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題名Re: 40年前のあの日あのとき(7)
コメント  ちょうど40年前は午前中を石北本線常紋信号所ですごしていました。 この信号所の乗降者数は,多分信号所としてはNo.1ではないでしょうか。最後の1975年は,一列車から100人以上が降りて来ていましたが,この当時でも各所で撮影している人を集めると100名くらいにはなったような気がします。食べるところ(民家も)が全くないので,まだカップ麺が未発売ですから,信号所の横でラーメン屋台を出したらかなりの売り上げになったでしょうに。
 前年までは夜行大雪6号が本務機D51,補機96でしたので,夏場は生田原の発車を撮影したり,冬場は下り最後部の客車のデッキはテレコを持った人で埋まるように石北本線を多くのファンが訪れていました。この年になると大雪6号の本務機がDDに代わったのですが,それでもまだ貨物は本務機D51+補機96のブラスト音が聞けることもあって信号所には多くのファンが詰めかけていました。D51と96は動輪径が異なるため2輛のブラスト音が調和しないので,例えば名寄本線の96重連のような同形式重連では聞けない興味深い音を聞くことができました。サウンド付きの模型を持たれている方は,是非試してみて下さい。
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