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題名40年前のある日あのとき(3)
コメント  こんばんは。ちょうど40年前は夕張地区の炭礦鉄道を訪れています。写真は,みなさんよくご存じだと思いますが,大夕張鉄道清水沢駅ホームの北側にあった国鉄との境界標です。撮影時は戦後から26年経っていますが,鉄道省の標記のままでした。しかし,当時は東海道の緩行線の電車を「省線電車」と普通に言っていましたから,気にするほどではないのかもしれません。小生は,国鉄がJRになってから24年経ちますが,国鉄の方が言いやすいです(頭の中はヨンサントオから時間が止まっているのかも)。
 国鉄駅から炭礦私鉄が出ているようなレイアウトを考えると,必ず境界標がいるのですが(駅を別にしても連絡線はあるはず),国鉄側をこの写真のように「鉄道省」としておくと,かなりの古典ロコも走らせるので良い手かもしれません。ところで,この境界標は廃線時までこの標記のままだったのでしょうか。
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