを我慢するのは、とっても辛い。
「はいぐれ! はいぐれ!」
 恥ずかしさをかなぐり捨てて、本気でハイグレをしたらもっと気持ちいいだろうなぁ、なんていう危ない考えが浮かんでくる。そんなことを一度でもしたら、きっともう戻れないだろう。それはそうだけど、もしわたしはハイグレ人間なんだって認めたなら、きっと楽になれるはず。
 完全にハイレグ水着に馴染んでしまったわたしの身体。ほとんどハイグレ人間に染まりきったわたしの心。あとほんのひと押しで、わたしはハイグレ人間の仲間になれる。
「はいぐれ! はいぐれ!」
 あれ? わたし、どうしてハイグレ人間の立場で考えてるの? まるで人間の部分こそ邪魔なんだと言わんばかりに。
 それは、わたしの本質がハイグレ人間に成り代わってしまったから、かもしれない。
 どっちが本当のわたしなのか、境目が曖昧になっていく。両者を隔てていた最後の壁が、だんだん溶かされていく。
「はいぐれ! はいぐれ!」
 ごめん、恵美香……もうわたし、耐えられない。恥ずかしいとか嫌だとか、どうでもよくなっちゃった。
 人間としての理性が、ハイグレ人間としての心にあっという間に飲み込まれて、消えてしまう。
「はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!」
 目一杯の力を込めて、何度もハイグレをする。そうしたら今までとは全然違う、何とも言えない開放感が芽生えてきた。
 これが、本当のハイグレなんだ……!
「はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!」
 笑ってハイグレポーズをとることに、少しの羞恥心も感じはしなかった。それどころか、ハイグレができてとても嬉しいとさえ思える。がに股になることも、ハイグレ姿になることも全部、ハイグレ人間ならば当然のことだった。
 人間のままでいるなんて、勿体なさすぎる。全ての人間は、ハイグレ人間へと変わるべきなんだ。

 ――あ、あああ……!

「はいぐれ! どうしたの恵美香ぁ?」

 ――希、お願い、正気になって!

「正気って言われても、わたしは正気だよっ? はいぐれ! はいぐれ!」

 ――でも、いや、あ、うぅ……。

「ねぇ恵美香? 一緒にハイグレ、しよぉ?」

 ――うわあああああああっ!

 わたしがハイグレ人間としての挨拶で返すと、恵美香は狂ったように叫んで立ち上がり、背中を向けて門のほうへと駆け出した。
 あ、とわたしは気づく。誰が恵美香をハイグレ姿に出来るのだろう、と。
 ハイグレ銃は意外と連射が効かない、とハイグレに与えられた知識が言っている。出力を上げて狙いを定めて放つと、それ相応の装填時間が掛かる。代わりに出力を押さえれば、精度が犠牲になるが速射できる。わたしをハイグレ姿にしたときに、会長以下ハイグレ人間たちは確実にわたしたちに命中させるために、精度を高めて隙間のない一斉射撃を行った。結果、わたしはハイグレ人間になれたけれど、丁度わたしがかばう形になってしまった恵美香は人間のままとなった。これは一度に仕留めきれなかった会長の失策だった。次弾の装填よりも何秒か早く、恵美香は校門を乗り越えるだろう。そうなったら追跡は困難となる。
 わたしがハイグレ銃を取り出して撃つにしても、十分に光線をチャージする余裕はない。取り押さえに走ろうにも多分ギリギリで間に合わない。つまり、確実に逃走を防ぐ手段はないということ。
 会長たちもこのことは重々分かっているようで、悔しげな声が聞こえてくる。
 恵美香の足が門に、掛かる。あと少しで、生徒全員でハイグレができたのに……!

 ――恵美香あああっ!

 そう叫ぶ声に振り向くと、一人のハイグレ人間がフルチャージの銃を構えてこちらへ、正確には門に向かって疾走していた。名前を呼ばれた恵美香の顔が凍る。

 ――ピシュン!

 そうして、わたしのそばを通り過ぎたハイグレ光線が、寸分違わず恵美香へと突き進んでいった。
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