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* 変わりゆく若人たち
 

日時: 2013/01/24(木) 23:39:39 メンテ
名前: 香取犬

ひたすらに一人称視点で妄想を垂れ流すだけです
お見苦しい点はご容赦ください

勢いで書き上げただけなので今後の展開は未定です
けれどゆっくりとでも続けていきたいとは思っています
 
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* Re: 変わりゆく若人たち ( No.1 )
 
日時: 2013/01/24(木) 23:40:14 メンテ
名前: 香取犬

 ――で、あるからしてこのXの解は……。

 あーもう、退屈だなぁ。何が数学だよ、役にも立たないしつまんないし。私は文系だから受験にも関係ないしね。
 なんでもいいから面白いこと起きないかな。この際テロリストでも宇宙人でも構わないから、こんな学校めちゃくちゃにしてくれたらなぁ。

 ――つまりここでグラフを用いて……。

 あるわけないか。今時そんな映画があってもバカバカしいし。
 でも……もし本当に宇宙人がやってきたら?

 ――ピシュン!
 ――うわああああああああッ!
 ――先生が撃たれた!?
 ――窓の外からだ!

 え、ちょっと、どういうこと!? 先生が変なビームに当たって……?

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――うわキモッ……。
 ――先生が変態になったー!

 いつの間にか女物のハイレグ水着を着てコマネチしてるとか……頭おかしくなっちゃったのかな。
 いやいや、そうさせたのは多分さっきのビームだ。よく分からないけどそういうことにしておこう。

 ――おい外見てみろ! 変なのいるぞ!

 相田くんが指差してる。変なのって何……うわ、変なのだ。
 パンスト被ってオマルに乗って浮いて、赤ずくめで銃を構えてるのを変なのと言わずなんと言おう。変態先生より変かもしれない。キモい。
 相変わらず先生はハイグレハイグレとか言ってコマネチの真っ最中。
 皆も状況が掴めなくて呆然としてて動けてない。私もどうしたらいいか分からない。

 ――ピシュンピシュン!
 ――うわあ!
 ――相田!? きゃーーーーッ!
 ――ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ!
 ――うぅ……は、ハイグレぇ!
 ――相田と井上も水着になっちまったぞ……。
 ――やべえよあの外の奴、逃げたほうがいいんじゃね?

 さっきから何もかもがおかしい。アニメの変身シーンじゃあるまいし、現実にあんな早着替えマシンがあるわけない。でも現に目の前で、一瞬で三人が水着になって変態みたいな動きをして……。
 恥ずかしがり屋の井上ちゃんがあんなに股を広げるなんて有り得ない。ピンクのハイレグを着るなんて変。顔だって赤いし引きつってる。……無理矢理動かされてるんだ。それがあのビームの力なんだ。
 もしかして、私が「宇宙人がやってきたら」って考えたから? そんな馬鹿な。
 いや、それが事実でも偶然でも関係ない。だってもう目の前に現実離れした変態パンスト野郎がいるんだから。

 ――に、逃げろおおお!
 ――ぐわあああああああッ!

 パンストの光線銃に当たったクラスメートは次々に水着姿に変えられてしまう。
 でも私は大丈夫。絶対に大丈夫。運だけはいいんだから。

 ――羽衣、あたしたちも逃げよう!

「うん」
 分かってるよ恵美香。一緒に逃げよう。

 ――ピシュン!

「あああああああああああッ!!」
 え……何が起きたの……?
 背中が熱い。体中にくすぐったさに近い痺れが走る。大声が出る。手足が大の字になる。制服が……変わる?

 ――羽衣ッ!

 恵美香、私の方を向いてる暇があったらさっさと逃げなさいよ。
 私は、頭がおかしくなってしまいそう。
 世界が真っピンクと真っ青にピカピカ光って、目がちょっと痛くなる。痺れは頭蓋骨に侵入して、脳をぐちゃぐちゃにかき乱して。
 嫌だ……私をおかしくしないで!
「……う」
 痺れと点滅する光は唐突に消えた。体の感覚が戻る。けれど、何かが変だ。手足がスースーして、胸も胴体も股間もギュッと締め付けられてる。
 ああ、なんだ。水着を着ているだけか。足が長く見えそうなふた昔くらい前の、オレンジ色のハイレグ。
 えっと。それって、井上ちゃんや先生と同じ?
 とすると、次はどうなるんだっけ?

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレぇ……ハイグレぇ……!
 ――ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ。

 こうなるのかな。いやいや、恥ずかしすぎるでしょ。誰がこんなこと……ッハ、
「ハイッ……!」
 う、何、今の感じは? 体がゾクッとして、ガニ股開いて、手が足の付け根に動いて。私が私じゃなくなったみたいに、勝手に体と口が動いた。
 怖い……嫌だ。あんなこと、しなくない。
「グレ!」
 あうぅッ!
 手がまたひとりでに肩の高さまで動く。と同時に口は例の言葉の後半を言う。
 恥ずかしい……けれど、痺れる。光に包まれている時より強く、そして心地いい。
 もう訳分かんない。こんなので気持ちよくなってる私ってバカみたい。
「……ハイぃ、グレ!」
 もう一度。さっきよりも動きは滑らかに。だけど私の意思に反して。
 気持ちいい。だからなんだ、私は恥ずかしいんだ。嫌だ嫌だ嫌だ!
 恵美香、早くどっか行って。ここにいたら恵美香までやられちゃう。
「ハイグレ!」
 ビクンとハイレグに包まれた体がはねる。
 見ないで……こんな私を見ないで!
「ハイグレ!」
 やっと行ってくれた。私は、どんな顔をして恵美香を追い払ったのだろう。あんなに怯えた表情をして逃げていくなんて。
 でも、これで心おきなく……違う!
「ハイグレ! ハイグレ!」
 んんぅッ……。
 この気持ちいい行為に負けたら私は。いっそ身を委ねたら楽になるかも。私は変態になりたいの?
 嫌だ!
「ハイグレッ! ハイグレッ!」
 嫌だやめろ嫌だ気持ちいい嫌だ嫌だハイグレやめろ嫌だやめろハイグレハイグレ気持ちいい嫌だハイグレハイグレハイグレ
 私が、どっかへ行っちゃう。
 ああああああああああああああああ!
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 ……。
 何を考えてるんだ私は。私は昔も今もここにいるじゃないか。
 私はハイグレ人間羽衣として、ここにいるじゃないか。
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 迷う必要なんてなかったんだ。もっと早くから気づいていれば良かった。
 ハイグレはこんなにも心地よくて素晴らしいんだから。
 楽しい、嬉しい、気持ちいい。今なら心の底から笑える。私はなんてシアワセなんだろう。
 退屈な日常はもう無い。あるのはハイグレ人間としての生活、明るい未来だけ!

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ
 ――ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ!

 相田くんも井上ちゃんも、もちろん先生も他の皆も。教室中に溢れるハイグレコール。
 私はその一体感に酔いながら、こんな事を考えた。
 学校中、日本中、いやもっともっと皆がハイグレ人間になればいいのに。
 今はクラスの半分強、25人くらいしかいないけれど。パンスト兵様が、きっともっと仲間を増やしてくれる。
 そして早く、恵美香と一緒にハイグレがしたい。あわよくば、私がハイグレ姿にしてあげたい。
 するとピカっと、胸元で不思議な光が弾けた。その中から出てきたのは、小型のピストル。一目見ただけで判る。これはパンスト兵様のと同じ、ハイグレ光線銃。
 私の気持ちに、ハイレグが応えてくれたんだ。
 
 行こう、皆を……恵美香をハイグレにする為に!
 ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
* Re: 変わりゆく若人たち ( No.2 )
 
日時: 2013/02/01(金) 23:22:51 メンテ
名前: 香取犬

「恵美香っち!」
 良かった、恵美香っちはまだ無事だったんだ。

 ――お、織枝ぇ……!

「ど、どうしたのさ、いきなり抱きついてくるなんて」
 ウチもやっと人間のクラスメートを見つけられて安心したけどさ。
 ……もうあんな姿にされた友達は見たくない。ここまで逃げて来る間に、何人も見てしまったけど。
 っていうか、
「いつまでそうしてるの?」

 ――ご、ごめん。つい……。

 恵美香っち、目が赤い。
 そうか、ウチとおんなじか。もしかしたら羽衣ぽんがやられちゃったのを目の前で見た、とか?
 二人は仲良しだし、もしそうなら辛いだろうな……。
 けど、せっかくまだ生き残ってるんだ。
「早く、ウチらも逃げよう?」

 ――分かった。

 校舎内は危険だと思う。廊下で挟み撃ちなんかされたら一巻の終わりだ。
「とりあえず、なんとか外まで行ければ」
 こんな時に学校からバックれたって、文句を言う先生はいない。いてももうハイグレだ。
 ということで恵美香っちの手を引いて階段を駆け下りる。
 踊り場では四人の女子生徒が固まってコマネチを繰り返していた。一緒に逃げていたところを一気に狙われたな、こりゃ。しかもついさっきだ。
 二人は恥ずかしそうに、一人はにやけながらもどこか苦しそうに。ただ先頭の一人は既に笑顔だった。
 恵美香っちは必死に目を反らしてる。普段は強気な子だと思ってたけど、非常事態じゃ仕方ないか。ウチも汗びっしょりだ。
 階段を下り切った頃、同じ階のどこかで男子の悲鳴が響いてきた。

 ――うわああああああああ! ハイグレ! ハイグレ!

 それに続いて、いくつもの甲高い声も聞こえた。あのパンストがすぐ近くにいるってことか。

 ――織枝、どうしよう……。

 うう、そんな上目遣いされてもなぁ。
「職員玄関の方から出よっか」
 多少遠いけれど、声がした方に行くよりマシ。
 けれど今、校舎の中は悲鳴とハイグレコールが延々とこだましている。ウチらのクラスにパンストが来てから15分くらい。どのくらいの人数がやられてどのくらいが残っているのか見当も付かない。
 絶対にこっちが安全とは言い切れないけど……動かなきゃ、か。
 走る。陸上部でスプリンターのウチだけならもう少し速く走れるけど、今は恵美香っちに合わせる。置いていってやられちゃったらウチのせいだもん。息を切らせないよう、でもなるべく速く。
 後ろを向いて恵美香っちが着いてきていることを確認したその時だ。視界の奥、廊下の向こうに走る人影が見えた。

 ――何? 織枝。

「今向こうに華奈りん……後輩が」
 あれは間違いなく一年生の華奈りん。無事、逃げ切れてるといいけど。
 そうしてウチらは上履きのまま中庭へ飛び出す。この場所からだと左手側の生徒用玄関には、ああ、やっぱり人だかりができている。……ハイグレ人間の。

 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ!
 ――はいぐれ、はいぐれ!

 男子女子先輩後輩の区別はそこにはない。ハイグレ人間、という一括りの可哀想な人たち。奴らの手に落ちた犠牲者。
 外へ逃げようとしたのはすぐに判る。けれど、狭い出口から一気に出ようとしすぎたせいで詰まっちゃったんだ。急がば回れ。
「さ、目指すは校門だよ」

 ――うん。

 ここからだと一度角を曲がって30メートル。幸い、恵美香っちの体力も残ってる。突破しちゃおうかな?
 いやいや、まずは敵の確認だ。二人で壁沿いを歩いて、校舎の角から顔だけを出して周囲の確認。すると、
「マズいなぁ……こんなにいたなんて」
 ちょっと下がって小声で言う。
 多分、ウチらのように外に逃げてきた人を狙い撃つつもりなんだろう。校門の周辺には2人のハイグレ人間と、5人のパンスト野郎がいて門番をしていた。
「もしヤバそうになったら、もう一度職員玄関から中に入ろう。で、校舎の中を通って別の道を探そ。ね?」
 頷く恵美香っちは校門を覗いてまた震え出してる。こんなので逃げきれるかな、と少しだけ不安になってしまう。

 ――織枝……。

「何?」

 ――来てる、パンストが……!

 嘘、見つかった!?
 恐る恐るウチも様子を伺うと……ってそうするまでもない。

 ――ピシュン!

 足元スレスレに、あのピンクビームが着弾して消えた。
 狙われてる。ヤバい、急に汗が……。いやいや、今しなきゃいけないのは。
「走れッ!」
 180度方向転換、そしてひたすら全速力ダッシュ。ウチの力なら校舎まで逃げきれる。

 ――ま、待って!

 そうだ、一瞬とはいえ完全に忘れてしまっていた。後ろを振り向くと4歩分も離れた所に恵美香っちがいた。
 そしてもう一つ見えたのは、恵美香っちを狙う……銃。
「くッ」
 再び踵を返し、ウチの瞬発力をフルに使って2歩。手を目一杯伸ばして、銃には気づかず懸命に逃げている恵美香っちの手首をグイッと引っ張って。
 パンスト野郎の射線上に、ウチが割り込んで。ちょっとバランスを崩した恵美香っちはこれで守れる。
 野郎は引き金を弾いた。真っ直ぐウチに向かってくる光。避けられそうもない。

 ――ピシュン!

「やああああああああああッ!」
 痛くはないけど、全身に電気が走ったみたいになって。思わず光の中で大の字になってしまう。ピリピリ、ジンジンと皮膚が刺激を受ける。
 そんな感覚は一瞬で夢のように過ぎ去ったけれど、いつの間にか着ているこのきわどいデザインの水着が、夢じゃないと教えてくれているみたい。

 ――織枝えええッ!

 あはは、ごめん恵美香っち。一緒に逃げられなくなっちゃった。
「逃げ、て……!」
 今にも別の言葉を吐きそうな口から、それだけなんとか紡ぎ出す。
 パンストが恵美香っちを追いやしないかと目を動かしていると、意外にも校門へと帰って行ってくれた。
 背後は見えないけれど、多分守りきれたってこと、かな。どうか逃げ切ってね、恵美香っち。
「あうッ」
 ハイレグが、ウチの身体を締め付けて……!
 なんだろ、筋肉が自由に動かなくなってきてる。まるで脳からの命令が伝わってないみたい。そのくせ感覚だけはまともにあって、なんだか気持ちいいかもしれないなんて思ってしまっている。
 ガニ股になったのも、この藍色の水着の足のラインに手を添えたのも、ウチの意思じゃない。抵抗してるつもりなんだけどなぁ。
 したくないよ……。
「は、ハイグレ」
 そう心で思っていても、口は遂にハイグレと言ってしまう。どう逆らえばいいのか分からないままに。
「ハイグレッ」
 コマネチの動きで擦れる水着の感覚が、ちょっと気持ちいい。
 いやいや、恥ずかしいの間違いでしょ、ウチ!
 頭までおかしくなってきちゃった。
「ハイグレッ、ハイグレッ」
 こうしてコマネチをしているウチを見たら、もう誰もがウチをハイグレ人間だと思うんだろうな。まだ心は嫌がってるけど、見た目はもう立派なハイグレ人間だし。
 ……本当に、嫌がってる?
 嫌だよ。恥ずかしいし、苦しい。
 ……ハイグレって恥ずかしいの? 苦しいの?
「ハイグレッ! ハイグレッ!」
 誰なのもう。そんなこと聞かないでよ!
 ……楽しくないの? 気持ちよくないの?
 うるさいうるさいうるさい!
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 楽しくないわけない。気持ちよくないわけない!
 恥ずかしくなんてない。苦しくもない。
 だって、ウチは、ハイグレをしてるんだもん。
「ハイグレッ! ハイグレッ!」
 認めてしまえばなんてことない。ウチはハイグレ人間で、心からハイグレを求めているんだって。
 一心不乱にハイグレを繰り返すウチに、羞恥心なんてない。好きなことをして何が悪いんだ。
 さっきまで抵抗しようとしてたのがバカみたい。体は初めから、ハイグレが気持ちいいってわかってたのに。
「ハイグレッ!! ハイグレッ!!」
 ……さて。じゃあそろそろ、他の人間にもこの気持ちを教えに行ってあげよう。
 誰にしようかな。恵美香っち? それとも華奈りんがいいかな? ううん、全員だ。きっとまだまだこの悦びを知らない人間はいっぱいいるはず。
 ハイグレ銃の準備はオッケー。皆これで撃ち抜いてやる。
 ウチから逃げきれると思うなよ?
* 恭子パート[13/02/01] ( No.3 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:39:12 メンテ
名前: 香取犬

 変身。あれも変身かぁ。
 ビーム一発で、元の自分とはさよなら。服装も一瞬で変わってしまう。現実にはありえないと思っていたけど、目の前でいっぱいの人たちが変身していった。
 すっごくドキドキする。疲れたからでも変な意味でもなく、嬉しい気持ちに近いドキドキ。

 ――恭子! 止まっちゃダメだよッ!

「ご、ごめんね」
 葛葉は数歩先で私の方を振り向いて待ってくれていた。いつの間に、こんなに距離が空いちゃったんだろう。今は早くどこかに逃げなちゃいけないのに。少なくとも、立ち止まってたら危ないのに。
 ちょっと考え事をしてたらボーっとなっちゃった。私の変な悪い癖だ。

   *

 もう一つある私の変な癖、それは『変身願望』。昔から、変身する魔法少女物のアニメや漫画が大好きだった。彼女たちは普段は普通の女の子なのに、いざという時には魔法の道具で変身する。そして人々を助けたり、敵と戦ったりするんだ。
 変身によって自信に溢れた魔法少女たちは、とってもカッコよく見えた。私は私に自信がないから、彼女たちに憧れた。いつしか憧れは、『変身』行為そのものに向いていた。
 ああ、魔法のステッキがあれば、私じゃない私に変身できるのに。変身したい。私は私以外の私になりたい。
 今日も今日とて授業中にそんなことを考えていた。そうしていたら教室の前の扉を勢いよく開けて入ってきた光線銃男によって、たくさんの友達が変身させられちゃった。大体20分弱前のこと。
 私は葛葉に連れられて逃げてきたけど、もう学校中そこかしこにハイグレ姿の人たちがいた。葛葉は先輩のハイグレを見て「可哀想に」って呟いたり、おじさん先生の一生懸命なハイグレの前では「うわぁ……」とゴミを見るような目をしていたけど。

   *

 ――ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ。

 この男子、楽しそうだなぁ。いいなぁ、ハイグレ。
「……な、なんて羨ましいんだろ」

 ――そだね。あんな姿は恐ろしすぎるよ。

 話が噛み合っていない。心の声が不意に出ちゃったけど、聞かれてなくてよかった。
 変身によって手に入れた、元の自分とは違う自分。違う服装。違う思想。これを羨ましい以外になんて表現したらいいんだろう! 誰も分かってもらえなくてもいい。それでも私は変身したい!

 ――だからさ、どっかの部屋に隠れよう?

 隠れる。当然だよね、葛葉は至って普通だよ。私だってそれが正しい選択だと思う。敵の手先にされないように逃げ隠れて助けを待つ、何も間違ってない。
 けれど私にとっては……それじゃ、ダメなんだ。
「ねえ。ここで別れよ?」

 ――何で!? 一緒に逃げようよ!

 やっぱりそうくるよね。ここからどう説得すれば、一人になれるかな。
「もし二人でいたら、見つかった時に一緒にやられちゃう。一人一人なら片方だけでも逃げられるかもしれないよ」

 ――恭子と一緒にハイグレにされるなら……それでもいいもん。
 
 その言葉はすっごく嬉しい。いつもだったら抱きつくところだけど、今はそうもいかない。邪魔しないでよ、うっとおしい。
「私は葛葉のハイグレになった姿は見たくないし、私のハイグレ姿も見せたくない」
 ちょっときつい言い方だったかな。泣きそうになってる葛葉も可愛いけど、ちょっと励ます感じで。
「大丈夫。絶対に逃げ切って、また会おう?」

 ――分かった。絶対だからね!

 走っていく背中に向かって、笑顔を作って手を振る。……ごめんね、葛葉。私はもう、私として葛葉と会うことはないの。でも、葛葉なら逃げきれるって信じてるから。
 さて、魔法の光線銃男はどこにいるかな。来た道を戻ればいるのかな。それとも、悲鳴のした方に行けばいい?

 ――やああああああああああッ!

 窓の下から聞こえたってことは、中庭だ。……ああ、あれは華奈とよく一緒にいる、織枝先輩。逃げていくのはその友達だろうか。
 藍色のハイグレが似合ってるなぁ。抵抗したって無駄なのに。ほらすぐにハイグレしたくなるんだから。早く変身を受け入れると楽になれますよ。
 ……あれ、なんだか私、もうあっち側の人間みたいな考え方をしてる。

 ――ハイグレッ!! ハイグレッ!!

 いつの間にか無事にハイグレ人間になったみたい。織枝先輩、とっても楽しそう。私も早くハイグレしたいな。
 玄関から外に出ればいいかな。階段を降りればすぐだし。
 踊り場では女子生徒ハイグレ四人組が楽しそうにハイグレを、声を揃えて繰り返していた。
 ハイグレ人間はすごく幸せそう。逃げ回る人間は苦しそう。誰しも辛いより楽しい方を選びたがるのに、人間たちは何で抵抗してるんだろう。別に死ぬわけじゃないのに。
 ……今の私にはよく分からないや。
 うーん、いざ探してみようとすると見つからないものだなぁ。あのキモカワイくもない光線銃男、そういえば何人くらいいるのかな。
 一階に着いた。玄関が近づくにつれて、大勢のハイグレの合唱が一層強く聞こえてきた。これは期待できるかも。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 うわぁ、これはなかなか……。先輩も後輩も知り合いも女も男も、みんなみんなハイレグ水着でコマネチコマネチ。こんな光景見たことない。
 二人分の幅もないドアから一斉に出ようとして詰まったところを撃たれて、あとから来た人も逃げ場がなくなって撃たれたのかな。ってことは、近くに光線銃男がいる……?

 ――かちゃん

 後ろで変な音が。それと硬くて丸っぽいモノが背中に押し当てられてる。
 えっと、これってまさか。

 ――ピシュッ

「ああああああああああああ!」
 背中から直接体内に電気みたいな感覚が流れ込んで、思わず悲鳴が出る。胴体も手足も脳みそも、その電気がくまなく走り抜けていく。それと同時に、私という存在が一気に書き換えられていくような気がした。
 点滅する光の中で、制服も下着も綺麗さっぱり溶けて全裸のようになってしまう。けど、アニメの変身バンクではよくある話。すぐに代わりの新しい服が、私の為に用意されるんだ。
 光から解放されると、当然のようにハイグレ姿に変わっていた。赤というにはピンク寄りな、自分の服のセンスじゃ絶対に選ばない色の、急角度のハイレグ水着。程よく私の身体に密着して、すごく気持ちがいい。
 ……私は、変身したんだ。私じゃない私に、なったんだ。
「うふ、ふふふふ……ッ」
 心の底から、笑いがこみ上げてきて抑えられなかった。遂に夢が叶ったんだ。
 そしてもう一つやってくる衝動の波。誰かのように逆らいはしない。
「ハイグレぇッ!」
 足はがに股。思いっきり腕を引き上げる。人生初のハイグレには、雷に打たれた衝撃が全て快感に変わったくらいの気持ちよさが伴った。
「ッあうぅ」
 膝が折れて腰が砕けてしまいそうなほどの気持ちよさ。他のナニでも感じたことはない。多分今の私の顔は、人に見せられないくらいとろとろに歪んでるだろうな。
 気を取り直して、もう一度。
「ハイグレぇッ!!」
 上体を激しく反らすから、水着の生地と皮膚が擦れたり、食い込んだりする。それが快感をもっと大きくしてくれる。
 もっと。もっと欲しいよ。
「ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇッ!!」
 続けて繰り返せば、雷は何度でも堕ちてきてくれる。いつか本当に頭がおかしくなってしまいそうと一瞬思ったけれど、それまでハイグレをし続けられるのなら構わない。
 ハイグレを羨ましく思っていた頃よりもずっと、ハイグレの虜になっていった。やっぱりハイグレは間違ってなんかいない。
「ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ! ハイグレぇ!」
 嫌だ嫌だという人でさえハイグレ色に染め上げるのに数分とかからないハイグレ光線は、変身願望のあった私には瞬時に効果を発揮したようで。
 私の夢を叶えてくれたハイグレに、身も心も捧げたい!
 清々しい気分。何の悩みも私にはない。ただただひたすらにハイグレをするだけで、心は満たされる。
「ハイグレぇッ! ハイグレぇッ! ハイグレぇッ! ハイグレぇッ!!」

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 玄関のみんなと一緒にするハイグレもまた格別。えも言われぬ一体感に、気持ちよさは更に増幅された。
 一生このままハイグレをして過ごしていたいなぁ。本気でそう思う。
 葛葉も早くハイグレになればいいのに。今はどこにいるんやら。
* 華奈パート1[13/02/02] ( No.4 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:41:17 メンテ
名前: 香取犬

 ――嫌あああああああああああッ!!

「け、圭ぃぃッ!」
 嘘だ。嘘だ嘘だ。
 圭が光線銃に撃たれて……すごく苦しそう。パチパチと点滅する光が消えるとそこには、変わり果てた姿の親友がいた。
 やだよ、こんなの嘘だ。圭がいないと、わたし……!

 ――ご、めん、ね。

 顔を歪ませ身体を震わせて、圭は必死にわたしに謝る。けど、わたしは謝ってなんてほしくない。
 だったらそんな黄緑色の水着を脱いで、たった10秒前と同じように一緒に逃げようよ。ねぇ……。
 圭は何かを必死に我慢しているようだった。ううん、何かじゃない。ハイグレをだ。ハイグレ水着を着させられた人達は皆、あの変なポーズを強制的にとらされて、いつしか自分からハイグレをするようになってしまうんだ。きっと圭も例外じゃない。でもわたしにはどうしようもない。
 そして圭をハイグレにしたパンスト男は、銃を撃ち終わった態勢のまま、圭を凝視してる。いつハイグレ人間になるのか、パンストの下で笑いながら待っているのかもしれない。……悪魔め。
 悪魔は人間のわたしをハイグレにするよりも、圭が堕ちる瞬間の方が大事なのかもしれない。見た目通りの変態だ。でももしも圭がハイグレに負けてしまったら、次のターゲットは間違いなくわたし。
 圭を置いていくくらいなら、私もここで――

 ――逃げ、て……華奈ッ!

「圭!」
 どうしようどうしよう。逃げてって言われても、でも圭が……。

 ――は……はいぐ……。

 震える圭の腕がゆっくりながらも確実に、コマネチの軌道を描く。じきに、今よりもっと可哀想なことになる。
 そんな圭、見たくない。
「……ごめん!」
 私は全速力でその場から逃げ出した。陸上部で培った足の全力で、わたしは無我夢中で走る。

  ――はいぐれ! はいぐれッ! はいぐれッ。はいぐれ……。

 圭の声がだんだん遠くなっていって、遂には他の声に埋もれて聞こえなくなった。今や学校じゅうが悲鳴とハイグレで埋め尽くされている、その声の一つに、圭もなってしまったんだ。
 そう思うと、途端に涙が溢れてきた。かけがえのない心の支えを一つ、失った。わたしの隣に圭は、もういないんだ。
「うぅ……あああああ!」
 廊下を、みっともない泣き声を上げて走っても、まともな人目はないから恥ずかしくすらも感じない。今、どれくらいの人が残っているんだろう。
 ……視界の端に、知り合いの顔があった気がした。誰だったろう、二人組のうちの片方は知り合いのようだったけど、一瞬で通り過ぎてしまってよくわからなかった。わかったのは、まだ制服姿だったということ。あなたも逃げ切って、と祈る。
 まだ人間は残ってるんだ。そう思えば、いくらかこの孤独感も和らいだ。
 図書館を尻目に左に曲がり、長い廊下を一気に突っ切ろうという時に。

 ――ピシュン!
 ――危ねッ! おい、こっち来んじゃねーよ!

 男子の声だ。わたしの進行方向から聞こえた声の主は、現在進行形で敵に追われているようで。そしてその姿は、わたしの方に向かってどんどん大きくなってきて。

 ――華奈! 丁度いいところに!

 それはクラスメートの小林だった。ガタイが良くなかなかイケメンなのだが、初対面の女の子でさえも呼び捨てにする軽薄な奴。
 確かに顔見知りに会えたのは嬉しいのだけど。
「こっち来ないでよ!」
 小林が引き連れてきた二人のパンスト男たちは、もれなくわたしのこともロックオンしてきた。180度ターンをしつつ、さっき聞こえた言葉をそっくり返してあげる。

 ――つれないこと言うなよ、折角お互い生き残ってるんだからさ!

「うっさい! もう、早く逃げるよ!」
 二人で並んで逃げる。多少蛇行しながら走るせいで、パンストたちは上手く照準を合わせられないようだ。
 そうしてT字路を迎える。この一階フロアにいてはすぐにまた敵に見つかってしまうから、ここは左の上り階段が得策だと思う。
 わたしは左へ曲がった。
 小林は右へ曲がった。
「小林!」

 ――運が良かったらまた会おうぜ!

 何故同じ方を選ばなかったのだろう、と今更悔いても仕方ない。パンスト男たちは馬鹿ではなかったので、わたしの方と小林の方とに同じく分かれて追跡を続ける。
 わたしは不意に悪い予感がした。足と心臓に感じるこの苦しさは、紛れもなく疲労。後ろを振り返れば、半階分の間をあけて無表情のままのパンスト男がいる。
 まずい。階段を駆け上るのはやめて、次の三階で廊下に出よう。
 ガクリと、音がしそうなくらい大きく体が傾いてバランスを崩したのは、やっとの思いで三階に着いた直後だった。膝を地面にぶつけて盛大に倒れこむと、服越しに廊下特有のひんやり感が伝わってくる。
「はッ、はッ、は……ッ!」
 息が乱れ、体中が火照っている。振り向けば真上に無慈悲なパンストの覆面があって、わたしを見下していた。
 少しでも這って動こうとするが、すぐに廊下の角に追い詰められてしまう。背中を壁に預けて足を投げ出して振り返っても、奴は変わらずそこにいる。
 怖いよ……やられちゃう……。

 ――かちゃん。

「うぅ……」
 銃口がわたしを至近距離で捉える。震えが止まらない。わたしもハイグレ人間になってしまうんだ。
 引き金に指が掛かって、それが絞られていく。嫌だ、誰か……。
「助けてええええええッ!」
* 華奈パート2[13/02/02?] ( No.5 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:42:28 メンテ
名前: 香取犬

 ――待て!

 指が止まった。パンスト男が驚いて後ろを向く。わたしの位置からは死角になって見えないけれど、今のは女の人の声。それも、何故かすごく安心する声色の。

 ――お願い、一旦退いてくれないかな?

 彼女は無謀にもパンスト男に対してお願いなんて言ってみせた。逆らったらきっとやられちゃうのに。
 しかしそのお願いが功を奏したのか、敵は銃を仕舞い、廊下の向こうへと歩いて行ってしまった。助かった……。
「あ、あの、ありがとうございます」
 物陰から現れたのは、わたしの良く知る先輩だった。

 ――良かった華奈りん、間に合って。

 だけど、藍色のハイレグを着ていた。
「う、嘘……ですよね、織枝先輩……」

 ――ん、何が? ハイグレッ! ハイグレッ!

 あああああ。
 わたしの世界が、織枝先輩の笑顔のハイグレによって一気に崩れ去った。
 もう、立ち上がる気力すら湧かない。先輩に光線銃を向けられても、動くことすらできなかった。

 ――そうだ華奈りん。服、脱いで。

「え?」
 予想だにしない言葉に、耳を疑ってしまう。すぐにでも織枝先輩はわたしをハイグレの仲間にするものだと思っていたのに。戸惑う。

 ――早く。じゃないと撃つよ?

 逆らえなかった。どうせ抵抗すればやられちゃうんだから。わたしは僅かに残る羞恥心を押し込めて制服と、スカートを脱いで放り投げた。
 下着だけのあられもない姿だけど、ハイレグ水着よりはマシだと変な対抗心を燃やす。
「こ、これでいい……ですか?」

 ――うん、上出来だね華奈りん。

 そう言う先輩は、いつもどおりの明るい笑顔だった。よかった、とわたしは胸をなで下ろす。

 ――じゃあ、ハイグレ人間になろっか!
 ――ピシュン!

「キャアアアアアアアアアァッ!!」
 何で……? 織枝先輩……。
 地べたにへたりこんだまま、わたしは避けることもできずに光線の直撃を喰らった。すごく、むずむずする感じが襲ってくる。苦しいのに、なぜか開放感もある不思議な光。
 数秒もしないうちに光は消えたけど、それと一緒にさっきまで着けていた下着までも消えてしまっていた。代わりに纏っているのは、先輩や圭と同じようなハイレグの水着。薄ピンク色の生地がわたしの肌に張り付いている。
 さらに体中の疲労もなくなっていたことに気付いたのは、自分の意思に反して立ち上がり、がに股を開いたときだった。
 先輩そんなに見ないでください……恥ずかしい。

 ――うーん。やっぱり華奈りん、ハイグレがとっても似合ってるね。

「そ、うですか……?」
 じゃないでしょわたし! もっと別の言うことがあるはずなのに。見ないでとか、元に戻してとか、
「ハイ……グレ……」
 とか。
 ……あれ?
「ハイ、グレ……ハイ、グレ……」
 体が勝手に動く。どうして!? 止まらないよ……!

 ――そうそう、その調子! ハイグレッ! ハイグレッ!

 先輩のハイグレ、とてもキレがある。カッコいい。
 ……じゃなくって!
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 でもどれだけ抵抗しているつもりでもポーズを取り、口はハイグレと言ってしまう。
 わたしの中にハイグレ人間のわたしがいて、そいつが体も思考も乗っ取ろうとしているみたいに。
 ……ごめんね、圭。ついでに小林も。
「ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ」

 ――あとちょっとかな? ハイグレッ!!

「ハイグレッ!」
 先輩のハイグレに揃えてハイグレをすると、途端に気分が晴れやかになった。
 なんて気持ちいいんだろう。それもこれも先輩とハイグレのおかげ。
「わたしをハイグレ人間にしてくれてありがとうございます、織枝先輩! ハイグレッ! ハイグレッ!」

 ――お礼はウチじゃなくて、パンスト兵様とハイグレ魔王様に言いな?

「ハイグレ、魔王様?」
 なんだかとても魅力的な響き。でもわたしはその方を知らない。

 ――地球人を全員ハイグレ人間に変えるという野望を持つ、ウチたちの王様だよ。多分もう少ししたら、ハイグレの色々なことが頭に浮かんでくると思うよ。

「そうなんですか。ハイグレッ! ハイグレッ!」

 ――先に言っとくけど。これからウチたちはその侵略のお手伝いをするんだ。具体的には、この学校の生徒を皆ハイグレ人間に変えること。

 生徒が皆ハイグレ人間……想像しただけで素晴らしい光景。色とりどりのハイグレで、声を揃えてハイグレ。ああ、早くしてみたい!
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」

 ――じゃあもう少しハイグレしたら、ウチたちも学校内の未転向者を探しに行こうか。

「はい! 先輩!」
 と返事をすると、先輩は鋭い非難の視線を向けてきた。しまった、返事は「はい」なんかじゃない。
「ハイグレッ!!」
* 聡パート1[13/02/07] ( No.6 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:43:27 メンテ
名前: 香取犬

「悪いな、連れ込んじゃって」

 ――いいよ聡、そんなの気にしてないから。

 男子トイレに堂々と女子が入る状況というのは、小学校の頃の鬼ごっこくらいしか覚えがないな。居心地がすごく悪いが、今は非常時だから仕方ないか。ほかに逃げ込むところもなかったし。
「詩乃、時間はどうだ?」
 ちょっと待ってねと旧世代の携帯で時刻を確認してくれる幼馴染。そういや詩乃とは幼稚園の時からの本当に長い付き合いだなあ……なんて、どうして今考えたのだろう。昔からドジでノロマで、オレがいないと危なっかしくて心配で。教室から逃げてくるときも、こいつだけはって思わず手首を掴んじまった。
 腐れ縁、それ以上でもそれ以下でもないと思うけれど。とりあえず今連れ回してる責任として、こいつだけは守ってやらないと。

 ――20分くらいかな。もっと経ってるかと思った。

「そうか……ありがとな」
 本当に、既に一時間以上経過したような心地がしていたのに。苦しい時間は進むのが遅いというが、これほど恨めしいと思ったこともない。ただ、時間が経ったからといって奴らが退いてくれるとも思っていないが。
 こんな学校を襲っているくらいだ。付近の住人ももうやられているだろう。いや、ヘタをすれば東京全体が今、パニック状態かもしれない。テレビやラジオがあればいいけど、生憎トイレには設置されていない。
 どうなってんだよ。平和な日常とは、こんなにも突然にあっけなく終わっちまうものだったなんて。

 ――これから詩乃たち、どうなるのかな……?

 分からない。ここに隠れていても、いずれは見つかってしまうだろう。逃げようにも策も行き先もない。八方塞がり。
「大丈夫。心配するな」
 口は心とは正反対の言葉を吐き出していた。そんな上辺だけの慰めで安心しきった顔をされても、申し訳なくなってしまうだけなんだ。
 ここが見つからないうちに侵略者たちが諦めてくれる奇跡に、賭けるしかない。……有り得ないか。
 もし敵が来たら、オレが囮になって詩乃を逃がす。絶対に。

 ――聡、怖い顔。

「あ、ああ、ごめん」

 ――そうそう、聡は笑ってる方がいいよ。

 詩乃ほど笑顔の似合う奴もいないと思うが。こんな時でも変わらぬ詩乃のテンポに拍子抜けするとともに安心感も覚える。
 このまま、何事もなければいいのに。

 ――タッタッタッ
 ――はぁ、はぁ、危なかったぜ……。

 汗だくの消耗しきった顔でトイレに飛び込んできたのは、
「小林! お前、無事だったのか」
 同じクラスのお調子者だった。

 ――ああ、ついさっきまで追いかけられてたが、俺の瞬足には勝てなかったらしいぜ。
 ――良かったあ。まだ皆やられたわけじゃないんだね。
 ――ちょっと前には華奈にも会ったしな。……それにしてもトイレなんかで二人に会えるとは思ってなかったわ。

「それはオレもだ」
 予期せぬ再会に、ずっと感じていた心細さや緊張感がすっと消えていった。

 ――華奈ちゃんもいるの? なんだか勇気が湧いてきたかも!
 ――おいおい詩乃、俺じゃダメ?
 ――ダメッ!

 いつもならくだらないと冷めた目で見てしまうようなやり取りが、今ばかりは心地よい。三人で笑い合う。
 けれど、いつまでもそうしている訳にはいかない。
「小林、外はどうなってる?」
 校内を走ってきたのなら、なんとなくの現状は見ているだろう。オレたちは襲撃後すぐここに来たせいでよく分からない。

 ――校舎内はハイグレ人間だらけだぜ。敵さんは一人じゃなくて大勢いるし、まだやられてない奴らはほとんど隠れてんじゃねーかな。

 となると、半分以上はやられていると見てもよさそうだ。まだ、たった20分だってのに……。
 一体どうすれば……。

 ――ピシュン!
 ――ぐわああああああああああッ!
 ――こ、小林くんッ!?

 小林の体を、あの奇妙な光が包み込んだ。光の方向は、トイレの出入り口……居た。忘れもしないパンスト男。
 悲痛な叫びが止んだ時には、小林は茶色の女物の水着を纏っていた。それに気づいた小林は、信じられないといった顔で自分の服装を見下ろしている。
 小林は撒いたと言っていたが、実はこうして油断させる為に一旦追うのをやめて尾行されていたのかもしれない。

 ――何だよ……こ、れ。

 残念だが小林は、もうダメだろう。だけど詩乃を連れて逃げようにも、唯一の出口はパンスト男に塞がれている。銃を構えてはいるが俺でも詩乃ない方を向いている今ならば、効くかどうかは分からないが不意打ちで怯ませて逃げられるかもしれないが。

 ――あ、あああ……!

 肝心の詩乃が腰を抜かして後ずさってしまっていて、逃げられそうにない。
 そうこう考えを巡らせているうちに、小林の表情が少しずつ変わってきていた。

 ――く、ハ、ハイグレ! ハイグレ!

 れっきとした男でさえも、光線の前にはハイレグ水着を着させられて強制的にハイグレのポーズを取らされることになる。女ももちろんだが、可哀想にという気持ちを抑えられない。
 しかし、今は人ごとではない。目の前にはパンスト男がいる。
「詩乃、詩乃……!」
 敵に悟られないよう必要最小限の声で呼びかけるが、詩乃は震えるだけで気づきもしない。
 
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――やだ、怖い、助けて……。
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!!

 そうこうするうちに、小林のハイグレコールが大きくなってきていた。目元に真剣味を帯びていて……クソッ!
 逃げなきゃ。そして詩乃を守らなきゃ。頭ではわかっているんだ。だけど、そのために何をしなければいけないのかがさっぱり分からない。
 パンスト男がゆらりと動き出した。小林の洗脳が完了したから、次弾を撃とうというのだろう。狙いが詩乃ならば、オレは身を投げ出してでも盾になってやる。
 覚悟は出来た
* 聡パート2[13/02/07] ( No.7 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:44:46 メンテ
名前: 香取犬

 ――かちゃ。

 つもりだった。
 銃口がオレに狙いを定めたのを見て、オレは竦んだ。息が詰まって、頭が真っ白になって、動けなかったんだ。
 照準が詩乃へと向けられていく、そのゆっくりとした動きを見ても、、足は頑なにその場を離れることを拒む。このままだと、無防備な詩乃に直撃する。
 守るんだ。オレが盾になるんだ。詩乃をハイグレになんかさせやしない。オレもハイグレにはなりたくない。盾になるとはハイグレになるということ。守りたくない。
 オレは……詩乃を……?

 ――ピシュンッ!
 ――いやあああああああああああッ!

「……し……」
 の、と続けることすら出来なかった。ピンクと青に点滅する光の中でもがき苦しむ詩乃の姿を見て、撃たれたのがオレでなくて良かったと思った自分が少なからずいることに気づいて自己嫌悪に陥る。
 違う、オレは詩乃を守りたかったんだ。その気持ちは嘘じゃない。

 ――たす、けて……聡ッ……!

 大きな瞳に涙を浮かべながら助けを乞う幼馴染は、今は足の長く見える薄緑のハイレグを着用していた。
 ごめん、ごめんな、オレが怖気づいたばかりに、お前を……!
 詩乃は必死で耐えているようだ。顔をこれ以上ないくらいに真っ赤に染めて、歯を食いしばって、それでも抗おうとしている。
 オレのせいだ。
「くそおおおおおお!」

 ――ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!

 オレの渾身の叫びは、小林の哀れな掛け声にさえ打ち消される程度でしかなかった。

 ――うぅ、ぐすッ……。

 既に足の付け根に手を添えながらもそれを引き上げるのだけはしていない詩乃は、泣いていた。自分の体が意思に反して動こうというのだ。しかもさせられるのは滑稽で恥ずかしいポーズ。
「耐えろ!」
 無責任にも、オレはいつの間にかそう叫んでいた。
 詩乃の細い腕は震えて、唇は「ハ」の音を出すために開く。本人がどれだけの思いで抵抗しているのかもわからないのに、耐えろ。オレは馬鹿か。そんなこと言うくらいなら、オレがやられればよかったんだ。

 ――は、はいぐ……れ。

 両腕がV字を描き、背を少々反らせる、その一連の動作に音はなかった。あるとすれば幼馴染の聞きなれた声が発する、拙い「ハイグレ」のみ。
 取り返しの付かないことをしてしまった、とでも言いたげな表情の詩乃。けれど、もうここまで来てしまうと本人の意思ではどうにもならなくなる。

 ――はいぐ、れ。はいぐれ。はいぐれッ。

 目をきつく瞑って首を振り自分を否定するが、それに反して口と体はハイグレポーズに馴染み始めていた。

 ――ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ……。

 徐々に抗う精神力が薄れてきているのか、詩乃のハイグレは滑らかになってきた。
 こんな詩乃、見たくなかった……!

 ――ハイグレッ! ハイグレッ!

 戸惑いながらも、笑顔になりかけている。おかしいだろそんな格好、人間がするもんじゃない。
「目を覚ましてくれ……!」
 オレにとっても悪夢のようだ。夢なら早く覚めてくれよ。
 でも、夢じゃない。

 ――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!

 トイレの中には人間が一人、パンスト男が一人。そしてハイグレ人間が、二人。

 ――ハイグレ! 詩乃、やっとハイグレ人間に転向したんだな!
 ――うん、ハイグレッ! ちょっと抵抗しちゃったから。でもおかしいよね、ハイグレを嫌がるなんて。ハイグレッ!

 おかしいのはそっちだろう。二人共、もう身も心もすっかりハイグレのそれに変わってしまったんだ。
 楽しそうに並んでハイグレをする二人の姿に絶望していると、廊下のスピーカーがガガッと音を立てた。この期に及んで放送……?

 ――ハイグレ! ハイグレ! 生徒会より、ハイグレ人間となった生徒の皆さんに連絡です。

 この声は、生徒会長の須原会長。そうか、会長もハイグレにされたのか。

 ――これより体育館にて、ハイグレ人間の決起集会を行います。ハイグレ人間の生徒は速やかに、体育館に集まってください。また、まだハイグレ人間への転向を済ませていない生徒は、一刻も早くハイグレ銃を浴びてハイグレ人間になりましょう。ハイグレ!
 ――おっと、なんか呼ばれたみたいだ。じゃあ詩乃、先に行ってるからな。待ってるぞ。ハイグレ!
 ――分かった、すぐ行くよ。ハイグレッ!

 小林が去り、気づくとパンスト男も姿を消していた。男子トイレにはオレと詩乃だけが残された。
「詩乃……お前」

 ――何かな聡? ハイグレッ!

 満面の笑みを伴ったハイグレを受けて、オレは何も言い返せなかった。詩乃は、もう元の詩乃じゃないと見せつけられた気がして。
 そして詩乃はパンスト男が持っていたのと同じような銃を手にして、オレに突きつけた。まさかオレを、ハイグレにしようってのか?
「……嘘だろ」

 ――嘘じゃないよ。さあ、聡もハイグレを着よう?

 幼馴染の氷のような笑顔は、オレを一瞬で凍てつかせる。迸った光を避けることも出来なかった。
「う、うわあああああああああッ!」
 腹の底から吐き出した悲鳴は、それはもうみっともないものだった。
 みっともないと言えば、こそばゆい光から解放されたあとのオレの姿。紫色のハイレグ水着。
 当然、女物の水着など着るのは初めてだ。タンクトップに近い上半身、ブリーフなんかとは比べ物にならない足の開放感。そしてなにより肌ざわりが良く体を締め上げる生地。少し股間に心もとなさを感じなくはないが、ちゃんと包んではくれている。
 腕や足の動きを阻害しないデザインで、本来の使い道が水泳用であることは間違いないと思える。ただ、防寒・防護目的を除けばその利点は、どんな運動にも向いているのではとも感じた。
 とは言え、少しでも動こうものなら股間が擦れ、肩紐が食い込みそうではある。それに、あまりに着心地が良すぎて集中できないかもしれない。
 ……ああ、折角誘惑から気を逸らそうとレビューしていたのに。これではハイレグを意識してしまう。
「くぅ……ッ!」

 ――どう? 気持ちいいでしょ? ハイグレッ!

「う、うるさいッ」
 詩乃の囁くような声を振り払う。が、一度聞いた言葉は不思議と頭の中で残響する。
 あんなに激しいハイグレポーズを取ったら、本当に気持ちよさそうだ。
 恥ずかしいけど、す、少しだけなら……。
 ダメだ! そんなことは出来ない!

 ――抵抗なんてするだけ無駄だよ聡。すぐに聡もハイグレをしたくなるよ!

 薄緑のハイレグが眩しい。ハイグレ人間の詩乃は、半分ハイグレ人間となったオレに立派なハイグレを見せつけてくる。
 オレもハイグレがしたい。けど、それは人間であることを捨てる行為。オレがオレである証明ができるのは、こみ上げてくるハイグレの衝動に歯向かうことだけ。

 ――ほら、足を広げて。腕をここに置いて。

 詩乃に腕のポジションと足の角度を修正される。これでもう、ハイグレと叫んで腕を引き上げるだけで、オレはハイグレ人間の仲間入りだ。
 なりたくない……ハイグレ人間になんて……!
「ハ……」
 違う! 今のはただの息だ。決してハイグレと言いかけた訳じゃない!
 頭の中がハイグレとか、快感とか、気持ちいいとか、ハイグレとかそういう言葉で埋め尽くされていく。
 もう、限界かもしれない。

 ――聡も一緒に、ハイグレしよう?

「……ハイグレ!!」
 溜まっていたモヤモヤを全て、この一度にぶちまけた。
 するとどうだろう。ハイグレによる、えも言われぬ快感が体中を駆け巡ると同時に、今まで抱えていた辛い気持ちが一気に吹き飛んでしまった。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 止まらない。止めたくもない。止める必要もない。
 オレは、ハイグレ人間だ!
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

 ――やったね、聡ッ!

 飛び跳ねるほど嬉しいのか、まったく詩乃はいつまで経っても子供っぽいな。
 でも、その気持ちは理解できる。人間が人間である限り、同じ感情を共有するのは不可能。しかしハイグレ人間同士ならばそれが容易なのだ。
 ハイグレ人間のハイグレに賭ける思いは、誰もが誰にも負けないくらい持っているのだから。
「ありがとう詩乃。お前にハイグレにしてもらえて、よかった」

 ――う、うん。どういたしまして! ハイグレッ! ハイグレッ!

 心なしか頬が染まったようにも見えたが、ハイグレの前には些細なことだ。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!!」
 これ以上の幸せなんてこの世には存在しないだろう。ハイグレ最高!
 そう言えば、とオレはさっきの放送を思い出した。
「詩乃、オレたちも体育館に行かないか?」
 きっとそこで、校内の残存人間の掃討作戦の説明でもしているのだろう。オレたちハイグレ人間が出席しないわけにはいかない。それに、詩乃はオレを転向させるためにここに残ってくれたんだ。早く行かないとな。

 ――そだね、行こ! ハイグレッ!

 この笑顔を守りたい。それだけは、オレが人間の頃から持ち続けている詩乃への変わらない思いだ。
* 須原パート1[13/02/24] ( No.8 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:46:55 メンテ
名前: 香取犬

 ――ハイグレ! ハイグレ! さあ、無駄な抵抗はやめて、出てきなさい!

 く。逃げ場を塞がれたか……。

 ――すすすすす須原会長ぉ……どうしましょう……。

「心配をすることはないわ、星羅さん。ちゃんと鍵は閉めているし、窓も黒幕で塞いでいるのよ」
 一年生で書記の星羅さんは、丁度文化祭のお化け屋敷で一緒に入ってくれと懇願してきた時と似たような顔をしていた。こういう子は理由も含めて慰めてあげると安心してくれる。予想通り、少しだけ平静を取り戻せたみたい。
 けれど私の述べた理由で安全と断言するなど到底出来ない、その場凌ぎであることは私が一番知っていた。一応、幕が光線に対して効果的なのは実証済み。生徒会室に付いている鍵は内側から閉じられているものの、もし合鍵を持つ他の役員が外にいたら……なんて考えたくはないけれど。それに、水も食料もないこの部屋に、いつまでも立て篭る訳にもいかない。外のハイグレ人間の生徒たちが諦めてくれるとも思えず、逃げることも出来ない最悪の状況。
 整理しよう。今ここにいるのは会長である私と、親友で副会長の園美と、書記の星羅さん。他のメンバーで既に敵の魔の手に落ちたことを確認したのは、二年生会計の田所くん。あとの二人については逃げ延びていることを祈るのみ。
 生徒会室の外には複数人のハイグレ人間がいて、飽きもせずに降伏勧告を続けている。声の量から、多くても4人と予想する。

 ――会長。

 星羅さんに配慮してか、言外に「打つ手はあるのか」と訊ねてくる園美。私は唇を噛みながら小さく首を振る。
「ここで助けが来るのを待ちましょう。警察への通報はしているから、後は耐えるだけよ」
 白々しく嘘をつく。そういうことも、会長職に就く限りは必要な技術。110番はとっくにかけていたけれど、電話は通じなかった。

 ――わ、分かりました。

 さて、本当にどうしよう。ここに篭ってから10分、遅れてやってきた星羅さんも中に招いて直ぐ後、ハイグレ人間となった生徒たちがパンストと同じ武器を携えて外に集結した。
 
 ――会長、ちょっと。

「何、園美?」
 私の袖を引っ張って部屋の隅に呼ぶ園美。いつも表情の薄い顔に珍しく、汗を浮かべて焦っていた。

 ――私が敵を引き付ける。会長と星羅さんは、その隙に。

「馬鹿なこと言わないで!」
 つい声を荒らげてしまった。いけない、そんなことでは。
「ご、ごめんなさい。でも、園美を囮になんて出来ないわ。みんなで逃げるのよ」

 ――でも……。

「先走ってはダメ。命を粗末にしてはいけないの」

 園美は踏み止まってくれたらしい。……気持ちは嬉しいし、僅かでも可能性のある選択肢とも思う。園美は剣道部主将。竹刀で敵を薙ぎ払えば囮には最適だろうけど、それは同時に園美を見捨てることになる。私にはそんなことは、出来ない。
 私は生徒会長。生徒を第一に考えて立ち振舞わねばならない。最悪の場合、私が二人の壁になる。

 ――早く出てきなさい! そしてあなたたちもハイグレ人間に!

 哀れな……。確か2年1組の彼女は、こうしてずっと声を張り上げている。ハイグレ人間になると、ああして思考のすべてがハイグレに乗っ取られるのだろう。それまでの自我はどこかに失われて。
 もしも私が光線に当たっても、絶対に堕ちはしない。耐え切ってみせる。
 頭を抱えてガタガタと震える後輩を、これ以上慰める言葉を私は持ち合わせていない。

 ――ガンガンガンッ!
 ――ほら、あなたたちの仲間が来たわよ。

 外から声がする。仲間……役員の誰かが? 園美も星羅さんもハッとなって顔を上げた。
 続けて聞こえた声は、

 ――今はこちらの仲間だけどね。
 ――ハイグレぇ! ハイグレぇ! 会長、まだ転向を済ませてないんですかぁ?

「……千明さん。あなたまさか」

 ――まさかはこっちの台詞ですよぉ。あたしはとっくに、ハイグレ人間ですってばぁ! ハイグレぇ!

 語尾を伸ばす特徴的な喋り方を聞き違える訳はなかった。千明さんはよく通る声を、部屋の中にまで響かせる。

 ――千明ちゃんまで……!
 ――星羅ぁ〜、一緒にハイグレしよぉ?

 同級生のハイグレ化は、心に堪えるものがあるはずだ。園美も悔しそうだった。
 私は、無力だ。
 生徒会役員が敵になるということは、ここの密室が成り立たなくなるのと同義。カチャカチャと鍵を開けようとしている音が聞こえる。
 園美は愛用の竹刀を握り、そして扉の前で構える。試合前にも見せない緊張した面持ちだ。私は星羅さんを立ち上がらせ、逃げる心の準備を始めた。
「いい? 三人で固まって校舎の外まで走り抜ける。決して囮になろうとしないこと。もし誰かがやられても、振り返らないこと」

 ――は、はい。
 ――分かった。

 ドアノブが捻られた。園美が構え直す。ドアが開き始める。灰色の水着を着た千明さんが隙間から現れる。

 ――面ッ!
 ――きゃうぅ!

 主将の迷いない一撃が、千明さんの脳天に向けて振り下ろされる。しかし本気ではない。強烈な衝撃を生身で受けては無事では済まないため、少々の手加減はしている。それでも相手の意識を奪うには十分すぎる。
「今よ!」
 千明さんの体が敷居の上に倒れ込む。園美を先頭に私、そして星羅さんが続いて出る。
 目の前には五人のハイグレ人間が、銃を向けて立っていた。園美を狙う光はしかし華麗に躱され、目にも止まらぬ動きで一人に胴薙ぎ、もう一人に小手面を叩き込んで倒す。さすがは主将。

 ――ひゃうッ!

 ビターン! と小気味良い音が背後で鳴ったので振り向くと、星羅さんが床に倒されていた。理由はすぐに分かった。足首を、気絶したはずの千明さんに掴まれているのだ。
「千明さん、気絶してたのでは……」
 不敵な笑い声と見せつけるように振られた光線銃が、星羅さんの顔から血の気を失わせる。

 ――ハイグレ人間を馬鹿にしちゃあダメだよ〜。
 ――た、助けてぇぇぇッ!

 さっき私自身が言った約束には、助けられる仲間を見捨てろという言葉は入っていない。
 ほぼ同時に園美が、一人を床のベッドに追加した。これで立っているハイグレ人間は二人。始末は園美に任せて、私は星羅さんの元へ向かう。

 ――ピシュン! ピシュン!

 二条の閃光が、残ったハイグレ人間たちから同時に発射された。反射的に振り向くと光は、園美と私をそれぞれ確実に捉える軌道を描いていた。
 やられる……!

 ――させない!

 園美の影が一瞬揺らめく。彼女はここぞという時に、常人には見切れないような足さばきで移動することができる。それが園美の圧倒的な強さの所以。
 気づいたときには、園美は私の前に仁王立ちになっていた。

 ――くぅぅあああ……ッ!

「園美ッ!」
 竹刀は床に落ちた。そして親友が、聞いたこともないような大声を上げつつ光の中で水着姿に変貌していく。
 私の動きは、完全に止まっていた。

 ――千明ちゃんやめて!
 ――ピシュン!

「きゃあああああああああああッ!!」
 光に包まれてからでは、何もかもが遅かった。油断していたと言わざるを得ない。なんて不覚……!
 星羅さんの気持ちを慮ると本当に申し訳が立たない。自分が助けを求めたせいで、園美も私もやられたのだと考えているに違いないから。

 ――会長! 副会長!
 ――星羅ちゃん、黙って見てないとハイグレにしちゃうよぉ?
 ――ッ……。

 体が痺れる。なんだか、何もかもが自分じゃなくなっていくような、言い表せない感覚が体中に駆け回る。
 それでも、私は耐えてみせる。
 私と園美の服装がハイレグに変わったのは、大体同じくらいだった。私は真っ白の、園美は水色の水着姿になっていた。色々と、恥ずかしすぎる……。
 園美も戸惑いを隠せないようで、大の字のまま自分の姿を見下ろしていた。
「あッ」
 突然、体の言うことが効かなくなる。足を左右に大きく開き、腕を足の付け根あたりに下げ、少々前かがみの態勢。すなわちハイグレポーズの第一段階。
 こういうことなのね。自分がなって初めて分かった。皆だってハイグレ人間にだなんてなりたくなかったはず。だけどこうして体の自由が奪われて、そしてハイグレをさせられると共に気持ちよさを植えつけられ、逆らえなくなっていくのだ。

 ――は、はいぐれっ。

「園美……ッ!」
 声も動きも控えめだったが、確かに聞こえたし見えた。園美は顔を赤くして、そして二度はすまいと手を挙げた状態で固まっている。
 園美の声に共鳴したかのように、私の中にもハイグレへの欲求が芽生え出した。でも、負けてなるものか。私が堕ちたら、誰が生徒を守るんだ。ハイグレ姿にされてもハイグレ人間にならないことを証明できれば、きっと皆の支えになれる。
 だから、絶対に耐えるのよ、私。
* 須原パート2[13/02/24] ( No.9 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:48:55 メンテ
名前: 香取犬

 ――はい……ぐれ……はい……ぐれ……。
 ――副会長はそろそろですねぇ。
 ――全く、二人共強情なんだから。

 ハイグレ人間たちがニヤニヤしながら私たちの様子を眺めている。パンストたちと同じくらい、こいつらも悪趣味だ。
 普段から口数が少なく冷静沈着、熱くなるのは道着を着ているときのみという彼女のハイグレに抑揚はない。

 ――はいぐれ、はいぐれ、はいぐれ。

 園美のハイグレのスピードが上がっていく。もう止めることが出来ない臨界点を超えてしまったようにも見える。
 強く目をつぶって我慢している表情が、緩んだ。

 ――はいぐれっ、はいぐれっ、はいぐれっ、はいぐれっ。

 抵抗を、諦めてしまった。辛そうな声色がその瞬間から消え失せ、真剣な眼差しになり、キビキビした動きでハイグレポーズを繰り返す。気持ちよさに身を委ねたのではない、膨れ上がったハイグレ人間の使命感に飲み込まれたのだ。
 親友までも、ハイグレ人間に。それでも私は、私は……!

 ――会長。

「……園美……」
 いつもと変わらない声と顔。なのに、ハイレグを着ている。それは、園美と呼べるの?
「……違う」
 彼女は、園美じゃない。ハイレグを着させられたが最後、それはもう本人ではない。
 じゃあ、私も私じゃないの?

 ――会長も、一緒に。

「あああ……!」
 その顔で笑いかけないで偽者! 園美から出て行け!

 ――はいぐれっ、はいぐれっ。

 ピクリと、私の腕が反応した。ハイグレというワードが頭の中を侵食して、ハイグレ色に染めていく。必死に耐えてたのに、どうして今になって。
 ああそうか。私にとって、園美が支えだったんだ。それが崩されて、私も。
 ……まだよ。まだ、私には生徒の皆がいる。彼らの前にこんな醜態を晒すわけにはいかないの。

 ――よくこんなに耐えられるなぁ会長〜。早く楽になっちゃえばいいのにぃ。
 ――須原会長ッ!

 星羅さんも見ているんだ。堕ちない、負けない、私は耐える!

 ――抵抗しないでも、いいんだよ。

「やめてッ!」
 園美の偽者が囁く。確かに我慢するのは辛い。でもこの声に屈したら、私はどうなるって言うの……?

 ――ハイグレ人間になっても、会長は、会長だよ。

「そう、なの?」
 甘い誘惑に、一瞬耳を傾けてしまう。私が私のままでいられるならば、こうして拒む意味もなくなる。

 ――うん。人間はハイグレ人間に変わる。けど、その人はその人のまま。

 ああ、どんなに楽だろう。自分を否定するというのはとても辛いことだ。ハイグレ人間である自分も自分なのだと肯定してもいいのなら、どんなに。
「私、は……」

 ――はいぐれっ、はいぐれっ、はいぐれっ。
 ――さ、会長もハイグレ人間にぃッ!

「ハイグレ、人間……?」
 白のハイレグは何も言わない。言わないけれど、私の肌に直接語りかけてくる。
 そうか、私はハイグレ人間。ハイグレ人間の、生徒会長。
 だったら、することは一つ。
「……ハイグレッ!」
 これがハイグレ人間として最上の義務であり、至福の行為。幸せだ。心地よい。
 怖かったのは、生徒会長である私が消えてしまうと思っていたから。でも真実は、ハイグレ人間になっても生徒会長だし、私は私だった。怖いことなんて、何一つなかったんだ。
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 もう私に迷いはない。私はこれから、ハイグレ人間として生きる。そして生徒を全員ハイグレ人間にしてあげて、この気持ちを教えてあげたい。

 ――か、いちょうぅ……。
 ――はいぐれ、はいぐれ。これで会長も、同じ。
 ――でぇ? 残ったのは星羅ちゃんだけだよぉ?

 慈愛の笑みを星羅さんに注ぐ千明さん。怯えきった星羅さんにハイグレの素晴らしさを教えてあげるのが、私の最初の使命かもしれない。
「星羅さん。怖がらないで」
 千明さんに組み伏せられたまま、彼女はふるふると首を振る。そんな反応をされると、少し悲しい。
「今、楽にさせてあげるから」
 胸元から光線銃を取り出して、私は迷うことなく星羅さんを、救った。

 ――嫌ああああああああああああッ!!

 点滅する光が星羅さんを優しく包み込み、服を取り除き全ての苦しみから解放する。美しい光景。
 花火のように、数秒のうちに光は収まってしまう。すると彼女は、黄色のハイレグ水着姿へと変わっていた。千明さんが満足そうに解放してあげるとすぐさま立ち上がる。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 涙を流しながらハイグレを始めた。ハイグレは辛いことじゃなく、むしろ幸せなこと。いずれ星羅さんも気づくでしょう。
 さて、これから何をするか考えないと。……そうね。ハイグレ人間となって生徒たちの意思をまとめることだろうか。
「ハイグレ人間の生徒を体育館に集めましょう。そして決起集会を行います」

 ――はいぐれ。分かった、放送室を押さえてくる。
 ――ハイグレぇ! 了解です会長ぉ! んじゃあ体育館に先に行ってますぅ!

 果たしてどれくらいの人数がハイグレ人間となっているのだろう。それを知ることも、すごく楽しみだ。
 集会では何と言って奮い立たせよう。どのようにすれば効率よく未転向者を探し出せるだろう。そんなことを考えているうちに、星羅さんの表情が移り変わっていた。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

「気分はどう?」

 ――ハイグレ! 最高です! ハイグレ!

 涙の跡の消えていない顔は、満面の笑みだった。こんなに喜んでくれると私も嬉しい。
 園美たちが私を呼びに来たので放送室へと向かうと、ハイグレ姿の放送委員二人が待ち構えていた。いつものようにマイクを握り、私は全校に声を響かせる。
「ハイグレ! ハイグレ! 生徒会より、ハイグレ人間となった生徒の皆さんに連絡です。これより体育館にて、ハイグレ人間の決起集会を行います。ハイグレ人間の生徒は速やかに、体育館に集まってください。また、まだハイグレ人間への転向を済ませていない生徒は、一刻も早くハイグレ銃を浴びてハイグレ人間になりましょう。ハイグレ!」

 ――さっすが会長ですねぇ!
 ――普段よりキレがある、かも。
 ――須原会長、早速体育館に行きましょう!

「ええ、もちろん」
 数分後、体育館には全校生徒のおよそ7割が集結していた。舞台から見下ろした光景は、まさに壮観だ。これだけの人数が私の呼びかけに応えてくれたのだと認識するのが、生徒会長をやっていて良かったと思う瞬間。
 恩返しは、もちろんこの掛け声だ。
「ハイグレ!! ハイグレ!! ハイグレ!!」

 ――ハイグレ!!! ハイグレ!!! ハイグレ!!!

 体育館を揺るがすほどの轟音が、それでも一体感を失わずに響き渡った。エコーが消えた頃を見計らって、私は口を開く。
「皆さん、まずは決起集会にお越しいただき、ありがとうございます。パンスト兵様方がやってこられてから約20分、これほどの方々が共にハイグレ人間となられているということ、とても嬉しく思います」
 わーッという歓声。その頃になって、体育館後方の扉が開かれて誰かが入ってきたようだ。

   *

 ――ハイグレ! ハイグレ! うわ、大分出遅れちまったな。
 ――ハイグレッ! 大丈夫、このくらいなら許してくれるよ。
 ――ならいいんだけどな。オレのせいで詩乃を待たせちまって悪かった。
 ――そんな、聡のせいじゃないよ。ハイグレッ!

   *

 遅れてくるということは、今しがたハイグレへの転向を済ませたということだろう。喜ばしいことだ。
 他の哀れな人間たちも、私たちハイグレ人間は快く迎え入れよう。
「皆さん! 校内に残る人間は多くはありません! なんとしてでも見つけ出し、ハイグレ人間にしてあげましょう!! ハイグレッ!!」
 そう切り出して私は、これからの洗脳活動についての方針を語った。今現在もパンスト兵様方は校内を巡回して残存生徒を転向させていらっしゃる。そのただの人間たちが試みようと考えるであろうことは、この学校からの脱出。周囲一帯は既にハイグレ魔王軍の手が回っているため、例え逃げ出しても結果は変わらない。
 だが、やはり生徒は全員この場所でハイグレ人間になるべきだ。その為に、
「……近しい友人などが未洗脳の場合は、なんとしても探し出してハイグレ人間にすること。そうでない人たちは、学校の敷地を囲うように広がって待機し、絶対に生徒を逃がさないように!」

 ――ハイグレ!!!

 こうすれば、最早人間に逃げ道などない。単純ながら完璧な作戦。
「行きましょう皆さん! 全てはハイグレのために! ハイグレ!!」
 私の掛け声にあわせて、背後に並ぶ生徒会のメンバー4人を含む数百人単位のハイグレ人間たちが、一斉にハイグレをした。
* 翼パート[13/02/24] ( No.10 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:51:11 メンテ
名前: 香取犬

「だーかーら! 今がチャンスなんだってば!」
 何度あたしが言っても、照代も桃花も消極的なままだった。
「会長がハイグレ人間たちを引きつけてくれてる今なら、校門だってスッカスカに決まってるじゃん!」
 引きつけて、というと会長が味方のようだけれど、そうじゃないことくらいは分かっている。きっと今頃体育館では、世にも奇妙なハイレグ水着絶対着用の宗教じみた集会が行われているに違いない。
 それならば、今校舎内に敵の目はない。光線銃に怯えることなく脱出できるのに。

 ――本当に安全って言い切れるの?
 ――でも翼先輩、もしかしたらパンストの人はいるかも……。

 ぐぬぬ、埒が明かない。だったら本気で論破してやるまで。
「いい? 照代。少なくとも5分前よりは安全って言い切れるよ。その証拠に、さっきまで沢山聞こえていたハイグレの声は聞こえなくなったし」
 この理科室の前の廊下でハイグレ人間にされた子がいたが、彼女は会長の招集のすぐ後に去っていった。

 ――でも、いつまた帰ってくるか。

「校長先生に負けず劣らず長話をするあの会長が、そんなにすぐ解散させる? 例えそうだとするならその後いつ逃げるの? 今でしょ?」
 照代は反論せずに俯いたため、これで一人撃破とする。次は桃花。
「でね、確かに桃花の言ってることは正しいかもしれないよ。けど、それっていつだろうと同じだよね?」

 ――そう、ですけど……。

 と、それ以上は何も言わなくなってしまった。あたしの勝ちでよさそうだね。
「心配ないって。さ、行こう?」

 ――私は残る。行くなら勝手に行って。

 え。照代、
「それどういう意味?」

 ――そのままの意味。私は翼がなんて言おうとも、ここからは動かない。翼は逃げたいんでしょ? なら行って、逃げ切ってよ。

 この……こんなときまで頑固者なんだから。
「折角のチャンスをみすみす棒に振る気なの? ねえってば!」

 ――動いたら見つかるかもしれない。けどここに隠れている限り、見つかりはしないはずだから。

「そんなの時間の問題じゃん!」

 ――うるさい! 私はここに残る!

 久々にカチンと来た。照代が一度言いだしたら聞かないことは知ってる。けど、これほどとは思わなかった。
「分かったよもう! でもあたしは行くからね!」
 もういい。わからず屋は置いていく。あたし一人だけでも絶対に脱出してやるんだから。
 喧嘩するあたしたちの様子を見てあわあわしている桃花を尻目に、あたしはドアに手をかけた。この向こうは廊下だ。

 ――出て行くからには、しっかり逃げ切りなさいよ。

「……あんたたちも、見つからないようにね」
 照代との喧嘩なんてこれまでに飽きるほどしてきた。その度に仲直りをして、今までやってきた。だからこうして道を違えても、結局は相手のことが心配で仕方ない。
 それでも、あたしは行く。学校を出て、警察でも何でも駆け込んで、皆を、照代たちを助け出してもらうから。
 久しぶりに見た廊下には、いや、校舎の中には、およそ人のいる気配がしなかった。敵の手に落ちた人達は体育館。生き残った生徒は、まだあたしたち以外にもいるだろうけど、隠れたまま出てこないのかも。
 少しの恐怖を感じながら階段方向に歩いていたその時、後ろでパタンと上履きの鳴る音がした。
「ひ……っ」
 私は直後、鞭を打たれた馬のように一目散に逃走する。振り返って音の主を確認する暇すらも惜しい。とにかく逃げてしまえば間違いはないはずだ。
 階段を駆けおりて、息を切らして廊下を駆け抜ける。コースの障害物となる生徒も、口うるさく注意してくる先生も誰ひとりいない。いないといないで、どことなく寂しい感じもする。
 照代も今はいない。あたしだけが、この学校に残る最後の人間なんじゃないかと思えてしまうほどに、静かだった。響くのは、あたしの鳴らす足音だけ。
 孤独。それはすごく怖いこと。早く人のいるところに行って、助けてもらわないと。
 この位置からなら普段の昇降口よりも裏口を使ったほうが校門に近い。そこを目指そう。
 裏口は防火扉のような鉄の扉だ。鍵は掛かっていない。あたしはノブを捻って、そっと扉を押して、指一本分の隙間を空けたところで、
 一気に引き戻した。
「い……! な、なん、ここッ……!」
 うわごとのように、言葉にならない言葉が口から抑えきれずに吹き出す。ノブを掴む手は石のように硬くなり、足は震えて動かない。
 目の前ににいたのは、紛れもなくパンスト男だった。黒い二つの月が、あたしのことを超至近距離で見下ろしていた。待ち伏せしてたんだ。ここから出てくる人間を確実に仕留めるために、パンスト男は。
「あああ、いや、怖い……」
 ぐい。必死に抑えているドアノブが、いともたやすく回っていく。相手の力が強すぎる。このままじゃ、入ってきちゃう。
 あたしは片足をドアそばの壁に当てて踏ん張ってみた。けれどもすぐに限界が来てしまう。
 いっそ手を離せば、力んでいるパンスト男は勝手に吹っ飛ぶかも。それしか方法はない。その隙に逃げるんだ。
 覚悟を決め、手を離す。ぶお、と風が流れてあたしの髪を揺らす。同時に差し込む太陽の光は、しかし大半は直立不動のパンスト男によって遮られていた。あたしはそいつの作る影の中に居た。
「ひッ」
 体を反転、なりふり構わず走り出した。作戦は失敗した。今できるのは敵から逃げ切ることだけ。逃げ切らなきゃ。
「助けて、誰かッ! 助けてぇぇッ!」
 どれだけ無様でも、叫ばずにはいられなかった。ごめん照代。照代の言う通りだった。あたしが間違ってたよ。
 パンスト男はあたしを追ってくる。無表情に、銃を構えて。

 ――ピシュン!

「わあああああああああああッ!」
 背中に当たった光は瞬時にあたしの全身を包み、服を飲み込んでいく。そうしてあたしは、真っ黒なハイレグの水着姿に変えられた。
「や……だ……」
 ハイレグなんて。ハイグレなんて。なりたくないから、したくないから逃げたのに。こんなのあんまりだ。
 ハイグレ人間側は本気であたしたちを全員ハイグレにするつもりなんだ。あたしのようにチャンスだと思ってのこのこ顔を出してきた馬鹿を、こうして待ち伏せれば探す手間も省ける。
 照代……。
「う、は、ハイっ」
 ちゃんとあそこに隠れてるかな、誰にも見つかったりしてないかな。頑固者の照代のことだ。意地でもあそこから動かないだろうな。
 誰でもいいから、照代と桃花を助けてあげて。あたしは、もう……。
「ハイ、グレ!」
 情けないポーズ。股を見せつけるような、羞恥心のかけらでもあったら取らないだろうポーズ。
「ハイグレ!」
 でもあたしはハイグレをしてる。それは、体が勝手に動くから。本心ではしたくないのに。
「ハイグレ!」
 けど、本当にハイグレを拒んでいるなら今からでもやめればいいんだ。やめられないのは、自分がハイグレを求めているからじゃないの?
「ハイグレ!」
 そうだ、あたしはハイグレがしたいんだ。なんだかんだと理屈をつけて欲望を押し殺してただけなんだ。欲望のままにするのは恥ずかしいことなんかじゃない。
「ハイグレ!」
 誇らしいポーズ。ハイレグを強調し、ハイグレに身を捧げるポーズ。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 あたしは繰り返した。何度も何度も、ハイグレ人間になれた悦びを噛み締めて、ハイグレをする。
 いつの間にか、ハイグレを拒んでいたころのあたしの気持ちが全く理解できなくなっていた。何でハイグレを受け入れたくなかったんだろう。疑問で仕方がない。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 そうだ、照代。照代もハイグレ人間にしてあげないと。
 ちゃんとあそこに隠れてるかな、誰にも見つかったりしてないかな。
 一緒にハイグレできたらなんて思うだけで胸がワクワクする。早く理科室に戻らないと。
 あ、でもあともうちょっとだけ。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
* 桃花パート1[13/03/22] ( No.11 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:52:58 メンテ
名前: 香取犬

 ――あんたたちも、見つからないようにね。

 翼先輩は扉を閉めて、廊下の向こうへと行ってしまった。
「照代先輩、一緒に行かなくても良かったんですか……?」
 無神経かなとも思うけど、聞かずにはいられなかった。だって二人は親友なのに。こんな時に喧嘩別れしちゃうなんて、あんまりだ。

 ――いいの。翼も分かってくれてるから。

 そう言ってはにかむ先輩を見て、私は見くびりすぎていたのかもと反省した。先輩たちは想像以上に、言葉にしなくても互いを思いやっているんだ。なんかそういうの、いいな。

 ――何、笑ってるの?

「す、すいませんっ」
 友達。そういえば私、教室から逃げてきてから一度も同級生と会ってないや。皆、どうしてるかな……? 私だけ生き残ってるなんて、考えただけでも怖い。きっとまだやられていない人はいるはずだ。
 ぱたん、ぱたん。扉の外からだんだん大きく聞こえてくるのは、上履きの足音。焦っている様子はない。翼先輩が戻ってきた? 照代先輩と顔を見合わせると、先輩の表情は疑問と緊張で引き締まっていた。
 足音は理科室の前で止まる。私たちは息を殺し、入口からは死角になるこの机の下にぎゅっと身体を縮こめる。敵なら見つかる訳にはいかないんだから。

 ――誰か、いますか?

 扉を開けて部屋に入ってきたこの声の主に、私は心当たりがある。今すぐ名前を呼びたいけれど、彼女が味方か分からないのにそうするわけにもいかない。
 彼女は理科室を歩き回って観察している。その最中、彼女の姿が一瞬だけ私の視界に飛び込んだ。あれは間違いなく――スカート。
「恵美香っ!」
 大丈夫、恵美香はハイグレじゃない。それが確定した瞬間たまらなく嬉しくなって、思わず飛びついた。恵美香は相当驚いていたけど、私と分かると安堵した様子で、

 ――桃花、良かった……!

「なんだかすごく久しぶりに会ったみたいだね」

 ――ほんと、40分しか経ってないのに。

 二人で笑い合っていると、後ろから照代先輩も姿を現した。

 ――桃花の友達?

「あ、はい。クラスメートです」
 会釈する恵美香は、その後に用事を思い出したような顔になって言う。

 ――お二人共、早く来てください! 今、ハイグレにされていない生徒を集めて隠れている場所があるんです。そこまで行きましょう。

 そうか。今は校舎内が安全だから、こうして隠れている生徒をひとっところに集めようと探し回っているんだ。
「えっと、そこは安全なの?」
 と問うと、恵美香は自信を持ってうんと答えた。

 ――頑丈な鍵が付いているから、絶対に外からは開けられないよ。さ、敵がいない今のうちに。

 私は恵美香に手を取られたけれど、その瞬間に照代先輩のことを思い出した。
 照代先輩は、果たして理科室から出るなんていう誘いに乗るだろうか。いや、多分、答えはノーだ。

 ――私は行かない。桃花、行ってらっしゃい。
 ――何でですか? こうして簡単に人が入れるこの部屋にいては、いつか見つかってしまいます。あいつらに狙われたら……一人では逃げ切れません。絶対に。

 その口調に、私は重みを感じた。もしかして、恵美香の目の前でハイグレ人間にされた人がいるのかも。
 けれど照代先輩は、やはり首を縦には振らなかった。

 ――私がここを出たら、友達が私を見つけられなくなるから。
 ――……分かりました。じゃあ、桃花だけでも。

「う、うん」
 先輩の言いたいことは分かる。けど、後ろ髪が引かれる思いがしたとしても私は恵美香についていきたい。
「……先輩、どうかご無事で」

 ――桃花もね。また、必ず会いましょう。

「はいっ」
 先輩は笑顔で手を振ってくれる。例えどんな気持ちであろうとも、笑顔には笑顔で応えなきゃ。
 私たちは理科室を出た。校舎内は不思議なくらい静まり返っていて、夜でもないのにとても怖い。

 ――こっちだよ、来て。

 その態度は、いつものちょっと強気な恵美香だった。なんだか安心してしまって、私は頬を緩めたまま恵美香について走っていく。
 道中は人間にもハイグレ人間にも遭わなかった。本当に今はハイグレ人間の集会が行われていて、そしているかもしれない生き残りは誰も外には出てきていないんだ。そう言えば翼先輩にも会わなかった。学校から逃げるのだから一階を目指したに違いないけれど、方向が違ったのかな。私たちが向かったのは一階は一階でも、どの昇降口からも距離のある場所だった。
 もう二年生だというのに学校内には知らない場所もあるんだな、と驚いた。普段進むことのない廊下を行くとその左手側に、倉庫だろうか、大きな鉄の扉が現れた。
 恵美香が扉を四回ノックすると、ノックが二回返される。そしてもう一度叩くと無事に鍵が開けられた。今のは符丁だったんだ。
 ぎぃ、と金属音を響かせて恵美香が扉を開く。そこは明かりのない完全な闇の空間だった。私は促されて恐る恐る先に足を踏み入れる。恵美香が続いて中に入り、私の手をぎゅっと掴んでから施錠する。手の平から伝わってくる温もりがなければ、今にも気絶してしまいそう。

 ――菜々さん。恵美香、只今帰りました!

 闇の中に報告の声が反響する。と、パチンと音がして倉庫の闇が一瞬で取り払われた。電灯の光が暗さに慣れかけた私の瞳を焼いて、思わずまぶたを強く瞑る。

 ――あら。上出来よ恵美香さん。ちゃんと助けて来れたのね。
 ――はい! あ、本当はもう一人いたんですが、行きたくないと言われて……。
 ――そうなの。とにかくご苦労さま。さあ、あなたもこっちへ来て。歓迎するわ。

 ぼんやりと見える下り階段をゆっくりと降りていくと、菜々さんと呼ばれた人の姿が見えてくる。それだけじゃない。半地下である教室の半分程度の広さの倉庫には他に、一年生の男子と女子が一人ずつ座っていた。

 ――桃花。実は今、私みたいに生き残りを探しに出かけている友達も二人いるんだよ。

「私も知ってる人?」

 ――当然。同じクラスだしね。ま、帰ってきてのお楽しみということで。

 クラスメートがあと二人もいて会えるだなんて聞くと、本当に嬉しい気持ちになる。さっきまで絶望してばかりだったけど、そうじゃないんだと思えた。

 ――桃花さん。

「はいっ」
 菜々さんが指し示しているのは、一年生二人。

 ――あちら、沼田くんと合歓さん。あなたが来る少し前に恵美香さんが連れてきたの。

 二人は私に軽く会釈をしてくれた。
「よろしくね、二人とも。……あの、菜々さんと恵美香はいつからここに?」
 という質問には、恵美香が答えてくれる。

 ――襲撃があってから20分後くらいに、菜々さんと会ってね。それで一緒にここに隠れてた。で、集会中の今なら人探しができるかもってね。
 ――恵美香さんはすぐに一年生達を見つけて、また飛び出していって。そうしたらあなたもやって来た。恵美香さんの迅速な行動には恐れ入るわ。
 ――だって、もう誰も失いたくなかったから……。

 さっきと同じ顔。誰とは言わないけれど、間違いなく誰か友達がやられたんだ。
 すると。コンコンコンコン。扉がノックされる。恵美香が扉の前へ行き、電気が消され、そして二回叩く。返事は一回。扉の隙間から光が差し込み、また闇に戻り、そして明かりが点く。
「……仁奈! 希!」

 ――その声は桃花!?
 ――無事だったんだねー、良かったぁ。

 さっき話題になったクラスメートとは、仁奈と希だったようだ。
 そして再会を喜ぶよりも早く、再び扉がノックされる。先ほどと同じ符丁のやり取りの後に扉が開かれて、またしても友達の姿が現れた。

「茉里奈っ!」

 ――やっほー桃花! それに恵美香と仁奈と希も! 菜々さん、部活の後輩を見つけて来ましたっ!
 ――お手柄よ茉里奈さん。その子は一年生ね。

 菜々さんが茉里奈を労う。その傍には小柄な一年生の女子が立っていた。茉里奈の部活のというのだから、陸上部なのかな。
 恵美香の言っていたのは本当は、仁奈と茉里奈のことらしかった。これで倉庫には全部で九人。学年もバラバラだけれども、この緊急時に敵の目をかいくぐってきた運のある人たち。

 ――これで全員揃ったわね。恵美香さん、仁奈さん、茉里奈さん、本当にご苦労さま。よく無事に帰ってきてくれました。新入りさんたちも聞いて。私たちはこれからここで、外からの救援が来るまでずっと隠れていなければいけない。

 誰も何も喋らずに、菜々さんの話を聞く。

 ――きっとハイグレ人間の集会もそろそろ終わる。つまりハイグレ人間たちがいる限り、もう外には出られないの。非常用の食料はあるけれど、助けが来るまで何時間か、何日か分からない。家族や友人も心配でしょうけど、今はあなたたち自身を第一に考えて。いい?

 はい、と、倉庫の外に漏れない程度の声量で、全員が返事をする。
 もう外には出られない。その言葉が、私の心に重くのしかかってきた。ハイグレ人間にされないため仕方ないとはいえ、仲間が大勢いるとはいえ、途方もない絶望感を覚えざるを得ない。
 翼先輩も照代先輩も、皆みんなが気がかりになる。
* 桃花パート2[13/03/23] ( No.12 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:54:32 メンテ
名前: 香取犬

 ――大丈夫よ、桃花さん。きっといつかは悪い夢だったと思えるようになるから。

 菜々さん……。
 悪い夢。そう、こんな現実離れした現実は夢みたいなもの。死以外に醒めない眠りはないのだから、いつかは笑い飛ばせるようになるはず。
 いつかがいつかは分からないけれど、必ず来る。そう信じたい。
「ありがとうございます、菜々さん」
 お礼を言うと菜々さんは、更に私を安心させるためか頭を優しく撫でてきた。ちょっと恥ずかしい気もするけど、なんだか心地よい。私が満足げになったところを見計らって、菜々さんは皆に向き直って告げた。

 ――さて、これからこの九人で共に過ごす訳だけれど。軽く自己紹介でもしない?

 そんな提案だった。私もそれには賛成だ。同級生はいざ知らず、一年生とはあまり接点がないから。
 見回すと、誰もが頷くなりの肯定の意を示していた。

 ――じゃあ言いだしっぺからね。私は菜々、三年生。家庭科部の部長をしているわ。上級生ということで成り行き上仕切り役をしているけれど、上手くできているかな?

 誰からともなく拍手が上がる。はにかんで頭を下げた菜々さんに代わり、次は二年生の番となった。

 ――恵美香です。他の二年生とはみんな同じクラスです。あの……全員で必ず、人間として生き残りましょう!
 ――仁奈です。みんなとここでこうして集まれて良かったと思ってます。これからよろしくね。

 仁奈からの視線を受け取って、私も自己紹介をする。
「えっと、桃花です。皆さんよろしくお願いします」
 何故かちょっとだけ緊張してしまって、短くなってしまったけれど。

 ――希っていいますー。あのね、こんな時だからこそ皆、頑張ろうね!
 ――あたしは茉里奈。陸上部で、そこの華奈とはちょっとした仲だ。な?

 と話を振られた華奈ちゃん、つまりさっきの小柄な子は、ぼーっとしてたのか慌てて答える。

 ――あ、り、陸上部の華奈です。皆で一緒にここから出られると良いなって思います。

 そして残った二人の一年生の番。

 ――私の名前は合歓、ネムの木の合歓です。ちなみにこっちの沼田と同級生です。
 ――えっと、どうも、沼田です。

 言い終えると合歓ちゃんに「ちゃんと自己紹介しなさいよー」とからかわれ、口を尖らせる沼田くん。結構仲良しなのかもしれない。
 それにしても、このメンバーなら和を乱す人もいなさそうで良かった。安心していられそう。
 私たちはそれから、茉里奈を中心に雑談をし始める。勿論外に声が漏れないよう、注意を払って。楽しい、という感情を思い出したのは一体いつぶりだったかな。ずっと緊張感の中に晒されていて、心の休まる暇なんてなかったから。私も皆も、今だけは嫌なことを全て忘れていたかのようだった。
 15分くらい経っただろうか。不意に華奈ちゃんが談笑の輪から外れた。他の人は気にもとめていないようだったけれど、私は華奈ちゃんの怪しげな瞳の色が気掛りでその動きを目で追ってしまった。
 彼女は立ち上がり、ゆらゆらと壁際に寄って行き、そして。

 ――パチン。
 ――な、何? 停電!?

 皆の慌てふためく声の中でも、合歓ちゃんの声はよく聞こえた。私だって半パニック状態だ。一体何が……いや、もしかして。

 ――ピシュン!

 真っ暗闇の空間で流れ星のように輝くピンクの軌跡を、きっと全員が目にしただろう。そしてそれは、

 ――きゃあああああああああああッ!
 ――仁奈!?

 運悪く仁奈に直撃して、その身体を眩しく包む。制服が光の点滅と共に変貌していって、遂にあの恐るべき水着となってしまう。

 ――嘘……なん、で……ッ!

 光が止んで、再び夜より暗い闇が訪れて仁奈や皆の姿を隠す。さっきよりも何万倍も恐ろしい闇だ。状況の理解が追いつかず、体が全く動かない。

 ――誰か! 早く電気を!

 菜々さんの声に突き動かされて、私は思考を停止させてスイッチの元へと駆け出した。
 パッと明るくなる倉庫内。中心には、哀れな姿の仁奈が。

 ――助けて……おねが、い……!

 涙を流しての懇願。足はがに股、手は足の付け根、橙色のハイレグ姿の仁奈は、ハイグレコールをするまで秒読み段階のように思えた。私たちには何もできないの?
 その瞬間、茉里奈が仁奈に組み付いた。背中方向に腕を回して動かせなくする。半ば関節技であるにも関わらず、仁奈の表情には安堵の色が見えた。
 大人しくなった仁奈。このままなら大丈夫かと皆が思った頃、また苦しげに呻き暴れだした。

 ――ううあああッ! やめて! 離してッ!

 後ろ手の体勢だった仁奈は茉里奈を勢いよく振りほどき、そして、

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!

 尻餅を突いて呆然としている茉里奈の目の前で、笑顔でハイグレを繰り返しだした。その頬に、涙の跡を残したまま。
 腕を抑えられている間にも、洗脳は確実に進んでいたんだ。結局、仁奈は自分からハイグレを求めるようになってしまった。……惨すぎる。
 菜々さんが、突然声を張り上げた。

 ――倉庫の中に敵がいる! 気をつけて!

 そうだ。そうでなければ誰が仁奈をハイグレ人間にしたんだ。だけど、あまり広くないこの倉庫にパンストの人が隠れているとは考えにくい。とすると、ある一つの可能性が浮かんできた。
 犯人、つまり制服でハイレグ水着を隠したスパイは犯行の瞬間を目撃されたくはないはずだ。その為に何をするか。電灯を消すのが手っ取り早い。じゃあ誰が消した?
 私は恐る恐る、すぐ近くにいた華奈ちゃんに質ねる。
「ねえ華奈ちゃん。どうして電気を消したの?」
 え、と急にぎこちない笑顔を作る華奈ちゃん。皆の視線も一気に集まる。

 ――な、何のことですか桃花先輩……? わたし、電気なんか……。

「嘘。私見たもん」
 するとどうだろう。華奈ちゃんは鼻を一度鳴らし、私に向かってあからさまに敵意のある視線をぶつけてきた。

 ――ふふふ。あーあ、見られちゃってたのかぁ。失敗失敗。

 一歩二歩と私たちから距離を取って、制服に手を掛ける。そして、一気にセーラー服を脱ぎはなった。同時に目に飛び込んできたのは、薄ピンク色の水着の生地。スカートをも放れば、見間違えようもない鋭い切れ込みが現れる。

 ――そう、わたしは残りの人間たちをハイグレ姿にするためのスパイ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!

 僅かな迷いも羞恥心も無く、キレのあるハイグレを見せつけてくる華奈ちゃん。まさか、今までずっとハイグレ人間と一緒にいたなんて。菜々さんでさえ愕然として動けないのをいいことに、華奈ちゃんはいつの間にか装備していた光線銃を茉里奈に向けた。

 ――次は茉里奈先輩ですよ!
 ――あ、あんた、本気なの!?

 腰が抜けているのか立ち上がれない茉里奈に微笑み掛ける華奈ちゃんは、悪魔そのものに見えた。

 ――もちろん本気ですよ?
 ――ピシュン!
 ――やめ……わああああああああああッ!

 一瞬のうちに茉里奈が着ている服は紅色のハイレグへと変化してしまう。それと同じくらい顔を紅潮させて、茉里奈はのそりと立ち上がる。

 ――くぅッ……ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ……!

 歯を食いしばり引きつった笑みのままのハイグレに、自分の無力さを思い知った。

 ――じゃあ次は、っと。
 ――ヒッ!

 視線を合わされ竦んだ合歓ちゃん。華奈ちゃんの瞳が楽しげに歪む。

 ――ピシュン!
 ――嫌あああああああああ!

 どれだけ抗おうとも、光は包んだ者の身体を大の字に広げ、否応なくハイレグ水着を装着させる。例外がないというのが恐ろしいところで。

 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!

 レモン色のハイグレ姿となった合歓ちゃんは苦しげに目を瞑るけれど、身体はゆっくりとハイグレポーズをとっていた。
 それを間近で見つめていた沼田くんは怯えきってしまい、わなわなと震える。

 ――あ、あああ……!
 ――大丈夫。怖くないよ、沼田くん。
 ――ピシュン!
 ――うわあああああああああッ!

 ハイグレ人間に男と女の境は存在しない。似合う似合わないじゃない、奴らの感性はハイグレ人間か否か、それだけ。
 真人間のセンスからすれば到底有り得ない、性別を倒錯してしまった沼田くんの姿。紺色の、女物の水着。彼は恥ずかしさと背徳感に押しつぶされそうになっている。

 ――うう……クソぉ……!

 沼田くんに残る、人間として、そして男としての最後の自尊心も、すぐに砕け散ってしまった。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 これで残りは私、恵美香、希、そして菜々さん。あっという間に半数以上がハイグレ人間へと転向してしまった。
* 桃花パート3[13/03/23] ( No.13 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:55:47 メンテ
名前: 香取犬

 ――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!
 ――はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 四人の哀れなハイグレの輪唱が、狭い地下倉庫の中でこだます。
 ふふふ、と不敵に笑いながら、華奈ちゃんが近づいてくる。あの銃に撃たれれば、私もきっとハイグレ人間にされてしまう。あのポーズを繰り返すことになる。

 ――私の責任……ね。

 肩を落とす菜々さんが呟いた。

 ――私がしっかりしていないせいで、こんなことに。
 ――菜々先輩が落ち込むことはないですよ。むしろ感謝してます。

 それは華奈ちゃんの言葉。

 ――だって菜々先輩が未転向者を集めてくれたお陰で、わたしは仕事がしやすくなったんですから!
 ――ピシュン!

 完全に不意打ちだった。光線は会話をしていた菜々さんにではなく、私に向かってきて。少しも動けなかった。ただ全て終わったんだと、心の中で諦めた。

 ――危ないっ!

 私に覆いかぶさるような、菜々さんの咄嗟のダイブ。二人で体勢を崩して倒れこむが、なんとかどちらも難を逃れられた。
「あ、ありがとうございます」
 守れて良かった。菜々さんの目はそう言っていた。

 ――二人共! 早く出口へ!
 ――鍵は開けましたよー!

 いつの間にか階段の上まで移動していた恵美香と希が、私たちを呼ぶ。先に立ち上がった菜々さんに手を借りて私も立つ。
 そして出口へ向かおうとしたけれど、菜々さんは一向に階段に足を掛けなかった。
「どうしたんですか!? 早く!」
 菜々さんはつまらなそうにしている華奈ちゃんを見つめたまま、首を横に振る。

 ――私が華奈さんの足を止める。貴方たちは逃げて!
 ――そんなこと出来ません!

 恵美香の悲痛な叫びにも、頑として動こうとはしない菜々さん。そうか、覚悟を決めてしまったんだ。
「……行こう。希、恵美香」
 希は渋々頷いてくれたが、恵美香はそうもいかなかった。それでもここに残してはいけない。それは菜々さんの意志を無にしてしまうことだから。

 ――待ちなさい!
 ――華奈さん、ここから先へは一歩も行かせないからね。
 ――菜々さん! 菜々さんっ!

 私だって後ろ髪を引かれる思いだ。だけど行かなきゃいけないんだ。
 希と一緒に、喚く恵美香を強引に扉の外に出し、そして扉を――

 ――きゃああああああああああっ! ……ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ……。

 閉めた。
 恵美香は元より、知らず知らずのうちに私と希も泣いていた。私を身を挺して助けてくれた菜々さんに手向ける言葉は……ごめんなさい、そして、ありがとう。

 ――行こ? 桃花、恵美香。

「……うん」

 ――早く隠れないとね。わたしたちまでやられちゃあ、皆に申し訳ないから。
 ――分かってる、でも……。

 希は恵美香の頭を優しく撫でる。普段おっとりしてると思っていたら、本当は芯のしっかりした子だったんだ。頼りにできる人がいるというのがとても嬉しいことだということ、私は知っている。菜々さん、そして翼先輩と照代先輩。

 ――随分探したのに全く、何処にいたの?
 ――やぁっと見っけた! 桃花!

 その、声は。
「照代先輩! 翼先輩! ……っ!?」
 顔を輝かせて背後を振り向いた私の視界には、会いたかった人たちが会いたくなかった格好で並んでいた。

 ――ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ。
 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 照代先輩はクリーム色の、翼先輩は黒の、お揃いのハイレグ水着を着てハイグレポーズを取っていた。
 真剣に、あるいは楽しそうに。どちらも人間がこんな格好でする表情じゃない。二人はもう、今までの先輩たちじゃなくなってしまったんだ。
 私がおしゃべりなんかしている間に、二人はハイグレ人間へと変えられていたんだ。私のせいだ。私の、せいだ。
 ……おかしいな。体に力が入らない。

 ――桃花! 立ってよ、今すぐ!

 ごめんね希、もう、動けないや。そんな思いを込めて首を横に振る。
 心の支えにしていた大きな存在が音を立てて崩れ去った今、私は自力で立ち上がれなくなってしまったから。

 ――許して、桃花……っ!
 ――嫌! 桃花ぁっ!

 同級生二人の声は遠くなっていき、代わりに先輩たち二人は近づいてくる。

 ――あーあ。照代、いいの? 逃しちゃって。
 ――私たちにとって重要なのは桃花よ。他の子たちはまた別の人がハイグレ人間にしてくれるはず。
 ――ま、それもそっか。

 そう楽しげに言って、へたり込む私を挟むように立つ先輩たち。それぞれの手には光線銃が握られている。
 私も今に撃たれるんだなぁ。抵抗する気も起きなかった。

 ――じゃあ、やっちゃおうか。
 ――そうね。早くハイグレの気持ちよさを教えてあげたいし。

 ごめんなさい菜々さん、希、恵美香。ごめんなさい翼先輩、照代先輩。私は……。

 ――ピシュン! ピシュン!

「きゃあああっ!」
 体の隅々までピンク色に染められていく不思議な感覚。開放感と圧迫感が交互に襲ってきて、苦しくもあるけれど心地よくもあった。
 そんな気分に浸っていると、気づけば私は黄緑色のハイレグ姿となっていた。薄くキツい生地が容赦なく私の肌に食い込んでくる。生地の面積もとても小さく、体にぴったり張り付くせいで全裸に限りなく近いと言えそうな、そんな格好。
 恥ずかしい。けど何故だろう、その恥ずかしさが気持ちよさでもある。
 ハイグレ光線を浴びてから、何もかも矛盾した気持ちになっている。……そうか、矛盾しているのは私の中の人間の心とハイグレ人間の心となんだ。ハイグレ人間の心はハイグレを受け入れようとしているのに、人間の心がそれを拒んでいる。
 身体はもう、立派なハイグレ人間なのに。
「……ハイ」
 私は立ち上がり、足を開いて腰を落とした。両手を添えて、息を整える。そして叫ぶ。
「グレぇっ!」
 私の中の迷いを一気に打ち払うような、大声で。
 もう戻れない道を名残惜しんだって意味はないから。道の後ろにも前にも仲間がいて、前の人たちが私を呼ぶのなら、振り返る必要なんてなくなる。
 私は、ハイグレを受け入れる。
「ハイグレぇっ! ハイグレぇっ! ハイグレぇっ!」

 ――うんうん、なかなかサマになってるよ!
 ――私もハイグレしたくなってきたかも……。

「ありがとうございます! あの、だったら三人でハイグレしませんか?」
 先輩に褒められ気分が高揚して、ちょっと生意気な誘いをしてみる。すると、

 ――私たちも混ぜてもらえるかしら?

 ギィ、と鉄の扉が開いて現れたのは、緑色のハイグレ人間となった菜々さんと倉庫の仲間たちだった。誰の顔にも恐れや恥ずかしさはなく、誇りと楽しさに満ちていた。これこそハイグレ人間のあるべき姿。
 こんなにも大勢でハイグレができる。そう思うだけで、身も震えだしそう。皆でハイグレ人間としての悦びを味わうんだ。
 ハイグレ人間になれて良かった。心からそう思う。
「もちろん!」
* 葛葉パート[13/02/28] ( No.14 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:56:54 メンテ
名前: 香取犬

「恭子ッ! 恭子ぉッ!」
 疲れた……。何度呼んでも、恭子はあれきり姿を見せてはくれなかった。
 もしかしてもう、なんて嫌な想像が浮かぶたびに、それをかき消すように声を張り上げる。涙が流れても声が震えても、誰に何と思われても構わない。
「出てきてよ……どこにいるの……?」
 聞こえてるなら返事してよ……。
 不意にふらりと足から力が抜けて、お尻を付いてしまう。立ち上がる気力ももう湧いてこなかった。
 もし今敵に見つかりでもしたら、抵抗もできないと思う。でも仕方ないよね、私は頑張った。頑張りは足りなかったけれど。
 二人分の足音が、どこからか聞こえた。私を楽にしてくれる人かな、それとも……。
 視界に影が落ちたので見上げると、遠くに不機嫌そうな顔をした先輩が一人と、目の前で私の顔を覗き込んでいる先輩が一人いた。どちらもハイグレじゃない。

 ――大丈夫。きっとすぐ見つかるよ。

 聞かれてた、みたい。でも励ましてくれるのは、嬉しい。
「は、はい……」
 その時、遠くの方の先輩が何も言わずに何処かへ走り去ってしまった。

 ――未歩、どこ行く気? この子を置いていくの!?

 声をかけてくれた先輩は呼びかけても振り向きもしないその後ろ姿を悲しげに目で追ったけれども、すぐに私に向き直って手を差し伸べてくれた。

 ――さあ立って。わたしと一緒に行こう?

 恭子を探すにしても逃げるにしても、誰かと一緒なら心強いかも。
 その手を、取ろうとした。
「あ……ああ……!」
 廊下の向こうに、誰かがいる。誰か。少なくとも人間じゃない、誰か。

 ――どうしたの? ……ハイグレ人間!

 私が震えだしたのを不思議に思った先輩も、瞬時に表情を引きつらせてしまう。
 赤ピンク色のハイグレ人間が駆けてくるにつれて、近視ぎみの私にもその輪郭がはっきり見えてくる。
 ……嘘、だよね……?
「そんな……恭、子……っ」

 ――まさかあの子があなたの……。

 信じたくない。今にも私たちのことを銃で撃ちそうなあのハイグレ人間が、恭子だなんて。
 何で? 逃げ切ってまた会おうって約束したのに!

 ――葛葉、お待たせ。

 すぐそばまで来て、そう笑いかけてくるハイグレ人間。違う、あなたは恭子じゃない。だって恭子は、恭子は……!
 先輩が焦って手を引こうとするけれど、立ち上がる力のない私の身体は動かせなかった。

 ――早く! わたし一人じゃ……っ!

 あの時分かれようと提案した恭子を、無理にでも引き止めていれば良かったのかな。
 後悔の気持ちが涙になって、止めることが出来なかった。

 ――やっと会えたね。探したんだよ。

「私だって……」
 探したよ、恭子のこと。でも、どこにもいなかった。もうどこにも、いなかったんだ。

 ――じゃあ葛葉。もう分かってるよね?

 そう言って、そいつは私にハイグレ銃を向ける。
 私の中では私がハイグレ人間になりたくないと思うよりも、恭子がハイグレ人間になってしまったことが悔しいという気持ちの方が、強かった。

「分からないよ恭子。何で恭子、そんなこと言うの……?」

 ――そんなこと? 私は葛葉にもハイグレの素晴らしさを教えてあげたくて、

「恭子はそんな人じゃないッ!」
 思わず叫んだ。許せなかったから。恭子の姿をした悪魔が、恭子の身体を乗っとっていることが。
 なのにそいつは怯む様子もなく首を振る。

 ――違うよ。私は昔からこうだったよ?

 そんな訳あるはずがない。

 ――私は昔から、変身がしたかった。だからこうしてハイグレ人間に変身できて、その素晴らしさを知れて、本当に嬉しくてさ。

 嘘。嘘だ。恭子は、恭子は……!
「うぅ……ああああああ!」

 ――葛葉にもこの気持ちを知って欲しいから。
 ――立って! じゃないとあなたが!
 ――お言葉ですが、邪魔なんで消えてください。先輩に興味ないんで。

 呻く私をよそに、ハイグレ人間は先輩に向かって冷たく言い放つ。先輩はそれでも私を立たせようとするけれど、もう無理。足が全然動かないから。

 ――まあいいや。勝手にしてください。……さて葛葉、準備はいいよね?

「元に戻ってよ! 恭子を返してよ! お願いだからッ!」
 ヤケクソだった。でも、言わずにはいられないから。

 ――もう。私はここにいるって言ってるのになあ。

 ため息を吐くと同時に、額に銃口を押しつけられた。
 恭子……。

 ――ま、すぐに分かるようになるよ、葛葉。
 ――ピシュン!

「ああああああッ!」
 これまで何度も見てきた、人間をハイグレ姿にしてしまう光に私は今全身を包まれてるんだ。今まで着ていた服があるのかないのか、それとも別の服を身につけているのかというたったそれだけの区別すらも、痺れる肌は感じ取ってくれない。
 真っ裸のような、ぎゅっと締め付けられているような、いつも通りの制服のような、やっぱり裸のような、不思議な感覚を味わされること数秒、最後に身につけていたのはキツい締め付けの水着だった。
 青一色のハイレグ水着。肩にお尻に胸にぴったりとくっついた水着は、まるで私の体の一部になったかのよう。
「あ、う」

 ――ごめんなさい、助けられなくて……。

 横では先輩が項垂れている。このままじゃ先輩もやられてしまうかも。
「に、逃げ、て……」
 先輩のせいじゃないですから、狙われる前に、早く。
 ごめんなさい、ともう一度言い残して先輩は去っていく。後に残されたのはハイレグ姿の人だけ。

 ――人の心配なんてどうでもいいよ。ほら葛葉、今度こそ立ってよ。

 言われた通りに、私は立ち上がる。すると動いたせいで水着で色んなところが擦れて、ちょっとだけ変な気分になってしまった。
 こんな格好でハイグレの動きなんてしたら、一体どんなことになっちゃうのだろう。
 だ、ダメ! ちょっとでも興味を持ったら、それこそ一巻の終わりだもの。

 ――うわぁ、すっごく似合ってるよ。

 そう、なの?
 ハイグレ人間が、恭子が、私を褒めてくれた。
 でも、恭子と同じ格好なのに私は嬉しいとは思えない。

 ――ね、ハイグレして見せてよ。見てみたいな、葛葉のハイグレ。

 恭子は興味津津で私を見つめてくる。恥ずかしさが一気にこみ上げてくると同時に、恭子の言葉に従ってハイグレをしてみたいとも思ってしまう。
「えと、その……」
 どうすればいいんだろう。天秤に乗っかった二つの気持ちがぐらぐらと揺れる。揺れてはいるのだけど、少しずつ片方に傾いていく。
 足も手も腰も口も、私の決心を今か今かと待っている。
 ……分かったよ。私は自分の気持ちに、正直になる。
「ハ、ハイグレ!」
 腕を振り上げ一声上げて。私はハイグレ人間のポーズを取った。
 たった一度のハイグレだけれど、それだけでもう心の天秤は粉々に砕け散った。もう迷う必要なんかないって感じたから。
 見て恭子、私のハイグレを!

 ――最っ高! さすが葛葉!

「ほんと? ハイグレ! ハイグレ!」
 何度も、何度も、ハイグレを繰り返す。その度にとろけるような快感が襲って来る。

 ――葛葉も分かってくれた? ハイグレの素晴らしさ!

「うん! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

 ――じゃあ私も。ハイグレぇっ! ハイグレぇっ!

 恭子と二人で合わせるハイグレは、他に比べようのないほどの気持ちよさを与えてくれた。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ最高ッ!」
 いいなぁ恭子は。私よりも早くこの気持ちを知ってたなんて、ズルい。
 でもいいや。私にもこうしてハイグレを教えてくれたんだもの。

 ――ハイグレぇっ! ハイグレぇっ! ハイグレぇっ!

「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 ハイグレ人間になれて良かった。ありがと、恭子。
* 未歩パート1[13/04/06] ( No.15 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:58:02 メンテ
名前: 香取犬

 ――未歩、今の言葉……どういう意味?

 睦月が何かを言っている。アタシに文句があるわけ? ムカつく。
「は? そのままの意味だけど」
 それ以外にアンタと一緒にいる利点があるの?

 ――わたしは未歩の、ただの盾って言いたいの?

「うん。で?」
 こんなに簡単に顔真っ赤にしちゃって、さすがバカだ。煽りがいがあってなかなか楽しい。
 睦月はプイと前を向き、早足になって廊下を歩いていく。アタシはそのすぐ後ろについていく。そうすれば前から奴らが来た時に、どうせ睦月が囮になってくれるだろう。
 できればあと一人、後ろの護衛が欲しいけれどそうそう生き残りもいてくれない。
 口には出さなくても睦月も多分同じようなことを考えているはず。本当にアタシを見限ったならさっさと別行動しちゃえばいいのに、わざわざアタシの足で追える程度のスピードで歩いているんだから。
 さっきあった会長の放送の後、ハイグレ人間達は一斉に校舎からいなくなった。それまでにアタシたちが出会った人はみんな目の前で、それか背後でハイグレ人間になった。アタシの代わりに光線を受けてくれるんだから、やっぱり盾って大事よね。
 次はアンタがなる番なんだからね睦月。覚悟しなさい。

 ――恭子ッ! 恭子ぉッ!

 ハイグレじゃない、誰かの声だ。だいぶひどい涙声で、恭子とかいう人の名前を叫んでる。ある意味ハイグレ人間よりもアホみたいに必死で、ウケる。
 睦月が声のする方向へ向かうものだから、必然アタシもそちらへ進む。

 ――出てきてよ……どこにいるの……?

 叫び疲れて床にへたり込んでいる一年生を見つけた。アホらし。どうせその恭子ってのももうハイグレでしょうに、諦めの悪い奴。
 そいつに睦月が声を掛けた。偽善者め。

 ――大丈夫。きっとすぐ見つかるよ。
 ――は、はい……。

 涙を拭って睦月を見上げる女の子。そんな二人の姿を遠巻きに見ていたアタシには、二人には見えていない周囲の光景が見えていた。
 アタシの背後から、ダサい赤ピンクのハイレグ水着を着た女の子が真剣な顔でこちらに走って来ている。銃を構え、臨戦態勢を整えて。
 教室に逃げ込んでも追い詰められるだけなので選択肢を一つ消去するならば、アタシが取るべき行動は二人の横を通り抜けて向こうへ逃げることのみ。
 迷っている暇はなかった。

 ――未歩、どこ行く気? この子を置いていくの!?

 何を言われても止まるつもりはない。この異常事態の中じゃ、自分の身を守るのが最優先に決まってるんだから。
 他人を助けて自分がハイグレにされたら、それこそバカの極みじゃない。アンタはくだらない親切心のせいでハイグレ人間になってしまえばいいんだ。
 後ろから二人の声がするけれど、振り向くつもりはない。アタシは少しでも遠くに逃げる。
 角を曲がると階段に差し掛かる。普通に考えれば学校から逃げるために一階に向かうところだろうけど、奴らの裏を掻く為には上しかない。まさか二階から四階まで上がってるだなんて思わないはずだから。
 あの二人はどうなったかな。今頃喜んでハイグレハイグレってポーズ決めてるかもね。見つけたら笑ってやろう。まあ、もう会うこともないだろうけど。
「はぁ、はぁ」
 階段を駆け上がったせいで、息が切れた。追いつかれはしないだろうけど用心に越したことはない。とりあえず柱の影に隠れて息を整える。
 今はアタシ一人しかいない。盾はない。用心しなきゃ。
 それにしても。
「ぷ、あははははっ!」
 ホント、バカじゃないの? バカみたいな格好、バカみたいな掛け声、バカみたいなポーズ、そしてバカみたいに仲間を増やして。
 アタシの嫌いな奴がどうなろうと勝手だけど、アタシは絶対にお断り。あんなことになるくらいならいっそ死んでやるっての。

 ――見つけた!

 背筋が凍った。男の声。笑い声が聞こえちゃった?
 影から首を出して左右を伺うと、同じようにキョロキョロしていたそいつと目が合ってしまった。

 ――お、本当にいるなんてな。

 突然ニヤリと口を曲げて近寄ってくるその男は、例に漏れずハイレグ姿。濃い緑の女物の水着を着た男とか、最悪以外の何ものでもない。
 見つけた、というのはカマかけだったのだと気付いたのは、今になってからだった。
「く、来んなヘンタイ!」

 ――ヘンタイとは酷い言いようだな。クラスメートだろ?

 確かにそいつはクラスメートで生徒会役員の田所。見慣れた顔だ。だけどアタシはこんな気色悪い奴とは縁を切ったし。ついさっき。
「うっさいバカ! どっか行け!」
 アタシが何と言おうとも、田所は去ってくれはしなかった。それどころかどこからか光線銃を取り出して、あろうことかアタシに突きつけてきやがった。

 ――会長の命令でな。今学校内に残っている知り合いを全員ハイグレ人間にしてやれって言われてるんだ。

「だ、だから何? アタシには関係ないでしょ」
 少しでも歯向かって時間を稼ぐ。その間に誰か囮が来るかもしれないし、逃げるチャンスが来るかもしれないから。
 何よりこんなところで男になんかハイグレにされちゃたまらない。よりにもよって田所の前であんなポーズを取れるもんか。

 ――ったく、お前はいつもそうやって頑固で……。いい加減諦めろっての。そうすりゃ楽になるぞ?

「死ねっ!」
 一発顔面パンチをお見舞いすれば逃げられるはず。だと思ったのに、拳はあっさり手のひらで受け止められて、バランスを崩したところを背後に回り込まれた。左腕で軽く首を絞められ、右手の銃がこめかみに触れる。体温が伝わってくるくらい密着して組み付かれ、どれだけジタバタしても全く放してくれない。男女差とかの問題を通り越した馬鹿力。
「クソ! 放せ!」

 ――ああいいぞ。お前がハイグレ光線を浴びた後で、な。

 耳元で囁かれたその言葉に、一気に悪寒が走った。ヤバいどうしようこのままじゃやられる。
 正にその時、階段の方から足音がした。期待して誰かと確認すると、それはさっき置いてきた睦月だった。
「睦月っ! 助けなさいよ!」
* 未歩パート2[13/04/06] ( No.16 )
 
日時: 2014/05/03(土) 21:58:53 メンテ
名前: 香取犬

 ――未歩……!?

 すると睦月は驚いたような――いや、ギョッとした顔をして、それから脇目もふらず一目散に回れ右をして逃げて行ってしまった。
「嘘だろ? おい睦月!」

 ――こりゃ傑作だな。どうせお前、あいつのことを置いて自分だけ逃げてきたとか、そんなところだろ?

「黙れ!」

 ――図星だな? ははっ、とうとうツケが回ってきたようだな。

「な、なあ田所、睦月のことは追わなくていいのか? アイツもクラスメートだろうに」
 アタシは自分が助かりたい一心で、そう言った。

 ――お前、本当にクズだな。この期に及んで友達を売るのか。そんなに自分が可愛いか。

「っ……」
 次に聞こえた田所の声は低く鋭く、もう議論の余地はないことをアタシに悟らせた。カチャリ、と銃が音を立てる。
 もう逃げられない。ちくしょう、あんなの絶対嫌だ。死んでも耐えられない。
 だったら舌を噛みちぎってでも自殺してやる。その方がマシだ。最早一刻の猶予もない。
 アタシは顎を大きく開き舌を突き出して、覚悟を決めた。
 その瞬間に。今だとばかりに口に突っ込まれたのは、光線銃の銃口。がちりと嵌っているせいで舌を切れるほどの力が出せない。

 ――危ないことすんなよ。何も殺そうとなんかしてないんだから。

「んうぅっ!」
 最後の抵抗も、無駄に終わった。
 怖い……誰でもいいから助けて!

 ――大丈夫。すぐに身も心もハイグレに染まるからな。
 ――ピシュン!

「んんぅぅぅぅぅっ!」
 体の外側も内側も、瞬時にハイグレ光線に覆い尽くされた。ビリビリと光が肌の上を走り回って刺激してくる。
 銃が引き抜かれるけれど、舌を噛むことはできなかった。ただ腹の底から悲鳴をあげ続ける。
「あう、嫌あああああっ!」
 苦しい。くすぐったい。気持ちいい。もう訳が分からない。
 数秒の後に光から解放されたとき、アタシは真っ赤なハイレグ一枚の姿にされていた。他に何も身につけず、唯一着ているのは時代遅れのダサくて恥ずかしい水着。それも海やプールじゃなく、こんな学校のど真ん中で。布の面積はビキニよりも多いのに、何故かそれ以上に恥ずかしくて。足をより長く見せるために腰まで切れ上がらせたデザインは、股間を覆う部分を細くしなくてはならないという弊害を生んだから。
 田所はアタシを解放して、今度は前にやってきてジロジロと見つめてきやがった。
「い、嫌っ! 見るなヘンタイ!」
 内股になって、両腕で股を隠すようにしながら前傾姿勢を取る。このハイグレ男、無遠慮にアタシの身体を舐めまわすように見やがって。調子に乗るなよ。

 ――まだ恥ずかしいなんて思ってるのか。ハイグレの何が恥ずかしいんだ? ハイグレ! ハイグレ!

「バカ死ね! 全部恥ずかしいに決まってるだろ!」
 顔が真っ赤になっているのが分かる。こんな格好にされて、惨めという以外ない。人生の中でこんなに恥ずかしい気持ちを持ったのは初めてだ。
 田所のハイグレを見て思い出した。そうだ、ハイグレ光線を浴びてハイグレを着せられたあとは、こうしてハイグレポーズをさせられるんだった。
 男が、女でも恥ずかしい女の水着を堂々と着て、ヘンタイとしか思えないポーズを取る。アタシは……嫌! 絶対に嫌っ!
 なのに。
「ひぅ……やめ、てぇ!」
 両足が勝手に動く。内股が少しずつ外に開き、ガニ股にさせられる。手は水着の切れ込みに沿って添えられて股間を隠すことができなくなる。体の自由がだんだん奪われていく。
 屈辱だ……したくないことをさせられる。しかもこんなにも恥ずかしい格好で恥ずかしいポーズを。征服され、服従させられたら、アタシはどうなるの? 怖いよ、苦しいよ。
 皆、アタシの代わりにハイグレ人間になった人たちも、こんなふうに考えていたのかも。アタシにいいように使われて、悔しくて、でも今度はハイグレに抗えなくて、堕ちていった。
 今度はアタシの番なんだ。田所の言ったように。
「ハイ、グ……レ」
 口までもアタシの意志を離れて動き出す。もうおしまいだ。アタシはハイグレ人間にされるんだ。腕が切れ込みをなぞる。
「ハイ、グレ。ハイ、グレ」
 水着が擦れる。ハイグレのポーズは物凄く恥ずかしいけれど、同時にだんだん気持ちよくもなってきた。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 体がハイグレ人間となっても、心だけは屈してなるものか。そう思っているのに、気持ちいいことに対してはいかに頑張ったところで負けてしまいたくなる。
 でも負けたら。この田所のようにハイグレを誇りとして、ハイグレポーズを最高の喜びとして、ハイグレに服従することになってしまうんだ。
 それって人間のする行為なの? いや、違う。だからこいつらはハイグレ人間なんだ。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 アタシも今、ハイグレをしている。そして少しずつ、ハイグレ人間の気持ちも理解できるようになってきてしまった。ハイグレは恥ずかしくない。むしろ素晴らしい事なんだって思い始めてる。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 あれほど嫌だと思っていたのに、アタシの体はもうハイグレを受け入れてしまった。恥ずかしさのなくなったハイグレポーズに残るのは、快感と誇りのみ。
 なんだ、そういうことだったんだ。ハイグレ人間にとってのハイグレの意義、それがやっと理解できた。
 理解できたアタシは、人間とかいう快感を快感として受け入れられない哀れな存在ではない。アタシは、ハイグレ人間!
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 一体何が恥ずかしいというんだろう。ハイレグ水着は、ハイグレをするための正装であり同時にハイグレ人間の証。ハイグレポーズもそう、ハイグレ人間の誇りを全身で表現できる素晴らしいポーズ。
 ハイグレを恐れて逃げ回ることに何の意味もなかったんだ。抗おうとせずすぐにハイグレ人間に生まれ変わっていれば、もっと早くこう思えたのに。でもそう考えるとアタシは皆にいいことをしたのかも。アタシは自分を犠牲にして、皆を先にハイグレにさせてあげたってことだから。
 田所はアタシのハイグレを見て満足げに頷いていた。

 ――ちゃんとハイグレ人間になれたな?

「ああ! ハイグレっ、ハイグレっ」

 ――んじゃ、俺はまだ人間を探す用事があるから行くぞ。あと一人、生徒会でハイグレ人間じゃない人がいるから。

「あっそ。ちゃんとハイグレにしてあげろよ」

 ――当然だろ。

 それだけ言って、田所は走って行く。まあ、アタシをハイグレ人間にしてくれたアイツのことだ。これからも上手く転向作業を進めていくだろう。
 さて、アタシはどうするかな。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 とりあえず、さっき見かけた睦月でも探すか。アイツがハイグレになっていないのなら、代わりに後輩の子がハイグレ人間になったってことだろうな。
 人のことを散々怒っていたくせに、いざとなったら結局トンズラか。性根が腐ってるのはどっちだよ全く。
 でも、ハイグレ人間になればそういう諍いともおさらば。心の広いアタシは、睦月にだってハイグレを着せてあげよう。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 ハイグレを止めるのは名残惜しいけれど、これもハイグレ人間を増やすため。待ってなさいよ、睦月!
* 照代パート1[13/04/19] ( No.17 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:00:16 メンテ
名前: 香取犬

 ――……先輩、どうかご無事で。

 私には桃花のしたいようにさせてあげるしか出来ない。お友達が来たと分かった瞬間の桃花の喜びようから、こうしてお友達についていくだろうことはすぐに想定した。同時に、それでも私はここを動かないことも決めた。
 理由は言ったとおり。私は翼を待たなきゃいけないから。例えここが危険だとしても。
 お友達の言う倉庫は、多分一階の奥にある避難備蓄庫。鍵さえ手に入っているなら最強の砦のはず。つまり、桃花は安心。
「桃花もね。また、必ず会いましょう」

 ――はいっ。

 二人は扉の向こうに行ってしまった。
 教室から一緒に逃げてきた翼。偶然逃げ込んできた後輩の桃花。ずっと三人で隠れていたこの理科室は、私一人には大きすぎる。……寂しい。
 でも、信じてる。翼はちゃんと逃げ切っていると。桃花は安全な場所に匿ってもらえたと。
 それなら私もこんな部屋を捨てて逃げればいいとも思う。けれどこれは半ば意地だ。私はここを動かないと、二人に言ってしまったから。
 ……こんなのだから頑固者って言われてしまうんだ。まあ、私はそれでも構わない。自分の意見を曲げてまで他人を立てる必要はない。他人に曲げられてしまうような意見なら、最初から主張なんてしない。
 だから私はここに残る。呆れながらも私の言うことを聞いてくれた二人への、信頼の形として。
 じきに、理科室の外の廊下から話し声がし始める。

 ――いたか?
 ――いや、誰も。

 なるほど、もうハイグレ集会は終わったらしい。生き残りを見つけて仲間にしようという魂胆が見え見えの会話だ。
 しかし理科室の扉は開かれない。こんな所に人間がいるわけがなく、もしいたなら既に転向済みだろうという敵の注意不足、理科室には鍵がついているものという先入観、それらが重なることで隠れていても見つからない部屋を作るのだ。
 声に焦りは感じられない。急ぐ必要もないほど、今はもう転向者の割合の方が多いのだろう。あとはじっくり残党を探し出して掃討すればいい。そんな風に聞こえて……悔しくてしかたない。つい数十分前まで確かに存在した、何気ない日常はどこへ行ってしまったの?
 どうしてこうなっちゃったんだろう。私はまだなんとか人間のままでいれているけれど、多くの人たちはハイレグ水着を着せられて思考も何もかもを書き換えられてしまった。
 ハイレグ水着、か。私だって女。多少時代錯誤だとしても、着て泳げと言われて出来ないわけじゃない。だけどあいつらが強制してくるのはポーズと服従。それも自分の意志を奪い去った上で。こんなにタチの悪い侵略者だなんて。
 そしてやられたハイグレ人間はかつての仲間を友人をためらいなく、それどころか喜んでくれると確信しながら洗脳する。どちらも精神を捻じ曲げられた哀れな被害者。そうしてどんどんハイグレ人間は増え、減ることはない。
 こんなのまるでゾンビ映画だ。それも相当出来の悪い。……スクリーンの向こうのお話ならどんなによかっただろう。
「はぁ……」
 翼が帰ってくるまでの辛抱だ。そう思っていてもいつになるやら。それまで私が人間でいられる保証も、翼がやられていない確証もない。
 時間を潰すために考え事をするけれど、どうしてもハイグレの恐怖が頭から離れなかった。これもある意味洗脳かもしれないと思うと、急に不安感がこみ上げてくる。
「うぅ……嫌、もう嫌……ッ」
 蚊に刺された腕は切り落としたくなる。花粉まみれの目玉は洗いたくなる。ハイグレのことばかり考える脳みそなんて捨ててしまいたくなる。
 誰でもいいからそばにいてほしい。一人だと、怖い。怖い……!

 ――照代。

「……翼」
 一瞬、幻聴かもしれないと思った。

 ――ごめん、置いていって。でももう大丈夫だから。

 違う。本当に翼だ。その声が聞きたかった。ドアを開く音に重なる、翼の声。
 脊髄反射で、机の陰から飛び出した。
「翼っ!」
 待ってたよ? 遅いよ? 帰ってきてくれてありがとう? なんて言おう。なんて言えばいいんだろう。
 そんな希望は、翼の姿を見た瞬間に粉々に砕け散った。
「それ、って……」
 細い翼の体に纏っていたのは薄布一枚の黒い水着。足を長く見せる効果なんて嘘だ。それが見た者に与えるのは、絶望と喪失感だけだ。
 翼は笑顔で腰と腕を落とし足をガニ股に開く。

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

「何よ……冗談、やめてよね」
 どうしてだろう。私は気づかぬうちに笑っていた。楽しくも面白くもなくても、予想を遥かに超えて感情を揺さぶられると笑いが生まれてしまうんだななんて思った。
 翼がハイグレ人間にされることは、客観的に言えば可能性としては十分有り得た結果だ。だからさっきは出て行く翼を止めたんだから。
 私は、翼は絶対にやられるはずはないと信じていたのに。翼は私を助けに戻ってきてくれるって。
「ははは、あはははは」
 親友を信じた結果がこれ? あの時翼をなんとしても止めれば良かった。いっそ一緒に出て行って一緒にやられてしまえば良かった。
 今さら何を後悔しても遅いのは知っているけど。ハイグレに堕ちた翼を見ると、そんな感想しか浮かばなくなる。

 ――ハイグレ! って今度は泣いてる?

 自分自身のことなのに、もはや気持ちが抑えきれなくなっている。翼に指摘されるまで、涙に気づきもしなかった。
 すると翼は、今までもほとんど見たことのない優しい表情をして言った。

 ――辛かったよね、照代。でももう大丈夫だよ。

「うん……」
 その言葉を発したのがハイグレ人間だということは、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
 翼はやっぱり私の親友だ。来てくれて本当に嬉しい。

 ――ハイグレ人間になれば寂しくなんてないから!

 そう、翼が来てくれたから、私は……!
 セリフに疑問を覚えた瞬間には全てが手遅れだった。
 ワンテンポ遅れて弾かれたように顔を上げると、さっきの慈愛に満ちた顔は少しだけ陰っていて、いつの間にやら手の内にあるピストルの銃口は私に向けられていた。

 ――ピシュン!

「きゃあああああああッ!」
 避けるという発想にさえ至らなかった。完全に油断しきったところを狙われた。私に向かってくる光線をただ眺めることしかできず、そして光に包まれる。
 体の周りで点滅を繰り返す冷酷な光。それは既存の服を消し去り新たな衣類を作り出す効果を持つ、現代の地球の科学では有り得ない光。思えば光線銃の存在も、パンストの侵略者たちの乗る空飛ぶおマルも、全て現実には信じられないような代物だ。
 もし有り得るとするならば。それらがハイグレ地球上のものではなハイグレいとしたら。……だとするとハイグレ。
 ハイグレ。ハイグレ。ハイグレ。
「うぅッ! あ、頭が……!」
 私の思考の中にハイグレという単語が割り込んできて、敵の考察どころじゃハイグレなくなってしまう。

 ――変に抵抗しなきゃ苦しくないってば。ほら、楽にして。
  
 光が消え、大の字になったまま残された私に翼はそう言う。そんな私はクリーム色――だろうか。とても薄い黄色のハイレグ水着姿に変わっていた。
 サイズが合ってないんじゃないかなんて感じるほど、ほんのちょっと動くだけで生地が肌に食い込む。体のラインに隙間なくぴったり吸い付いて擦れる。股の切れ込みは腰まで急角度を成して、U字型の背中は肩甲骨の下まで晒されている。
 それが、私のハイレグ。

 ――どう? ハイレグ水着は気持ちいいでしょ?

 否定はしない。しないけど、私がハイグレ嫌なのはこのあと。今も頭を侵食ハイグレしてくるハイグレを口に出して、あまつさえ恥ずかしいポーズを取らせ、こうして嫌がっている私の意思をハイグレを受け入れるような思考に上書きしてしまう、その効能。
 それらからはもう逃げられない。そんな気がする。ハイグレ。
 ハイグレ。ハイグレ。体の自由が効かなくなっていく。抵抗しているつもりだけれどハイグレ、ハイグレポーズの態勢に筋肉が動いていく。
「どう、して……」

 ――楽しい気持ちを一緒に味わいたい、って思うのが親友として当然じゃない?

 しれっと言ってのける翼。罪悪感なんて全くなさそうハイグレだ。
「嫌だっていう気持ちは、く、汲んでくれない、の?」

 ――そんなの一瞬だもん。すぐに忘れて楽しくなってくるから。

 ダメだ。何を言ってももう聞き入れてハイグレくれない。翼は、翼なのにもう翼じゃなかった。
 どうせハイグレ助からないのならハイグレ、ハイグレ、抵抗するのハイグレをやめてしまおうかな……。
 ハイグレ。ハイグレ。ハイグレ。
「……ハイグレ。ハイグレ。ハイグレ」
 一度ポーズをとってしまったら最後、身体は一切言うことをハイグレ聞かなくなった。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 ハイグレを繰り返すなんていう馬鹿らしいことなのに、なんでだろう。楽しいし気持ちいい。
 翼も喜んでくれている。それにもう真人間に戻れないのだったらハイグレ人間も悪くないかもしれない。
* 照代パート2[13/04/19] ( No.18 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:01:08 メンテ
名前: 香取犬

「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
 体が、ゾクゾクする。ハイグレポーズをすることが、ハイグレ人間の喜び。
 生き物が生理的に気持ちよさを感じる行為とは、生き物として必要不可欠な行為らしい。快感を求めることは生き物としての基本的な欲望につながる。食欲も睡眠欲も性欲もその他諸々の欲も、満たすと気持ちよくなることは誰でも知っている。
 さてハイグレ人間の場合の欲望は。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 ハイグレに服従すること。ハイグレポーズをとり続けること。
 そうすると気持ちいいんだから、ハイグレ人間にとっては必要不可欠な行為って事なんだ。

 ――ね? ハイグレって最高でしょ?

「ハイグレっ。ありがと、わざわざここまで戻ってきてくれて」
 うん、という代わりにハイグレで答える。

 ――そりゃあね。照代がまだ理科室にいてくれてよかった。ハイグレ!

「きっと助けてくれるって思ってたから、動くつもりはなかったよ」
 嬉しそうな顔をする翼に、「でも」と続ける。伝えなきゃいけないことがあることを思い出したから。
「桃花のことなんだけど。何分も前にお友達が連れて行ってしまって」

 ――いないと思ったらそういうこと。どこへ行ったか分かる?

「多分ね。一階の倉庫だと思う」
 私の勘が間違っていなければだけれども。
「行ってみる?」

 ――当然! 桃花にもハイグレ人間になってもらわなきゃ。

 そう言うと思ってた。私も同意見だもの。
 私たちは頷きあって理科室を飛び出し、私の先導で校舎を駆け抜ける。時折見かけるハイグレ人間たちにハイグレで挨拶をしつつ、倉庫を目指した。
 運動をするのに、薄着はとても効率がいい。それに人間だった時よりも体が軽くて疲れも感じず、これもハイグレ人間になったおかげだろうか。
 ハイグレの恩恵を噛み締めていると、すぐに件の倉庫の前に到着した。

 ――ここ?

「予想が合ってれば。……あ」
 鉄の扉の向こうからいくつもの悲鳴が聞こえる。悲鳴は苦しげなハイグレコールへと変化し、やがて弾むような声になる。

 ――人間が隠れていたのは間違いないね。で、そこにパンスト兵様かスパイのハイグレ人間が入り込んで、今まさに転向作業中ってところかな。

 私は頷く。もし桃花が中にいたら、私たちの手でハイグレを教え込むことは出来ないかもしれない。とするとちょっと残念だ。
 そんな時鉄扉の鍵が開く音と、くぐもった大声がした。

 ――二人共! 早く出口へ!
 ――鍵は開けましたよー!

「誰か出てくるかも。ちょっと隠れよう」

 その場を一旦離れて柱の影から見守ると、予想通り中から人間が脱出してきた。女の子が一人二人、そして三人目は。

 ――桃花……!

 三人は憔悴しきって泣いているようだった。中でなにがあったかは想像に難くない。すぐに、一人が全ての迷いを振り切ったかのような表情を見せる。

 ――行こ? 桃花、恵美香。

 この場を離れるつもりで話をしているけれど、そうはさせない。私たちは目配せし合い、銃を片手に桃花の前に姿を現した。
「やっぱりここに隠れてたのね」

 ――やぁっと見っけた! 桃花!
 ――照代先輩! 翼先輩! ……っ!?

 桃花はハイグレ人間になった私たちにひどく驚いているようだった。けど受け入れてもらわないと。私と翼は見せつけるようにハイグレポーズを取る。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」

 ――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!

 可哀想に、あんなに震えて。桃花はこの世の終わりを目の当たりにしたようになって、立ち上がりもしなかった。
 友達二人が悔しげに去っていく。翼がその片方の背中に狙いを定めるけれど、私はそれを手で制す。

 ――あーあ。照代、いいの? 逃しちゃって。

「私たちにとって重要なのは桃花よ。他の子たちはまた別の人がハイグレ人間にしてくれるはず」

 ――ま、それもそっか。

 やっと桃花をハイグレ人間にしてあげられる。そう思うだけで笑みを抑えることができなくなる。

 ――じゃあ、やっちゃおうか。

「そうね。早くハイグレの気持ちよさを教えてあげたいし」
 諦め顔の桃花に、私たちは光線銃を向ける。必中の間合い。やっと、三人でハイグレが出来る。
 桃花もすぐに分かるよ。ハイグレ人間として生きることは最高の幸せだって。

 ――ピシュン! ピシュン!
 ――きゃあああ!

 神聖な光に心も体も洗われて、桃花は一瞬のうちにハイグレ人間に生まれ変わった。まだ戸惑いが残っているけれど、ハイグレ光線二本分を受けたのだから洗脳も早いはず。

 ――……ハイ、グレぇっ! ハイグレぇっ! ハイグレぇっ! ハイグレぇっ!
 ――うんうん、なかなかサマになってるよ!

 翼も嬉しそうだ。一心不乱に立派なハイグレをする桃花に感化されて、
「私もハイグレしたくなってきたかも……」
 そんな言葉が口をついて出てきた。いや、「かも」じゃない。早く早くと頭で叫ぶ声に従って、私は腰を落とした。
 腕を引き上げる寸前のこと。

 ――私たちも混ぜてもらえるかしら?

 倉庫からハイグレ人間たちが六人も現れた。こんなに隠れていたのかと驚くと同時に、それだけの人数がハイグレ人間になれたのだということが嬉しくて仕方ない。

 ――もちろん!

 桃花の意見に反対する要素はない。みんな立派なハイグレ人間、ハイグレがしたくてしたくてウズウズしてるんだから。
 よく見ると、倉庫組の先頭に立っていたのは同じクラスの菜々だった。
「菜々!」

 ――照代に翼! もしかして桃花さんの言ってた人って。
 ――そうです、菜々さん。
 ――菜々も今まで人間のままだったなんて、隠れるの上手いじゃん。ま、結局みんなハイグレ人間になるわけだけど。

 茶化すように翼が言って、場が笑いに包まれる。
 隠れたり逃げたり抵抗したり、そんな愚かな行為をしていたのも今は昔。最後はハイグレ姿になるんだから無駄なことだ。
 ……ああもう我慢出来ない!

「ハイグレっ!」
 ――ハイグレっ!!!

 合図をしたわけでもないのに、その場の全員のハイグレコールは綺麗に揃った。
 感動すら覚えるけれどもそれで当然。ハイグレ人間の心はひとつなのだから。
 さあもう一度、皆で!

「ハイグレっ!!!」
* 芽以パート1[13/04/26] ( No.19 )
 
日時: 2014/05/03(土) 22:02:16 メンテ
名前: 香取犬

 ――芽以ちゃん、あんまり開け過ぎないで……。

「わかってるよ」
 あたしとももは、ハイグレ人間たちが集会を行っているその現場を目撃していた。体育館に続々とやって来る数百人単位のハイグレ人間は、そりゃあもう圧巻だった。

 ――皆さん! 校内に残る人間は多くはありません! なんとしてでも見つけ出し、ハイグレ人間にしてあげましょう!! ハイグレッ!!

「何をやってるかと思えば、こりゃあ酷いね」
 ハイレグ姿になってしまってもいつもと変わらない須原会長の演説。そのギャップがまた不気味だ。

 ――うん……それに、まさかこんなに沢山やられてるなんて思わなかったし。

 はぁ、と二人同時にため息が出てしまう。

 ――やっぱり早く逃げておくべきだったかも……。

「今更そんなこと言わないでよ、もも!」

  *

 丁度体育館でバスケの授業をしていたところに、パンストの人たちはやって来た。ご丁寧に一人、一ヶ所しかない入口に仁王立ちになって試合を眺めているのだった。あたしとももはその時ベンチにいたから不審者に気づけたけれど、他の人たちは何も分からないままハイレグ姿にされたはずだ。奴が銃を構える前から絶対に怪しいよねあれ、と話していて、どうせチームメイトも見てないだろうからって二人で体育倉庫に身を潜めた。直後に、パンストの人は攻撃を開始したらしい。
 僅かに開けた扉の隙間から、友達が次々にハイグレ人間にされていくのをただただ見ているしかできなかった。出ていってもやられるだけ、そう言い聞かせて悔しさを堪えた。たった三分くらいのうちにあたしとももを除くクラスの女子は全員笑顔でハイグレポーズを繰り返すようになってしまった。暗い体育倉庫がもっと暗くなったように感じた。
 その内に誰かがハイグレを中断して言った。

 ――ねえ、芽以とももは?
 ――ハイグレっ! さぁ、逃げちゃったのかもね。
 ――もう、あの二人……! 追おう、皆!
 ――ハイグレッ!!!

 皆があたしたちをハイグレの仲間にしようとしている。あんなに仲の良かった皆が敵になってしまったという事実は信じられなくて、とても恐ろしかった。多分、顔からは血の気が引いて青ざめていたんじゃないかと思う。
 幸いなことに皆は体育館をくまなく調べることはせずに全員で校舎へ走って行った。
「……今なら倉庫から出れるけど、どうしよう?」

 ――もうちょっと隠れていようよ、まだ早いと思う……。

 ももの発言に、あたしも従った。
 体育倉庫は外鍵だから、掛けて閉じこもることも出来ない。窓も抜け道もない袋小路なので、扉を開けられたが最後もう逃げられない場所だということは分かっていた。ただ、この時はハイグレ人間が全員引き上げたため安心していた。
 三十分弱経ったくらいで、須原会長の全校放送が入る。聞けばなんと体育館で集会を行うとかいう話で。

 ――ど、どうしよう、ハイグレ人間が来ちゃう……!

「逃げよう、もも!」
 あたしは意を決して扉に手を掛けたけれど、隙間から見えた体育館の中には既に何十人ものハイグレ人間がいて、ハイグレを繰り返していた。
「……ごめん、やっぱ隠れてよう」
 あとはただ見つからないことを祈るのみ。そうして会長の演説が始まった。

  *

 ――……近しい友人などが未洗脳の場合は、なんとしても探し出してハイグレ人間にすること。そうでない人たちは、学校の敷地を囲うように広がって待機し、絶対に生徒を逃がさないように!

「そんなっ」
 思わず声が出てしまって慌てて口を抑えた。まあ、ざわつく体育館の後方でした声に反応する人なんていないだろうけど。
 会長の命令がもし遂行されてしまったら、それこそ絶対包囲の完成だ。映画じゃあるまいし、まさか普通の学校に地下の抜け道なんかがあるわけがない。ゾンビ系シューティングゲームだって敵に対して対抗手段があるし、プレイヤーは何回か噛まれたって死なない。
 なのに現実はそうもいかない。武器は丸腰、ライフはたった1、しかも脱出は不可能だなんて。……この世界の製作者はどうしてもあたしたち全員をハイグレ人間にしたいらしい。ハッピーエンドも用意しろッ! といくら思っても何も変わらない。それが現実だってことくらい分かってる。
 何度目かのため息をつきながら、観音開きの大扉の隙間から様子を伺う。集会はおおよそ終盤に差し掛かっていて、マイクを握る会長にもいつも以上に熱が入っている。集うハイグレ人間たちにもいくらか飽きの色があって、倉庫のそばにいる者たちなんかはニヤケ顔でハイグレをしていた。
 その中には、さっきまで同じ体操服を着てバスケをしていた友人たちの姿もあった。
「……可哀想に」

 ――行きましょう皆さん! 全てはハイグレのために! ハイグレ!!
 ――ハイグレッッ!!!!

 建物をビリビリ揺るがす轟音。彼らのハイグレは、全校合唱コンクールでもするかのようにぴったりと揃っていた。
 やがてハイグレ人間たちがポーズを止め、作戦会議を始める。あと誰がハイグレ人間でないか、自分たちは包囲網の方を手伝おうか、など。
 そうだ、このまま中途半端で締め切られていない倉庫の扉を見たら、奴らはどう思うだろう。中に人間が残っていると思うだろうか。不自然に思って確認しに来たりしないだろうか。そんなことを考え始めたら恐ろしくなって、私はドアノブを引いて不自然さを消す方を選んだ。きっと誰も扉がほんの少し動いたことなんて気づきやしないはず。

 ――芽以ちゃん?

 ガチャンという開閉音は、跳び箱と跳び箱の間に身を潜めていたももには聞こえてしまったようで、不安げに聞いてきた。
「なんでもないよ。ももは何があってもそのまま隠れてて」

 ――う、うん。

 その時だった。扉越しにあたしの良く知る声が、くぐもった音声で届いてきた。

 ――ももも芽以も、集会にいなかったね。
 ――やっぱ逃げたままなのかな、どれだけ探しても見つからないし。

 さっきすぐ近くでハイグレをしていたクラスメートたちだ。皆、あたしたちをずっと探してたんだ。ハイグレ人間の仲間に引き込むために。

 ――あのさ。体育館の中って調べてなかったような気がするんだけど。

 背筋が凍った。

 ――確かに。じゃあまずここから調べよっか?

 頭が真っ白になる。
『ここ』がここじゃないことを、扉を背にして荒い息の向こうで祈った。別のところを探して、それで満足していなくなって欲しい、と。
 願いが通じたか通じなかったかは、その直後に分かった。

 ――そう言えばさっきまでこの扉、ちょっと開いてなかった?
 ――ああ、なんか声がした気もするし。アヤシイなぁ。
 ――んじゃ、開けるよ。

 ドアノブを握る手を、限界まで固くする。
 そんな抵抗は、無意味に終わった。

 ――ギィ。
 ――いたッ! 芽以!

「ひッ」
 開くドアに引きずられるように、あたしは白日の下に晒された。一人の未洗脳者として。すぐに、友人たちに取り押さえられてあたしは身動きがとれなくなった。
 途端に何百人ものハイグレ人間たちが息を呑んだのが伝わってきた。まさか人間が隠れていたなんて、そんな空気は瞬時に、未洗脳者を見つけた喜びに変わっていく。

 ――でかしたぞ!
 ――よくもこんな所に隠れてやがって。
 ――見つかって良かったぁ。
 ――早くハイグレ人間にしちゃおうよ!

 無数の言葉と視線があたしとあたしを見つけた三人のクラスメートに注がれた。

 ――そこの未洗脳者を舞台へ! 全員の前で転向してもらいましょう!

 須原会長の興奮した口調がスピーカーを通じて体育館中に響く。そんな声を察知して、既に体育館を去ったハイグレ人間たちも舞い戻ってくる。
 あたしはこれから、こんな大勢の前であられもない姿にさせられるの?
「嫌ぁぁッ! 放して! お願いだから!」
 うおおおおおお! と歓声が上がって気づく。会長は公開処刑によって、ハイグレ人間たちの士気を上げる気なんだと。あたしはその餌にされるんだと。
 恥ずかしくて、悔しくて。舞台まで引きずられながらあたしは涙を流していた。

 ――芽以、泣いてるの?
 ――大丈夫、怖くないよ。ハイグレ人間になるのは、人間の最高の喜びなんだから!
 ――それにハイグレをたくさんの人に見てもらえるって、幸せなことなんだし。

「何で、皆……そんなのおかしいって分からないの!?」
 どう叫んでも彼女らはきょとんとして、そしてまたハイグレの良さを説くだけだった。
 こんな風に真っ当な精神さえ無理矢理歪めてしまう、ハイグレ洗脳なんかがいいことのわけが無いのに……!
 抵抗もできないままあたしの身体は壇上に引き上げられ、そこで磔のような姿勢を取らされた。三人のうち二人はあたしの左右の手首を掴んで広げ、もうひとりが背後で銃を構えている。

 ――芽以、安心して。抵抗しなければすぐに終わるから。
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